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真夏の面積戦争  03

おそるべき面積についての迷走

 一時間半のドライブで、目的地へ着いた。

 フランクル家の別荘は二階建てで、小さなガレージ付きのカントリーハウス風。白い壁にサーモンピンク色の三角屋根、窓はすべてアーチ状という、全体的にこじんまりとした、とっても家庭的な雰囲気の外観だ。

 似たような建物が舗装された通りを囲むように、たっぷりと贅沢にスペースをとって並んでいた。そんな贅沢なスペースには緑がいっぱいで、ふさふさと風に葉をゆらす木々の木漏れ日が、きらきらと星みたいに輝いている。

 ガレージに駐車された車から降り、食材や荷物をトランクから出してエントランスへ入れば、吹き抜けの高い天井までとどきそうなリビングの窓が、目の前にあらわれた。しかも窓の向こうは真っ白でさらさらな砂浜で、すでに海水浴を楽しんでいる人たちが、遠くにたくさんいる!

「わー、すごいね!」

「海まで一直線だぞ」

 キッチンカウンターに食材を置きながら、アーサーがいう。WJが冷蔵庫にドリンク類を入れていると、サングラスを頭にのせたデイビッドが近寄って中をのぞいた。

「ビールがあるじゃん」

 キッと、アーサーはデイビッドをにらんだ。

「……それは父とリックのだ。おまえはおれが誰の息子なのか、忘れているようだな。未成年の飲酒は法律違反だぞ」 

 手厳しい。というか、正しい。はいはいとテキトーに答えたデイビッドがコーラの瓶をつかんだ時、ふいにわたしの脳裏に疑問が浮かんだ。

「アーサー。親戚の人はまだ来ないの?」

「そういえばそうだわ。すっかり忘れていたけれど、食材の量はこれで足りるかしら?」

 抱えた紙袋をカウンターに置いて、キャシーが訊ねたら、なぜだか一瞬だけアーサーがフリーズした……ように見えた。ん? 

「……来られなくなった、と昨日連絡があった」

 不自然な間をおいてから気をとりなおすように、アーサーは眼鏡を指で押し上げる。とっても棒読みな口調が気になったものの、運転疲れのせいかもと勝手に納得しかけていたら、アーサーに近づいたデイビッドが、コーラを飲みながらにやりと笑った。

「……それ、嘘だろ?」

「え!」とわたし。

「え?」とキャシー。

 ……親戚が来るのに来ないという、おかしな嘘をついてるということ? だとしたらすっごくヘンだ。

「どうして嘘ついちゃうの?」

 デイビッドは慰めるみたいにして、アーサーの肩をぽんと軽くたたいた。

「……企みとしては初級者レベルだね。どうしたんだ、フランクル? 恋愛がらみだと策士能力は減退するのか?」

 聞き捨てならない単語をキャッチしてしまった!

「企むって……なに?」

 並んで立っているわたしとキャシーが、同時に首を傾げたら、アーサーはデイビッドに向きなおり、ひらきなおった態度で背筋を伸ばした。

「……なるほどな。あえてそこを暴露するわけか? おまえはおれに、なにか恨みでもあるのか? いや、まあ、思い返せばいろいろとあるんだろうが」

「思い返せばいろいろあるけど、それとこれは別。ただ、パニくるおまえをあんまり見たことがないから、面白いだけ」

 企みについての答えをしめしてくれないまま、アーサーとデイビッドは額がくっつきそうなほど顔を近づけてむむむとにらみ合う。というよりも、にらんでいるのはアーサーだけで、デイビッドはにやついていた。そこで、冷蔵庫のドアを閉じ、キッチンから出たWJがさらりといってのけた。

「ええと……つまりこういうことだよ。アーサーはきみと二人きりで過ごしたかったんだよ、キャシー。だけど、いきなり二人きりっていったら、きっときみが尻込みすると思って、実際に誘ってはいない親戚が来るっていったんじゃないかな? 嘘はよくないけど、でもべつに悪いことじゃないよね。だって、きみたちはそのお……」

 付き合ってるから、と最後までいわずに、WJはデニムのポケットに両手の親指をひっかけて、肩をすくめながらにっこりした。すると、デイビッドをにらんでいるアーサーの片眉が、くいとかすかに動く。

「……ジャズウィット。弁護士になれるぞ」

 アーサーの気持ちをそっくりそのまま、WJが代弁しちゃったみたいだ。とたんに、キャシーの頬がみるみる赤くなる。うつむいてバッグを抱えると、キャシーはくるりと背中を向け、ぎこちない足取りで階段へ向かった。気づいたアーサーが「すまない」と声をかけたら、キャシーは背中を向けたまま、階段の手前で立ち止まる。

「……い、いいの。それはいいの。わ、わたしもちょっとだけ、親戚の人たちが来なければいいのにって思っていたから。あ! ニコルたちはいいのよ? わたしは人見知りしてしまうから、そ、そういう意味よ、それだけ。き、着替えてくるわ!」

 いって、一目散に階段を駆け上がって行ってしまった。

「キャシー!?」

「……いいの、といっておきながら、背中を向けて行ってしまったぞ。これははにかんだゆえの態度なのか、それとも、腹を立てているのか? 着替えるといったものの、奥ゆかしいキャサリンの反応はわかりづらくて、いまいちとまどうな。いまのはどういう意味だ?」

 ものすごく難しい問題を解いてるみたいな顔つきで、アーサーは眉を寄せた。

「好きすぎて洞察力が曇ってるな。つまり、おまえと二人きりでもオーケイだったってことだろ? 安心しろ、嘘は許された」

 普段は無表情なアーサーが、ふっとほくそ笑んだ瞬間を、わたしは見逃さなかった。それにしても、アーサーとデイビッドってとっても謎だ。仲がいいのか悪いのか、まったくわからないから。

「で?」

 吹き抜けの二階を見上げるアーサーとデイビッドとわたしに向かって、WJがいった。

「食材は冷蔵庫に入れたけど、先にバーベキュー? それとも、ビーチで遊ぶの?」

 直後、デイビッドはわたしを指して叫んだ。

「そうだ、ニコル。きみもつまらない便せん十枚に着替える時間だよ。さっさと見せて、おれを絶望の底に突き落としてくれ!」

 なるほど。デイビッドはいっこくも早く、わたしの水着姿にがっかりしたいようだ。オーケイ、思う存分、がっかりしていただくことにしよう!

★ ★ ★

 

 二階の一番奥の部屋に、キャシーはいた。すでに水着に着替えていてベッドに腰掛け、背中にとどく髪をうなじのあたりで、くるりとまとめているところだった。

「ああああ、ああああああ!」

 大人っぽいダークブラウンの水着は、キャシーにとっても似合っている。似合いすぎていて、わたしのテンションがおかしくなってきちゃった!

「ど、どうしたの、ニコル?」

「あ、あ、あなたったら! やっぱりその水着でよかったって思う! きっとアーサーは酸欠起こすんじゃないかな!」

 その前にわたしが酸欠を起こしそうだ。でも待って、これは大変だ! わたしにがっかりしたデイビッドが、うっかりキャシーに、必要以上に近づきそうでおそろしい。なにしろデイビッドは、女の子が大好きだから(わたしレベルからだから、許容範囲はとっても広い。ただし、ビッチ以外)。

 それに、WJの反応も心配になってきた。きっと顔を真っ赤にするんじゃないかな。WJのことを疑っているわけじゃないけど、アーサーやデイビッドみたいな、対女の子免疫が少なすぎるがゆえの慌てぶりが、いまから想像できてしまって、無駄に心臓がバクバクしてくる。

 わたしでドキドキしてもらえたら最高なんだけど、それはありえないから、この際、キャシーの水着姿にパニくりはじめたとしても、WJのことは大目に見よう。無理もないから!

 ふいに、キャシーはため息をついてうつむいた。

「……ああ、勇気が出ないわ。海には入りたいけれど、やっぱり水着はやめようかしら」  

「でも、せっかく買ったんだし、大丈夫、入っちゃおうよ」

 すでに洋服の下に水着を着ていたから、しゃべりながらデニムを脱いでチノのショートパンツに着替え、Tシャツを脱いでグレーの半袖パーカーを羽織る。それにしても、デイビッドじゃないけど、たしかにわたしの水着は……(というよりも胸は)残念な状態だ。まるきりのぺったんこではないにしても、ちょっと太っちょな九才の男の子並み。いや、どうだろう? ちょっと太っちょな男の子のほうが豊かかも……とか、考えるのはやめよう。考えて豊かになるわけではないから(それに、ねつ造するつもりもないから)。

 わたしの水着はカラフルなチェックで、肩ひもの細いトップスブラは、タンクトップ的デザインだ。ショーツはローライズ。このままランニングしていても許されそうな、まさにスポーティ系。だけどキャシーの水着は、うなじでリボンを結ぶホルターネックだから、背中は丸見え。さらにショーツは……文字どおりショーツと呼ぶにふさわしい形状だ。

 うううーむ。これは、普段は隠されていたキャシーの素晴らしきスタイルに対して、前後左右さまざまな角度から、視線が矢のごとく集中するかもしれない。それは、なんとしてでも阻止しなければ!

「わかった! わたしがあなたを防御する、ことにする!」

「え? 防御?」

 わたしがキャシーのまわりをぐるぐるまわるようにして歩けば、いろんな方向からそそがれるであろう視線の邪魔になれる。邪魔になれるって意味がわからないけれど、方法としては悪くない。

「なんていうか、見られるのが恥ずかしい感じだったら、あなたを隠すみたいにして、わたしがちょこまか動こうかなって。それで、いっきに海まで行って、入っちゃえばいいよね?」

 スニーカーからビーチサンダルに履き替えて、折りたたまれたビーチボールと浮き輪をバッグから出すと、キャシーもデニムの膝丈スカートを履きはじめた。

「ああ、ニコル。やっぱりあなたに来てもらってよかった! わたしひとりだったらきっと、せっかくここへ来たっていうのに、迷いすぎてこの部屋から一歩も出ないみたいなことに、なっていたかもしれないもの」

 サーモンピンクのカーディガンを羽織り、安心したような顔でキャシーは笑った。わたしはビーチボールに口をつけて、思いきり息を吸い込み、頬を膨らませて空気を入れ……ているつもりなのに、どうして全然ふくらまないんだろ!?

★ ​★ ★

 

 ビーチパラソルとディレクターズチェア、ビーチシートを砂浜にセッティングして、アイスボックスからジュースを取り出し、乾杯した。とっても健康的だ。

 それにしても気になるのは、さっきからデイビッドが、ボールをふくらませているわたしの足ばかり見ていることだ。というか、ボールがまったくふくらまない!

「貸して? 空気を入れる角度が、少しおかしいんだ。ぼくがふくらませるよ」

 見かねたWJが手を差し伸べてくれた。

「あ、ありがとう。おかしいなって思ってたんだけど」

 ぜいぜいと息をきらしつつ、ボールを渡す……て、これって間接キスじゃないかな! 実際にキスしている間柄とはいっても、やっぱりちょっと照れくさい……けど、なんだか嬉しい感じ。えへへ。

「……で?」

 サングラスを目元に戻して、デイビッドがいった。

「誰も水着にならないのは、どうしてなんだ?」

「おまえも水着になってないじゃないか」

 ディレクターズチェアに座るアーサーがつっこむ。あっという間にボールをふくらませたWJは、それをポンと宙に上げ、わたしがキャッチしたらにこっと笑った。それから、シートの上で足を伸ばし、ソフトカバーの本を手にする。

「ぼくはここで本でも読んでるよ」

 え!

「じゃあ、わたしも……」

 いいかけて、自分のミッションを思い出す。そうだった、わたしが邪魔をしなくちゃ、キャシーが海へ入れない! そんなわたしのようすを察知したのか、突然キャシーはすっくと立ち上がった。

「わたし、ここまで歩いている間に、ひそかに覚悟を決めたの! ニコル、大丈夫よ。あなたの励ましのおかげで、なにか吹っ切れた気がするの。それに、まわりを見たらいろんな女の子がいろんな水着を着ているし、べつに恥ずかしいことじゃないのよね?」

 そのとおりだといわんばかりに、アーサーは無言で小さくうなずいた。その生真面目な表情が、ほんの一分のうちに思いきり崩れることになる。スカートとカーディガンをいっきに脱いだキャシーが、海めがけて駆け出したからだ。

 おおっ! とデイビッドはサングラスを外し、前のめりになる。そんなデイビッドの頭にタオルを放り投げて、アーサーはTシャツを脱ぐ。黒いボクサータイプの水着姿で眼鏡をはずし、キャシーを追いかけて走って……去ってしまった。

 ああ、そっか。わたしが防御をしなくても、アーサーがいたんだった。なんだかホッとしたものの、WJのようすが気になって横を向いたら、リラックスした雰囲気で本に視線を落としていた。

 ……あれ? 見てなかったのかな。わからないけれど、パニくってもいないし、顔も赤くない。

「いいねえ、ビキニ。やっぱり水着はビキニだな。WJもそう思うだろ?」

 右隣にいるデイビッドが、わたしの左隣で本を読むWJに問いかける。WJはちらりと顔を上げて、すぐに本へ視線を戻し、肩をすくめると微笑んだ。

「似合ってたら、なんでもいいよ」

 口調はすごく冷静だ。もしかして、眼鏡が視力に合ってなくて、ちゃんと見えてないのかも? それはそれで心配だ。

「……それで?」

 右隣にいるデイビッドにいわれた。

「きみの便せん十枚は?」

 海に入ったキャシーとアーサーが、楽しげにはしゃいでいた。あの間に割って入る勇気は、いまのわたしにはない。

「キャシーとアーサーが戻って来たら、みんなでコレで遊ぼう?」

 両手でボールを揺らして見せる。

「そのあとでちょっとだけ泳ぐかも」

「はあ? それまでおあずけかよ」 

 デイビッドはどうしても、即座にがっかりしたいらしい。WJのそばでのんびりしていたいけれど、海を眺めていたらうずうずしてきた。キャシーとアーサーの邪魔にならなそうなポイントで、やっぱり泳いでこようかな!

「ようし。じゃあ、泳いでくる」

 というわけで、のろのろとパーカーのジッパーを下ろす。右方向からそそがれる視線がとっても痛いけれど、すぐに絶望の底へ突き落とされるはずだから、無視する。

「お」

 と、へそまでジッパーを下ろしたところで、WJが短い声を発した。

「え?」

「……いや。その」

 本に視線を向けているものの、眉が尋常じゃないほど寄せられていた。

「泳ぎたいの?」

「え? う、うん。まあ」

 しゃべりながらパーカーを脱ごうとしたら、シートに本を置いたWJが、慌てたようすで顔を上げて、肩までずり落ちたわたしのパーカーをつかみ、ぐいと持ち上げた。

「いや。やっぱりダメだ。着てて?」

「え!」

「ダメだ、見るなよ、デイビッド!」

 ぐいと手を伸ばして、わたしに(主に胸のあたりに)視線をそそぐデイビッドの額を、ペチリとたたいた。

「ええ!? お、落ち着いて、WJ。デイビッドは絶望の底に突き落とされたところだから!」

 がっかりして。

「落とされてないさ。そういって、きみを油断させたいだけなんだから。デイビッドは女の子の水着姿なんて、撮影なんかの仕事で普段から見慣れてるんだよ。スタイルのいい女の子もね。それに、きみは知らないかもしれないけど、その……。デイビッドは基本的に……」

 いいにくそうだ。むうとしかめ面になったWJが、口を開こうとしたところで、にやっと笑ったデイビッドは自らカミングアウトした。

「おれは足フェチで小さい胸好き。ついでにパッドでねつ造された小さい胸にきゅんとする、特殊趣向の持ち主だ。だってそれって、大きく見せようと必死ってことだからね、けなげでかわいいじゃん? でも、セパレートはダメだ。ビキニでねつ造されてるのがよかったんだ……けど、まあ。これはこれで悪くないな」

「ほら、いったとおりだろ、まったく!」

 WJが叫んだ時だ。

「……なにを仲良くもめてるんだ?」

 戻って来たアーサーにいわれた。もちろん、わたしはパーカーをがっちり着込み、キャシーとアーサーを見上げて提案する。

「ビ、ビーチボールで遊ぼう!」

 パーカーを着込んだのはいいけれど、大変だ。ショートパンツのせいで足が丸見えだ……って、まさかデイビッドを気にして窮屈な思いをするはめになるとは、まったく予想しなかった。

 ……ああああ! どうしてこうなるんだろ? 砂浜にはほかにもいっぱい、女の子がいるのに!

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