真夏の面積戦争 ★ 02
おそるべき面積についての激論
翌日。
「……どうしてこうなったのか、誰か説明してくれないか」
なぜか待ち合わせ場所になってしまったわたしのアパートの前で、リックに借りたという車から降りたアーサーは、その場に居合わせた四人を見つめ、眼鏡の位置を指でととのえてから、わたしを指した。
「とりあえず、まあ、きみはいいとする。キャサリンに昨日いわれていたし、なにか食べ物を与えておけば、その場から一歩も動かないだろうからな」
さすがはアーサー。わたしの本能を熟知してる!
「だが……」
いって、わたしの横に並んでいる二人の人物に近づいた。
「どうしてきみらがここにいるんだ? 仕事で忙しいんじゃなかったのか?」
そうなのだ。わたしの横にはWJと、デイビッドまで……いちゃってました。
「ええと……。これにはわけがあって」
いつものごとく、寝癖に分厚い眼鏡、デニムになんのへんてつもないTシャツという格好で、WJは肩をすくめる。
「突発的になにもなければ、今日は夜までオフだったから、ニコルと、ニコルのパパとママとご飯でも食べたいなあと思ってたんだ。それで、昨日ニコルに電話したら、きみの別荘に行くっていうから、じゃあぼくも、夜になったらひとっ飛びすればいいかなって思って」
「……なるほどな。で?」
WJから顔をそむけたアーサーは、雑誌から飛び出したみたいなスタイルの、サングラスをかけた超オシャレな人物に、眼鏡越しの視線を向ける。
「キャシディの理由が知りたい。こんなところをひとりでうろうろしていていいのか? きみの追っかけに巻き込まれるのはごめんだぞ」
「落ち着け、フランクル。このことはカルロスにいってあるし、オッケーもらってるんだ。それにまわりを見てみろ、こんな朝っぱらから、誰も追いかけてはいないよ。おれがここにいる理由は、オフまでどうすんのかWJに訊いたら、もごもごしてしゃべりたくなさそうにするから、ニコルとどっか行くのかってつっこんだだけ。そうしたら、おまえの別荘に行くっていうからさ」
デイビッドは、ハーフパンツのポケットに両手を入れて、悪びれるでもなくにやりとする。
「見たいじゃん。水着」
正直だ。というか、それって……誰の水着? まさかさすがにわたしのではないだろう。海水浴を楽しむ女の子たち(もしくはキャシー)、という意味に受け取っておこう。きっとそういうことだ。
「……なるほど。じゃあ、きみらが増えたそもそもの発端は、おしゃべりな誰かさんのおかげってわけだな?」
まあそうだねとWJがいったら、そうなるかもねとデイビッドも同意する。おしゃべりな誰かさんとは、わたししかいない。
「……そうか。まあいい。だが、ジャズウィットはひとっ飛びで帰れても、おまえはどうすんだ?」
「夕方カルロスが迎えに来る」
うなだれたアーサーは「いいだろう」と吐き捨てて、運転席に向かった。その時に一瞬だけ、アーサーが肩越しにちらりとわたしをにらんだ気がしたのは、気のせいということにしておきたい。
というわけで、トランクに荷物をおさめる。助手席にキャシーが乗って、後部座席にわたしとWJ、デイビッドが並んで座った。エンジンをかけたアーサーは、はあ、とこれみよがしなため息をつき、バックミラー越しにわたしを見るやいなや、目を細めてげんなりした。
どうしよう。キャシーと二人きりになれない、といわんばかりなアーサーの無言の訴えが、ひしひしと伝わってくる! ようするに、わたしもWJもデイビッドも、今日のアーサーにとっては邪魔者なのだ。でも、大丈夫! 夜にはわたしだけになっちゃうし、そうしたらわたしはバーベキューの前から、一歩も動かないし、事実上恋人同士の二人の邪魔は、絶対にしないから(たぶん)!
★ ★ ★
大きなマーケットに寄ってバーベキューの材料を購入してから、車はひたすらブルーウッド・タウンを目指す。それにしても、最高だ! 窓の外には海が見えてきたし、空は真っ青。
「わたし、ビーチボール持ってきたんだ!」
遊びの道具はジェローム家におまかせだ。
「よし、着いたら海だな。まずは海だ。で? きみの水着はどういうデザインなのか教えてくれよ」
それまでぼうっと窓の外を眺めていたデイビッドが、いきなり食いつくように、わたしを向いて訊く。え? わたし?
「どういうのって……そうだな。面積的には便せん十枚分くらいの、セパレートになってるチェックのやつ」
キャシーと一緒にデパートへ引き返し、慌てて買った水着だ。
「便せん十枚分くらいって、それってどういうの? そのセパレートっていうやつ」
左隣のWJが、心配そうな声音でいう。すると、セパレートか、とそっぽを向いたデイビッドに、なぜか舌打ちされてしまった。
「ダーメだ。全然ダメだ。チェックはきみに似合いそうだからいいとしても、セパレートは水着界の中途半端カテゴリーだろ。ビキニを装ったスポーティタイプかよ……くそっ!」
いったいなにを期待してたんだろ?
「ああ、スポーティな感じなんだ」
否定的なデイビッドに反して、ほっと息をついたWJはにっこりした。つられてわたしもにっこりすると、キャシーがシート越しに振り返る。
「ニコルの水着はとってもかわいいの。本当はわたしが欲しいぐらいだったんだけれど、わたしが着たらすっごくヘンな感じになっちゃって。なぜだかものすごく、下着みたいになってしまったの。それであきらめたやつだったのよ。でも、ニコルが着ると違うの。スマートっていうか、全然いやらしくないっていうか」
「本当? ならもっといいな」
WJが嬉しそうだ。よほどわたしの水着姿に、不安を覚えていたらしい。その不安の方向が、どういう方向なのかはいまいちわからないけれど。
「キャシーの水着は、大人っぽくて素敵だよ!」
「うわあっ、恥ずかしいからいわないで!」
うしろを振り返ったままで、キャシーは顔を真っ赤にした。すると、アーサーの肩がぴくりと動く。
「ビキニか?」
窓枠に肘を載せたデイビッドが、にやっとしてわたしを横目にする。答えようとしたら、バックミラー越しにアーサーににらまれた。
「……答えないでくれ、ニコル。それにキャシディ、おまえは誰の水着姿でもいいんだな? 節操なさすぎだぞ、ニコルにしておけ」
「そのつもりだったけど、憎むべきセパレートじゃお話にならないね。てっきり、胸をパッドでねつ造したビキニ姿が拝めると思ったのに」
デイビッドの期待していた方向とは真逆でよかった。というか、ねつ造した胸って……なに?
「みんなねつ造してるんだ。きみもそうすべきだったんだ」
すごくかなしげな口調でいわれてしまった。だけど!
「キャシーはねつ造なんかじゃないよ? 本物なの」
な・に・い・!? とアーサーに叫ばれる。恥ずかしさの頂点に達したキャシーは、両手で顔をおおった。
「うわあああ、ごめんね、キャシー!」
「いいのよ、違うの。いずれ見られるんだもの、いまのうちに慣れなくちゃ!」
「日々ストレスに追われてるんだ、たまには目の保養をさせてくれよ。きみもビキニにすべきだったんだ。隠す部分なんてちょっとの違いだろ? なのになんで、スマートでスポーティを選ぶんだ?」
眉を寄せたデイビッドに文句をいわれる。よほど気に入らないようだ。というか、どうしよう。水着の話題だけで、車内がおかしな空気になってきた。おだやかで和やかな空気に清浄すべく、あわわわわと言葉にならない声を発していたら、ぽつりとWJがいった。
「ぼくは、健康的だったらそれでいいよ」
そのひとことで、車内に爽快な風が吹き抜けた(実際に、窓から風が入り込んだだけだけれど)。
「正論だな」とアーサー。でも、デイビッドは食い下がった。
「プラス、できればセクシー」
うっかり吹き出してしまった。
「あははは! そんなのわたしにありえない!」
「大丈夫だ、ニコル。誰もきみに、セクシーさを期待してはいない」
アーサーがいったら、おれは期待してたとデイビッドがいう。
「きみもだろ、WJ?」
ええええ? デイビッドがWJに問いかけたら、WJはちょっとだけ顔を赤くして肩をすくめた。
「……というよりも、心配だっただけだよ。だって、海岸には、女の子もいるかもしれないけど、男の子だっているだろ? 必要以上に見られたらいやだなと思ったから。その……、ニコルの水着姿」
WJが不安だった方向は、そんなことだったのだ。あばたもえくぼだなとアーサーは苦笑する。そのとおり、わたしを見る男の子なんて完璧に皆無だ! と熱弁をふるうつもりだったのに、あっさりデイビッドにさえぎられてしまった。
「悪いけど、セパレートでもたぶん、おれは必要以上に見る」
……まったくわからない。わたしを必要以上に見たって、目の保養にもならないし、お得なことも、なーんにもないのに(体型的に、という意味でも)!