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真夏の面積戦争  01

おそるべき面積についての考察

 

​ サマーホリディ真っ最中の、やっと松葉杖から解放されたとある金曜日。スクールは午前中だけで、なーんにもすることがないから、パパとママが仕事で不在なのをいいことに、リビングでひたすらだらだらしていると電話が鳴った。

『ニ~コ~ル~。大変なの~!』

 電話の主はキャシーで、ものすごくうらめしそうな声でいわれた。

「え!? どうしたの!」

 訊いたら、明日からの一泊コースで、アーサーにフランクル家所有の別荘に誘われているのだという。というか、フランクル家が別荘を持っている事実にびっくりだ。でも考えてみたら、フランクル氏だってシティの市警部長なのだから、アーサーはわりと裕福なんだよね。桁はずれに裕福な男の子が身近にいるせいで、いままでまったく目立たなかっただけで。

「それって、すっごい。いいじゃない、キャシー!」

 別荘はシティの西側、州をまたいだブルーウッド・タウンの海岸に面した場所にあるらしい。ブルーウッド・タウンには行ったことがないけれど、パパのお友達はときどきゴルフをしに行ってる。とにかく緑がいっぱいで、海にも近いということもあって、ちょっぴり裕福な人たちが、気軽に休暇を過ごす場所なのだ。

「それで、どうして大変なの?」

 受話器を手にしたまま首を傾げたら、キャシーがいった。

『水着を用意してくれって、いわれてるの!』

 ううーむ、なるほど。アーサーの、とっても男の子らしい目的(キャシーの水着姿が見てみたいという目的)が判明してしまった。

★ ​★​ ★

 

 海岸に面した別荘なのだから、たしかに水着は必須アイテムだろう。だけどキャシーは、極端な肌の露出がものすごく苦手なため、躊躇しているのだ。というわけで、シティの中心部にあるデパートの前で待ち合わせをし、一緒に水着を選ぶことになった。

 デパートの前に立っていたキャシーは、白い長袖ワンピースにストローハットで、日傘までさしている。対するわたしは、チェックのハーフパンツに重ね着タンクトップだから、二人一緒に並んで歩いたら、うしろから見ればどこぞお嬢さま&ダウンタウンの男の子みたいな、ちぐはぐなカップルに見えそうだ。

 日傘をたたんだキャシーは、げっそりした顔でわたしを見る。

「……日焼けに弱いわけではないのよ? ただ、この眩しさが苦手だから防御しているだけで。それに、海は好きなの。見ているぶんには。でも、笑われるかもしれないけれど、水着ってようするに、下着みたいなものじゃない? 布の面積的に」

 もしもここに、普段から布の面積が少ない洋服を好むジェニファーがいたら、鼻で笑われそうな意見だ。だけど、わたしもキャシーに賛成だ。

「うん、すっごくわかるよ」

 思いきりうなずく。

「でしょう? 持ってる水着は三年も前のもので、地味なデザインは気に入ってたんだけれど、サイズが合わなくなってしまって。なんとか似たようなデザインのものが、見つかればいいんだけれど。もしくは、肌がわりと隠れるようなやつが」

「オーケイ、一緒に探そう、まかせて!」

 とはいったものの、わたしのセンスはかなりあやうい。とにかく、どんな水着が売られているのか見てみないことにははじまらないので、キャシーと一緒にデパートへ入る。売り場まで歩きながら、デイビッドとWJの激務ぶりを心配するおしゃべりをしつつ、やがて視界に見えてきた華やかなゾーンに、わたしもキャシーも足を止めた。

 ……すっごい。下着売り場かと思っちゃった! すると、キャシーはマネキンが着用している黒いビキニを指していった。

「……見て、ニコル。これが水着界の最新モードなの? こんな格好でトゥーラ国を歩いていたら、魔女呼ばわりされて騎士団につかまってしまうわ。なんておそるべき布の面積なの」

 トゥーラ国とは、キャシーの大好きなコミックに出てくる国の名前だ。

「ううう、ホントだ。数学のミスター・ステファンに、この面積を計算してもらいたいね」

「きっと、便せん三枚分くらいよ。あああああ、わたしったらこんなの、こんなの絶対に着られない!」

「お、落ち着いて! もっと探したら、便せん十枚分くらいの面積のがあるはずだから!」

 というわけで、売り場をうろつく。ちなみに、売り場はわたしたちみたいな若い女の子でいっぱいだ。彼女たちは嬉々として、布の面積が少ないものを争って手にしている。トゥーラ国的に表現すれば、まさに魔女たち。

「だけど、キャシー。あなたはスタイル抜群だから、どれも絶対に似合うと思うよ?」

 それを目にしたアーサーは、卒倒間違いなしだ。そんなアーサーを木陰から観察してみたい気持ちが、なくもない。

「……ああ、ニコル。とっても嬉しい意見だけれど、わたしにとっては、いかに肌を隠す面積を増やすかっていうのが、一番の目的なの。それから、なるべくヘンにいやらしい感じではなくて、健康的に見えるような……て。あら?」

 二体のマネキンの間に顔をつっこみ、水着ゾーンの反対側、ちょっと高級なブランドショップゾーンへ顔を向けて、キャシーがいった。

「どうしたの?」

 むむむと眉をひそめるキャシーの横顔に近づいて、視線の先をたどってみた。そこには五人の男女をしたがえた、スキンヘッドで蛍光色のTシャツ、真っ赤なぴちぴちデニム姿の。

「……えーと。あの人って、あの人よね?」とキャシー。

「……うん。あの人って、月に一度、必ずわたしに電話をくれる、あの人だよ」

 わたしのヘアスタイルストーカー、一ミリの乱れも崩れも許せない恐怖症におちいっちゃってる、ミス・ルルだった。ミス・ルルは、アシスタントにあれこれと命じては、洋服をかっさらうようにして店員に押し付ける。押し付けられた店員は、嬉しそうにカウンターへ向かった。どうやら超プライベートなお買い物中みたいだ。

「……すっごい。あれがお金持ちの買い物の仕方なのね。タグなんて見ないで、ここからここまでって感じ」

 そのとおりだ。

「……でも、デイビッドもあんな感じだと思うよ」

 タグを気にしてお買い物をする、一般庶民のわたしとキャシーが、ふうと羨望のため息をついた時だ。売り場を練り歩くミス・ルルがふいに顔を向けたため、うっかり目が合ってしまった。

「あ」

 短い声を発したら、ミス・ルルは会計をアシスタントにまかせ、目を細めてにんまりと笑い、パンパンと手を叩きながら大股で近づいて……来ちゃった。

「はいはいはいはい! やれやれだわね!」

 目の前に立つと腰に手をあて、呆れてるみたいにぐるんと目玉をまわす。

「あららららら、二次元はいつもどおりだとしても」

 わたしを一瞥してからキャシーをまじまじと見つめる。

「美人のあなたまでどーしちゃったのかしら!? 夏だというのに全身防御? どこのマダム・アピールなわけ? まったく、二人一緒だとダサさに拍車がかかって絵面にパンチがありすぎだわよ。ああああー、イライラするわ! ただでさえこの暑さにイライラしているのに、さらにアタシをイライラさせるだなんて、あなたたちときたら!」

 大変だ。わたしとキャシーの残念なファッションセンスのせいで、ミス・ルルのヒステリーに火が付いてしまった。

「み、水着を選ぼうと思って!」

 だからなんだと訊かれたらそれまでの、まるでいいわけになっていないいいわけをしどろもどろで訴えたら、ミス・ルルは片眉を上げてわたしに視線をそそいだ。

「……あらそう。じゃあ」

 むんずとわたしのタンクトップのすそをつかむ。

「いらっしゃい、選んであげるわ!」

 ずるずると引きずるみたいにして歩きはじめたので、慌てて拒否した。

「おっと! わたしじゃなくて、キャシーなの!」

 即座にパッと手を離し(そのいきおいで、ちょっぴりわたしはつんのめって転びそうに……なったけれど転ばなかった。さすが、わたし!)、ミス・ルルはぽかんとしているキャシーを振り返って、命じた。

「じゃあ、そっち! さっさといらっしゃい、美人の持ち腐れ! あなたにピッタリの水着を選んであげるわよ!」

★ ​★​ ★

 

 一時間後。

 嵐みたいに去って行ったミス・ルルにあ然としつつ、デパートを出たわたしとキャシーは、彼女(本当は彼)によってチョイスされた水着について、ひとことも言葉を交わせずにいた。紙袋を手にしたキャシーは、日傘をさすのも忘れて呆然としている。そうしてずいぶん、デパートの前にたたずんでいたら、やっとキャシーが声を発した。

「……やっぱり、返品すべきかしら?」

「う、うーん。でも、いろいろ試着したけど、それが一番あなたに似合ってたよ?」

 そうなのだ。とっても似合っていたのだ。ただし、問題は。

「……これ、面積的には、紐でつながっただけの便せん四枚分くらいよね?」

 うつむきがちに、キャシーがつぶやく。

「も、もっとあるよ! たぶん……五枚分くらい」

 微妙な差だ。

 どうしよう、とキャシーはうなだれる。

「当初の目的からはずれたものを買ってしまったわ、……こんな……こんな……こんな魔女的な下着みたいな格好で、どうどうと砂浜を歩くなんてできないわ!」

 でも、アーサーは間違いなく、下着みたいな格好で砂浜を歩くキャシーを期待しているはずだ。もちろん、口が裂けてもいえないけれど。

「大丈夫! 海岸に行っちゃったら、ほかの女の子たちだってそういうの着ていると思うから、自信を持って! わたしだったら笑われちゃう感じの水着だけど」

 胸がないので。

「だけどあなたは大丈夫、完璧だってば!」 

 似合っていたし、なにひとつヘンではないのだから、なんとかキャシーを元気づけたくて肩を撫でながらいったら、いきなりその手をキャシーに握られた。

「ニコル!」

「ど、どうしたの!」

 いきなり、キャシーはわたしにぐっと顔を近づける。

「あなたも来てくれない!? お願い!」

「えええ!? だけど、アーサーが誘ったのって、あなただけなんでしょ? そこにわたしが混じっちゃったら……」

 ……一生恨まれる、ような気がする。

「なんだか親戚のカップルも来るみたいなことをいっていたけど、だったらあなたが来てもいいと思わない? 大勢でバーベキューしたり、海水浴をしたほうが楽しいと思うし、わたしからアーサーに提案してみるから、ニコル、お願い!」

 うーん……どうしよう。海水浴はどうでもいいけれど、バーベキューにはとっても惹かれる。それに、ここまでキャシーがなにかを頼むなんてこと、いままであまりなかったわけで、親友としてはアーサーに恨まれても、それでキャシーが心おきなく海水浴を楽しめるのなら、もちろん!

「オ。オーケイ、キャシー! わかった、あなたにくっついて行くことにする。でも、わたしは水着持ってないけど、いいよね?」

 ぎゅうと握られた手を、さらに握り返したら、間近でまつげをぱちぱちさせて、キャシーはいった。

「いいえ。だからあなたも、水着を買って! 便せん五枚分くらいの面積の!」

 えええええ!? せ、せめて倍の十枚で!

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