SEASON FINAL ACT.32
月曜日の午後、わたしは退院した。WJは目覚めず、シャロンはWJの部屋にしばらく住んで、病院へ通うらしい。
約二週間ぶりの「ひどい状態」だという自宅は、ママの努力のかいがあったのか、きれいに復元されていた。ただし、自室のベッドの上のぬいぐるみたちの背中は、無惨にも切り刻まれて、綿がはみだしまくっていた(あきらかに誰かが、なにかを捜しまくった証拠)。これは時間をかけて、ぷちぷちと縫ってあげるしかなさそうだ。
パパがごっそり買い込んだ新聞の一面は、どれもテリー・フェスラーとミスター・マエストロの顔写真ばかり。二枚の写真を並べて、比較している紙面もある。テレビはフェスラー家のゴシップを取り上げて、ジェイク・フェスラーとジョージア・レスターの婚約解消を、興味本位な視点で面白おかしく流している。無責任なコメンテーターは、フェスラー銀行がそのうちに、誰かの手に渡るだろうと予想する。そういうひとことから、銀行の信用はさらに下がるのだとパパはいった。
「ま。家は銀行の口座なんかないからな。いつもニコニコ金庫管理だ、銀行がどうなろうが、知ったこっちゃない、なあママ」
しゃべりながら、パパはのん気にテレビのチャンネルを変える。
「そうね。それは、お財布の中にきちんと収まる、資産しかないということよ、パパ。がんばって稼がなくちゃ!」
ママはダイニングのテーブルに、例のごとく、宅配されたピザを広げた。松葉杖に慣れたわたしが、器用に椅子に座ると、やれやれとママは息をつく。
「かわいそうに。アーサーにはキャシーがいるし、ほかに相手がいるのかいないのか、ママにはわからないけど、どのみちそれじゃあ、プロムには行けないわね、ニコル。いちおう、あなた用のドレス代を貯めていたのよ? 主役は卒業生でも、はじめてのプロムだって記念だもの」
それは初耳だ!
「ええ? それ、すっごく嬉しい!」
うう。とはいえたしかに、こんな足じゃ、そもそも行けない。
「まあいいわ。あなたが無事ならそれでいいの。でももう、こんなことはこりごり! 家族が離れて暮らすのも、わけのわからない人たちに追いかけられるのもね。あなたが誰と仲良くしても文句はいわないけれど、二度と、もう二度と、おかしなことに巻き込まれたりしちゃダメよ!」
むしろわたしが巻き込んだのかも、ということに、ママは気づいていないようだ。まあいい、このまま黙っていよう。
いまだテレビに釘付けのパパが、音量を上げた。行方不明だったコンピュータ技師が、無事、警察に救出されたというキャスターの声が聞こえ、わたしはピザを頬張ったまま、松葉杖を片方だけつかみ、椅子から立って、ひょこひょこと左足で飛び、テレビへ近づく。行儀が悪いとママに叱られたけれど、かまわず画面に見入れば、マスコミに囲まれたフランクル氏が、意気揚々とした態度で映っていた。
『ああ、そうだ、そのとおり、魔界の手先に捕らえられていたところを、我らの作戦が成功し』
いつ、どこで? という、記者からの突っ込みが激しくなり、
『さっきからいっているだろう! パンサーとの協力のもと、救出されたというわけだ! これで満足かな? もういいな!? わたしは忙しいんだ、暇人どもめ!』
フランクル氏の意気揚々も一転、逆上に変更、してしまった。ミス・ホランドの救出については、たぶんカルロスさんがフランクル氏と、裏でやりとりをしたのだろう。ともかくこれで、ホランド先生は喜んでいるはずだ。
パパがまたチャンネルを変えた。保安官シリーズが映ってはしゃぐ。
「おお! 自分の家で鑑賞できる、この喜びよ!」
「パパ! ニコルも行儀が悪いわよ! 食べるかテレビか、どっちかにして!」
ソファにどっかりと腰を下ろしたパパは、怒っているママを見てにっこりする。
「いいじゃないかママ、久しぶりにくつろぐんだ。こっちにピザを持っておいで。みんなでここで食べながら、優雅なテレビ鑑賞といこう」
ぶつぶつと文句をいいながら、ピザの箱を持ったママもソファに座った。わたしは床に足を投げ出して、ママの膝に頭を寄せる。そうして、テレビに映る保安官を眺めながら、わたしはずっと、WJのことを考え続けた。
わたしの恋人はスーパーヒーロー。そしていまも眠り続けていて目覚めない。でも、だからって、しょんぼりしているわけにはいかない。きっと目覚めると、信じるべきだ。すぐに、ではないかもしれないけれど、いつかきっと、目覚めてくれる。その時、わたしはいまよりも、大人になっているかもしれない。だったら、できるだけ、素敵な大人になっていたいと思う。それまでは毎日、病院へ行くし、このことでしょんぼりしたり、泣いたりしないと誓う。だって、WJは眠っているだけ、生きているのだから。
だから、目覚めたらびっくりしてね。わたしがとおっても素敵な大人になっていて、きみは誰? っていってもらえるように、毎日を過ごすから。
「どうしたんだ、ニコル? 感動的なシーンじゃないのに、泣いているのか?」
わたしをのぞきこんだパパが、テレビを指した。わたしは、涙でにじんだ視界を隠すために、にやけながら涙をぬぐう。
「……う、うーん。パパとママと一緒で、嬉しいなあと思って」
考えていたことはべつだけれど、まあ、嘘ではない。するとママが、わたしの髪を撫でてから、後頭部にキスしてくれた。
「そうね。ママも嬉しいわよ。みんな仲良く、また貧乏暮らしを楽しみましょう」
わたしが笑うと、パパがウインクする。でも、例のごとく、ウインクではなくて、ただのまばたき、なんだけれども。
★ ★ ★
翌朝、パパの運転する車から降りたら、校門の前がありえない騒ぎになっていた。駐車された黒光りする車から、デイビッドが降りると、あちこちでカメラのフラッシュが光り、ものすごい歓声が上がる。デイビッドはシティを守ったヒーローであり、悪玉の元ヒーローを捕まえた、パンサーの役になりきる。それがどんなに大変なことなのか、いまのわたしにはわかる。たくさんの嘘をつかなければならないし、どんなにイラついていても、イメージを壊さないように、爽やかに振る舞わなければいけないからだ。
「昨夜、車で運ばれたのを見た、という人がいますが、病院へ?」と記者。
「いいや、疲れて、内緒の自宅へ戻っただけだよ。住所は訊かないでもらえるかな? 大変なことになるからね」
記者の質問に、デイビッドが軽々と答えていく。
「配管工の女の子は、誰ですか? 恋人、という噂ですが!?」
げ! 誰にもバレていないというのに、いてもたってもいられなくなって、校舎を囲むレンガの壁に身体を寄せ、気配を隠すことに必死になっていたら、またもや爽やかにデイビッドが答えた。
「ぼくに特定の恋人はいないよ。キスは挨拶だよ。そうだろ?」
キャーッと女子生徒。中に絶対、ジェニファーも混じっているはずだ、間違いない。
「引退したのに、どうして復活を?」と違う記者。
「いっておくけど、もうぼくには、本当にパワーはないかもしれない。昨日すべてを出しきってしまった予感に、おそわれているんだ。だから、復活、というわけじゃない。詳しくはダイヤグラムの広報か秘書をとおしてくれ。ぼくの目下の敵は、学年末試験だからね」
どっと笑い声が上がった。これらのセリフは、きっとカルロスさんが考えたものだろう。デイビッドの裏側を知っているから、なんだか面白くなってきて、ひとりでにやつきながら松葉杖をつき、なんとか人混みをかきわけて、校門をくぐる。くぐりながらちらりと、押し寄せている生徒たちのすき間から、デイビッドを見ると目が合った。
デイビッドがにやっと笑った。だからわたしも笑顔を返す。また二週間前に逆戻り、というわけだ。でもあきらかに違うのは、デイビッドはもう、わたしを無視しない。そのうえ、名前も覚えてくれたし、まあ、いろいろあったけれど、友達と呼べる関係になれた、はずだ……、たぶん(これに関してはいまいち、まだよくわからないけれど)。
校門をくぐると、校舎のエントランスの前にいる、キャシーとアーサーを見つけた。のろのろと近づけば、腕を組んだアーサーが苦笑する。
「デジャヴな光景だな。そう思わないか?」
くいっと校門を、あごでしゃくる。
「なんにも変わってないって感じ」
階段がうまく上れなくて、のろのろしながら答えたら、キャシーが手を貸してくれた。
「でも、変わってなくて、逆にほっとするわ。すっごい毎日だったから」
キャシーのいうとおりだ。それにしても、三歳の子どもでも楽に上れそうな階段に、息切れしてるわたしって、まるでおばあちゃんになっちゃったみたいだ。
「うううう。全治三週間っていわれてるの。骨がちゃんとくっつくまで、あなたに面倒かけちゃうかも。よろしくね」
もちろんよ! とキャシーが返答してくれた。
「明日から学年末試験だぞ。土曜日がプロムで、翌日からホリディに突入だ。ちなみにニコル。忘れているかもしれないが、おれときみは市警におもむいて、聴取を受けなくてはならない。まあ、いまさらって感じだがな」
う! アーサーにいわれて、わたしはうなだれた。
「ああああ……、グイードのやつだよね?」
とてつもなく、面倒くさい!
「そしてマノロ・ヴィンセントの暴行容疑。きみは知らないかもしれないが、パンサーはいったん、船からマノロを連れて引き上げて、ふたたび船に戻ったんだぞ。そのマノロに手錠をかけた警官が、昨日パトカーに乗せていたことに、気づいてないだろうな。先頭から二台目の車に乗っていた」
「え! パンサーが?」
まったく気づかなかった、というか、いちいち車の中なんて見ていられないほど、パニくっていたのだから、もちろん知らない。
マノロのことなんて、すっかり忘れていたけれど、思い返せばあの距離を、爆破までの五分少々で泳ぎきれるわけはないのだ。わたしをヘリコプターへ乗せてから、パンサーがさらに飛びまわっていただなんて、思ってもみなかった。きっと、わたしがカメラのレンズを凝視している間に、マノロを陸地まで連れて行ったのだろう。
「ん? あれ? じゃあわたし、その件でも聴取されるっていうこと?」
ううううー、さらにとっても面倒くさいけれど、仕方がない。
「きみの聴取はリックが担当するから、安心しろ。父じゃなくてよかったな。相手が父なら、きみは永遠に解放されない、犯罪者並みに」
……うん。それは、命がけで避けたい。
始業を知らせるベルが鳴り、校門の人だかりがこちらに移動する。中央にいるのはデイビッドで、アーサーは生真面目な顔でジョークを飛ばした。
「見ろ。あれがゲルマン民族の大移動だ」
わたしとキャシーは、同時に吹き出した。
★ ★ ★
マルタンさんとアリスさんは、沿岸警備隊から解放されたそうだ。スーザンさんとリックのごたごたは、カルロスさんの「もう浮気はしない」というひとことによって、ひとまず落ち着き(リックが一番、迷惑をこうむった、といえる)、ローズさんは休暇を終えて職場に戻り、デイビッドは今日から、なんと、カルロスさんと一緒に、あのタウンハウスに住むらしい。
そして警察の内部にフェスラー家から、というよりも、テリー・フェスラーにお金をもらっていた警官が、私服警官の仲間の中に二人もいたそうだ。テリー・フェスラー逮捕の連絡が入るやいなや、ミラーズ・ホテルから姿を消したのだ。リックが追跡中らしいけれど、名前も顔も知られているので、捕まるのは時間の問題だとアーサーはいう。
ランチの時間に学食で、わたしとキャシーとアーサーがしゃべっていたら、女の子たちを山ほど引き連れたデイビッドが、ものすごくげんなりした顔であらわれた。腕にぶら下がっているジェニファーから、離れる気力もないのかされるがまま、トレイにサラダを載せただけで、テーブルに近づいて来る。さすがにほかの女の子たちは、同席できないので、結局ジェニファーとデイビッドが腰を下ろした。
うううーむ、ジェニファーがいるので、これ以上の内緒話は禁止だ。
「あんたら、昨日ラジオ聞いた!?」とジェニファー。
うん、聞いたけれど、聞いていないことにしてもいいかな?
「あたし、ラジオに出ちゃったんだから、マジで! ね? デイビッド!」
ジェニファーがぐぐぐと、デイビッドに顔を近づける。デイビッドはのけぞって、顔をひきつらせた。
「ああ、ああ、わかってるよ、ジェニファー。いいから落ち着いてくれよ」
どうしよう、しゃべりたいことが山ほどあるのに、そのどれもが禁句事項すぎて、ジェニファーの前ではしゃべれない。黙々とバーガーにかぶりついていたら、いきなりジェニファーがいった。
「それよかモンキー、ハンサムなジャズウィットは休みなわけ?」
う。ぐっと、バーガーがのどに詰まって咳き込むと、隣のキャシーが背中を叩いてくれた。ううう、わたし、もう本当に、孫にお世話されるおばあちゃんみたい!
「父親が倒れたとかで、無期限で休むそうだ」
さらっとアーサーが、無表情で嘘をいい放った。すっごい、アーサー。しかも、いまのも完璧な棒読みだ。
「あっ、そ。まあ、あんたもどっちみち、わけわかんないけど怪我してるみたいだし、プロムは関係ないもんね。てことで、デイビッド! あたしのプロムのドレス、すっごいんだから!」
アーサーの棒読みの嘘を、ジェニファーは信じたらしい。WJのことは完璧にスルーで、プロムに話題が移ってしまった。呆気にとられながら、目の前のアーサーを上目遣いにすれば、アーサーは軽く肩をすくめて、なにごともなかったかのようにチキンを頬張る。プロムにまつわる、デイビッドとジェニファーの押し問答を耳にしつつ、わたしはキャシーにささやいた。
「……プロムの日、絶対に家に寄ってね。パパにカメラを借りるから、みんなで写真を撮りたいの」
「もちろんよ、ニコル。それに、ママがずっと、プロムの衣装を縫ってくれてて、完璧なロルダー騎士の衣装が出来上がってるの。アーサーはまだ試着してないんだけど、多少サイズが合わなくても、黒いマントで隠れるでしょ? クリス・カーターなんかよりも、ずっとリアルなロルダー騎士になるはずなんだから……って、そうだ、ニコル。昨日わたし、はがきをごっそり買ったのよ!」
こそこそと、でも力強い声でキャシーがいう。ん? はがき?
「……はがき、って……」
なんだっけ? すると、キャシーがにやっとしていった。
「あのイケてない俳優に、ロルダー騎士をやらせるわけにはいかないわ。異議を申し立てるはがきを書くのよ、ニコル!」
そうだった。
「半分を請け負うよ、キャシー」
わたしとキャシーがテーブルの下で握手すると、アーサーがいった。
「その前に、勉強したほうがいいとアドバイスさせてくれ。キャサリンは大丈夫でも、きみはヤバいんじゃないのか?」
う。ごつんとテーブルに額をあてたら、アーサーがため息をついた。
「ホリディを過ぎたらきみは下級生、なんてことになってたら、史上最高に笑えるな」
それも……命がけで避けたい!
★ ★ ★
放課後、WJの入院している病院まで、バスで行くというキャシーとアーサーをエントランスで見送ってから、わたしは図書室でパパが来るのを待つ。試験勉強をしている生徒に混じって、教科書に見入っていたら、目の前の席に誰かが座った。顔を上げたら、げっそりした顔のデイビッドだった。
「うわ……お疲れさま、という感じだね」
デスクに両肘をついて、両手を額にあて、デイビッドはうなだれる。
「……さっきミスター・ホランドに抱きつかれて、顔中にキスされた。それはまあ、いいとしても、ジェニファーの「プロムに誘って」光線に負けそうだ」
「う。そ、そっか。だけどあなたはそのお……どうするの、プロム?」
はあ、と大きなため息をついて、デイビッドが顔を上げる。
「本音をいえば、バカ騒ぎをしたいところだけど、昨日帰った父親が、おれの口座をマジで没収していったし、スーザンはその日の予定をがら空きにしてるっていってたけど、仕事でもするさ。なにかあるだろ、雑誌のインタビューとか、撮影とか」
頬杖をついて、わたしを見る。
「きみが怪我でもしてないなら、どさくさにまぎれて一緒に参加したかったけどさ」
「う。……でも、わたしはどっちみち」
いいかけたら、デイビッドが小さく笑った。
「わかってるって。ただ、オシャレしたきみが見たかっただけ。土曜日みたいなのもいいけど、ウッドハウス家での感じがかわいかったし」
モテモテのデイビッドが、プロムに参加しないなんて、ありえない。記念すべき行事だし、プロムは来年もあるけれど、卒業したらデイビッドは、イギリスへ戻って、わたしやキャシーやアーサーとは、遠く離れた世界の住人になってしまうのだ。
「わたしがこんなこというのって、おかしいかもしれないけど、あなたには参加してもらいたいって思うな。カーデナルのプロムは面白いって評判だし、きっと楽しいよ。相手については……ジェニファーにしたらとか、もう押し付けないから、どうかな? それでオシャレして、プロムへ行く前に家に寄ってくれたら嬉しい! みんなで写真を撮りたいんだ」
「きみは行けないのに?」とデイビッド。
「うん。でも、写真撮ったら、参加したつもりになれるかなって」
ふ、とデイビッドが、ちょっと呆れてるみたいに微笑む。そこで、図書室に事務員のミス・モリスンがあらわれて、デイビッドに近づく。スーザンさんの運転する車が着いたようだ。腰を上げたデイビッドは、床に置いてあった大きな紙袋をわたしに差し出す。
「あれ? これなに?」
中をのぞきながら訊けば、
「きみのだろ、着ぐるみ。ホテルにあって、渡すのを忘れてたから。クリーニングには出してないけど」
汚れまくった着ぐるみの足の裏には、ミスター・マエストロのサインが残っていた。
「……ありがとう」
デイビッドが近づいて、わたしの髪をくしゃりと撫でる。
「プロムの相手は選別するよ。おれはきみの提案を、なんでも聞くことにしたんだ。なにしろおれの父親にたてついた、スーパー・ガールだからね」
わたしの頭を手のひらで包み、ぽんと軽く押してから、
「じゃあな、ニコル。また明日」
手を振りながら図書室を出て行った。わたしはデイビッドの背中を見送ってから、ふたたび着ぐるみのサインを見つめる。
苦い気持ちは胸に残るけれど、わたしにとってミスター・マエストロは、やっぱりミスター・マエストロだ。理由はどうあれ、十年前、彼は悪者をたくさん倒した、この街のヒーローであり、わたしとアランに夢を与えてくれた存在なのだ。
もしもミスター・マエストロに、いや、テリー・フェスラーに、なんでも話せる友達がいたらと、どうしても思わずにはいられない。心から信頼できる相手がいたら、悪玉になんて成り下がらず、語り継がれる伝説のヒーローとして、シティに名前を残していた可能性はじゅうぶんにある(ついでに、銅像もできていたかも)。
まあ、これって甘ったるい、お子さま的発想かもしれないけれど、だけど、だからこそわたしは思うのだ。わたしは、わたしが出会った人たちを、絶対にひとりぼっちにはさせたりなんかしないって。わたしにはなんの能力もないけれど、おしゃべりパワーだけは強烈なはずだし!
「……アーサーは死にたくなるっていうけど」
ひとりごちてから、笑ってしまった。
サイン入りの着ぐるみの足を、紙袋に押し込めてから肩にかけ、松葉杖をつかむ。校舎を出て校門の前に立っていたら、やっとパパの車が見えた。停まった車の助手席に乗ると、パパがいう。
「ちょっと芸人協会に寄って帰ろう」
「ああっと、パパ。その前に、病院に行きたいんだ。わたしの友達が入院してるの。それから」
足元に押し込めた紙袋を見下ろす。
「アランの家の住所って、ママが知ってるかな?」
「アラン? ああ、オットーの息子のことか、おまえが仲良くしてた男の子の? そういえばどこかへ引っ越したって、ママがいっていたような気がするなあ。だけどニコル、あの子はたしか……」
パパが言葉をにごす。そのとおり、この世にはいない男の子だ。
「うん、わかってる」
でもこのサインは、アランのものだ。小さなファンを覚えていた、ミスター・マエストロの良心の証。
「送りたいものがあるんだ。ずいぶん遅くなっちゃったけどね」