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SEASON FINAL ACT.29

 ライトアップされたブリッジと、乱立する高層ビルの灯りが、ヘリコプターから見下ろせた。そして、真っ黒な海。ルーナ河の下流から、少し離れた場所に、ぼんやりとした七色の光を放つ船がある。その光はあきらかに、あの装置によるものだ。

 ううううううー! いったい爆発まであと何分? たぶん五分はきっている、ような気がする! おろおろしながら乗降口に身を乗り出していたら、隣に座っている男性が、わたしの腰にシートベルトをまわしてくれた。それから、小さなマイクのついたヘッドフォンを渡される。装着すると、ヘリコプターの音は小さくなって、男性の声がすんなりと聞きとれるようになる。

「ぼくらの声はここから聞こえるよ。でも、中継するにはべつのマイクが必要だから、ネッドがきみに向ける」

 目の前のシートに座っている、カメラをかついだ男性が、しゃべりながらわたしの顔にレンズを向けた。

 ……ん? 中継?

「たったいま、パンサーとキスしたね! きみはパンサーの恋人?」

 白いシャツにネクタイ姿の、隣に座っていた男性が、わたしにマイクを向けた。どうやら彼がネッドらしい。興味津々、といった眼差しのネッドに、嬉々とした声音で訊かれたし、カメラのレンズががっちりと、わたしをとらえているけれども、これはまさか、もしや生中継、なんかじゃないよね? というか、というか!

「そ、そそそそ、そんなこと訊いてる場合じゃないんです! というか、というかええとう」

 最高にパニくってきちゃった、どうしよう!

「パンサーは誰を追いかけてるの? ミスター・マエストロを追いかけているんじゃないかと、ぼくは考えているんだけれど、どうかな? ミスター・マエストロは数日前に駅で、騒ぎを起こしているよね? それについてもきみはなにか知ってる? で、パンサーは、どこへ向かったのかな?」

 自分にマイクを向け、しゃべった男性は、すぐにマイクをわたしに突き出す。

「う! ふ、船に……」

「船?」とネッド。「どの船?」

 わたしを押しのけて、乗降口から顔を出したネッドが、指でカメラマンに合図する。下を映せ、という意味だろう。

「あれは……、今夜たしか、フェスラー家の婚約パーティが開かれていたはずだね。あの船は、もしかして!?」

 ズームアップしろ、とネッドがカメラマンに告げる。

「あの船でなにが起きたんだい? それで、パンサーはなにをするつもりなのかな? どうして、引退をやめたのかな!?」

 ただでさえパニくっているというのに、さらにわけがわからなくなってしまうから、お願いだからいっきに、たくさん訊かないで! もう、もううううう!

「あ、あの船には、ば……」

 爆弾が、といいそうになったものの、はたと思う。もしもあと数分で、あの船が爆発してしまうのなら、いまそうしゃべってしまったら、シティの住人はわたし以上にパニくる、のではないだろうか? いろんなことがいっきに起きすぎて、WJが心配すぎて、脳内のキャパが完全にオーバーヒートしてしまったわたしは、ヤケになって叫んでしまった。

「ふ、船に悪者がいるから、パンサーは倒しに行っちゃったんです! でも、パワーの限界すぎてて、どうなるのかわからないから、もうい、い、い、祈ってください!! というか、これ、生中継じゃないですよね!?」

 片眉をくいっと上げたネッドは、肩をすくめるとにやっと笑った。

「ウイークエンドショー枠の生中継だよ?」

 うっ! ということは、パンサーとキスした場面も、リアルタイムで流れてる、ということになる……とか、そんなことを心配している場合ではないんだってば、わたし!

 ネッドがカメラのレンズに手を伸ばし、自分に向ける。

「ルーナ河下流の船に、パンサーがいる模様です、皆さん! スクープです! ルーナ河下流の船に、パンサーがいる模様です! パンサーは疲労しているという情報が、配管工の少女よりもたらされました!」

 いいえ、配管工ではなくて、高校生です、と告げるべき? いいや、そんなことはどうでもいい! 髪をわしづかんだ恰好で、わたしが凍っていたら、ふたたび眼下にレンズをまわした、カメラマンの横顔が曇った。

「……なんだ、あれは?」

 はっとしたわたしは、乗降口から外を見下ろす。マイクをつかんだままの男性も、わたしの背後から顔を出した。

 風もなく凪いでいる海に、ゆっくりと大きな渦を巻く波がたっていた。その中心にあるのは、いまや眩しいほどの虹色の光を放つ、船だ。と、船が光を放射した。とたんに、時計まわりで回転する渦の早さが増す。やがて、アリ地獄みたいに、船を軸とした周囲の水位がゆるやかに下がる。船が激しく揺れ、船尾が傾く。

 きっともう時間なのだ。爆発する時間なのだ。もしも船が爆発してしまったら、テリー・フェスラーの、ミスター・マエストロのいったとおり、シティごと吹っ飛んでしまう、のだろうか。

 わたしはまぶたを閉じ、胸のあたりで両手を握りしめた。どうか神さま、お願いだから神さま、いままでいっぱいお願いしてきちゃったけど、今度ばかりはどうかどうか、お願いだからWJを、この街を、まるごとみんなを助けてください! そのためならわたし、大好きなチョコチップクッキーも我慢するし、学食のポテトも我慢します! ちなみに、あのポテトの揚げ具合は最高。ファストフード店は真似るべきだって思う……って、だから、そんなことはどうでもいいんだってば!

 どれほどの時間が経ったのか、わたしには感覚がない。でも、ずいぶん長いこと、渦は巻いていて、船は沈没しかかったまま、かろうじて浮かんでいるようすを保ち続けていた。すると、カメラマンがいきなり叫んだ。

「……おい、見ろよ、ネッド!」

 ネッドはわたしの背後から、さらに身を乗り出す。あああ、それ以上は押さないで、わたしが落ちてしまうから! まぶたを開ければ、中心街からルーナ河へ、きれいにつらなるライトの筋が、クラークパークや、C2Uの敷地を囲むように、浮かんでいるのが見えた。そのうえ河川に、たくさんのライトが集まっていたのだ。

 それは、車のライトだ。

「車だな。なにが起きてるんだ?」とネッド。

 すでに爆発していてもいい時間だ。でも、船はまだ海上にあった。もしかして、爆破はまぬがれた、のだろうか? それとも……と考えてから、とあることに思いあたり、わたしは硬直する。

 装置の中へバックファイヤーが投下されたのかも? だとすれば、船ごと別次元へ落ちてしまう。きっとそうだ、だから海に渦が、あんなに不気味な渦が、ぐるぐると巻かれているのだ。

「どうして山ほどの車が、河川に集まってるんだ?」

 ネッドがいうと、操縦している男性に向かって、カメラマンがいった。

「できるだけ降下してくれ!」

 ぐるん、と旋回したヘリが、河川へ近づく。すると、レンズを見つめるカメラマンの口が開く。

「……人だ」

 無数の人が、河川に集まっているのは、降下したヘリからも見えた。きっと中継を見た野次馬が、集まってしまったのだ。「なんだ野次馬か」とネッドがいったあとで、カメラマンはレンズをいじり、ズームアップする。

「……いや、違うな。ただの野次馬、ってわけでもなさそうだぞ」

「野次馬じゃない? じゃあ、なんなんだ?」 

 ネッドが訊けば、レンズから顔を離し、わたしとネッドを見たカメラマンが、困惑の表情で告げた。

「……全員が、祈ってるんだ」

 え?

 シートに戻ったネッドは、マイクをつかみ、指でカメラマンを指示する。自分にレンズが向いたところで、

「いったんスタジオへ戻します。キャスターのネッド・スポールがお送りしました」

 また指を立てる。カメラマンが、かついでいたカメラの電源を切ると、ネッドを見た。すると、ヘッドフォン越しにネッドの声がとどく。

「ほかのチームの中継は、追いついてるのか?」

 膝の上にカメラをのせた男性は、さあな、といった態度で、肩をすくめた。まぶたを閉じて腕を組んだネッドは、ぐっと眉根を寄せる。

「こいつはスクープだぞ。視聴率の記録更新になれば、おれの昇級は間違いない。こんなチャンスを待ってたんだ。海上のようすはたっぷり撮った。であれば降りて、感動的な場面撮影に切り替えるのはどうだ? 市民がスーパーヒーローの無事を祈る絵図ら。最高だぞ」

「まあ、いいんじゃないのか? この場はきみが仕切ってるんだ、任せるさ」

 まぶたを開けたネッドが、にやりとする。

「決定だ。クラークパークなら降りられる。許可はあとから取ればいい。そこから、集まってる人にインタビューしながら、河川へ近づくぞ」

★  ★  ★

 

 クラークパークへ着地したヘリから、身をかがめるように降りて走ろうとしたところで、わたしはネッドに腕をつかまれ、名前や住所を訊かれるはめになった。あとでじっくり、インタビューをしたいといわれたけれど、テレビに映って目立つなんてことをしたくはない(まあ、ただでさえすでに、目立ったことをしてしまっているのだし……。うう、うううう!)。だからわたしは、てきとうな名前と住所を告げて、中継チームからすぐさま離れた。

 公園内を北へ向かって、ひたすら走るわたしの目に、海岸沿いに駐車している車が映る。降りた人びとはみんな、海を見ていた。車体の上に乗っている親子連れもいれば、パンサーのポスターを掲げているカップルもいる。みんな自宅から、乗っている車から、ラジオを聴いたりテレビ番組を見て、ここへ押し寄せたのだろう。そして、彼らのほとんどが、胸のあたりで両手を組み、祈っていたのだ。

 離陸するヘリコプターの音を背にして、わたしは河川まで、ひたすら走った。身体のあちこちが痛かったし、とくに港で、木箱の角があたった右足が痛かったけれど、わたしの痛みなんて、パンサーの疲労に比べたらどうってことない。息をきらしながら、オレンジ色のライトの灯る、公園内を走っていたら、木々の間に隠れるようにして、放置された「なにか」が、視界に飛び込んだ。

 ん?

 あれは……自転車……? だろう。ハンドルが幹からのぞいている、ような気がして近づけば、やっぱり自転車だった。

 しかも、奇跡的に、タイヤもハンドルも盗まれていない自転車だ! まるごとちゃんと残っている自転車! そのうえそれは、わたしのマウンテンバイクだったのだ!

 アーサーがキャシーを助けるため、わたしの自転車を借りたものの、息切れしてパークに捨てた、わたしのマウンテンバイクが、危機的状況のわたしのもとへ戻ってきた、みたいだ。これは神さまのおかげだろうか? ということは、わたしは以後、チョコチップクッキーも学食のポテトも、避けなければならない運命にあるらしい……とか、そんなことを考えている場合でもない。

 ハンドルを握り、またがる。それにしてもシティで、鍵のかけられていないマウンテンバイクが、盗まれもしていないだなんて、しつこいけれど奇跡としかいいようがない。それとも、あまりにもボロボロすぎて、誰にも相手にされなかったということ? それはそれで嘆かわしいけれど、ともかくこれでいっきに、河川まで行ける!

 芝生の公園内を突っ切り、木々の間を抜け、草木をかわし、花壇……は避けて、クレセント博物館の建物が見えてきたところで、ぐいっと右折する。立ち漕ぎしながら猛スピードで、駐車されている市民の車を過ぎ、祈っている人びとを横目にしつつ、わたしも心の中で、何度も何度も、WJが大丈夫でありますようにと繰り返した。

 C2Uの時計塔が前方にあらわれ、もうすぐ河川だというところで、ものすごい人だかりがわたしの視界に飛び込んだ。そこで自転車を乗り捨てて、人混みの中へ突撃する。奇妙なことに、周囲はありえないほどの静寂に包まれていた。誰もがなにもしゃべらない。ただルーナ河へ向かって、海へ向かって、いまだ渦を巻く海上の中心にある、傾いた船を見つめたまま、両手を重ね、見守っていた。

 しゃがみながら、ときに背伸びしながら、そんな人びとの間を、ぬうように過ぎていたら、ふいに子どもの声を耳にする。

「どうして祈るの?」

「悪者を、パンサーが倒そうとしているんだ」

 父親らしき男性の声が返答した。

「悪者なの?」

「そうらしい。きっとすごい悪者なんだろう。ラジオでいっていたからね。パパたちにはなにもできないから、パンサーの無事を祈るんだ。好きだろ? パンサー」

 うん、という子どものあとで、父親が続けた。

「パパにも好きなヒーローがいたぞ。葉巻をくわえたクールなヒーロー。ギャングをばたばたとやっつける、ミスター・マエストロだ」

 なぜだかその言葉を耳にした時、わたしの目にぼわりと、涙があふれてしまった。手の甲でごしごしとぬぐいながら、振り返る。女の子を肩車した若い父親が、わたしの斜めうしろに立っていた。

 母親らしき女性が、父親に頭を寄せる。

「駅にあらわれて、騒動を起こしていたわよね? あなた、新聞を見て、わたしに教えてくれたじゃない?」

 父親が、さみしげに目を伏せていった。

「……悪者というのが、ミスター・マエストロでなければいいんだが」

 わたしは、船の中で、パンサーがテリーに告げた言葉を思い出す。伝説になるかもしれなかった、ヒーローの名前をけがした、その罪は重すぎると、パンサーは、WJはいったのだ。

 そのとおりだ。

 あふれる涙をぬぐいつつ、ふたたび人混みをかきわけて、やっと、パトカーを見つけた。パトカーのそばに立つ、アーサーらしき黒髪を発見したので、近づいてシャツの背中をぐいっとつかむ。

「ニコル!? どうしたんだ、ゴーストか?」

「ゴ、ゴ、ゴーストじゃないってば! あっちからいろいろあってこっちに戻って……」

 息をきらしつつ、わたしがいいかけた時だ。太陽のような激しい熱と光が、船から放たれて、「おおおお!」といっせいに声が上がる。直後、船が渦の中へ、吸い込まれていきそうになる。すでに船尾は海に沈んでいる。直角に起立した船体が、どんどんと漆黒の海へ飲まれていく。

 わたしはアーサーのシャツをつかんだまま、思いきり背伸びをして、船から、渦の中心から、上空へ飛び上がる存在の輪郭を捜した。だけど、どこにも見あたらない。まったく、どこにも、見あたらないのだ。やがて、光を失った船は、抵抗することもなく、うねる渦の中へ消えてしまった。

「……どうしよう、アーサー。どうしよう……」

 アーサーはなにもいわない。信じたくない光景を目のあたりにして、わたしはいっきにめまいにおそわれ、まぶたを閉じた。その場にへたり込みそうになったところで、誰かが叫んだ。

「見ろ!」

 どきりとして、まぶたを開けたわたしの視界に、今度は、真っ青な光が映る。ちょうど、船が沈んだあたりから、すうっとひと筋、闇夜へ伸びるブルーの光だ。と、その光が、四方八方へ広がり、すぐに消えた。

 え、と思った矢先、ほんの一瞬、シティ中のライトがいっきに落ちて、ふたたび灯りをとり戻す。直後だった。

 上空から、クラークパークの方角へと、一直線に下降する存在を、わたしは見た。慌てはじめた警官たちが、すぐさまパトカーへ乗り込む。

「来い、ニコル!」

 アーサーに叫ばれて、わたしも後部座席へ滑り込む。エンジンのかかったパトカーは、サイレンとクラクションを鳴らしながら、人混みの中を疾走する。C2Uを過ぎ、博物館を越える頃には、海岸沿いに駐車されている車が邪魔になり、パトカー三台&フランクル氏を乗せた車は列をなして、公園へ入り芝生を走った。

 わたしの心臓は、いまにも押しつぶされそうだ。どきどきしていて、どうしようもないほど落ち着かない。

 目にした存在が、どうかパンサーでありますように! どうか、WJでありますように! 

 ぎゅうっとまぶたを閉じ、両手を組んだ恰好で座っていたら、パトカーの車内に、無線機の声がとどいた。

「前方に発見。いたぞ。車を停める」

 四台の車のエンジンが停まる。座席から降りたわたしは、いっきに前へ向かって駆けた。先頭を走っていたパトカーのライトが、地面に伏せる存在を照らしている。それは。

 それは、パンサーではなかった。

 意識を失っているかのように、微動だにしない人物は、シャツにスラックス姿の、テリー・フェスラーだった。

 フランクル氏が、手錠を取り出す。倒れるテリーの両手首に、手錠をかけながら、わたしの隣に立っているアーサーへ顔を向けた。

「……犯人確保、だ」

 いつも厳格な雰囲気をたたえたフランクル氏の顔に、かなしげな表情が浮かぶ。船から脱出したのは、パンサーではなかったのだ。パンサーではなくて、テリー・フェスラーだったのだ。じゃあ、パンサーはいったいどこへ、行ってしまったというのだろう?

 わかっている、海の底だ。もしくは、渦を巻いた先にある魔界、別次元。WJは消えてしまった、もうこの世界の、どこにも存在しない男の子に、なってしまったのだ。

 足の力がなくなって、とうとうその場へへたり込んでしまったわたしは、両手で顔をおおい、そのまま地面に額をくっつけて、遠くなっていく意識を……と、その矢先に。

「ニコル」

 アーサーの声が、頭上にそそがれた。だけどわたしには、返事をする気力なんてない。これは夢に違いない。起きたらいつもの自分のベッドに眠っていて、ああ、ひどい夢だったって思うはず!

「ニコル」

 またアーサーに呼ばれる……って、ん? いや違う、アーサーではない。声が違う、気がする。地面から顔を上げたら、黒いブーツが見えた。アーサーはスニーカーだし、警官の誰かの足元、だろうか? ずずずと視線を上げたところで、わたしはあんぐりと口を開けてしまった。

 パンサーのゴーストがしゃがんで、わたしを見下ろしていたからだ。

「……ど、どどど、どうしようアーサー。わたし、ゴースト見てる」

 衝撃のあまり、とうとう狂ってしまったらしい。このまま精神病院送り決定だ。でも、ゴーストでもいい! わたしはブーツを両手でつかんで、しがみつく。

「ゴ、ゴーストでもいいから、消えないで!」

 とは叫んでみたものの、大変だ。革っぽい感触がちゃんとある。どうしよう、ゴーストをつかむことも、できるようになってしまった、みたいだ!

「見放すつもり、だったのに、どうしても、寸前で、テリーを見捨てられなくて、なんとか、脱出したんだ。テリーは意識がないから、手錠をかけて、もらいたくて、きみたちを、捜していただけだよ」

 ゴーストのパンサーが、はあはあと息をきらしながら告げる。ん? というか、つまりこれって、ということは?

「……ゴースト、じゃないの?」

 わたしのそばにしゃがむパンサーの口元に、笑みが広がる。

「じゃない、よ。……ああ、ひどく疲れた」

 がくん、と地面に両膝をつき、

「すごく、眠い」

 つぶやくようにいったパンサーの身体が、前のめりに倒れる。だからわたしは起き上がり、とっさにパンサーの背中に腕をまわして支えた。

「きみがへたり込んだあとで、どこかから飛んで、おれたちのそばに着地したんだ、ニコル」

 アーサーがいった。

「ゴーストじゃない」

「……うん」

 わたしはパンサーを抱きしめる。大丈夫、パンサーの体温はとても暖かい、だから生きている、ということだ。WJは生きている。生きて、戻ってきてくれたのだ。

 安堵しすぎたからか、とたんに自分の身体のあちこちの痛みが、いっきに増した。とくに、とくに右足だ!

「うう、うううう、右足がすごく痛い。びりびりしてる感じ!」

 わたしがいうと、アーサーがあっさりと返答する。

「ああ。それは骨折してる、んじゃないのか?」

 おかしなもので、そういわれると、とたんに激痛が走って、パンサーを支えきれなくなり、そのまま背中から地面に倒れる。わたしはパンサーの重みを感じながら、すぐさま意識を失った。

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