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SEASON FINAL ACT.28

 パンサーによってライトが砕かれた船室は、装置から放たれる、七色の不気味な光に頼っていた。

 三階の船室の天井をつらぬく穴。そこからこちらをのぞくテリー・フェスラーに向かって、パンサーはすぐさま、両手を突き出した。パンサーのグローブから放たれた、雷のような光の筋が、テリーの足元をからめとる寸前、その場からテリーが飛び去る。同時に、ピストルの弾がなくなったのか、船室のドアの外にいたマノロの、発砲音が止んだ。するとすぐさま、マノロがドアを蹴った。

「……パンサー? なにをしてるんだ。こいつはなんだ?」

 落ち着きのない視線であたりを見まわし、しかめ面を装置に向けて、マノロが訊く。

「ミスター・マエストロの、ものだよ」

 床に片膝をついたまま、はあはあと、荒い息を吐きながら答えるパンサーの体力は、わたしから見てもあきらかに限界だ。直後、マノロが蹴って開けたドアから、テリーが姿を見せる。振り返ったマノロの身体が、またもやテリーによって吹き飛ばされ、パンサーによってゆがめられた船室の壁に、背中から激突した。ちょうど、巨大計算機みたいなコンピュータの角に、後頭部があたったマノロは、うめきながら床に倒れ、動かなくなる。

 ああああ! 邪魔くさい人だけれど、このまま死んでほしいわけではない! 部屋のすみで、ソファの影になってうずくまっていたわたしは、とうとう思わず、マノロのそばへと飛び出してしまった。マノロの意識はないけれど、息はしていたので、わたしが安堵したのもつかの間。

「そこにいたのか」

 わたしを見つけたテリーは、にやりとすると、ジャケットからたばこを取り出して火をつけた。くわえたたばこの紫煙をくゆらせながら、片膝をついたままで動けずにいるパンサーを見下ろす。

「なるほど。それできみは、自分の限界に挑戦しているんだな、面白い、本当にきみたちは面白い。人数が増えたのならそれでもいい。魔界へ向かう仲間が増えただけだ」

 たばこをくわえたまま、ドア口で一歩しりぞいたテリーが、軽く右手を揺らした。その手をふ、と突き出す直前、パンサーがふたたび、光の矢をグローブから放つ。それはまるで、どこまでも伸びる、輝く鞭のようで、それが、瞬時にテリーの足首にまとわりつく。ぐっと、パンサーが両手を肘ごと引けば、テリーの身体が振動を続ける装置まで飛ばされ、どさりと床に落ちた。

「あなたには、たばこを吸う余裕がある、みたいだけれど、こっちにはそんな余裕なんてないんだ、ミスター・マエストロ」

 起き上がろうとするテリーが、床に両手をつく。でも、パンサーはそれを許さない。パワーの限界に挑むといわんばかりの、気迫をただよわせて、身体全部で息をしながら、立ち上がったパンサーは、テリーに向けて両手を突き出し、自由を奪う。いつか、ドン・グイードの身動きを封じた時のように、テリーの身体は、球体の装置に背中を押しつけた恰好で、宙を浮いた。

 苦しげに顔をゆがませるテリーは、それなのに口角を上げて、

「ひとりでは、弱々しい青年だというのに」

 笑うのだ。

「なにもできない、ちっぽけなお嬢さんがそばにいるため、守ろうとしているのか? 滑稽なことだ。滑稽で、けなげなことだ」

 にやつくテリーの義眼が、あやしげにまたたいていた。テリーに向けて、両手を突き出したまま、パンサーが近づく。その腕の筋肉が、震えるように盛り上がっている輪郭が、黒いコスチューム越しに見てとれた。

「笑えばいいさ、テリー・フェスラー。あなたのいうとおり、ぼくはひとりではなにもできない。でも、あなたはどうだ? あなたが雇った人間はひとりも、あなたのために、この場に残っていないだろ」

 パンサーはマスク越しの顔を、眉根を寄せたテリーの顔の間近にする。

 テリーの身体が押し付けられている装置が、尋常ではない早さで振動しはじめる。わたしとマノロのそばにあるコンピュータは熱を帯びて、床に意味不明なレシートの束をつくっていく。そこでわたしは、テリーの視線に気づいてしまった。テリーはパンサーの肩越しに、こちらを、いやコンピュータの上部に視線を送っていたのだ。それで、わたしもコンピュータを見上げる。灰色のロッカーのように見える、縦長で鉄製の上部に、赤く点滅するデジタルの数字。その数字がなにをしめしているのか、はじめて見た時にはわからなかったけれど、どんどんと目減りしていて、なんだかまるで、これは。

 ……うーん、こういうのを、テレビドラマの保安官シリーズで、見たような気がする。どこかに時限爆弾が仕掛けられていて……とまでいきあたって、わたしは凍った。

「す、数字が!」

 思わず叫んでしまったら、パンサーが振り返った。同時に、パワーがゆるんでしまい、テリーが床に着地してしまった。自分の首を手でおさえつつ、呼吸をととのえながら、はっとしたパンサーを、今度はテリーが吹き飛ばす。

「ああ、ああああ、ごめん!」

 わたしが叫んじゃったせいだ!

 ドアのそばの壁に激突したパンサーが、どさりと床に倒れる。

「物質を渡すんだ、パンサー。きみが持っているんだろう?」

 パンサーが起き上がろうとするたびに、今度はテリーがその動きを封じる。パニくったわたしは、気絶しているマノロのジャケットをまさぐった。もはや弾もないだろうピストルを、ぶるぶる震えながらつかんで、両手にして、その場にしゃがんだまま、テリーの背後にそれを向けて、みた。

「う、う、う、撃ちます!」

 ちょっと待ってわたし、撃とうとしているのに撃ちますって、告白しちゃったらダメじゃない!? 

「ダメだ、ニコル!」

 パンサーが、苦しげに叫ぶ。肩越しにわたしを見やったテリーが、不気味な笑みを浮かべた。

「ほう。無駄なことをするね、お嬢さん。弾がないのは知っている。思うぞんぶん、引き金を引けばいい。だが、使い方を知っているのかな?」

 うう、ううううう、知るわけない!

「……かわいらしい若者たち。反吐がでる友情ごっこは終わりだ。まあいい。物質が手に入らずとも、どのみちこの船は、あと十二分で爆破される。わたしもろとも、あの世行きだ。なにもかもがきれいに終わる。だが、海の上だからと安心するのは早いぞ。ちゃちな爆弾が仕掛けられているわけではないからな」

 床へ押しつけられているパンサーへ、両手を突き出した恰好で、テリーがいった。

「その装置が爆破されたら、どうなるか。中には中性子並みのパワーを秘めた、エキゾチックな物質がまだ残っている。シティもろともあの世行きだ」

 え! 凍るわたしの指から、ピストルがこぼれ落ちた。だったら、だったらそもそもの電源? わからないけれど、アーサーのいっていたとおりに、この無数のケーブルのどれかを、てきとうに切ってしまえば、いいんじゃないかな!

 ナイフで? ナイフなら階下の船内に、パーティの名残りのナイフがあるはず! それともいっそ噛み切っちゃう? わたしが足元のケーブルに手を伸ばせば、テリーが声を上げて笑った。

「無駄だ。きみがしようとしてることは、爆破を早める行為だといっておこう」

 えええ!? だったら、マルタンさんとアリスさんは、ケーブルを切らなくてよかったのだ。よかった……と、ほっとしている場合ではない、どうしよう!

「逃げるんだ、ニコル!」

 床に這うパンサーがいう。

「そんなことできない! マノロもいるし、あなたもいるし!」

 ……それに、ミスター・マエストロも。

「あ、あ、あなたのこと」

 ケーブルのそばで膝をついたわたしの口から、さまざまな衝撃で真っ白になりそうな頭に、すっと過る思いが、ほろほろとこぼれていった。

「あなたはわたしに、サインしてくれたじゃない! 着ぐるみの足の裏に。それって、それって、アランのことを覚えていてくれたからでしょ? 最後まであなたのファンだった男の子のことを、覚えていてくれたからでしょ? わたしだってあなたのファンだったし、テレビのガイドブックで、あなたの特集が組まれてあったりして、ロバート・マッコイみたいに、覚えている人だって、きっとまだいるのに。どうして、誰も、自分のことを忘れちゃってるなんて、思っちゃうの?」

 テリーは無言だ。でも、わたしはかまわずに続ける。

「あなたと家族のことは、同情するけど、あなたがミスター・マエストロだった時に、誰も気づかなかったのは、あなたが気づいてもらいたくない、みたいに、振る舞っていたからじゃない? いまは変装してないけど、変装していたりしたら、デイビッドみたいに、自分がヒーローだってカミングアウトしてくれなくちゃ、わたしたちには伝わらなかったはずだって、わたしは思うから。まあ、本当のパンサーは違ったけど、わたし、というかわたしたちは、あなたみたいに万能じゃないもの。心が読めるわけでもないし、視力がすごくいいわけでもないもの。いってくれなくちゃわからないことって、いっぱいあるのに」

 テリーの横顔が、こわばったように見える。

「いってくれなくちゃわからないんだもの! 寂しいとか困ってるとか、あなたは誰かに伝えたの? それって、勇気のいることだし、プライドのある人ならむずかしいことかもしれないけど、かっこわるいことじゃないのに。そうしたらあなたにも」

「おれにもなんだっていうんだ?」

 わたしの言葉をきって、マエストロの口調ではなく、テリーがつぶやいた。そこで、ほんの一瞬、すきを見せたテリーにパンサーが気づき、起き上がる。ずん、とパンサーの突き出した両手より、暴風が吹き抜けて、テリーの身体が装置まで舞い上がり、落ちる。床に這うテリーの背中を、すぐにパンサーが押さえつけた。

「……おれにもなんだっていうんだ、ニコル・ジェローム。おれの母は、手を触れた他人の心が読める女だった。それをカイル・フェスラーは気味悪がり、能無しの豚をそばにはべらせた」

 とぎれとぎれに、テリーがいう。

「誇りに思ってほしかっただけだ。ギャングを倒す謎のヒーローは、自分の息子だと、気づいてほしかっただけだ」

「あなたはまるで、子どもだ。ミスター・マエストロ」

 大きく息をしながら、パンサーがいうと、テリーはあざけるように笑った。

「同じ穴のムジナのくせに、偉そうなことをいうな、パンサー。いや、ウイリアム・ジャズウィット。おまえのことなど、催眠術をかけたカルロス・メセニがすべて教えてくれた。捨てられた恨みはないのか? おまえの本当のラストネームはウェルズリー。爵位を持ってる資産家の親は、おまえを捨ててパーティ三昧だ。キャシディ家の親戚に引き取られたことなんて、とっくの昔に知っている。海の向こうの街で活躍するヒーローが、キャシディ家の息子ではなく、おまえだと気づいているかもしれない。であれば、きっとおびえているぞ。おまえが、得体の知れないパワーで、いまにも復讐であらわれるんじゃないかとな、モンスター」

 わたしは、パンサーを見つめた。テリーは床でもだえながらも、わたしをにらみすえている。

 WJの両親が、爵位を持ってる資産家だなんて、もちろんわたしは、知らなかった。それをWJは、知っていたのだろうか?

「ウィリアム、ウェルズリー」

 テリーがはっきりと、発音する。

 パンサーの、マスクをしている表情は、わたしにははっきりと見ることができない。けれどもパンサーは、ぎゅっと、刹那、口を結んだものの、すぐに口元に笑みを浮かべて、息をととのえながら告げた。

「そのとおり。だからなんだっていうんだ? それはぼくの過去だ。いまはここ、ここにある。触れてもいないのに物を壊して、いきなり宙を飛ぶ子どもがいれば、誰だって怖がるだろう。ぼくは、彼らを恨んでいない。いや、違うな。はじめはたしかに恨んでた。でも、ぼくを必要としてくれる人が、新しい家族になったんだ。なにもかも、あきらめていたぼくを、必要としてくれる人たちがね。血のつながりなんて関係ない、一緒に過ごす時間が、家族にしてくれるんだ。あなたはかわいそうな人だ、ミスター・マエストロ。いや、テリー・フェスラー。あなたを必要としていた人が、たくさんいたはずなのに、あなたはそれに気づけなかっただけ。同情はする、でも同意はできない」

 パンサーが、ぐっと、両手に力を込める。そこから放たれた圧力で、テリーの身体が床にめり込む。うめき声をもらしているというのに、テリーの顔はゆがんだ笑顔に満ちていた。

「あなたは、伝説になるかもしれなかったヒーローの名前を、けがしたんだ」

 グローブ越しの手を握りしめて、腕を振りかぶりながら、パンサーがいった。

「その罪は重すぎる」

 ふ、と宙に浮いたテリーの身体が、壁にあたった。衝撃とともに床へ倒れたテリーを見下ろしてから、パンサーがコンピュータの数字に顔を向ける。つられてわたしも数字を見た。あと六分。その時、轟音が遠くから聞こえはじめ、パンサーが気絶するマノロのそばにしゃがんだ。頬をつまみ、軽く叩く。肩をつかんで揺らすと、マノロがうっすらとまぶたを開けた。

「……ああ、あああ。なんだっていうんだ」

 ぼんやりしたような声でささやく。

「デッキに救命胴衣がある。泳げるか、マノロ・ヴィンセント?」

 てきぱきとした口調で、パンサーがいえば、マノロは顔をしかめてわたしを見上げた。

「……チャック! よくもおれを!」

 マノロの胸ぐらをつかんで、パンサーが顔を近づけた。

「よく聞くんだ。この船が爆破される。理由はたっぷりあとで話す。というよりもたぶん、ニュースになるかもしれない。ともかく、あなたはこの船から逃げたほうがいい。救命胴衣を装着して、すぐに海へ飛び込むこと」

 テリーはまだ、床でうめいていた。パンサーがわたしを見て、ぐいっと腕をつかみ、引き寄せた時だった。ヘリコプターの轟音が、ちょうど真上からひびきはじめ、天井からまばゆい光が射し込んだのだ。

 パンサーは、わたしの腕を引っ張り、立ち上がらせる。

「マスコミのヘリに見つかったみたいだね。ちょうどいい。しっかりつかまって」

 しゃべりながらわたしを引き寄せて、わたしの頭をグローブで包み、ぐっと抱えるように、自分の身体へ押し付ける。

「……知ってたの?」

 パンサーの、WJの胸に額をくっつけたまま、わたしは訊ねた。

「なにを!?」

 ヘリの音がすごすぎて、パンサーが叫んだ。

「その。その、お父さんとお母さんのこと!」

 わたしも叫ぶ。すると、パンサーがわたしの髪に、グローブの指をからませ、耳に唇を近づけた。

「知ってたよ。でも、ぼくのいまの両親は、テキサスで農場を営んでる。ぼくの名前はウイリアム・ジャズウィット。ジャズウィットだ」

 ぎゅうと、わたしの背中に腕をまわすパンサーの胸が、呼吸するために、荒く波打っていた。

「シャロンはキャシディ家から離れて、ジャズウィットという名前の、一般人と結婚したんだ。ロイ・ジャズウィット。ロイの趣味は読書とギターで、シャロンの趣味は歌を歌うこと。近所のパブでよく歌ってる。ぼくは陽気な彼らから、たくさん学んだんだ、ニコル。もしもウェルズリーを名乗っていたら、いまごろぼくは窮屈な生活を強いられて、テリー以上のワルになってたかもね」

 装置の上に開けられた穴から、放射するヘリコプターのサーチライトが、パンサーのマスクのサングラスを照らした。

「そうしたらきみにも、きっと一生会えなかったんだ」

 ブーツのかかとで、床を二度踏み、わたしの腰に左腕を巻き付け、抱きしめたまま腰を低めたパンサーは、三度目で床を蹴り、装置を蹴って、穴からいっきに、垂直に飛んだ。

 わたしはまぶたを閉じる。ヘリコプターの振動音で、鼓膜がやぶれそうだ。そう思った直後、わたしの身体に強い振動がガツンと伝わり、パンサーに腕をまわしたまま、まぶたを開けると、

「乗って」

 耳元でいわれる。上空を飛ぶヘリコプターの、ドアのない乗降口に、わたしを抱いたままのパンサーが、右手でしがみついていた。はっとして振り返ったわたしの腰を、ヘッドフォンを装着した男性がつかんで、

「パンサーだ! パンサーだ、カメラをまわせ、まわせ!」

 叫びながら、椅子へと引き寄せてくれる。同じく、ヘッドフォンを装着し、肩にテレビカメラを担いだ男性が、機体にしがみつくパンサーに、レンズを向けた。

「彼女をお願いします。それから、ここからできるだけ遠くへ!」

「あなたはどうするの!」

 わたしが叫んだら、左手を伸ばし、そのグローブで、わたしのあごを優しくつかんだ。マスクをつけているWJの唇が、わたしの唇にそっと触れる。

 それはほんの一瞬のことで、わたしの問いには答えないまま、パンサーが機体から手を離す。落下していく漆黒のヒーローを、頼りないわたしの視力は、すぐに見失った。

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