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SEASON FINAL ACT.15

 どんなに落ち着きがなかったとしても、アーサーとデイビッドとキャシーに囲まれて、約束の時間までたっぷりとスパルタ指導されたら、

「……ミス・ジョーンズ、まだ着かないのかしら?」

 こうなる。そう、これはわたしがいったセリフだ。

 スーザンさんの運転する車の後部座席で、頭に分厚い教科書を載せられているかのような姿勢を保ち、メイクとタキシードの似合う振る舞いを身に付けたわたしは、いまや落ち着きのないニコル・ジェロームではない。

「パーティの前に病院へ連れて行ってくれよ、スーザン。足のつま先が腫れてきた気がする」

 わたしの隣で、半分ジョーク、半分本気、みたいな声音で、デイビッドがいった。う、それは……無理もない。だって、ダンス指導を受けている間中、何度デイビッドの足を踏んだのか、自分でもわからないくらいだから。百万回? いや、一万回かも。

「おかげでわたしは完璧。すごくクールでしょ?」

 まっすぐに前を向いたまま、微塵も動かずにいってみた(これはわたしにとって、奇跡と呼べる)。すると、デイビッドはわたしの肩に手を置き、うなだれた。

「……ニコル、ワイヤー入りのタキシードを着てるみたいだよ。そのぎこちなさのせいで、おれはロボットを連れて来たと噂されるかもね」

 たしかに、このピシッとした姿勢を保つため、首を左右に振ることもできないでいるのだ。だって、ちょっとでも左右に振ったら、いまにも腕を組んだアーサーの顔が近づいて、尋問口調で、

「想像するんだ、ジェローム。貴様に気づいた変装しているマエストロが、貴様に近づき、貴様にピストルを押し付け、貴様の背中から弾丸が入り、貴様は血まみれ。貴様の葬式に参列したご両親は哀しんで、仕事どころではなくなり、破産だ。やがてホームレスになり、教会の施しを受けるようになる。そして貴様はもちろん、プロムどころではない。滑稽なアクションのせいでマエストロにバレて、死体、だからな。墓の下はおそろしいぞ、貴様の死体に群がる無数の虫どもが眼球から……。どうだ、想像できたか?」

 と、延々と脅されそうだからだ! ここにアーサーはいないというのに、脳裏に刻まれた尋問的指導のせいで、すっかりトラウマ。だからこそなんとしてでも、それを現実にしてはいけないのだ!

「アーサーは間違いなく、腕利きの警官になれると思うな。わたし、あれのせいで、この先数日間は眠れない気がする」

 口調はもとに戻ってしまったけれど、姿勢は崩さずにいうと、デイビッドはため息をついた。

「あいつには捕まりたくないね」

 車はシティを南下している。空はすでにとっぷりと暮れていて、濃紺のセロファンみたいな色の空に、三日月と呼ぶには細すぎる月が、高層ビルのすき間から見える。街灯に、無数のネオン。交差点を行き交う、週末を楽しむ人びとに、いますぐ混ざりたい。でも、いまわたしが向かっているのは、待ち合わせに指定されている、おそるべきギャングの巣窟的キャバレーであり、さらに最終目的地は、自分が拉致された船なのだ。もう、笑うしかない。

「招待状よ」

 スーザンさんが、指に挟んだ白い封筒を掲げた。受け取ったデイビッドが中を開ける。

「プチビートルズはマノロ・ヴィンセントのプラスワンだけど、偽名を使ったほうがいいわよ。ニコル・ジェロームじゃ、プチビートルズだって宣言してるみたいなものでしょ。なんでもいいから、テキトーにみつくろってちょうだい」

 いつにも増して、カリカリしているような口調でいわれた。大人同士の話し合いは、まだ終わっていないらしい。リックとのキスは、カルロスさんへのあてつけなのか、それともまさか……本気? なんて、そんなことに首を突っ込んでいる場合ではない。のだけれども。

「どうするんだよ、スーザン。リックとキスしちゃって」

 招待状をポケットにおさめたデイビッドが、わたしの気になっていることを、ストレートに訊いてしまった。

「そうよ! しかもそれを、マノロ・ヴィンセントに見られたのよ! 他の客ならいざ知らず、あろうことかあの男に! まるでネズミを見るみたいな目で見られたわ『このクサレ女が? オエーッ』みたいな目でよ。そのあとやって来たカルロスも、キスひとつで大騒ぎしちゃって、高校生かっていいたいわね」

 ……う、たしかに。わたしたちはわたしたちで、キスにまつわる別件で、若干大騒ぎ……しちゃってました。

「雰囲気でそうなっちゃうことってあるじゃない。密室でセクシーな警官と二人きり、微妙な空気が流れただけで、ゴリ押しなんてしてないわよ。でも、いい気味って思ってるところもあるわね……フフフ。わたしは自分にゾッコンだって思ってたんでしょうよ、せいぜいもやもやすればいいのよ! あのクソ男、美人の催眠術師に、何度も妙な視線を送ってたんだから!」

 ハンドルをペシリとたたく。

「み、妙な視線?」とわたし。

「ヘイ、ベイビー? みたいな甘い視線よ。おわかり? プチビートルズ!」

 よくわからない……。

「ベイビー?」

 ちょっとだけ前のめりになって訊けば「こういうのだ」とデイビッドが、わたしの肩をつつく。だから、ゆっくりと(アーサートラウマによるぎこちなさで)デイビッドに顔を向ける。デイビッドは、うっとりしているみたいな、ちょっと憂いのある眼差しで、わたしに顔を近づけ、にやっとした。

 ベイビー視線を送っている、つもりらしい。

「……う。そ、そういうの、なの?」

 念を押したところで、デイビッドがブロンドの頭を垂れる。

「……ああ、こういうのだと思うよ。た・ぶ・ん・ね。これまではこうしただけで、相手の女の子が唇を突き出してきたからさ。マジできみの鈍感さのせいで、おれの自信はマイナスだよ。パーティでプラスに盛り返さないと、今後誰ともデートする気になれないな。おれに最悪なトラウマを刻みやがって、このビッチめ」

 ぐいっと頬をつねられる。ううー、メイクが落ちるし、痛いからやめてほしい! それにしても、なんという皮肉。いまになってビッチ呼ばわりされるなんて、わたしのあの努力はなんだったのだろうか。

「ビッチ呼ばわりされて光栄だよ、デイビッド。でも、もう少し早い段階が希望だったんだけどな」

 髪をかき上げたデイビッドは、呆れたような顔でわたしを見る。

「新しいジャンルを確立したな、ニコル。おれの中では、鈍感プラス頑固も、今後はビッチ対象に仲間入りだよ。避けないと痛い目にあうからね」

 どっかりと座席に頭をあずけて、両手で顔をおおう。

「……ああ。おれ、もうずっと誰とも寝てない気がする。そうだろ、スーザン?」

「そのようね。いつからかあなたのスケジュールに、デートの予定は余白のままよ」

「くそっ、今夜がフツーのパーティだったら、女を釣りまくりたいところだよ」

 それは、素晴らしい! それでこそ、デイビッド・キャシディだ!

「デイビッド、あなたが前向きになってよかった! マノロはわたしがしっかり見張るし、無線機もポケットに隠してるから、任務完了になったらそれで知らせるよ。だから、たっぷり楽しんでほしいな!」

 はあ? と顔から手を離し、あ然とした顔を向けられる。

「……ほかにいうことないのかよ。それはいやよ、とか、やっぱりあなたが好きなの、だからほかの女の子を捜すのはやめて! とかさ。そういうやきもちもないわけか、そーかよ、オーケイ。スーザン、さっさと飛ばせ」

 どうやらわたしの意見は、間違っていたようだ。でも、おかしい。とてもいいことのはずなのに。

「前向きになったのかなって思ったのに、もしかして違うの?」

 はああああ、と深すぎるほど深い息をおおげさに吐いて、ベイビー視線はどこへやら、半目のデイビッドはおもむろに右手を差し出した。

「握手だよ、ニコル。マジでお手上げ」

 意味不明だけれど、その右手を握ってみる。すると、わたしの手をぎゅうっと、力いっぱい握ってデイビッドがいった。

「おめでとう。きみはおれの、ビッチな友人第一号だよ。せいぜい眠り続けてるヒーローを思い続けろ。ただし、ほかの野郎に目移りしたら、相手の男はおれが地獄に突き落としてやるからな。WJ以外はナシだ、いいな!」

 ええ!? でも大丈夫、それはないから!

「うん、もちろんだし、わかった!」 

「ビッチといえば」

 いきなり、スーザンさんがいう。そして、バックミラーの視線をデイビッドへ向けた。

「今夜のパーティにはたぶん、パトリシア・リーも招待されているんじゃないかしら、デイビッド?」

 パトリシア・リー! わたしがひそかに憧れていたヤングアイドルであり、実は誰とでも寝てしまうという、デイビッドがもっとも避けたいビッチの名前だ。スーザンさんのひとことに凍ったデイビッドは、まぶたを閉じると叫んだ。

「鈍感ビッチも避けたいけど、真性ビッチは最悪だ。いますぐUターンしてくれ、スーザン!」

★  ★  ★

 

 Uターンはされなかった。

 デイビッドの叫びを、核爆弾トラウマの条件反射からか、すんなり聞き入れてしまったスーザンさんは、ハンドルをぐるんとまわしそうに、なった。でも、そんなことをすれば、マノロとの約束をやぶることになるわけで、約束をやぶられることが、最高に気に入らないマノロについて、わたしはデイビッドに語り、やぶられたらどうなるかという自分の豊かな妄想も、いちおう訴えた。なおかつ、もしもパトリシア・リーがその場にいたとしても、わたしが邪魔をする、という約束まで、うっかりしてしまったのだ。

 デイビッドがそれに、気をよくしたのかどうなのかは謎だけれど、ともかく、Uターンは回避され、中心部からさらに南下した場所にある、ロストクラブへ着いてしまった。

 これはこれで、とても避けたい。でも、待ち合わせ場所なのだから仕方がない。

「念を押すけれど、盗聴器をしかけるだけでいいのよ。あとはリックに引き継いでもらうって、クソ男がいっていたから、さっさとくっつけて、さっさと戻ってちょうだい。わたしはここで戻るけど、デイビッド、ちなみにあなたは行かなくてもいいのよ? どうする?」

 車を停め、チョコバーを渡すみたいな気軽さで、スーザンさんがデイビッドに、シルバーのピストルを差し出した。デイビッドはわたしを見てから、ぐいっとピストルをつかむ。

「行くよ」

「いいのね? わたしはゴリ押ししてないわよ! じゃあ、まあ、がんばって。くれぐれも生きて帰ってちょうだい。わたしが失業しちゃうから」

 わたしとデイビッドが座席から降りると、スーザンさんの乗った車は、さっさとその場から去ってしまった。そしてわたしとデイビッドは、真っ赤なネオンサインを見上げるはめになる。赤いレンガ造りのビルの一階、革張りみたいな真っ黒の両面扉、その上に掲げられた、あやしげな大人ゾーン的雰囲気の、なめらかーな書体をかたどった『LOST CLUB』という文字が、その名のとおり、一歩中へ入ったら最後、『LOST(迷子)』にしてやるぜといわんばかりに、輝いている。

 しかも、扉の左右には、黒いスーツをまとった屈強そうな男が二人、こちらをにらんで立っているのだ。

 おそろしい……。

「こんなところにいるのを、ミセス・リッチモンドに見られたら、間違いなく退学させられちゃう」

「大丈夫、ミセス・リッチモンドはいまごろ、自宅でテレビを鑑賞しながら、大量のアイスクリームでストレス発散中だろ。行こう」

 デイビッドが男のひとりに近づく。マノロと約束していることを告げる前に、左右に立つ男たちが同時に、なにもいわずに扉を開けてくれた。ただし、中へ入れたのはわたしと右側に立っていた男だけで、デイビッドは左側の男に制されたまま、わたしの背後で無情にも、がっしりと扉が閉じられてしまったのだ。

「ええええ! ちょおっと!」

「小柄な男だけ入れろと、マノロにいわれてる。いけすかない元パンサー野郎は、仲間が丁重に扱うから安心しろ、こっちだ」

 ……おかしい。わたしはいつの間にか、小柄な男に変換されちゃってる。しかも、まだオープン前なのか、黒と赤の色で統一された店内には、客がひとりもいなかった。この静けさが不気味すぎる。

 真正面の円形のステージに、ベルベットの深紅の幕がかかり、配されたテーブルと革張りの椅子のすき間を、店員が掃除をしている。

 左側の黒光りするバーカウンターで、グラスを磨く男と目が合う。なにもかもがおっかなすぎて、アーサートラウマもどこへやら、気づけば右足と右手、左足と左手が、同時に出てしまうという、間抜けな歩き方をしつつ、縦にも横にも大きい男の背後にくっついて、バーカウンターを過ぎ、奥へ奥へと突き進んでいた。というか、進むしかない。

 ……い、いよいよ、本当に胸を触らせなければならない、ようだ。こんなことなら、下着に綿でもつめて、胸をジェニファーレベルに整形しておくんだった!

 ベルベット素材の、黒いカーテンを男がつかむ。その向こうは狭い通路で、つきあたりまで向かった男が、重厚な木製のドアをノックする。と同時に、わたしの脳裏には、世にもおそろしい妄想が広がった。

 胸を触らせたとして、万が一、マノロが嫌がらなかったとして、それ以上のおかしげなことになってしまったら、どうしよう……って、そうだ! それこそ、無線機で現場のことをアーサーに伝えたら、マノロは未成年への犯罪者扱いで投獄だ! まあ、その前に、わたしがキレられてあの世逝き、だったりして? なんて、ちゃかしてる場合ではない。でも、多少ちゃかしておかなければ、おっかなすぎて、思いきり叫んで失神してしまいそうなのだ!

 男がドアを開けた。どうやら事務所らしく、正面にデスク、手前に革張りのソファを挟む形で、テーブルが置かれてある。窓のない事務所の、真っ赤な壁に、モノクロの写真がいくつも、飾られてあった。

 そしてわたしは、泣きそうになる。泣きそうになったのは、その場にスネイク兄弟の姿があったからだ。

「ああ、あああああ!」

 感激のしすぎで、言葉にならない。たばこをくわえたミスター・スネイクは、わたしを見上げてぎょっとした。

「誰だ、アンタ!?」

「わたし、わたし! ちっちゃいの!」

「ワオ、すごいよ!」とボブ。

「なんだよ、すっかりめかしこんじまって、ちっちゃい少年かと思ったぜ!」

 ちっちゃい少年? どちらにしても、ミスター・スネイクにとって、ビフォー&アフターのわたしを表現するキーワードは、同じ……みたいだ。というか、スネイク兄弟がいるのなら、デイビッドも入れてよとマノロに訴えたい。

「どうしてデイビッドを入れてくれない……んすか!」

 スネイク兄弟と対面して座っているマノロに、いってしまった。タキシード姿で葉巻を吸う堕天使は、長い足を組むと背もたれに左手を伸ばし、

「おれのテリトリーにパンサーは入れたくない」

 どうにも気に入らないらしい。

「座れ」 

 いちいち命令口調なのがひっかかるけれど、ここでこそアーサートラウマを発揮させるべきだ。トラウマを発揮って意味不明だけれど、ともかく、失敗するわけにはいかないのだ!

 マノロと至近距離にならないよう、ソファの一番すみに姿勢を正して腰かける。

「と……盗聴器は?」

 声の音程を低くして、なるべくクールを気取って訊く。黒い球状の物体を、マノロが指に挟んで掲げた。

「受け取った」

「録音機器は車に積んであるぜ。デカ少年にもいったが、録音可能時間は百二十分だ。その間になーんにもしゃべらなければ、水の泡だ」

 ミスター・スネイクの言葉を、ボブが引き取る。

「大型ボートタイプのあの船の集客人数は、約二百五十人。システムナインを動かして、ずっと港で見張っていたけど、大型のリムジンを何台も、用意するっていう誰かの声が聞こえたよ。ニュースを見ていなくて、パーティの場所が変わったことを知らない招待客を、あの豪邸から連れてくるため、だってさ。あの声はテリー・フェスラー、みたいだったけど、断言はできないな」

「あのタイプの船の設計図を、手に入れたかったんだけどよ、いかんせん時間がなくて間に合わなかったぜ。ただし、今夜は天気がいいから、船尾のデッキに飾り付けがされてた。料理とバンドもそっちだな。今夜の水路は北上してから、ルーナ河でいったん停泊、そこからまた港に戻る。セレブがよく使う、観光用の客船と同じ水路だぜ」

 観光用の船と水路を貸し切って、セレブはよくパーティをする。その水路を、時間限定で、マエストロかテリー・フェスラーが買ったのだ。

 この街は、お金があればなんでも可能だ。それがどんなに、よろしくないことであっても。

「こいつをくっつければいいんだな、ボビー・ルース」

 盗聴器を掲げて、マノロがボブに念を押した。なんと、ボブの本名が判明した。どうしてマノロが知っているのかといえば、それは同級生、だったからだ。

「そうだよ」

 ボブがいったところで、ドアがノックされる。わたしをここまで連れて来た、おっかない男が「時間です」とマノロに告げる。ソファから腰を上げたマノロは、わたしを見下ろしてにやっとした。

「さっきからおとなしいな」

 はい、アーサートラウマのおかげです。というか、そうだ。わたしは自分の名前を変えなければならないのだった。この際、憧れてる名前にしてみたらどうだろう。思いきり華やかで女の子っぽい、たとえば、デイジー・ブライト、とか、アイリーン・クラウディ、とか!

「きみの名前はチャックでいいな。チャック……、あとはテキトーに考えろ、車の中で」

 マノロにいわれた。テキトーに、といわれたらもう、スミスしか思い浮かばない。チャック・スミス……って、性別不明すぎるうえに、とってもテキトーだ。まあいい。わたしの名前なんて、乗船する時に訊かれるぐらいで終わりだろう。

 さっさと終わらせて、すぐさま逃げよう!

 スネイク兄弟とマノロと一緒に、店を出る。外へ出ると目の前に、巨大なリムジンが駐車されていた。たぶん、マノロが手配したのだろう。てっきり、すでにデイビッドが乗っていると思って、後部座席のドアを開けたら、乗っていない。げ、と思って退いたところで、マノロに背中を押されてしまった。

「デ、デ、デ」

 衝撃のあまり、アーサートラウマが吹っ飛んだ。数時間前にもマノロに向かって、同じようにどもった記憶がある……って、これはあきらかにデジャヴではないし、経験済みだ!

 わたしの隣に座ったマノロが、ドアを閉めてしまった。車のエンジンがかかったところで、スモークフィルムの窓越しに、通りを挟んで歩道に寄せられた車に乗る、スネイク兄弟が見えた。しかも、そのそばにはさっきまで、ドアの左側に立っていた男を含めた、三人の男(あきらかにギャング)が立っていて、さらに車の中には見覚えのある顔。その顔が、開け放たれた窓から、こちらに向かってなにやら叫んでいた。

 デイビッド、だった。

 丁重に扱うって、ギャングと一緒にスネイク兄弟の車に押し込める、という意味だと知った時には、なにもかもが手遅れだ。

「楽しい時間のはじまりだ」

 わたしの横で、ギャングがいった。とっても楽しそうなので、わたしは鉄の固まりさながら、ロボットと化す。もう絶対に動かないししゃべったりしない。だから神さま、いますぐわたしを、船に乗せて(それも嫌だけど)!

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