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SEASON FINAL ACT.14

 わたしの名前は、ニコル・ジェローム。うっかり忘れていたけれど、明日で十七歳になる、チャックという名前のペットではない、ホモ・サピエンスだ。そんなわたしはなぜかまたもや、ギャングと一緒にエレベーターの中にいる。その相手は過去、わたしを殺そうとしたマノロ・ヴィンセント、なのだった。どうしてこんなことになっているのか、自分でもよくわからないうえ、どうしてもひとつの疑問が浮かんでしまう。

 マノロはどうして、瞬時にわたしだとわかった、のだろうか?

 モードチームによる、わたしをわたしだとわからなくさせるためのミッションが、これは失敗している、といえるのでは……? そんな不安を抱えつつ、わたしはエレベーターのすみに身体を押し付ける。振り返ったマノロがにやついて、長い足で一歩、踏み込む。それだけで間近な距離になるという、高級ホテルのエレベーターの広さに、異議を申し立てたくなったところで、素晴らしいことが起きた。

 二十九階でエレベーターが止り、サングラスをかけ、大きな帽子をかぶった、ふくよかかつとおってもお金持ちふうのマダムが、乗ってくれたのだ。両手の指に、ずらりと宝石がはめられてある。そしてマダムは、サングラス越しにわたしとマノロを一瞥した。

 一階まではマダムと一緒ということになったので、移動するこの密室で、マノロがペットのチャック(それはわたし)に抱きつく、なんてことにはならないと、断言できる状況になった。そんなわたしの安堵も、エレベーターが一階に着くまで、なのだけれども……うううう!

 かといって逃げられない。逃げれば、マノロがピストルを振りまわすのは、目に見えている。こうなったら、断固とした態度で、チャックではないとしめすべきだ。それにわたしは女の子なのだ……とまで考えて、ひとつの案が浮かんだ!

 マノロに胸を触らせてみたら、いいのではないのだろうか! 

 ささやかだけれども、いちおうはあるので、マノロは気持ち悪くなるかもしれない。そうすれば、わたしはパーティへ行かなくてもいいし、なぜか行くことになっているデイビッドも、向かわなくてもよくなるはずだ! 

 ただし、懸念されるのは、これはボーイフレンドのいる女の子として、正しい行いなのか否か、ということだろう。いや、間違いなく正しくはないし、わたしだってとおおっても嫌なのだ。だけど、ひとりですんなりとパーティへ行っていただくために、これは必要なことかもしれない。あああああ、ものすごく嫌だ。でも、やらなければ、わたし!

 背筋を伸ばしつつもうつむいて、両手で顔をおおっていたら、いきなりマダムがいった。

「……失礼ですけれど。あなた、もしかして『情熱の海辺』に出演されていた? わたくし、あのドラマの大ファンなのですけれど、第十三回目で、主人公の昔の親友のリンダが、兄の復讐をするため、ギャングの恰好で敵のビルを襲うでしょう? もちろんリンダのエピソードは、主人公の回想でしたから、あの回だけの登場だったと思うのだけれど、あれ、とても衝撃でしたの。友人たちとも、もっぱらその話で盛り上がったものですわ。ミステリアスなリンダ役の方のお名前がわからなくて、ずいぶん調べたんですのよ。そうしたら、大学に通うため、アクターは休業しているって、友人が噂していたのだけれど。違うかしら……、でも、とおっても似ているわ!」

 え、と思って、顔から手を離す。

「ああ、やっぱり、あなただわ! パーティでもありますの? その姿、まさにあのドラマそのもので、とっても素敵ですわ、カロリーヌ・フェイス! 」

 違います!

 サインをねだられたので、違いますと丁重に否定したのに聞く耳持たず、エレベーターが一階に着いても、扉の前で高級万年筆と革張りの手帳をぐいぐいとわたしに差し出す。わたしの横に立つマノロを、マネージャーだと思ったのか「いいでしょう!?」と懇願する始末だ。マノロが誰なのかわからないということは、間違いなくシティの住民ではない。善良な観光客のマダムに、あなたが懇願している相手は、本物のギャングですといえるわけもない。

「してやれ」

 マノロに舌打ち混じりで耳打ちされ、とうとうカロリーヌ・フェイスとサイン、してしまった。

 ……というか、それ、誰? 

 サインし終わったとたん、マノロはわたしの腕をつかみ、エレベーターゾーンを離れる。そして、地下の駐車場へ向かう階段を駆け下りる。このままマノロと車に乗れば、どういったことになるのか、おっかなくて想像もできないけれど、少なくとも乗らないほうがいい、ということはわかる。ということは。

 ということは、こ、ここで、胸を触っていただくしかない、ということ?

 そうかも。そうなのだろう。そうすべきだ。でもまだかな? まだいいんじゃないかな……って、いやいましかない! ええええい!

 固い決意とともに息を深く吸い込んだところで、例の、ワインレッドのジャケットを羽織った駐車場の番人、ミスター・ワインレッドのいる通路に出る。マノロが免許証を掲げると、番人がドアをすんなりと開けた。以前ここでジャグリングを披露したわたしには、まったく気づかない。まあ、二度しか会ってないのだし、こんな恰好をしているわたしだから、もっともだけれど。

 おっと、大変だ。このままでは、車に押し込まれる。でも、押し込まれたところで、胸をぐいっと張り出せばいいのかも? そうかも! と決意をあらたにしたところで、なにやらいい争っている男女の声が、駐車場にこだました。

 コンクリートで固められた駐車場は、広いけれど暗い。低い天井に配されたライトは、無数にあるけれど、地下のせいなのか、コンクリートでおおわれてあるせいか、ともかくひどく暗いのだ。

 マノロはかまわず、自分の車のある場所まで、わたしを引っ張る。声のするほうへ顔を向けると、車と車の間に立っている、三人の人影が見えた。その中のひとりの男性が、わたしに気づいて、口を閉ざす。閉ざしたのち、すぐさま近寄って来る。カルロスさんだった。

「どうしたのかな、ミスター・ヴィンセント。パーティまではまだ時間があるし、デイビッドはどこだい?」

 ちなみに、こちらを見て棒立ちになっているのは、リックとスーザンさんだった。ということはやはり……修羅場?

「用事を済ませてから向かえば、ちょうどいい時間になる」

 カルロスさんがわたしに、ちらりと視線を向ける。

「彼女は行かなくてもいいだろう? きっと、あなたの『用事』の邪魔になるよ、違うかな?」

 ああ、ああああ。申しわけないけれど、いまほどカルロスさんが、頼りになると思ったことはない。さすが、リーダー(無給だけれど)!

「チャックは連れて行く。おれのファミリーだからな」

 一瞬、カルロスさんが困惑した、けれどもすぐに笑みをつくる。

「……そ、そう。でも、なるべく彼女を危険な目にあわせたくないんだ。彼女は裁判で、とても重要な証言者になるだろうからね。ドン・ヴィンセントがミスター・マエストロに『騙され』る場面を見ている、唯一の女の子、だから。女の子、なんだよ、唯一の、ね?」

 カルロスさんは何度も「女の子」と繰り返す。そのたびにマノロの顔が、険しげになっていく。あきらかに気に入らないし、面倒だと思っているのが、手に取るようにわかってしまう。と同時に、カルロスさんのいった「証言者」という単語に、思わず凍る。盗み聞きしたことで、ヴィンセントファミリーに追いかけられたというのに、マエストロにハメられて、銀行強盗しちゃったギャングを、今度は弁護する立場になる、ということ?

 マノロはわたしの腕から手を離し、ジャケットの中へ右手を入れた。たばこのボックスを出すためなのか、それともピストルなのか、わからないし焦ってくるしで、行きますといいそうになって口を開ければ、微笑んだカルロスさんが、手のひらをわたしに向ける。黙って、という意味だ。

「ドンの保釈金を用意するために、あなたが奔走しているのはわかっている。ギャングと手を組むのはやぶさかではないけれど、マエストロをなんとかしたいという意味では、同じ立場だ。必ずパーティへ、彼女があらわれるようにするし、あなたのファミリーの協力もしよう。ただし、法に触れないこと、のみね」

 ジャケットへ手を入れたまま、マノロは動かない。そこで、駐車場のドアが開く。あらわれたのは、デイビッドだった。デイビッドに気づいたカルロスさんは、なにもいわないでくれといわんばかりに、軽く首を横に振る。それで、近づこうとしたデイビッドが、その場に踏みとどまった。

 マノロがわたしを横目にした。それから、内ポケットからピストル、ではなくてたばこを出す。緊張から息を止めていたわたしは、安堵から大きく息をついた。もうこの仕草、やめてくれないかな? 心臓に悪すぎるんです!

「近頃、あちこちにチンピラどもが出没してる。ファミリーにも属さない、ルール無視のチンピラどもだ。代々受け継いでいるファミリーの区域で、勝手に裏の商売をはじめて、私腹を肥やしはじめてる。そういうやつらには圧力をかけるしかない。本物のファミリーがどれほど恐ろしいか、身体で覚えさせるしかないんだ」

 マノロがたばこに火をつける。

「おれたちはおれたちなりに、街を守ってる。おれたちがシティからいなくなれば、この街はもっとやっかいなことになるぞ」

 カルロスさんはうなずく。

「わかってるよ、ミスター・ヴィンセント。あなたとジョセフが、毒を食らわば皿まで、といった心境でいることもね」

 煙を吐いたマノロがいった。

「正義はそれぞれか。せいぜい明と暗の明を背負うんだな。こちらは暗を食らうしかない。……いいだろう、たしかに」

 マノロがまた、わたしに視線を向ける。

「ペットは大事だ。本物のチャックみたいな目に、あわせるわけにはいかない。ただし、約束はやぶるな。おれは期限と約束をやぶられるのが、最高に気に入らないんでね。五時にロストクラブだ」

 わたしを窓から突き落としたのは誰だったっけ? なんて突っ込めるわけない。ともかく、とりあえずカルロスさんのおかげで、わたしは一時的にマノロから解放された。駐車されている車までひとりで向かったマノロが、後部座席のドアを開ける。マノロの乗った車の運転席には、すでに手下らしき男性がいて、やがて車は、ホテルから去った。

 助かった……みたいだ。いまだけだけど。

「あ、ありがとう、カルロスさん。だけど、どうしてもわたしは、パーティへ行かなくちゃいけない……んですね」

「彼は女性にモテるから、華やかな場所では、それがうざったいのだといっていたよ。誰かと一緒なら、そんなこともないだろう? だったら誰か用意すると提案したんだけれど、それならきみがいいといって堂々巡り。ずいぶん説得したけど、それだけははずせないらしくてさ。すまないね、ミス・ジェローム。きみはなんだか、やっかいな人にばかり、好かれるね」

 ……同感です。

「あ! わたし、ドン・ヴィンセントの裁判で、証言しなくちゃいけないんですか?」

 カルロスさんは、いたずらっぽく笑うと肩をすくめた。

「そんなことはしなくても済むようにするよ。でも、けっこう説得力のある理由だったと思わない?」

 にやけているカルロスさんは、いまさらだけれど、実はかなりの策士なのだ。女性に対して落ち着きがあれば、さらに頼れる存在なのに、完璧になりきれないため、いろんな失敗を繰り返しているだけ。カルロスさんの問題は、間違いなく女性……と、遠くにいるスーザンさんとリックを見てから、うなだれてしまった。あああ、大人の修羅場のせいで、今夜が失敗しないことを願うしかない。

「で? あっちの二人と、こんなとこでなにやってたわけ?」

 近づいたデイビッドが、苦笑した。ああ、とカルロスさんは、自嘲気味な笑みを浮かべる。

「ここなら、誰かが車で出入りするのはわかるから、平和を望む大人の話し合いの場として最適かな、と。こんなことしてる場合じゃないってことは、わかってるんだけどどうにもね。でも、ミス・ジェロームとマノロの登場のおかげで、話し合いはとりあえず中断だ。それはそうと、とても大事な問題を忘れていたよ」

「なんだよ」とデイビッド。

 カルロスさんは笑って、わたしを指した。

「きみ、ダンスできる?」

「え? ああ……っと。ちゃんとした感じのは、踊れないかも」

「ちゃんとしてないダンスって、なんだよ」 

 デイビッドが片眉を上げて笑った。

「音楽に合わせて、てきとうに腰を振ったりするやつだけど?」

 ちょっと踊ってみる。すると、デイビッドとカルロスさんに笑われた。ダンスの必要なパーティなんて、無縁な庶民なのだからしょうがないのに。それに。

「あのう。わたし、とっても素敵な感じになってる、と思うんだけど、マノロはどうして、わたしだってわかっちゃったのかなあと思って、いま不安になってるんです。アーサーは『ちびっ子ギャングか?』なんていうし、なんでなのか、客観的に教えてほしいんですけど!」

「あ。ああ、それは」

 うーむ、とカルロスさんが、あごに指を添えた。

「きみの動きだよ。仕草とかね」

 ジェローム家の血筋というべきか、生まれてからたっぷりと身についてしまった、芸人家族の滑稽な動きが、外見をつくろっても抜けないために、バレた、ということのようだ。それはとっても。

「……う。マズい」

「マズいね」とデイビッド。「とってもね」

★  ★  ★

 

 私服の警官は、ロビーや各フロアに散らばっているらしい。すぐに行くというカルロスさんを駐車場に残し、わたしとデイビッドはロビーに出て、エレベーターに乗る。乗り込む前にロビーを見まわしてみたけれど、誰が警官なのかわたしにはわからなかった。まあ、私服なのだからあたりまえだけれど。とはいえ、誰もがタキシード姿のデイビッドを見つけて、ひそひそとしゃべりはじめていた。お上品なホテルなので、ものすごい騒ぎにはならないけれど、デイビッドはやっぱり有名人なのだ。

 それにしても、困った。

「……動き、かあ。それは仕方ないな。だって、生まれてからずっとこんな感じだもの。だけどそんなにおかしい?」

 上昇するエレベーターの壁に背中をあずけて、スラックスのポケットに手を入れたデイビッドは、わたしを横目にしてにやりとした。

「……おかしいといえばおかしいね。落ち着きがないというか。いつも、あっちもこっちも気にしてるって感じ。たとえば」

 声のオクターブを上げて、身振りを交えながら、

「キャシーは平気? WJは大丈夫? アーサーはどうしてるの? パパとママは元気かな? マルタンさんは血を吐いてない?」

 肩をすくめる。

「……みたいな」

「そ、そっか。……それは、とっても落ち着きがないね」

「まあね。その中に、おれも入ってるんだったらいいけど」

 上昇する階数を知らせるランプを眺めて、デイビッドがつぶやく。

「もちろん、入ってるよ」

「それを聞いて安心したよ」

 デイビッドはうつむき、口角を上げて笑みを浮かべた。

「まあ、ダンスは覚えたほうがいいね。ウッドハウス家でのパーティみたいな、カジュアルなスタイルがほとんどだけど、今夜のパーティの規模は、あれとは全然違う。それに、テリーはけっこううろうろするから、見つけたらすぐに盗聴器をしかけないと。この前、ローズと行ったパーティでも、キンケイドのやつらに囲まれているうちに、見失ったし」

「だったら、マノロがちゃんとやるか、見張らなくちゃいけないね」

「そしておれはきみを見張るよ。いっておくけど、相手がWJだからおれは身を引いたんだ。でも、もしも男色のギャング野郎に、きみがどうにかされるなんてことになったら、あいつの胸に弾丸をぶち込んでやる」

 それは……犯罪だ!

「ええっ!? わかった、わたし、あなたが犯罪者にならないように、超然とした氷の女王みたいに振る舞うことにする! 見た目がそうだから、そういう態度を身につけるべきだもの。でも、指摘されてよかったな。自分のアクションについてなんて、鏡の前で冷静に観察したことないから」

 はははとデイビッドが笑った。

「ダンスはおれが教えてやるよ。ラジオのチャンネルにワルツとかをかけてる局があるから、ついでに練習しとけば? WJの足を踏まないように」

「え?」

「プロム用。それまでには目覚めるだろ」

 チンと音をたてて、停止したエレベーターの扉が開く。

「さっきちょっとだけ起きて、でもすぐに眠っちゃった。で、いまも眠り姫状態。なにをしても起きないっていう感じだよ」 

「もともとWJは、めちゃくちゃ眠るんだ。それがここのところ、あんまり眠れてなかったから、たぶんパンクしたんだな」

 フロアを歩きながら、デイビッドがいう。

「飛べない、みたいなのもそのせい? 寝不足によるパンクのせい、というか」

「それはわからないな。でも、パワーがなくなったのなら、それでもいいんだ。どのみちパンサーは引退したってことに、なってるままなんだし。ブランドの戦略なんてどうにでもなるだろ。というか、アリスがなんとかするから。それに、WJの寝不足はおれのせいってのもあるし。かなりいじわるしたからね」

 いってから、デイビッドは部屋の扉の前で、つ、と足を止めた。

「……そうか。はじめて、だったかも」

「なにが?」

 デイビッドが肩越しに振り返る。

「WJがおれのいうことを聞かなかった、ってのがさ。前にもいったかもしれないけど、おれがボスでWJが部下、みたいな感じの、超ビミョーな関係だったわけ。それが気づけば対等、って感じになってるなと、いま思った」

「……さっき、ちょっとだけ目覚めた時に、子どもだった頃のことだけど、WJはあなたのこと、嬉しかったっていってたよ? 普通に接してくれる、同い年のはじめての男の子だったからって」

 へえ、とデイビッドは、まんざらでもないのか、にやっとした。 

「こっちは、ただの好奇心だけだったけどな。でも、おれも面白かったよ。おれが誰なのか知っても、ふーん、って感じ。そんなやつはそばにいなかったからね。キャシディ家の坊ちゃん、超お金持ち、仲良くなっておいて損はない、とか思ってる、腐ったガキしかまわりにいなかったから」

 デイビッドの声音が、ちょっと嬉しそうに聞こえる。WJと対等な関係になれて、嬉しいのかもしれない。それは、つまり。

「あなたのいう対等な関係って、友達、ってこと?」

 くるりと身体ごとわたしを向いて、考え込むようにデイビッドがうつむいた。

「……かもね。たぶん、そうかも」

 ケンカにもならない関係だったはずなのだ。デイビッドがWJになにかいえば、WJはそれを受け入れる。でもその距離感を、デイビッドは「超ビミョー」と呼ぶ。本当は、WJと「超ビミョー」ではない、対等な関係の友達になりたかったのだ。そしてたぶん、WJも。でも、WJがデイビッドに対して、受動的だったのは、引き取ってもらえたという思いがあるからだ。それが崩れたということは、二人にとって、とってもいいことのような気がする。

「じゃあ、いまは超ビミョーじゃなくなった、ってこと?」

「だいぶ違う気はするよ。だいたい、きみとしゃべるなっていったのに、屋敷を出ただろ? 前のWJならあんなことしない。おかげでこっちは我を忘れるほどムカついたけどさ」

「あれはわたしも、かなりパニくったよ」

 わたしを上目遣いにして、くすくすとデイビッドが笑う。

「欲しいものが手に入らないってのも、はじめてだね。きみと知り合ってからはじめてだらけ。ほんと、マジで面白いやつ。はじめておれの部屋に来た時のあの衣装と化粧……」

 くすくす笑いがやがて、大笑いになってしまった。

「だって! 目立つ恰好で来いっていうから。あれしか思い浮かばなかったんだもの。それにこっちは大真面目だったのに、あなたとカルロスさんに笑われるし。ああ、でもいいこともあったな。バスでいっぱいお菓子もらえて」

 笑いながら、デイビッドは腕を組んだ。

「まあ、おれはきみと友達になるって決めたから、それをつらぬくことにするよ、しょーがないから。でも、ひとつだけ提案させてくれ」

 また妙なことを押し付けられるかもと身構えたら、デイビッドは苦笑していった。

「年齢的にスヌーピーのパンツは卒業したほうがいいね。異性の友達からのアドバイスだ」

 ……う。なにもいえない。わたしが絶句したとたんに、いきなり扉が開いた。開けたのはアーサーで、眼鏡の奥の視線をわたしにそそぐと、無表情でいい放つ。

「ミッキーマウスのほうがセクシーだぞ」

 にやっとする。立ち聞きしていたらしい。というか、どっちも余計なお世話です!

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