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SEASON FINAL ACT.11

 なぜか、ずぶ濡れのカルロスさんが、同じくずぶ濡れのパンサーを抱えて、部屋へ戻った数十分後、お抱えドクターが助手を引き連れてあらわれる。ドクターが来るまでの間、意識のないパンサーを浴室へ連れて行ったカルロスさんは、男性たちを呼び寄せて、シャワーを浴びせ、WJをガウンにくるみ、寝室へと入って行った。と同時に、部屋がノックされる。ドクターかと思って、わたしとキャシーが慌ててドアを開ければ、立っていたのは、大量の料理を載せたカートを押す、ホテルマンだった。

「ああ、おれだ、おれ」

 ドア口でホテルマンを制し、チップを渡したデイビッドが、カートを部屋へ入れる。感謝祭のパーティみたいな料理を、デイビッドがいつの間に注文したのか謎だ。しかもチキンにかぶりつくデイビッドを……のんびりと眺めている場合ではない!

 寝室をのぞくと、いまだずぶ濡れのカルロスさんが、タオルで頭を拭きながら、浴室へ入ろうとしていた。ベッドに横たわるWJの顔からは、血の気が引いていて真っ青で、まるで死人のようだ。めまいにおそわれて倒れそうになるわたしを、キャシーが支えてくれる。

「い、い……」とキャシー。

「大丈夫、生きてるよ」

 カルロスさんが笑う。けれども、その笑顔には、いつものにやけ要素が含まれていない。そのうえずぶ濡れで、ミス・ルルの苦労も水の泡だ、もとのカルロスさんの顔に、戻ってしまっている。

「ホテルの車をまわしてもらって港へ行けば、WJのいうとおり、いろんな業者が行き来していてね。双眼鏡で船のようすを見ていたら、船からなにかが、海へ落ちるのが見えたんだ。そのなにか、というのは」

 WJを指す。

「マエストロに、やられたのかしら?」

 わたしの代わりに、キャシーが訊ねる。カルロスさんは肩をすくめた。

「どうかな。でも、助けた時にはすでにぐったりしていて、呼びかけても答えなかったんだ。いまも息はしているけれど……」

 よろめきながらも、なんとかWJのそばへ近寄る。頬に触れると、とても冷たい。顔に、自分の耳を近づければ、小さな息づかいは聞こえた。ようすが変だと思ったのだから、強く引き留めるべきだったのだ。なのに、そうしなかった自分の首を、締めてやりたくなってくる。

「引き上げよう。今夜はすべて中止だ」

 いって、カルロスさんは浴室へ入った。その数分後に、ドクターが寝室に姿を見せたのだった。

★  ★  ★

 

 診察中、わたしはリビングにいて、次から次へと料理をたいらげていくデイビッドを、ぼんやりと眺めていたら、目が合ったとたんにデイビッドは、「食うか」とチキンをわたしに差し出した。正直なところ、チキンはとってもおいしそうだし、魅力的な香りを放っていたけれど、とてもじゃないけれどそんな気分になれない。

「あなた、よく食べられるわね?」

 キャシーがしかめ面でいう。

「オーダーしてしまったんだし、心配したところで、WJが目覚めるわけじゃないだろ。ものごとをポジティブに受け止めるために食うんだよ。空腹だとネガティブな想像ばかりするからね」

「一理ある」

 依然、画面の前に居座っているアーサーが、デイビッドに向かって手を差し伸べた。コーラをくれとアーサーがいうと、デイビッドは瓶を開け、カップと一緒に、アーサーの目の前に置いた。直後、診察を終えたドクターが、ガウン姿のカルロスさんと寝室からあらわれる。

「血圧も心拍数も正常。身体的な異常は見あたらない。正直、わたしにはわからない」 

「……精神的なこと、という意味かな?」とカルロスさん。

 ドクターは肩をすくめて、苦笑する。

「そういったジャンルはわたしの範囲ではないが、過剰なストレスを強いられることでもあったのであれば、可能性は否定できない。ともかく、一時的に深い睡眠、または昏睡している状態といえる。はっきりと断定はできないが、ある種の防御反応かもしれない。耐えられないものごとからの逃避」

「目覚めるのか?」

 チキンにかぶりつきながら、デイビッドが訊く。

「彼は科学的に見て、非常に興味深い存在だが、あなたがたは詳しく調べる機関へ、あずけようとしない。いずれはこういったことが起こるかもと、わたしは以前から告げていたはずですが? もしも、二十四時間以内の間で目覚めなければ、そういった機関をおすすめするしかない」

 デイビッドがドクターをにらんだ。

「モルモットにするつもりはないよ」

 ロボットみたいな口調のドクターが、小さくうなずく。

「どちらにしても、わたしにはわからない。生きてはいるが、数分後に目覚めるかもしれない、永遠に目覚めないかもしれない、詳しいことはなにもわからない」

 告げて、助手を引き連れ、部屋を出て行った。沈黙がただよう部屋を見まわして、カルロスさんが軽く手をたたく。

「アリスとマルタンに連絡してくれ、アーサー。それからスネイク兄弟にも」

「中止ですか?」とアーサー。

「ぼくたちだけで、元スーパーヒーローを捕まえられるとは思えないからね。リックと相談して、警察に引き継いでもらおう」

「逃げ腰だな」

 チキンの骨をお皿に放って、デイビッドがカルロスさんを見る。

「警察がどうにかできるなら、とっくにどうにかなってるだろ。今夜しかチャンスがないかもしれないんだぞ?」

「若干、異議を申し立てたいところだが、その意見には同意するしかないな」

 アーサーは眼鏡を指で上げてから、続ける。

「盗聴器をしかけるぐらいは、できるんじゃないですか? パーティへ行って、盗聴器をテリーにくっつけ、すぐに引き上げる」

 苦い表情でたばこをくわえたカルロスさんが、火をつけた。煙を吐くと、

「かなしいお知らせがあってね。マノロを説得するはずが、できなかったんだよ。ジョセフのことで頭に血がのぼっているのか、ペットがいないと安心できないというんだ。ペットってなんのことなのか、ぼくにはさっぱり意味不明だ」

 わたしは両手で、顔をおおった。ああ、ああああ、それは間違いなくわたしのことだろう!

「ほらな」

 勝ち誇ったような、アーサーの声が聞こえて、顔から手を離す。

「おれが行けばいいんだよ、そうだろ?」

 デイビッドが、今度はフルーツにかぶりついた。

「たいしたことじゃない。盗聴器をしかけるだけだ。それに、おれを目の敵にしてるキンケイドはもう、その場にいない。まわりにいるのは知ってるセレブだらけだし、危険なことなんてひとつもないさ。目的をシンプルにすればいいっていったのは、誰だったっけ? それだけやって戻ればいいんだ。あとはマルタンたちのボートに飛び乗って」

「……そうしたからといって、マエストロがいつ捕まるかはわからないんだよ、デイビッド。きみたちも」

 カルロスさんが、煙を吐きながら、わたしたちを見まわした。

「まだまだ、家に戻れない」

「おれはかまわないさ。新しい隠れ家を用意すればいいじゃないか」

 デイビッドがいうと、キャシーがぽつりとささやいた。

「……キャンプみたいで楽しいけれど、わたしは家族と暮らしたいわ。パパはいま、そばにいるけれど、ママのことも気になるし、それにずいぶん、闇の騎士シリーズを第一巻から読んでないわ。自分のベッドでくつろぎながら読むのが、大好きなのに!」

 う。……さすがキャシー。闇の騎士シリーズのことは、わたしは気にならないけれど、たしかにわたしも、保安官シリーズを鑑賞できていない。いや、べつにそんなにファンなわけではないけれど、パパと保安官シリーズを見ていたひとときが、とっても懐かしく思えてきてしまった。それに、狭苦しい生活を強いられている、エドモンドさんのことも気になる。

 キャシーのひとことに突き動かされたのか、アーサーがいきなりソファから立ち上がり、やりましょうと声を上げた。

「ともかく、まずはテリーを捕まえるだけでも、前進かもしれないですから。とはいえ、現状では証拠がない。その証拠を手にするだけでも、収穫ですよ、ミスター・メセニ」

 カルロスさんが顔をしかめる。そしてわたしに視線を向けた。だからわたしは、もちろんこういう。というか、こういうしかない。

「わたしはいいんです、行きます、カルロスさん。だけど、頼みますから、もうすっごくありえないぐらいの、美女に変身させてもらえると助かるんです!」

「……無理だな」

 即座にアーサーにつっこまれる。

「だったらスーザンの下着が、バッグに山ほどあるだろ。新品もあるはずだから、それも頼むよ、ニコル」

 にやりとしたデイビッドがつぶやいた。

「し、下着なんてなんでもいいでしょ!?」とわたし。

「お・れ・が・見・た・い・ん・だ!」

 わたしはうなだれる。いったい、どういった場面で、デイビッドに見せることになるというのだろうか!

「わたしも行くわ! さっきいったでしょ!」

 いきなりキャシーが叫んだので、アーサーとデイビッド、そしてわたしは、同時にキャシーを指して訴えた。

「それはダメ(だ)!」

 むう、と顔をゆがませて、キャシーがわたしを見る。

「どうしてわたしはダメなわけ? あなたが心配なのよ、ニコル!」

「わ、わたしはたぶん大丈夫だもの。というか、ほら、わたしはジャグリングができるし?」

 キャシーににらまれた。

「……ピエロとして行くつもりなの?」

 いいえ、(マノロの苦手な)美女として、です(できれば)。

「おれも行くからきみはやめておけよ、ミス・ワイズ。パートナーはいなくてもいい。それに、その場には、おれが昔手をつけた女性どもが、わらわらいるんだ、彼女たちの餌食になりたくないだろ?」

 それはとっても……こわそうだ、ジェニファーよりも。

「わたし、なるべくあなたから離れてることにするね」

 うなだれたままわたしがいうと、デイビッドがむっとしたような声を放つ。

「大丈夫だ、おれがぴったりくっついてやるから」

 ストップ、と、カルロスさんが両手をかかげる。

「ほんとにいいのかい、ミス・ジェローム。これがバレたらぼくは、目覚めたWJに殴られるよ」

「そうならないように、自分で決めたことだって、手紙を書いておくことにします」

 ん? ちょっと待って。わたしの手紙が恐怖だって、たしか誰かがいっていたような気がする……って、それはWJだ。そしてそのWJは、まだ眠ったまま。

「モード部隊は呼びましたよ」

 手まわしのよすぎるアーサーの発言に、灰皿にたばこを押しつけたカルロスさんは、

「……盗聴器のことは、マノロに頼もう。きみたちは行くだけでいい。デイビッド、きみはミス・ジェロームから目を離さないでくれ。ただし、なにもしないで、一緒に行くだけでいいんだと、念を押しておくよ」

 ため息まじりだった。

★  ★  ★

 

 ミルドレッド博士を抱えて、寝室へ入る。WJの枕元に、博士を座らせて、もう一度、冷たい頬に手を添えながら、過剰なストレスって、なんだろうと考えてみた。額に落ちた黒い髪をなでると、伏せられたきれいなまつげがあらわになる。いったいなにを、たくさん耐えていたんだろう。このまま永遠に目覚めなかったら、どうしよう。

 ミス・ルルもレベッカもまだ来ない。来るまで、こうしていようと決めて、ベッドに腰を下ろし、WJの首筋に顔を埋めてみる。あまりにも冷たいので、自分の体温がちょっとでも、WJに伝わればいいと思いながらまぶたを閉じる。閉じると、突然怖くなってきて、涙がにじんできてしまった。

「……プロムには、行けそうもないなあ」

 こんなこと、まったく気にしてないのに、つぶやいてみる。

「……行け、るよ」

 びっくりして、まぶたを開け、顔を離す。WJの顔が、少しゆがんだ。

「お、起きた? 起きたの?」

 WJはまぶたを閉じたまま、小さくうめいた。

「……ヤバそうだって、わかってたんだ。でも、なにがどうヤバいのか、自分でもわからなかったんだ。まだ変な感じだけど……」

 ぼそぼそと、小さな声で、ひとりごちるみたいにいう。

「いままでなにも考えずにできたことが、どうやったらできたのか、考えれば考えるほど……」

 言葉をきる。なにもしゃべらなくていいよといったのに、夢の中をさまよってるみたいな、ぼんやりしたような口調で、WJはつないだ。

「……みんなができると思って、いたのに」

「み、んな?」

「……子どもの頃。小さな頃のことを、全部覚えてる。ぼくを孤児院にあずけた母の顔も。物を動かしたり、割ったりするから、父も母も気味悪がってたんだ。だけど、みんながそうだと思ってた。みんなができるって」

 まるで、自分に対して話しているかのような口振りだ。まぶたも開けず、小さな声で、うなされているみたいに、WJは話す。

「ぼくを捨てた父と母を、うらんでいるわけじゃない。昔のことだし、仕方がなかったのも理解できる。それに、そのうちに、いろんなことができるのは、ぼくだけなんだとわかったから。でも、誰もぼくに教えてくれなかった」

 なにを? と静かな声で訊く。WJはまた寝息をたてる。でも、顔をわたしのほうへ向けて、口を動かした。

「ぼくを仲間に入れてくれないのは、悪魔の子どもだからって、ことを」

「誰が、そんなこといったの?」

 まぶたを閉じたままのWJの口角が、誰でもいいんだ、そんな感じで、少し上がる。それからゆっくりと、まぶたを開けた。わたしを視界に入れて、そのぼやけた視界に入れて、

「見世物小屋の親方、意地悪そうな成金、それからMI6。そういう人たちが、ぼくを観察しに訪れてた」

 MI6は、イギリスの秘密情報局だ。映画の中だけのことだと思っていたのに、ちゃんと存在してたなんて、知らなかった。

「どのみちいつか、その中の誰かに引き取られる。誰でもいいと覚悟していたら、ある日、身なりのいい親子がやって来て、ぼくにいったんだ。きみは悪を倒す、スーパーヒーローになれる。びっくりしたのを覚えてる。だけど、ぼくと同じ年頃の男の子が、ぼくを怖がりもせずに、いろいろしゃべりかけてきたんだ。なにを読んでるんだとか、テレビは見るのかとか。そんな相手は、ケリー以外にはじめてだったから、嬉しかったよ」

 デイビッドだ。

「……あなたは、悪魔の子どもなんかじゃないし、モンスターでもないし、わたしとか、みんなの、大事な友達だよ」

 WJがまた、まぶたを閉じた。頭痛がするのか、もぞりと右手を出して、自分の額にあてる。

「……ばかみたいなことしゃべってるね。こんなこと、誰かにしゃべったことないのに」

「そんなことない。そういうこと、知らなかったもの」

 ごめん、とWJがわたしにいう。

「どうしてあやまるの?」

「ケリーのこととか、サリーのこととか、きみに話すべきだったんだ。でも、ケリーはぼくにとって、姉みたいな存在で、恋愛感情を抱いたことなんてないんだ。サリーのことも、なんとも思ってないよ。一緒にいて楽しいのはきみだし、手放したくないのに。でも、距離を置いたほうがいいんだって、いいきかせてたから」

「……キスしちゃったことなら、べつにいい。というか、よくもないけど、わたしも、デイビッドにされちゃったし。まあ……、事故、みたいな感じの」

 額から手を離して、日射しをまぶしがってる人みたいに、WJが表情をしかめる。

「……それは、聞き捨てならないな。ぼくと付き合う前? それともあと?」

 あと、です。駅のトイレで。

「……だめだ、身体が動かないよ。でも、起きたらデイビッドをつねってやる」

「じゃあ、わたしもサリーをつねらなくちゃ」

 WJがにやりとした。ぼくをつねってもいいよというから、鼻をぎゅうっとつまむ。まただるくなってきた、そういって、にやりとしたままWJは、まぶたをきつく閉じる。

「……タフガイぶるつもりだったのに、飛び方を忘れてこのありさま。すげー、かっこわるいね」

「タフガイぶらなくても、パンサーじゃなくても、あなたのまんまで全然いいってこと、覚えておいてほしいな」 

 WJが、寝息をたてはじめる。そっとベッドから立ち上がって、寝室を出ようとしたら、名前を呼ばれたので振り返る。すると、WJがいった。

「きみになにが起きても、かならずぼくが飛んでいくよ。現実的に飛べなくても」

 わかってる。いつもあなたはそうしてくれるのだ。うん、と答えたわたしの声が、WJに届いたのかはわからない。なぜならWJは、そのまままた、深い眠りにおちていったから。そして寝室を出たわたしのお腹が、ぐうと鳴る。ヌードルを食べて数時間しか経っていないというのに、リビングを包む香ばしい料理のにおいに、気持ちよりも身体が反応してしまっているらしい。

 デイビッドに近寄って、チキンをつかむと、

「サリー・カーティスのことを、おしゃべりなフランクルに聞いたけど、誰とでもキスするってことを、教えてやるよ」

「うっそ、そうなの?」

 わたしよりも先に、声を上げたのは、キャシーだった。ナプキンで指を拭ってから、デイビッドは両腕を広げて、大げさに肩をすくめて見せる。

「おれもした」

「え! そうなの?」これはわたし。

「……すまない、おれもあるぞ。だからスルーした」

 アーサーのカミングアウトに、凍った、のは、キャシーだった。きみを好きになる前だとデイビッドはいって、大昔のことだとアーサーはいう。キャシーは頬をふくらませて、あなたとはプロムへ行かないといい出してしまった。ぎょっとしたアーサーは、画面そっちのけでソファから立ち、浴室に引きこもろうとするキャシーのあとを追いかける。にやついたデイビッドは、チキンを頬張ったまま固まっているわたしを見て、

「あのビッチとキスしたってことは、カーデナルで人気の生徒ってことの証明になるんだよ。まあ、それだけのことだね」

「……あなたとしては、サリーと、ジェニファーと、どっちがそのお、さらに、なんというか」

 うまくいえない。

「ビッチ? どっちもだろ」

 ざっくりいいきられた。なんとかチキンを噛みきって、飲み込もうとしたところで、部屋のドアから、けたたましいノックの音が響いた。チキンを手にしたままドアを開けると、

「……あのね、いってもいいかしら? お願いごとは一度にまとめてするってことを、あなたたちに教えておきたいわけ。わかるわね?」

 寝起きそのままみたいな、げっそりとした顔つきの、ミス・ルル&レベッカ&モード軍団が、立っていた。

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