SEASON FINAL ACT.03
わたしたちがくだらないやり取りをしている間に、マルタンさんとミスター・スネイク&ボブは、地下駐車場のバンの中から、画面装置やらシステムナインやら望遠鏡もろもろの荷物を運び入れ、さくさくとスイートルームのリビングに、設置しはじめていた。
スーザンさんとミス・ホランドは、神妙な顔つきで、ときどきカルロスさんを観察しながら、女性的視点の男性批判を続けている。そんなカルロスさんは、ひっきりなしに電話をかけていた。視線を女性二人に、向けながら(あきらかに気にしている)。
窓にカーテンを引いたアリスさんは、ミスター・スネイクに渡された無線機をひとつひとついじり、電池の有無を確認していた、けれども、地味で細かい作業に嫌気がさしたのか、いきなりソファの上に放り投げて叫ぶ。
「……って、やってらんないんだよ、こんな豚みたいな作業! ロドリゲス、得意だろ!」
望遠鏡をいじっていたマルタンさんは、ぐったりした顔でアリスさんを振り返った。
悲喜こもごもな大人チームのようすを、奥まったリビングのソファにちんまり座り、眺めているわたしたち……に、できることはなにもない、らしい。
「マエストロをどうやって捕まえるつもりなのかしら?」とキャシー。
「そもそも、ミスター・メセニの潜在意識によって、判明されたマエストロのアジトを、ひっそりと警察に囲ませ、マエストロをおびき出すという作戦だったんだがな」とアーサー。
「でも、船だったよ?」
脱いだ着ぐるみを床に広げ、しゃがんでたたみながらわたしはいう。うううーん、あらためて見ると、ひどい状態だ。裂かれた部分は縫えばいいけれど、クリーニングに出したら、内臓移植以上の技術を要するかも。
「いまごろ逃げてるんじゃないのか? 船ごと」
コスチュームを脱いだデイビッドはソファに座り、長い足を組んであくびをした。その発言は、大人チームに恐怖をあたえたようだ。船が動くなんて忘れてましたみたいな顔つきで、ぴったりと動きを止めた全員が、口を閉ざしてゆっくりと、発言者であるデイビッドに視線をそそぐ。
その後、受話器を置いたカルロスさんが、マルタンさんの名前を呼ぶ。元海軍のコネを使って、沿岸警備隊に追いかけさせようと提案する声が聞こえた。だけど、沿岸警備隊に追いかけさせたところで、相手はマエストロだし、どうにかなる、ような気がしないのはわたしだけだろうか? それとも、いっそ軍隊の出動? それはそれで、すごすぎる。
思いあたる人物がいたのか、マルタンさんが受話器を持ち上げる。と同時にミスター・スネイクが「ん?」と、テーブルの上に設置した画面に、額をくっつけてから、なぜかわたしを見て、わたしの足元(キャシーが持ってきてくれたスニーカー)を見て、ふたたび画面に視線を戻し、両手でバンッと画面をたたく。
どうした兄貴、とボブが声をかけると、ミスター・スネイクはしかめ面になった。
「さっきバンにいた時も、妙だと思ってたんだけどな、あそこにいるちっちゃいのの発信器が、これだと海の上ってことになっちまうんだ。アジトを捜している間は見てなかったからわからねえし。どういうことだ? くそう、ぶっ壊れたのか、頼むぜ、おいおいおいおい!」
ちょうどその時、大人チームのいるリビングに面した寝室のドアが開いて、ぼんやりとした状態のWJが、眼鏡をかけながらあらわれた。たっぷり眠れたのか、大きく伸びをしてから、こちらに向かって歩いて来る。
「……どうしたの?」
どうしよう、すっごい、寝癖だ。黒い髪が自由気ままに、あちこち飛び跳ねていて、吹き出しそうになったけれど、ひと晩中わたしを捜してくれたうえに、船と地上の往復を繰り返したのだ、失礼すぎるから絶対に笑えない。む、と口を一文字に結んだら、アーサーが返答する。
「さあな。ニコルのスニーカーにあるはずの発信器が、海の上にあるそうだ。壊れたんじゃないのか?」
ああ、とWJは納得し、ぼうっとしたようすで、ミスター・スネイクに近づいた。
「いいんだよ、ミスター・スネイク。ニコルのスニーカーから引き抜いた発信器を、ぼくが船に置いて来ただけだから」
あくびをしながらWJがいう。とたんに、ぐいん、と大人チームが、WJに身体ごと顔を向けた。
「船?」
受話器を持ち、いましもダイヤルを回そうとしているマルタンさんがいう。
そう、とWJはうなずいた。
「マエストロの船だよ。逃げられたら困るからね。どうしたの、いけなかった?」
★ ★ ★
「ローズは依然、ミス・ジェロームのご両親を見張ってくれている。ミス・ホランドのご家族には、警察がくっついているという情報を、リックからキャッチした。ちなみに、ミス・ホランドのことはリックには伝えたけれど、フランクル氏には内緒にしてある。理由は……、わかると思う」
全員を円形に集めて、真ん中に立ったカルロスさんがいう。ようするに、面倒くさいから、ということなのだろう。
「ローズがテリー・フェスラーにくっつけた盗聴器は、すでに発見されて壊されたという、残念な知らせをアリスに教えられた。壊されるまで、ローズのデート相手が録音していた内容は、たいしたことのないものだったというから、テリー・フェスラーとマエストロとのつながりとなる証拠は、まだ手に入っていないということになる」
カルロスさんはたばこをくわえ、火をつけると、続けた。
「そもそも、つながりがあるのかどうなのかも、まだわからないところだけれど、スネイク兄弟によって録音された、テリー&弟ジェイクの婚約者、ジョージアとの会話から推理するに、かなりきなくさいことはたしかだ。というわけで、今夜、フェスラー家で婚約パーティが開かれる。もちろんデイビッド宛に招待状が届いているけれど、デイビッドは出席しない。代わりに行くのはジョセフ・キンケイドだ。その場にいるであろうテリーから、マエストロとのつながりを探ってもらうのが目的。この会話を、ミスター・スネイクとボブが、システムナインで録音する」
スネイク兄弟が、まかせろと答えた。カルロスさんがうなずく。
「目的はマエストロの捕獲だ。マエストロを捕獲すれば、装置の破壊はあとからどうにでもできる。発信器によれば彼の船は、現在北上していて、アップタウン近くに停泊している。彼の目的はいまだに不明だけれど、大イベントがあるのだとか? ミス・ジェローム?」
いきなりわたしにふられ、パニくったものの、わたしはマエストロから聞き出した(といえるのかは微妙だけれど)ことを、すべてぶちまけた。カルロスさんは煙を吐いてから、ミス・ホランドを見る。
「ぼくがマエストロなら、あなたを奪還したいと考えるだろうね。なにしろ装置を動かせるのはあなただけ、のようだし。この部屋の窓にはすべて、最新型の防弾ガラスというものがはめ込まれてあるから、弾丸は貫通しない。とはいえ、相手はマエストロだ。しかも、バレるのは時間の問題だし、もしかすればすでにバレているかもしれない。だからこそ、といったら語弊があるけれど、あなたにはここにいていただきたいんです」
え? とミス・ホランドが眉根を寄せた。大丈夫、とカルロスさんは、穏やかに続ける。
「当初の作戦を変更して、このホテルのあちこちに、私服警官を配置させます。マエストロに顔を覚えられているから、ぼくとスーザンは変装して、この部屋を拠点とし、あなたと、それから、警官の中にあやしげな者がいるかもしれないので、私服の警官を監視します。その間に、マルタンとアリスはボートで、マエストロの船に近づき、マエストロの仲間たちを引きつけてもらう。防弾ベストの着用を忘れずに、いいかな?」
胃がキリキリしてきたぜ、とマルタンさんがいえば、背の高いアリスさんが、マルタンさんのキャップをつかみ上げ、それでマルタンさんの頭をパシッとたたいた。ううううー。防弾ベストを着用する前に、マルタンさんに必要なのは、胃腸薬、のような気がする。
さて、とカルロスさんは、テーブルに手を伸ばして灰皿をつかみ、吸い殻を押し付けた。
「アーサー、きみに頼みたいことがあるんだ。きみは知的だし、頭の回転が早いから、ここで、連絡役になってもらいたい。発信器を監視する画面は、ここに置いておくから、あとでミスター・スネイクに詳細を聞いてくれ。ぼくらは全員無線機を持っている。だから、誰がどこでなにをしているのか、数分単位で各チームに連絡を入れてもらいたいんだ。もちろんぼくとスーザンは、このホテルから外へは出ないけれど、軸的な人物がいると助かる。なにしろこんな組織的なことを、いままでしたことがないから、人材不足でね。社員の中にも、デイビッドがパンサーだと信じて疑わない者も多いし、いまさら指名したくはないんだ、どうだい?」
アーサーはまんざらでもなさそうに、にやりとすると、指で眼鏡の位置をととのえた。
「ぼくの能力が発揮されるわけですね。いいでしょう」
なぜか返答が、上から目線なのが気になったけれど、気になったのはわたしだけのようだ。そしてカルロスさんは、わたしとキャシーを見て、にっこりする。
「きみたちはなにもしないで。寝室にあるテレビを、誰かにリビングへ移動してもらうから、一緒にそれを見ているだけでいいからね」
わたしとキャシーは手をつなぎ、ぎゅうっと握り合ってうなずく。もちろんだし、いやというほどおかしげな目にあってきたわたしなので、じいっとして、無事に今夜が終わることを、キャシーと祈ることにしよう。
「きみも見ていてくれ、アーサー。午後8時、チャンネル8だ」
いって、カルロスさんがにやりとした。ちょっと待って。午後8時のチャンネル8……、そして今日は土曜日だ。それは、シティ市民のお楽しみ。ウイークエンドショーの時間とチャンネルだ!
「えええ? カルロスさん、それって、やっぱり、まさか……?」
「今夜のプログラムはコメディとジョークの特集だよ。でも、このホテル周辺に、番組関係者も配置させておく。もしも異変があれば、番組が中継に切り替わる、という準備をしておくだけだ。なにも起きないかもしれないし、もっと早く起きるかも。それとも、遅く、とかね?」
それはつまり。番組の間中にマエストロがホテルにあらわれたら、ウイークエンドショーのプログラムは変更され、画面に映るのは……マエストロと、そしてたぶん、パンサーになる、ということだ!
カルロスさんがWJを見た。
「で? ほんとうにいいんだね、WJ? もしも気がすすまないのなら、作戦を変更することもできるし、ぼくはクビのまま会社を去ってもいい。もちろん、建前だけれど。でも、きみを尊重したいんだ。デイビッド、もちろんきみもね」
隣り合って立っているデイビッドとWJが、顔を見合わせた。そしてWJは、すぐ横に立っているわたしを、眼鏡越しのまっすぐな眼差しで、視界に入れる。そのあとで、優しく笑った。
「ニコルを家に帰したいからね。もちろんやるよ」
思わず、つないでいたキャシーの手を、ぎゅうっと強く握ってしまった。WJの返答に、肩をすくめたデイビッドは、ため息混じりに苦笑する。
「……かつてないほどの仕事ぶりだね、カルロス」
カルロスさんが、ふっと笑った。
「思い出すよ、イケてないCIA時代をね。本音をいえば、ものすごく面倒くさいけど、興味深い経験ともいえる。ともかく、マズそうだと判断したら、速攻で逃げることを条件に入れさせてもらうよ。きみらはぼくにとって、最高の仲間だし、死なせるために派手な宣伝を打つつもりもないんだ。たとえ番組内で起きたとしても、失敗したことがテレビで流れたところで、どうとでもなるからね。オーケイ?」
同意したのち、全員がハイタッチをした。
スーパーヒーローはひとりだけれど、実はひとりではない。そしてわたしも、そんな仲間にちょっぴり入れたことが、ほんの少し誇らしく思える……ってまあ、どちらかといえば、巻き込まれてこんなことに、と、いえなくもないのだけれども。
「さきほどブライアン・マードックをホテルに呼んだよ、ミス・ホランド?」
カルロスさんがいうと、ミス・ホランドが頬を染めた。そんな恰好じゃ会えないわよと、スーザンさんはミス・ホランドの背中を押し、浴室へ連れていく。
アーサーは無線機をいじりながら、ミスター・スネイクとしゃべりはじめ、デイビッドはWJに、ニューコスチュームを見せる。わたしとキャシーは、テレビをリビングに移動するボブを手伝った。
その数十分後、ドアがノックされる。ミス・ホランドの婚約者かも! と、キャシーと一緒に、テレビの影から顔を上げたら、ドアを開けたカルロスさんの目の前に立っていたのは。
「アタシに華麗に変装させてもらいたいってのは、誰かしら?」
ものすごく派手な出で立ちの、ミス・ルル&レベッカ&アシスタントたちだった。
「こんな朝っぱらで悪いわね。アタシたちの予定が、いましか合わなかったのよ。二十四時間完璧に、崩れない別人メイクをしてあげるから許してちょうだい」
しゃべりながらミス・ルルが、部屋に足を踏み入れた。なぜだろう、この光景、遠いどこかで……と思いめぐらすわたしの顔を指して、ミス・ルルが、うきうきしてるみたいな顔で叫んだ。
「いやだ、二次元じゃない! 今日も最強にイケてないわよ!」
ううううう、余計なお世話です!