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SEASON FINAL ACT.01

 マノロ・ヴィンセントとミスター・マエストロの、おっかないやりとり終了から数分後、WJの発信器のおかげで、やっとミスター・スネイクのライトバンが、パーク内に突進してきたのだった。やっぱり、というべきか。ボブの運転しているバンには、カルロスさんとスーザンさんも乗っていて、夜通し工場街を探っていたのだという。

 木の幹に寄りかかったまま、まったく目を覚まさないWJを、ミス・ホランドとカルロスさんとともに抱えて、バンヘ乗せる。

「それにしても、なにがあったんだい? それにあなたは……?」

 バンが発車してから、カルロスさんがミス・ホランドを見た。マルタンさんたちと連絡が取り合えないカルロスさんたちは、わたしやWJの身に起きたことを知らないのだ。というわけで、わたしは一部始終を伝えた。

 わたしが豪邸から連れ去られたこと、ミスター・マエストロが船に乗っていたこと、そこで、ミス・ホランドに会ったこと、そしてWJに助けられたこと、などなど。

「……船か。船ねえ。これはやられたな」

 カルロスさんが苦笑した。

「不気味な工場街で見かけたのは、反抗期のガキばっかりだったしな」

 発信器の位置をしめす画面を眺めたまま、ミスター・スネイクがげっそりした声でいう。

「……それにマッチョなならず者。わたしはレイプされそうになったわ」

 助手席のスーザンさんが、たばこをくわえて火をつけた。ええええ!? 

 ネクタイは曲がりまくり、あきらかに寝不足な無精髭顔のカルロスさんが、わたしの横にいるミス・ホランドを見つめたまま、にっこりして右手を差し出す。握手を交し、互いに自己紹介をする二人を、肩越しに振り返ってにらんでいる……スーザンさんの眼差しが……最高におそろしい。

「カ、カルロスさん。ページさんの家族が、ミスター・マエストロの仲間に見張られている、みたいなの!」

 ミス・ホランドがうなずく。

「わたしがよからぬことをすれば、家族の命の保証はないって、いわれているの。助かってとてもうれしいけれど、家族のことが心配だわ」

 カルロスさんが、神妙なようすでうなずいた。

「あなたが行方不明になっていたのだから、警察が見張っていると思いますよ。それに手を打ちますから、心配しないでください、ミス・ホランド」

 落ち着いた口調で告げたカルロスさんは、年齢的にストライクゾーンと思われる、ミス・ホランドを見つめる……見つめている……とっても長いこと見つめている、場合ではないですから! 

「さ、さっき! さっき、ジョセフ・キンケイドがやって来て、なんだか助けてくれる感じになったんです。あと、なんでかマノロ・ヴィンセントも一緒にいて、マエストロに発砲しまくっていて、おかげでわたしたちは助かったんですけど、どうして二人が一緒で、あそこに来たのかなって」

 WJの肩に腕をまわしたままわたしがいうと、カルロスさんは驚きもせずに微笑んだ。

「ああ。ジョセフとマノロの取り引きが、たぶんうまくいったんだ。南東側の半分を、ヴィンセントに渡す代わりに、自分の兄たちの組織を、弱める協力の要請をするつもりだと、書面を渡す時にジョセフがいっていたんだよ。その代わりにマノロは、マエストロに復讐したい、だからその協力を、ジョセフがする、という寸法だ。もっとも、提案を含めてそうなるように誘導したのは、ぼくだけれどね」

「電池と新しい無線機を、ジョセフ・キンケイドに渡してたんだ。こっちにも協力してもらわなくちゃならないからな。スーパー小僧の発信器の動きがおかしくなってたから、近くにいるならなんとかしてくれって、無線機で連絡したから、それで通りかかったのかもしれないぜ。どっちにしても、悪かったなちっちゃいの! ミスター・ロドリゲスにも、渡しておけばよかったぜ。とはいえ、手持ちの電池の量が、足りなかったもんだから」

 ミスター・スネイクがいった。うううーん。できればジョセフ・キンケイドより先に、マルタンさんに渡しておいて欲しかったところだけれども、いまさら訴えても意味がなさそうだ。

 それにしても、びっくりだ。ギャングがギャングと取り引き? さらにわけのわからないことに、なってきている、ような気がするのはわたしだけだろうか。それはいいこと? それとも、シティ的によろしくないこと? 

「ええとう、つまり……?」

「ジョセフとマノロは、ハイスクールの同級生なんだよ。敵対する者同士でも、実はロミオとジュリエットなんだ、わかるかな? もっとも、ジュリエットの片思い、らしいけどね」

 どうしよう、カルロスさんの言葉の意味が、まったく理解できない。すると、ミスター・スネイクがわたしを振り返って笑う。

「性別を超えた、不毛な大人の世界なんだぜ、ちっちゃいの」

「そのとおりね。マノロが女性なら」

 スーザンさんが、優雅な手つきで煙を吐きながらいった。

 ……う、うううーん? バカみたいにぽかんと口を開けていたら、運転しているボブがさらりといってのけた。

「ゴシップならおれにまかせてくれ。ジョセフはマノロの、初恋の相手なんだよ。ちなみにおれも同じ高校だ。ジョセフ本人はスルーしてたけど、全校生徒の中では、暗黙の了解って感じだったなあ。相手はギャングの息子だし、からかったら家族もろとも海の底だから」

 ううっ! たしかに、マノロ・ヴィンセントは女性が苦手、みたいだし、わたしが女の子だとわかった時点で、逆ギレしていたのだから、高校時代からとおってもわかりやすかったのかもしれない。おそろしい、同級生じゃなくてよかった。もしも同級生だったら、ゴシップ好きな女の子的はしゃぎ方で、間違いなくキャシーと噂していただろうから。そしてそれがマノロの耳に入り……って、それ以上は想像できない。

「いまからお勉強しておくのね、プチビートルズ。いろんな世界があるのよ、差別なんてイケてないことはしないように。おかげでいいこともあるんだから。すんなりジョセフのいうことを聞いてくれるとか」

 スーザンさんがいう。

「そのジョセフの野望をくすぐっているのは、ぼくたちだ。楽しいだろう?」

 カルロスさんが、満面の笑みでいい放つ。大変だ。カルロスさんの思考は、ミスター・マエストロになんとなく似ている、ような気がしてきた。いまも催眠術をかけられたままだったらどうしよう!? そんなわたしの疑問を消し去るべく、カルロスさんがにっこりする。

「ギャングはよくない存在だけどね、ぼくらの相手はいつの間にか、ミスター・マエストロになってしまったんだよ、ミス・ジェローム。いっただろう? 利用できるものは利用する。たとえそれがギャングでも」

 カルロスさんの微笑みに、困惑したミス・ホランドが訊ねた。

「……あのう。あなたの名前はわかったのだけど、それで、あなたたちはなにをしている方々なのかしら? 警察、にも見えないし?」

 その問いに答えたのは、スーザンさんだ。

「ただの会社員よ。あと、そこの男に色目を使ったら、わたしがあなたを海へ沈めるわよ!」

 おっかない! ビクついたミス・ホランドが、カルロスさんからゆっくりと、視線をそらした。そこで、ありえないことが起きてしまった。わたしのお腹が、ぐうっと鳴ったのだ。すると、わたしの肩に頭を寄せていたWJが、クスクスと笑いはじめる。びっくりして、起きていたのかとわたしが訊けば、WJはまぶたを閉じたまま、

「……ふかふかしていて、いい気分だよ。きみってすごく、毛深かったんだね」

 わたしの背中を撫でていた。

「えええ? 寝ぼけちゃってるの? 着ぐるみだからだよ」

「わかってるよ。ジョークだよ、いちおうね」

 甘いささやき、みたいな感じで、わたしの耳もとでいわないで! あと、背中をあんまり撫でないで! どきどきしちゃうし、大好き以上に好きになっちゃいそうだから!

 決定。ここにもひとり、そのうちプレイボーイになりそうな男の子がいます(もしかすると、カルロスさん以上に)。ただし、自分では自覚していないため、わたしは苦労を強いられるだろう。そして間違いなく、スーザンさんやジェニファーみたいな、しつこくておっかないタイプになるのだ。ああ、あああああ……。

★  ★  ★

 

 マエストロにバレたので、豪邸には戻れない。というわけで、バンが向かったのは高級ホテル、ミラーズ・ホテルの駐車場だった。豪邸が隠れ家としての役目が果たせなくなった場合、避難場所に指定していたので、マルタンさんたちもすでにいるはずだと、カルロスさんが教えてくれる。

 地下の駐車場からホテル内へ入ったものの、カルロスさんが一緒でなければ、わたしは間違いなく、外へ放り出されていただろう。なにしろ、右膝あたりは切れて、ぴかぴかだった毛並みはボサボサ、野良犬さながらの姿だからだ。

 起きたり、眠ったりを繰り返すWJを、ボブとカルロスさんが抱きかかえて、エレベーターへ乗り込む。一緒に乗った支配人に案内されて、最上階のスイートルームのドアをノックしたら。

「……ぼろぼろ、だな」

 先に着いていたアーサーが、わたしを見るなりいった。んもう!!

「あ、あ、あなたの! あなたのタイミングがすごすぎて、こうなっちゃったんだから!」

 無惨に背中を切り裂かれ、綿のはみ出たミルドレッド博士の耳をつかみ、かかげて訴えてみた。

「……それについては、なにもいえないな。まあ、すまない。だが、それのおかげで助かったともいえるぞ、そうだろう?」

 アーサーに文句をいうつもりが、逆にたしなめられてしまった。なんとなく悔しいけれど、たしかにそのとおりなので、もうなにもいえない。わたしが脱力したとたん、アーサーの背後から、アメフト選手みたいないきおいで、どこからともなくデイビッドが突進して来た。おそろしさのあまり、宮廷内みたいなリビングを逃げまわっていたら、洗面所に引きこもって泣いていたのか、テッシュで鼻をおさえたキャシーがあらわれ、ティッシュの箱を抱えたまま、わたしに飛びついた。

「あああああ! 無事だったのね、ゴーストじゃないのよね? ああああなたが! あなたが部屋にいないものだから! のんびりシャワーなんて浴びていないで、もっと早く気づけばよかったわ!」

 こればっかりは誰のせいでもない。ぎゅうっとキャシーを抱きしめたら、またもや女の子特有の、ぐずぐずタイムに突入しそうだったので、身体を離して「無事だったでしょ」とおどけてみる。するとアーサーが腕を組んでいった。

「……なぜだろうな。たしかに焦るは焦るんだが、なんとなくきみがこういう目にあっても、絶対に死なないような気がするんだ、近頃のおれは」

 それであんなタイミングで、無線機を切ったのかも? わたしはうなだれる。それは、WJがいてくれるからだ。甘えてばかりいられないのに、結局いつも助けてもらって、これはとってもよろしくない傾向にある!  

 ため息をついて顔を上げれば、両腕を広げたデイビッドが、アーサーの横で動きを止めたまま、むっとしていた。

「……どうして逃げるんだ?」

 それは、条件反射です。

「う。な、なんとなく……なんだけど」

 ぱったりと腕を下ろしたデイビッドが、髪をかきあげる。

「ああ、そうかい。美しい友情への道も遠いってことだな。どっちにしろ、また振り出しかよ」 

 その瞬間、ものすごく嫌な予感におそわれた。今度は友情をはぐくむために、デイビッドがしつこくなりそうな、気がしたからだ。この予感が当たらないことを願いたい。と、いきなり「キャアッ!」とミス・ホランドが、ソファのそばで飛び跳ねる。

 顔を向けると、緑色の寝袋姿のマルタンさんが、高級ソファの下に転がり、かなしげな眼差しでこちらを見ていた。とたんにキャシーはわたしの腕を軽く引っ張り、耳に口を寄せてささやく。

「……あなたがいなくなって、デイビッドがずっと、マルタンさんに八つ当たりしていたの。ちゃんと見張ってないからだとかなんとかいって」

 あああ、やっぱりだ……。

「ここに着いてからも、イライラしてるって感じで、寝袋に押し込めて、ボールみたいにずっと蹴ってたんだから。助けようとしたんだけど、あんまりにもおっかなくて」

 ……ううううう、ひどい。

 顔だけぽっこりと寝袋から出したマルタンさんが、もぞもぞと動く。自分でジッパーを下ろし、脱出したところで、大丈夫だとでもいうかのように、肩をすくめてわたしにウインクする。まあ、ウインクではないのだけれども。そしてミス・ホランドに自己紹介をする。

 ソファに座っているスーザンさんは、ミス・ホランドとカルロスさんが、大人モードなふんいきにならないよう、監視していますといわんばかりの表情で、じいっとミス・ホランドをにらんでたばこを吸っていた。そんなスーザンさんに、未来の自分の姿を重ねていたら、

「WJは大丈夫なの?」

 キャシーに訊かれた。よかった、このままスーザンさんを観察していたら、未来といわずにいますぐに、スーザンさんみたいになりそうだったから!

 WJのようすを見るため、キャシーと手をつないで、寝室へ入ったカルロスさんたちのあとを追う。高級ホテルのゴージャスなベッドへ寝かされたWJは、まぶたを閉じていた。眠っているだけだとカルロスさんが微笑むので、わたしはうなずく。戸口に立ったわたしとすれ違う時、カルロスさんがいった。

「かなり疲れたんだよ思うよ。WJはここをよく使うからね」

 ここ、と自分の頭を指す。

「頭、ですか?」とわたし。

「そう。ぼくらの使わない部分を、WJは使えるんだ。だからいろんなことができるんだよ」

 カルロスさんが寝室から出て行く。キャシーと一緒にベッドへ近寄り、ぐっすりと眠るWJを見下ろした。わたしの背中に腕をまわしたキャシーが、小さく微笑む。

「……あらためて見ると、なんだかほんとにびっくりよね。仲良しだった男の子がって思うと、すごく不思議な気分。いまさらだけれど」

「うん」

 キャシーが、クスッと笑った。

「WJったら、とっても慌ててたんだから。あなたがいなくなって。もちろん、わたしもだし、みんなもだけど」

 ありがとう、とわたしがいうと、キャシーが背中をポンとたたいた。

「WJはあなたのこと、大好きなのよ。もちろんわたしもだけど!」

 あああああ、わ・た・し・も・だ! というわけで、抱き合う。そしてやっぱり、女の子タイムに突入する。しばらくキャシーとぐすぐすしてから、キャシーは寝室を出て行った。わたしは豪勢な寝室に残り、静かな寝息をたてるWJを眺める。そして、サイドテーブルに置かれた眼鏡と、ピエロのキーホルダーを見つけた。自分の洋服を、あの船に置いてきてしまったというのに、WJはちゃんと、キーホルダーを忘れずに持ってきてくれていたのだ。

 しばらく眺めたので満足して、寝室を出ようとしたら、WJがもぞりと寝返りをうった。そして、まぶたを閉じたまま、笑みを浮かべる。

「……いつまでその恰好でいるの?」

 あんぐりと口を開けたわたしは、WJを見下ろす。

「お、起きてたの?」

「眠ってたよ、さっきまでは。また眠くなると思うけど。すごくぼんやりしている感じだけど、ちょっと気持ちがいいよ」

 じゃあ眠って、といい残して、出て行くつもりだったのに、

「もうちょっとだけ、いてくれない?」

「でも、また眠っちゃうでしょ?」

「そうだけど。きみのそばにいたいんだ」

 ほうら、さらっとこういうことをいうのだ。いや、仲直りしたのだから嬉しいし、いいのだけれども。

 寝室のすみにある、アールデコ調な椅子を持ち上げ、ずるずるとベッドのそばへ引きずりながら、とはいえなんとなくむくれてしまう。だって!

「……もうぜったいに、距離を置くとかいわないでほしいな。そんな優しいみたいな感じのこといわれると、わたしはとっても嬉しくなるし、そのあとで、やっぱり距離を置きたいとかいわれたら、もうわたし、このホテルの窓から飛び降りるしかなくなるような気がするから!」

 ぶつぶつと、酔っぱらったパパの愚痴みたいにしゃべっていたら、WJが眠ったままうなずく。

「そうしたら、ぼくが助けるよ」

「ううー。そういうことじゃないんだけどなあ、もう」

 椅子に座って、足をベッドへ載せる。クスクスと笑うWJが、うっすらとまぶたを開け、目を細めると、わたしの足の裏を見た。

「……なにか、書かれてる?」

 うっかり忘れていた。そうだった。

「マエストロがサインしたの。船でわたしがハムみたいになってる時に、あなたのファンだったのにっていったら、マジックで」

 でも、考えてみたら、かなり妙だ。

「わたしを海の底に沈めるつもりなら、こんなことしちゃったら、自分が犯人だって、いってるみたいじゃないかな?」

 WJはなにもいわない。枕に頬を埋めたまま、じいっとわたしを見ている。

「きみは、どう思うの?」

「うーん。わかんないけど。だけどなんだか、もしかしたら」

 もしかするとマエストロは、心のどこかではまだ、ヒーローでいたいのかもしれない。だとしたらまるで、ジーキルとハイドだ。二重人格みたいになっちゃう、マッドサイエンティスト。

「マエストロはサインしないって有名だったのに。だからサインはみんなの憧れ。持ってる人なんていなかったんだもの」

 あまりにもわたしが、しつこくファンだったといったからだろうか? だから、サインしてくれたのだろうか、冥土の土産的な意味で?

「……嬉しかったのかも」

 まぶたを閉じたWJが、静かにいった。

「え?」

「自分を覚えていてくれる女の子が、まだいるってことが。よくないことをしているし、きみをひどい目にあわせているし、ぼくはかなり怒ってるし、同情はできないけど。でも、もしもまだ人間らしい気持ちがあるなら、信じたいよね。そんなふうに考えるのは、甘いのかもしれないけれど」

 博物館で、ミスター・マエストロのいった言葉が、脳裏を過った。わたしに友達などいない。わたしは化け物だからと、いったのだ。

 ミスター・マエストロにも、友達がいたら、悪いことをしなかったのだろうか。わたしにはわからないけれど、ひとつだけいえることはある。

「もしもあなたが、悪いことをしそうになったら、というか、しないのはわかってるけど、もしもってことで。もしそんなことになっちゃったら、わたし、絶対に、体当たりで阻止するんだから。覚えていてね」

 WJが笑った。

「それは怖そうだね。だからしないよ」

 ふたたびまぶたを閉じて、WJが寝息をたてはじめた。わたしはマエストロのサインと、その意味することをぐるぐると考えながら、少しばかりしょんぼりしていたら、寝室のドアがガタンと震えたので顔を上げる。見ればドアのすき間から、デイビッドとアーサーとキャシーの顔半分が、のぞいている。どうやらずっと、観察されていたらしい。

 椅子から立って、ドアを開けたら、アーサーがいった。

「……いつになったら、人間に戻るのかと思っただけだ」

 たしかに、汚れまくっている着ぐるみは、いますぐ脱ぐべきだ。するとデイビッドが、おっかない顔で右手の指を三本、左手の指を一本立てて、わたしを見つめる。

「ど、どうしたの?」

「おれはきみにいったはずだけどね。フランクルよりもおれと仲良くしろって。だけどどうだよ、ここに来てからきみはこいつと」

 右手を差し出す。

「しゃべってる。だけどおれとは」

 左手を突き出す。

「だけだ。で、いまで同点か?」

 わたし、こういうやり取りをどこかでしたことがあるような気がする……って、それはシッターのバイト先で、相手は三歳児だったはず! なにか、デイビッドとの関係が、退化しているように思えるけれども、どうすることもできないので、なるべくたくさんしゃべることにしよう。そう心に決めた時、ドアがノックされた。カルロスさんがドアを開けると、立っていたのは、両手に大きなトランクを持った、サングラスをかけたアリスさんだ。

 シックなパンツスーツ姿のアリスさんは、トランクをカルロスさんに突き出して渡してから、ぐいっとサングラスをはずして叫んだ。

「いつまでも豚みたいに遊んでんじゃないよ! あんたの腹黒さは知ってんだ。そろそろマジで本気出しな、無給男。ゲーム開始だよ!」

 トランクの中身は、届いたばかりの、パンサーの新しいコスチュームだった。

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