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SEASON3 ACT.29

 いきおいにまかせてやってしまったことほど、あとから恥ずかしくなることはない。なにしろ学食にいた人たち全員に、聞かれてしまったのだ。

 午後中ずっと、キャシーの影に隠れるみたいにして、こそこそと教室を移動していたけれど、すれ違う女の子たちの視線が痛すぎた。もちろん、わたしの勇士あふれた行為に、賛同してくれる女の子もいたけれど、ほとんどは「ジェローム、いったいどうしちゃったの?」といった眼差しを、わたしにそそいできた。

 WJとはたんなる仲良しのくせに、サリーを相手にするなんて、キャサリン・ワイズならまだしも、ニコル・ジェロームがなんで? といいたげな無数の眼差しに、耐える……というよりも、ひらきなおる、しかないのだ、わたし! というわけで、最後の授業を受ける頃には、鼻息もあらく、すっかりひらきなおっていた。

 いってしまったことは正直な気持ちなのだし、キャシーも「かっこよかった」といってくれたのだから、その他大勢の好奇な眼差しを気にするよりも、友達の意見を尊重して、胸を張るべきだ。ただし、WJ自身がどう思っているのかは、いまだにわからない。デイビッドばりなことを、いって(やって?)しまったうえ、赤面させてしまったのだから。まあ、悪くはない、はずだ、……たぶん。

 すべての授業を終えて、キャシーと一緒にエントランスへ行く。そこから校門を眺めたけれど、お迎えはまだ来ない。

「そういえば、私服の警官がいるんだっけ?」とわたし。

「そういってたわよね? たぶん、あちこちにいるんじゃないかしら。リックとパパは一緒のはずだから、いないと思うけど。また図書室で待つ?」

 図書室へ向かって廊下を歩いていると、教室から出て来たサリーと、うっかり目が合ってしまった。なにか、ここで、先に目をそらしたほうが負けな気がして、むうっと踏ん張って、次期チアリーダー候補のキュートすぎる顔を見つめる。神々しく、かつ清楚な美人のキャシーとは違って、サリーはどちらかといえば、隣の女の子的セクシー美人だ。

 サリーはにっこりして、

「あなたのこと、見直しちゃったわ、ニコル・ジェローム。わたしのライバルになろうとするなんて」

 サリーは、余裕たっぷりな仕草で髪をかきあげると、肩をすくめる。う、ううーん、とっても恋愛経験豊富そうだ。もしもWJがサリーと付き合うなんてことになったら、ものすごくサリーに振り回されるような気がしてきた。それは嫌だけれど、そうなっちゃったらなっちゃったで、かなり心配だ!

「ダ、WJは優しいんだから、一緒の授業が多いからって、WJのこと振り回さないでね!」

 おかしなお願いをしてしまった。告げるべき重要なことは、ほかにもたっぷりあるはずなのに!

「ぼくがなに?」

 背後で声がしたので、振り返ってのけぞる。WJが立っていたのだ。すると、サリーがいった。

「あなたを振り回さないでって、お願いされたの。彼女ったら、あなたのママみたいね。ねえ、今日、わたしと一緒にお買い物に行かない? あなたの眼鏡、よくないわよ。もっとカッコいいの探してあげるわ」

 サリーがわたしの横を抜けて、WJの手を取ろうとした。でも、WJはぱっと両手を軽く上げて、

「ありがとう、サリー。でも、用事があるんだ」

 頬を染めつつ、でもきっぱりという。

「昨日もそういってたけど、バイトでもしてるの?」

「……違うけど。親切はありがたいけど、ぼくはこの眼鏡でじゅうぶんだよ」

 二人のやりとりに口をはさみたいのに、はさめるすきがなくて、あうあうと声にならない声を出しながら、交互に見ているわたしったら……、アーサー風にいえば、ほんとうに捨てられた犬、みたいだ。いっそ吠えてもいいかな? というか、アーサーはどこにいるんだろ。それに、WJと同じ授業を受けていたはずの、デイビッドの姿もない。

 サリーは、わたしもキャシーも見えてない、みたいな感じで、WJを見上げる。

「あなたを見てると、とってもおせっかいをやきたくなっちゃうわ」

 すると、WJがうつむき加減で苦笑した。

「それはありがたいけど。でも、ごめん。おせっかいを、……やいてもらいたい女の子はきみじゃないし、それ以上にぼくには、おせっかいをやきたい女の子がいるんだ」

 サリーがぎょっとした。で、わたしにゆっくりと顔を向ける。そういうわたしもびっくりだ。キャシーと目が合い、同時にWJを見る。すると、顔を真っ赤にしたWJは、困ってるような表情を浮かべて、

「あ。ああ、きみでもないよ、ニコル。違う、そうじゃなくて」

 え! そうなの? だったら……誰! どうしよう、まだわたしの知らない、第三者の女の子が、WJにモーションをかけているのかも! いっきにめまいがしてきた。くらっとして、キャシーの肩に手をかけた時、エントランスの方角から突進して来る、とってもオシャレな男の子を発見する。というか、それはデイビッドだ!

 サリーとWJの間に割って入ったデイビッドは、わたしの腕を引っ張ってつかむと叫ぶ。

「マルタンが来たから、いますぐ逃げるぞ!」

「どうしたの?」とキャシー。

 デイビッドは自分の背後を気にしながら、

「ギャングよりも手に負えないのが、おれを追いかけてくるんだよ、ワイズ。アリスが遅れてるけど、きみとアーサーはそれに乗ってくれ」

 ぐいん、とわたしを引っ張って、エントランスめがけて走る。ギャングよりも手に負えないって、間違いなくジェニファーのことかも。

「ど、ど、どうしたの?」

「プロムに自分を誘ってくれるまで帰さないって、物理教室でしがみつかれたんだよ。この時期で切羽詰まってるのはおれも同じだけど、うまく逃げて、あちこち逃げまわってたわけ。あのしつこさはどうにもできないね」

 ……その言葉をそっくりあなたに返したい。お似合いなのになあ、ある意味。

 校舎を出ると、校門の前にマルタンさんの車が停まっている。デイビッドはわたしを後部座席に押し込めて、隣に乗り込んだ。あとから校舎を出たWJも、助手席に座る。そこで、校舎から飛び出して来たジェニファーが、窓越しに見えた。車が走りだすと、ジェニファーがその場で地団駄を踏んでいる。

 はあ、とデイビッドは息をつき、シートにもたれた。ジェニファーに同情したいけど、それよりも助手席の人物の、意味深な言葉の相手が知りたくてうずうずする。ニセケリー……なわけはないはずだし、だとすれば誰だろう? 一周めぐって(?)やっぱりキャシーだったりして! だったらわたし、とってもおバカさんなことを、やってしまった、みたいなことになるかも? え、ええええ? 

「カルロスはうまくいったの?」

 WJがマルタンさんに訊く。

「地図でポイントをしぼりこんだぞ。ボブが探りに行ってる。カルロスとスーザンは会社だ。いったんそこに寄りたいんだけど、いいかな、デイビッド?」

 いいよ、とデイビッドがため息まじりに答える。ジェニファー悪夢から、まだ立ち直れないでいるらしい。

「……そんなに嫌わなくてもいいのに」

「べつに嫌ってるわけじゃないさ。ただ、追いかけられると逃げたくなるんだよ、そういうものだろ?」

 そうなの? どうだろ。

「じゃあ、わたしがあなたを追いかけたら、あなたは逃げたくなるんだね?」

 デイビッドが流し目でわたしを見た。

「それはない」

 困る!

「……おれもしつこいのはわかってるんだよ。ほんと、たいがいにしろって感じだけどさ。なあ」

 がつん、と助手席のシートを、デイビッドが軽く蹴った。

「WJ、どうしたいんだよ。ニコルが踏ん張って、あんなこといった意味、わかってるんだろ? マジで取るぞ」

 わたしの目の前にある、WJの寝癖つきの頭が、もぞりと動く。一瞬沈黙がただよって、ゆっくりとWJが、顔を向けようとした時だ。車のスピードがいっきに上がって、ぐうんと身体がうしろにのけぞる。おっと!

「なんだよ、マルタン」とデイビッド。

 車のスピードが増していく。マルタンさんはバックミラーを気にしていて、ちらちらと顔を左右に向けながら、

「……こみあった会話の最中にすまない、デイビッド」

 ミラーを指す。デイビッドがうしろを振り返った。

「さっきから、尾けられてる気がするぞ。二台。黒とシルバーの、どっちもシボレーだ。珍しい車じゃないが、おれは勘のいいほうだぜ。まいったな」

 シボレー、それはキンケイド・ファミリー愛用車だ! 背後の車窓に顔を向ければ、いわれたとおりのシボレーが見えた。前方を行く車を器用に追い越しながら、スピードを上げるマルタンさんの運転さばきに、ぴったりとくっついてくるので、乗っている人物の顔がわかるほど、距離が縮まる。う!

「……あれ? あれ、だって。昨日デイビッドが取り引きしたのに?」

 デイビッドが顔をしかめた。

「あれは、あれだろ」

 どれなの!?

「……兄弟、だね?」

 WJがいった。だな、とマルタンさんは、いつもかぶっているキャップに指を入れ、もじゃもじゃと髪をやりながら、引き取る。

「あああああ、ジョセフが兄どもの組織を弱めているとはいえ、兄どもが警察に捕まってるわけじゃないからな。かわいさあまって憎さ百倍か? ドンになったジョセフのいうことを、黙ってきくわけないってことだ。予想してたが、どの兄の組織が追ってきてるのか、わからないからな、まったく!」

「もしくは、兄たちが手を組んでいるかもね。敵をジョセフにして」

 WJの言葉に、マルタンさんもデイビッドも同意する。ジョセフをボスにしたのに、全然ちゃんとした感じに、なっていなかったらしい。

「私服の警官が、いたんだよね?」

 わたしが訊けば、

「いたさ。学校の周囲にな。でも、尾けられたのは数ブロックほど走ったあとでだ。この車のナンバーがバレてて、あらかじめどこかで見張ってたんだろう。マズいぞ」

 マルタンさんがいった。ということは、こんな事態になっちゃっているってことを、私服警察は……ノーマーク、ということだ! 車が中心部へ入れば、そこは……ザ・渋滞ランド。マルタンさんがハンドルをぐるんときった。路地に車を向けて、ビルとビルの間を走る。

「おれを追いかけてるんだろうな」とデイビッド。

「ジョセフと手を組んだことがバレたとすれば、さらに恨まれて当然だな。いっそこのまま市警に……」

 マルタンさんがいった矢先、わたしは見てしまった。追ってくる車から、黒いスーツ姿の男が身を乗り出して、こちらにピストルを向ける瞬間を!

「ああ! ああああああ!」

 遠い記憶がよみがえる。パパが必死になって運転し、ママと抱き合ったあの日……って、それは先週のことだし、相手はヴィンセントだったのだ。とはいえ、またもやギャングな彼らはきっと、賭けをしているに違いない。命中に十ドル、はずすに五ドル、みたいな感じで!

「マルタン、コルトはどこだよ!」

 伏せるんだ! と叫ぶ代わりに、デイビッドが声を張り上げる。ダッシュボードをしめすので、WJが開ける。ピストルをつかんでデイビッドに渡すと、デイビッドは弾を確認してから息を吐く。直後、背後から派手な発砲音が鳴り響き、わたしは頭を抱えて身を伏せた。

 こんなアクション耐えられないし、もう耐えたくないのに! 狭い道幅で右往左往するマルタンさんのハンドルさばきによって、命中はふせげたものの、連打で発砲されているので、いつ窓が割れるかわからない。

 デイビッドが、自分側の窓を開けた。ぐ、とピストルを握るので、わたしはかつてないほどの(いや、いままでも何度もあったけど)おそろしさのあまり、下腹の圧迫感をゆるませて、女の子らしからぬ行為におよびそうになってきた。

「デ、デイビッド! とっても危ないよ!」

「わかってるよ!」

 たがのはずれたギャングには、ここが中心部の路地だとか、通行人がいるだとかは関係ないらしい。また発砲される。キャアッ! と叫ぶ声が上がる。こんな時、どうしてパトロール中のパトカーに出くわさないのか、不思議でしかたがない。もう、もう、もううううう!

「マルタン、貸して」

 WJがマルタンさんのキャップを取った。ぐいっと深めにかぶると、眼鏡をはずす。

「ぼくが三、数えたら車を停めて。降りて、ここから後方十メートルまで、動きを止めるよ」

 え! 

「そのすきに、デイビッドはタイヤを狙って。そうしたらすぐ逃げるんだ。ぼくはあとから行くから」

 いうやいなや、カウントする。同時に一瞬、弾切れか、発砲が止んだところで、マルタンさんが急ブレーキをかけた。

「会社はあとだ。市警に行ってるぞ、WJ!」

 マルタンさんがいう。車が停まる直前に、私服のままのWJが、うなずいて降りる。しなやかに両手を突き出したところで、青白い閃光が、いつかのエレベーターの時みたいに、WJの手から放たれる。

 突進しながら発砲する、ジョセフ・キンケイドの兄の……誰か、もしくは本人、または組織の人間の乗った車が、エンジン音をふかせたまま、タイヤだけを激しく回転させて、停まった。

 窓から身を乗り出して、ピストルを向けている男の顔がゆがんでいく。動けないのだ。デイビッドが車から降りる。キュルキュルと音をたてて、前に進めずにいる二台の車のタイヤに発砲し、命中させるとすぐにドアを開け、乗り込んだ。

「行って!」

 WJの叫び声がこだまする。マルタンさんは車を走らせ、猛スピードでその場を去る。

「行こう」

 マルタンさんがいう。

 WJのうしろ姿が遠ざかって、ブロックを曲がった時には見えなくなった。路地をはさむビルはレンガの壁だし、数人の、通りにしゃがんでいる人たちは、両腕で頭を抱え込んでいるので、私服のヒーローを見ていないはず。でも、とても心配だ。WJは特殊素材のコスチュームなしだし、もしも集中力が途切れて、そのすきに発砲されたら?

「……心配しなくても大丈夫だよ」

 よほどしょんぼりしていたのだろう、デイビッドがわたしにいった。 

「うん。でも、パンサーじゃないから」

 沈黙の間をおいてから、デイビッドがつぶやく。

「……きみの頭の中は、いつも誰かのことでいっぱいってわけだ」

 え、と顔を上げれば、デイビッドが苦笑する。

「おれはきみが好きだよ。いまのところ、きみを超える個性的な女の子があらわれないから、しばらくこのままでいこうと思ってるんだけど、さすがに自分にうんざりもしてきてるんだよ。ランチの時の爆弾発言に、おれもお手上げ状態になったしさ。だからまあ、友達カテゴリーで満足することにしておくけど、ひとつだけ条件があるね」

「え?」

 デイビッドはわたしに顔を近づけて、にやりとした。

「フランクルよりおれと仲良くすること。べつに難しいことじゃないだろ? どうにもあいつだけは気に食わない。昨日もあいつに負けそうになって、久しぶりにキレたしな」

 チェスのことだ。わたしが笑うと、デイビッドも笑う。

「まあ、だからって、あきらめたってことじゃない。保留ってこと。こんな自分に泣けてくるけど、きみを見てると、自分のことなんておいておいて、くっつけてやりたくなってくるよ。必死すぎるから」

 おっと。これは、とっても素晴らしい発言かも! ほんとうかとデイビッドに訊けば、自分に呆れてる、みたいな顔で、げんなりしながらうなずく。

「で、でも、くっつけるって?」

 デイビッドが、つんとわたしの額をひとさし指でついた。

「……あんまりそういう顔しないでもらえる? どっかに押し込めて、永遠に囲っておきたくなってくるからさ。いいさ、くっつけてやるよ。おれに二言はありえない」

 びっくりしたまま、なんとなくバックミラーを見れば、マルタンさんと目が合った。マルタンさんは笑みを浮かべて、ウインクする。でもまあ、マルタンさんのウインクは、ただのまばたき、なんだけど。

 

★  ★  ★

 市警の前で車を停めた、マルタンさんにうながされて降りる。階段を上り、古い石造りのビルへ入れば、さまざまな人が行き交っている。制服姿の警官に引きずられる中年男性、ホルスターを肩に下げて、たばこをくわえる私服の警官。誰もわたしたちを気にしないし、呼び止めもしない。

 マルタンさんが、ひとりの警官に、リックの居場所を訊ねた。ちょうどその時、赤いキャップをかぶった男の子が、あまり光の射さない、薄暗くて狭いエントランスにあらわれる。ちょっと疲れてるようすで、息をととのえながら、キャップをはずして、手の甲で額をぬぐった。無事だったようだ。

 その瞬間、じんわりと涙がこみあがってきてしまって、不覚にも泣きそうになる。WJが無事だったら、どんな女の子と付き合っててもいいような気持ちになる。

「ううううう」

 わたしとデイビッドに近づいたWJが、

「誰かが通報してくれたみたいで、あのあとパトカーが来たから、逃げちゃったよ。誰かに見られたかも」

「見られててもなんとかするさ、WJ。おれじゃなくて、カルロスが」

 WJがちょっと笑う。そしてわたしを見る。眼鏡なしなので、泣きそうになっていて、なんとも表現しきれない、見るも無惨な顔になっているわたしは映らないだろう。でも、デイビッドがいってしまった。

「ニコルがきみを心配して、ひどい顔になってるんだよ。なにかいえば?」

「ひどい顔?」とWJ。

 そう、サリーとは雲泥の差。まあ、いまみたいな顔じゃなくても、そうなんだけれども。

 WJが口を開く。その瞬間、階段からものすごい声がとどろいた。

「……あっちもこっちも、ギャング、ギャングか! ギャングを吸い取る掃除機を、誰かに発明してもらいたいもんだな!」

 ……この声は……間違いない。

 ハットをかぶり、たばこをくわえた鋭い顔立ちの男性が、やつれた表情の若い警官と一緒に、階段を下りて来る。エントランスに立つと、わたしたちに気づき、カッと目をむいて叫んだ。

「なんだね、また事件かね!」

 ああ、あああああ。いまWJが、なにかいいたそうだったのにいいい!

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