SEASON3 ACT.24
デイビッドがジョセフとともに、ビルから出て来る姿が、バンの窓から見えた。街灯の下、ギャングに囲まれて黒いシボレーに乗ったデイビッドを、ジョセフが見送る。ジョセフがビルの中へ入ったのを見計らって、ボブがエンジンをかけ、バンを動かして、シボレーを尾行しはじめた。
「アンテナはもういいぜ、スーパー小僧。ターゲットが動いちまったら、キャッチできないからな」
ミスター・スネイクが、WJに向かっていう。スーパー小僧って、すごい呼び名だ。
アンテナをおろしたWJは、それをミスター・スネイクに渡す。受け取ったミスター・スネイクはさっさと折りたたみ、装置の箱へ収めて、スイッチを切る。
「カルロス。ジョセフは約束を守ると思う?」とWJ。
「守るさ。彼にとっては待ち望んでいたチャンスなんだ。あとで彼に電話して、明日直接、会社へ来るように伝えれば万事順調。ただし、勝手に動きまわりそうな兄弟どもがまだ邪魔だけれどね。そっちもなんとかするよ」
黒いシボレーがメインストリートで停まり、デイビッドが降ろされた。デイビッドを歩道に残して、シボレーが去ったところで、降ろしてくれとカルロスさんがいう。
「書面を用意するから、タクシーでひとまずデイビッドと会社へ行くよ。きみたちは帰ってくれ。あとで会おう」
バンから降りたカルロスさんがデイビッドと合流する。ボブは、挨拶のつもりなのか、短くクラクションを鳴らしてから、いっきにスピードを上げた。それにしても気になるのは、あの取り引きの意味、だ。ジョセフにスクープを提供する、みたいなことをデイビッドはいっていたけれど、そのスクープって、なんなのだろう? そのうえさらに、わたしの頭を悩ませているのは、隣に座っている男の子との、微妙きわまりないこの、目に見えない距離、だ。
ちなみに、わたしはまだ、まともにWJを見ていない。というか、むしろ避けている。これはかなりいただけない行為だけれど、意識しすぎて胃痛すらもよおしてきた。
「……なにしてたの? 今日」
と。いきなりWJにいわれておどろく。
「う、え?」
で、うっかり顔を上げて、横顔を直視するはめになる。ああああ、眼鏡をしていないこの顔で、学校をうろついたのかと思うと、サリー(以下、さまざまな女の子たち)が、くっついて離れなかったのも納得だ。
WJはわたしを見ないで、まっすぐにミスター・スネイクの背中越しにある、発信器の点滅する画面を眺めている。眼差しがなんとなく眠たげで、ぼうっとしているように思えるので、視界はぼやけまくりだろう……なんて、のんびり観察していたら、胸が苦しくなってきた。わたしはすぐに顔をそらす。
「なに、って。テリー・フェスラーが弟の婚約者と、内緒話をしていたから、それをキャッチしたりして。あとはまあ、ちゃんと勉強していたよ。ほら、もうすぐ学年末試験でしょ? わたしったら、けっこういい点取っちゃうかも」
あなたはなにをしてたの? と訊こうとしたけど、胸が苦しすぎて、それ以上しゃべれなくなってしまった。昨日WJに「きみとは距離を置くよ宣言」をされて、事実上別れた、みたいなことになってしまったけれど、わたしはWJと仲良しでいたいし、このまま避けまくって、ずんずん距離が離れていくのは簡単かもしれないけれど、だからってあきらめるとか、まったく、できる気がしない。だから、わたしがいま目指すべきは、対アーサー的な関係なのだ!
友達として接していたら、いつか本当に、お互いのことを意識しない前みたいな関係に、戻れるかもしれないし、戻れなくても、意識しまくっている自分の気持ちはなんとか隠して、WJのそばにいるよう、努力すべきだ……って、まあ、こういったことについて、努力とか妙なのはわかっているけれども、だって、たくさんおしゃべりしたいし、やっぱり仲良しでいたいという自分の欲求を、どうにもおさえられそうにないんだもの!
ともかく。まずはWJに、幻滅してもらう作戦を今夜決行してみよう。げんなりしちゃう感じの女の子になれさえすれば、わたしがWJのそばにぴったりくっついていたとしても、WJは暴走したりしなくなるはずだから。
それに、イケてない女の子みたいにいじけて、うじうじして避けまくるのもやめよう。WJがにっこりしてくれなくても、わたしがにっこりして、いつもどおりに振る舞えばいいだけ。
……そのとおりだ、わたしったら、素晴らしい。こんがらがった思考の整理整頓に、やっといきつくことができたようだ。ただしひとつだけ、幻滅していただく前に、わたしには自分に課したミッションが残されていた。
わたしのデニムのポケットには、ピエロのキーホルダーが入っている。これはべつに、自分のために欲しくなったわけではない。紙袋に入ったそれを、ぎゅうっと握ってうつむく。
「あ、あ、あなたに」
なに? とWJがこっちを向いた、気がするけれど、うつむいているのでわからない。ええええい、たったこれだけのことに、本日一番の気力を使い果たしてしまいそうだけれど、がんばれ、わたし!
ぎゅうっと握ったそれを、おせっかいな親戚のおじさんが、おこづかいをくれる時みたいに、むりやりWJのデニムのポケットめがけて押し込む。
「あ、あげる!」
いらないっていわれたら、どうしよう! ねじ込んでからぱっと手を離して腕を組む。
WJが、ポケットに手を入れた。
「なに?」
「あっ。ああああ、いいの、いま見なくていいし、見えないでしょ?」
あわてていうと、WJの口元がちょっとほころんだ、ような気がするのはわたしの妄想かも。
「お、お守り、みたいな感じ。じゅ、十字架、みたいな感じ」
いや、そんなに立派な物ではない。
「あ、あなたに、おっかないことが起こらないように!」
なんとかいいきって、大きく息を吐いてから、頬をふくらませて口をぎゅっと結ぶ。きっとWJはもう忘れている。わたしがちっちゃいキーホルダーみたいだったらよかったのにといったことを。だけどわたしは嬉しかったから、いまだに覚えていたのだ。かなしむべき自分の記憶力を呪いつつ、まぶたを閉じる。
「ありがとう」
WJがいった。よかった、受け取ってくれたらしい。ともあれ、わたしの緊張と挙動不審さと胃痛が、右肩上がりですごいことになってきている。このままいけば、ディナーの時間に、すんなりおならが出ちゃって、幻滅作戦の第一弾が、完璧に終了するかも? そう願おう。とりあえず。
★ ★ ★
バンが森の中に停められ、風にそよぐ木々の葉の音だけが聞こえる中を、月明りをたよりにして、こそこそと屋敷へ向かって歩く。
屋敷に着くと、スネイク兄弟とマルタンさんとWJは、リビングへ行った。わたしはダイニングに放りっぱなしになっている、勉強セットを抱えて階段を上る。ずいぶん前にスーザンさんが、わたしとキャシー用に用意してくれた着替えが、段ボールに押し込まれて寝室のすみに置かれてあったので、てきとうに洋服を選び、シャワーを浴びた。
着替えてから浴室を出て、寝室へ向かうために廊下を歩いていると、階段に座ったWJの後ろ姿が、視界に飛び込んで硬直する。
うっ!
……よ、よし、なるべく気配を消す感じて、そうっと寝室へ入ろう……って、そうじゃあない! 避けたくないと決めておきながら、いまいち実行できていない自分にイライラしてきた。
WJの後ろ髪は、やっぱり寝癖ではねている。思わずくすっと笑ってしまったら、背中を向けたままWJが、キーホルダーをつまんで、かかげた。
「これが、お守り?」
あああ、わたしが背後にいることは、すでにバレているらしい。そのうえどことなく、からかっているみたいな口調でいわれた。もしかして、やっぱりいらなかったのかも!?
「う。うううーん。ちょっと立派なこといいすぎたかも。そのつもり、だったんだけど、やっぱりそんなのいらないよね? ダイヤグラムのあるビルで売られてて、売れ残ってるって店員さんがいってて」
……まったくうまく説明できない。わたしに似ているから持っていてほしいの! とも、いえる気がしない。
「パ、パパにあげることにするよ」
WJの背中に近づいて、手を伸ばす。すると、WJがぱっとそれを握った。
「ううん、いいんだ。ありがとう。ちゃんと見えないけど、これって」
それ以上、なにもいわない。ポケットに押し込めて、こちらを向くこともせず、立ち上がる。階段を一段、下りたので、わたしもきびすを返し、寝室のドアの前に立って、ノブをまわそうとしたところで、いきなり背後から両手が伸び、大きな手のひらが、ドアにつかれた。
……え?
それは、WJの手だ。わたしの背中に、WJの気配がたしかにある。階段を下りたと思ったのに、それともこれもわたしの妄想だろうか?
わたしの頬すれすれに、WJの両腕があって、いまにも挟まれそうだ。これもあきらかに、背後から抱きしめられる、みたいな体勢になってしまっている! 頭がパンクしそうになりながら、うつむいてなんとかいう。
「ど。ど、ど、ど、どうしたの?」
WJは答えない。だけどわたしの頭の上に、WJの顔があるのは確実だ。これは、ど、ど、ど、どういうわけ、なのだろうか!
ドアについた指が、ゆっくりと曲がって、握られる。すると、すっと腕が離れたので、なんとか肩越しに振り返ってみる。間近にWJがいて、とってもせつなげな眼差しで、わたしを見下ろしていた。
……どうしよう、やっぱりピエロのキーホルダーなんか、いらなかったのかも! だけどWJは優しいから、いらないっていえないでいるのかも? そうかも、間違いない。
「い、いいんだよ、WJ。たったの三ドルだし、そんなの持ってても、イケてないっていわれちゃうかもしれないし。なんとなくあなたにあげたいなって思っただけで、でも、パパにあげても喜んでくれると思うから」
気を使わないで! と念じながら訴えると、きれいな眼差しをわたしに向けたまま、WJが眉間を寄せて、困惑の表情を浮かべた。
「……え? なにをいってるの、ニコル」
あれ、違った?
「……え、あれ? ええとう……、あなたがそれ、いらないっていえなくて、困ってて、いまみたくなったのかなって」
ふっと、WJが笑った。苦笑といってもいいかもしれないけれど、久しぶりのその表情が、わたしにはとっても嬉しかった。
「イケてないって、誰がいうの?」
デニムのポケットに右手を入れて、WJが訊く。
「ううーん、まあ。女の子たち、とか?」
というか、主にサリーとか?
ああ、とうつむいたWJが、左手で自分の髪をくしゃりとやる。わたしを上目遣いにして、そうしたまままったく動かない。なにかしゃべりたそうなのに、なにもいわないので、今度はわたしが困ってしまう。なにがいいたいのか、どうしたいのか、さっぱりわからなくて、ドアに背中をくっつけたまま立っていると、WJの顔が近づく。眼鏡をしていないから、わたしの顔がよく見えないせいだろうと思ったけれど、それにしては近づきすぎる、ような気がする。
「な、な、なにが……?」
いや、ち、近すぎる! から、ぐっとのけぞって、後頭部をドアに押し付けた、ところで。
屋敷の扉の開く音が、エントランスから聞こえた。WJがはっとしたように目を細める。それからなぜか苦しそうに、ぎゅうっとまぶたを閉じて、一瞬間をおき、わたしから一歩しりぞくと、なにもいわずに背を向けて、ゆっくりと階段を下りて行った。わたしはぽかんとしたまま、ドアに背中と後頭部をくっつけたまま凍る。まるでキスしようとしていたみたいな感じだったけれど、距離を置く宣言を発した本人が、そんなことをするとはまるきり思えない。それに、わたしになんとも思ってもらわないように、努力するとすらいっていたのだし?
視力のせいだと考えながら、蝋人形みたいに立っていると、階下からすごい声がした。
「ここは悪魔のアジトか、それとも神のしもべの住処か、アーサー!」
……この声は……とっても聞き覚えがある。さらによく知っている声が、ぐったりした声音で返答した。
「……ああ、下界に住んでいる人間の寝床ですよ、父さん」
アーサーって、実はけっこう苦労人なのかも。そんなことより、いまのはなんですか、ミスター・ジャズウィット! あああ、あああああ、もう! もう、せっかく思考が整理整頓できていたのに、いまみたいなことされちゃったら、掃除したあとで泥棒にぐっちゃにされた部屋、みたいになっちゃうじゃない、わたしの頭の中が!
★ ★ ★
落ち着くべきだ。落ち着けないけど!
「……ニコル、あなた、大丈夫? 顔が真っ青で……まるでロルダー騎士に倒される、闇の森の魔女のルーラみたいよ!」
キャシーがわたしの肩を抱いていった。ゾンビとかゴーストよりはまだマシかも、なんて考えていると、シティ市警部長のミスター・フランクルが、ピアノのそばに立って、ものすごく威圧的な眼差しで、リビングに集められた全員の顔を、ぐるんと見まわした。
ちなみに、カルロスさんとデイビッドはまだ戻っていない。この場にいるのはスネイク兄弟にマルタンさんとWJ。そして、フランクル氏と一緒に来た、アーサーとリック&キャシーとキャシーのパパ、それにわたしだ。
いきなりフランクル氏が叫んだ。
「……ご立派な屋敷に意味不明な老若男女。まるで流行のドラマのようだな。そして謎を解くのは、このわたしだ!」
横に立っていたリックが、げんなりしながら引き取る。
「……説明したと思いますが、密室殺人の現場じゃないですから」
わたしの横にいるキャシーの隣にアーサーがいて、げっそりした顔で眼鏡を押し上げ、深いため息をついた。
ふんっ、と鼻から息を吐き出したフランクル氏は、ジャケットを脱ぐとピアノに放り投げ、ピストルのおさまったホルスターをあらわにし、サスペンダーのついたボトムのポケットに手を入れて、ゆっくりと歩きはじめる。
「……まあいい」
なにがまあいいのだろう? 謎だ。フランクル氏は立ち止まり、まぶたを閉じると、クラシックハットを片手でおさえつつ、
「……激務すぎてさまざまな事件が、わたしの思考の邪魔をしているが、我が息子どもに内情を聞かせていただいた。この屋敷の持ち主が、いけすかない元パンサーであり、なおかつ我が息子の命を、悪魔どもから守ってくれていたという事実に、まずは感謝しておこう」
……お礼と嫌みがぐっちゃになって述べられるので、感謝の真意がまったく伝わらない。ソファに座っているスネイク兄弟とマルタンさんは、呆気にとられた顔で、リビングを歩きまわるフランクル氏を見上げていた。WJは壁によりそって腕を組み、静かにそのようすを眺めている。というか、そう見せかけて、実はわたしを見ている……ように思えるのも、たぶんわたしの妄想だ。うう、うううう!
そこで、リビングのドアが開いた。入って来たのは、カルロスさんとスーザンさん、そしてデイビッドだ。
フランクル氏は即座にデイビッドを指して、おっかない形相で叫んだ。
「……元、パンサーめ!」
デイビッドが足を止めてのけぞる。
「……おっと。……なんだよ、これ」
アーサーが答えた。
「父だ」
「いや、それはわかってるし、来るのもわかってたけど」
デイビッドが苦笑する。フランクル氏とデイビッドの間に入ったのはカルロスさんだ。
「わざわざ足を運んでいただき、歓迎しますよ、ミスター・フランクル。もうあなたがたの協力なしには、こちらも動けない事態ですから」
ふんっ、とまたもや息を吐いて、フランクル氏はデイビッドを凝視したまま、指を引っ込め、カルロスさんを見やった。
「はじめからそうしておけばいいものを。勝手気ままに動きまわるから、市警は迷惑をこうむっておりましたぞ、元、パンサーのなにか! というか、誰か!」
……今度はカルロスさんを指す。名前がわからないらしい。リックがフランクル氏に近づいて、耳打ちした。
「ミスター・メセニです。教えましたよ」
顔をしかめたフランクル氏は、虫を追い払うみたいにして、リックの目の前でひらひらと手を振る。リックはうなだれて、同時にアーサーがげんなりした。……フランクル兄弟に、同情したくなってきた。
スネイク兄弟とマルタンさんが、ソファから立ち上がる。マルタンさんが、キャシーのパパを呼んで、フランクル氏と一緒に座らせ、カルロスさんはひとり掛けのソファに腰を下ろした。
女の子たちは席をはずしてもらえるかいと、カルロスさんにいわれてしまったので、わたしとキャシーは、手をつないで、リビングから出る。と、キャシーがぎゅうううっと、わたしの手を握ったので、
「ど、どうしたの、キャシー?」
「……昨日、ごめんねニコル。わたしったら、勝手に動きまわって。それに、今日はあなたに学校で会えなくて、とってもさびしかったわ!」
わたしもだ! というわけで、エントランスで抱き合って、女の子特有のぐずぐずタイムをたっぷり味わう。昨日はあれからどうしたのかと訊くと、キャシーが答えた。
「あれからたっぷり、フランクル氏のオフィスで調べられたの。だけど、アーサーとリックが一緒にいてくれたから、すんなり理解してもらえたと思うわ。朝までかかって、疲れたけれど、フランクル氏もおかしいと思っているみたいだったの。ほら、ヴィンセントのこと」
キャシーは市警で、朝を迎えたらしい。労をねぎらってから、銀行強盗のことかとわたしが訊ねると、キャシーがうなずいた。
「……ギャング、というか、ヴィンセントはそんなへましないはずだって。そんなっていうのは、指紋を残すとか、そういうことだけど。だって、防犯カメラに自分たちが映らない、ぐらいのことができるのに、指紋を残すなんて妙だって。まあ、それはリックがいっていたんだけど。それから、わたしとパパが誘拐された時、わたしの家で電話を盗聴していたんだけど、その機材が壊れたりしたのも、内部に邪魔する人間がいたからかもっていっていたわ。……まあこれも、リックがいっていたんだけど」
「壊れたって、それは知らなかったな」
キャシーがまたうなずく。
「わたしとパパの誘拐も、フェスラー銀行の一件も、つながってるかもとは思っていたみたいだけど、どうやってつながっていたのかまでは、調べられていなかったみたい。それでアーサーが、背後にミスター・マエストロがいるって、昨日しゃべったら、ミスター・フランクルがアーサーに、すべてが終わったら真っ暗闇の刑だぞとかなんとか、いっていたわ」
ん? なんだろうそれは。
「う、え? なにそれ?」
キャシーがちょっと笑う。わたしに顔を近づけると、
「おしおきみたい。警察じゃないのに、警察みたいな真似をして危ないぞっていうのと、知っていることをずっと自分に、黙ってたことに対するもやもやのせいだろうって、あとでアーサーが教えてくれたの。で、真っ暗闇の刑っていうのは、クローゼットに押し込められる、子どものころのおしおきなんだって。それ、トラウマだっていってたわ」
笑える。だから、ふふふふと声をもらすと、キャシーもくすりと笑った。ずっとエントランスに立っているのもなんなので、ダイニングへ行き、隣あって椅子に座る。すると、キャシーが真顔になっていった。
「……というか、ねえ、どうなっちゃってるわけ?」
「え? どうなっちゃったって?」
「あなたとWJよ!」
う!
わたしはうなだれて、そのままゴツンとテーブルに額をくっつける。すると、キャシーが続けた。
「……あなたが学校に来ないから、サリーがすっごくWJにくっついて、しつこかったんだから。なんとか邪魔しようとしたんだけど、なにしろ選択してる科目は違うし、ランチの時も、サリーがWJを引っ張っていって、学食にあらわれなかったの。ほんと、デイビッドったら、ずうっとニコニコしてて上機嫌だったわ。それから、ジェニファーの活躍はサリーにあっさり避けられちゃって」
「活躍?」
くいっと額をつけたまま、キャシーを見ると、苦笑された。
「……ジェニファーがサリーとWJの間に割って入って、けっこうがんばってたのよ。だけど、サリーは全然気にしないって感じで。サリーは目立つし、WJだってあんなふうになっちゃったから、お似合いみたいになっちゃってて、逆に邪魔するジェニファーが、悪者みたいになってて、気の毒だったわ。わたしがあんまり心配するから、アーサーが電話しようっていって、わたしに代わってくれるはずが、チャイムが鳴っちゃったものだから、しゃべれなかったけど」
ジェニファーに申しわけなくなってきた。それに、心配してくれたキャシーと、アーサーにも。
「そ、それでそのお。ダ、WJはどんな感じだったの、かな?」
おそるおそる訊いてみる。キャシーは頬杖をついて、ため息まじりに、
「……ムリして付き合ってるみたいな感じだったけど、どうしても耳まで赤くなっちゃうから、そういうふうには見えないのよ。わたしにはムリしてるってわかるけど。……でも、うううーん、ムリしてたのかな。わからないわよ、もう。喜んでいるとも思えないけど、嫌がってるみたいにも見えないし、あれじゃああの二人、プロムに行っちゃうかも!」
わたしの頭の上に、巨大な岩が落ちて来たみたいな衝撃が走った。自分が予想しているのと、親友の観察眼によって、もたらされた結果を聞かされるのとでは、衝撃度がまるきり違うのだ。
「……放課後、あのう……、デイビッドがいなくなった時って……」
「えっ、そうなの? わからないわ。わたしはアーサーと一緒に、授業が終わってからすぐ、リックの車で市警に行ったから。パパは市警から一歩も外へ出ていなくて心配だったし。ああ、あと、ジェニファーはベビーシッターをしなくちゃとかいっていたから、帰ったんじゃないかしら?」
いったんことばをきってから「それにしても」とキャシーが眉を寄せた。
「……WJはまわりがよく見えないし、だからサリーが強引に、WJを引っ張りまわしてて、どこでなにをしてたのかわからないけど、わたしたちが帰ってからは、二人っきりだったはずよ。あなたがいるのに、こんなのってないとわたしは思ってるし、とっても怒ってるんだから!」
WJはわけありなのだ。怒らないでとキャシーにいってから、ぼそぼそと昨夜のことを説明する。キャシーは大きな瞳をさらに見開いて、
「……うっそ。どうしよう、あああああ、わたしが勝手なことをしたせいだわ! あんなことしなければ、あなただっておそろしい目にあわなかったし、WJも暴走しなかったのよね? そうすれば、そんなことにはならなかったのに、そうでしょ?」
いって、両手で顔をおおってしまった。
「……そういえばそんなようなことを、デイビッドがいってたって、あなたがしゃべっていたことを、すっかり忘れちゃってたわ。わたしったら、どうしよう!」
ぶん、と勢いをつけて頭を上げ、キャシーをなだめる。これはキャシーのせいではないし、いつかはぶちあたることだったのだ。たぶん、ミスター・マエストロが存在するかぎり。
……まあ、ミスター・マエストロが警察に捕まったとしても、どうにもならないってWJはいったのだけれども。
「だ、だ、大丈夫!」
とはいえ。わたしには作戦があるのだ。キャシーは手を離して、わたしを見た。
「大丈夫? って、なにが?」
「ええとう……。なんていうか、わたしはWJと仲良しでいたいから、そういうふうにいられるように、がんばるつもりなの!」
そうなの? とキャシー。どうやって? と訊かれたけれど、さすがに「わたしがそばにいても、暴走しないように幻滅させるため、おならをしたり、食べ物をこぼしたりするの!」とはいえなかった。
うううーん、ううううーん、さっきのWJの行為にももやもやするけど、サリーとなにをしていたのか訊く勇気がない自分にも、最高にもやもやしてきた。
もう、もう、もう! どうしてこうも、ややこしくなっちゃうんだろ! まったくもううう!