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SEASON3 ACT.21

 眠れる……わけがない。

 キャシディ家のこの屋敷に、キャシーはいないし、WJもデイビッドも、大人チームと一緒にリビングへ引きこもったきり出てこない。ミスター・スネイクは、わたしに二十ドルを返してくれないし、ミスター・マエストロはわたしを、ものすごい高さから落してしまうし、そしてさらにWJは、わたしと完璧に、距離を置こうとしている。

 リビングへ行ってもいいけれど、WJの「きみとは距離を置くからね」的な冷た~い視線に、耐えなくてはいけなくなりそうでせつないし、そうするとわたしは、またもやグズグズとイケてないことになりそうなので、ダイニングを出て、二階の寝室に避難した。もちろん、ここはデイビッドの寝室ではない。

 悶々としながら何度も寝返りをうっていたら、いきなりドアがノックされたので飛び起きる。きっとWJで、やっぱりぼくが間違ってたかもとか、混乱していたんだとかいってにっこりして、あやまってくれるのかも!

 と、淡い期待を抱いてドアを開けると、立っていたのはカルロスさんだった。

「あ。……ああ」とわたし。

「なんだい? なんだかあからさまに、がっかりされてる気がするけど?」

 わたしはうなだれる。すみません。カルロスさんは苦笑して、ちょっといいかいとドアを開けたまま部屋へ入る。たばこをくわえて火をつけ、すうっと煙を吐くといった。

「きみには明日、学校を休んでもらいたいんだけど、単位は大丈夫かい?」

「え? まだ大丈夫、ですけども、どうして?」

 カルロスさんは、軽く眉根を寄せた。

「マエストロに見つかってもらいたくないからだよ。発信器をつけているとはいえ、なにしろぼくらには連絡手段がなにもない。ぼくとスーザンはデイビッドとパンサーの件で、会社にがんじがらめになるだろうし、マルタンにはキンケイドから、デイビッドを守ってもらいたいと思っているんだ。というわけで、きみには明日、ミスター・スネイクとボブと一緒に、ここでじいっとしていてもらいたいんだ。学校にはぼくから、うまいこといっておくから、どうだい?」

 ミスター・モヒカンの名前が判明した、ボブというらしい。いや、そんなことはいま、どうでもいい。わたしはベッドに腰をおろして、ちょっとばかり安堵の息をつく。WJとの気まずさが、ほんの少しでも解消されるなら、ひとりぼっちでここに残されるのは悪くないと思えた。まあ、完璧にひとりぼっちではないけれど。

 わたしがうなずくと、サイドテーブルの灰皿に手を伸ばして、カルロスさんが吸い殻を押し付ける。

「あ、のう。カルロスさん、大丈夫ですか?」

「なにがだい?」

「そのう。催眠術にかけられてて」

 カルロスさんが笑った。

「……実はぼくも、かなり危ない立場だよ。なにしろマエストロは、ぼくを利用したうえ、殺そうとしていたんだからね。きみとWJのおかげで、助かったけれど」

「マエストロは、催眠術師を殺した、みたいなことをいっていたけど」

 カルロスさんがうなずく。

「ローズが紹介してくれた催眠術師だ。遺体がどこにあるのかも不明なら、警察もFBIも動きようがないはずだ。ぼくが彼に連絡した時、すでに入れ替わっていたんだろうね。電話の向こうから、ぼくに催眠をかけたんだろう。無線機の会話を聞かれていたなんて、マエストロにも仲間がいるのは、WJから聞いていたけれど、まさかそこまでするとは思わなかったよ」

「マルタンさんは、罠をしかけるって」

 カルロスさんがにやりとした。

「向こうがこちらを利用するなら、こちらも向こうを利用するさ。ぼくはこれでも、パンサー戦略チームのリーダーだよ、ミス・ジェローム。まあ、会長の逆鱗に触れたいまとなっては『元』だけれどね。だから無償で動いてるだけにすぎないわけだけど。ぼくは、ブランドのただのイメージにすぎないヒーローには、そのままでいてほしかったんだ、いまでもそうだ。敵はしがないギャングの下っ端、危険なことなんてなにもない相手。いままではずっとそうだったんだ。ギャングの抗争に首を突っ込むはめになる前はね」

 デイビッドのひとことのせいだ、とはいわないでおこう。

 デイビッドはパンサーを辞めてしまった。だけどこのカルロスさんの言葉はまるで、まだパンサーがいる、といっているかのようだ。もちろん、ターミナル駅での一件で、暗がりのWJをデイビッドだと勘違いした人たちはいたけれど、それで完全に、パンサーが復活したわけではない。

「駅で。WJがわたしを助けてくれたの。それを、デイビッドだと勘違いした人もいたけれど、WJがあらわれた時、マエストロに飛ばされたデイビッドは倒れていたし、それを見ていた人もいたと思うんだけどな」

 カルロスさんが、わたしの隣に座った。

「デイビッドに聞いたよ。……そうだね、たしかに。でも、例えば、そうだな。どこかのアパートが火事になったとして、きみはそこを通りかかる。さて、もしもきみなら、まずはなにを見る?」

 いきなりの問いかけに首を傾げつつ、

「う? ううーん、火、かなあ」

 カルロスさんがうなずいた。

「煙、とかね。一番目立つものに視線が向くだろう? 燃え上がるアパートから、パジャマ姿のハリウッドスターが飛び出して来たとしても、まずは誰もが炎に釘付けになる。それと同じだよ。誰もがまずはマエストロに釘付けになる。きみたちを飛ばして、きみを抱えて飛んだマエストロにね」

 わたしはうなずいた。デパートよりもずっと広い駅なのだ。オシャレにもパンサーにも、興味がない人だっている。たくさんの人にまぎれてしまえば、いくらデイビッドでも、ひとりの男の子にすぎないのかもしれない。デイビッドの存在に誰かが気づく前に、駅の電気が落ちたのだし。

「カルロスさんは、パンサーを復活させるつもりなの?」

 カルロスさんがにやりとして立ち上がる。

「……しばらくは、デイビッドの仕事を全部キャンセルしてあるけれど、そろそろ楽しいウイークエンドだよ」

 ん? ……ま・さ・か? まさか、またもやなにかを中継、するつもりではない、と思いたい……けど思えない!

「え?」

 最後まできちんと説明して! わたしが手を伸ばした恰好で凍る前に、カルロスさんは寝室を出てドアを閉めてしまった。え、えええええ?

 まあいい。いや、よくもないけれど、わたしは明日、ここでじいっとしているだけでいいのだから、じいっとして、ひたすら勉強することにしよう。

 ふたたびベッドへ横たわり、まぶたを閉じてみる。そうしていると、いままで起きたことのすべてが、なんだか夢みたいに思えてきた。WJのことを好きかもと思って、だけどあきらめようとして、でもやっぱり無理だと気づいちゃったこととか、付き合えるみたいになったことも、ギャングやマエストロに追いかけられまくっているということ、ついさっきのことなのに、とても遠い昔の出来事みたいだ。

 もともと友達だったのだ。わたしは男の子にスルーされる女の子だったし、自分に恋人ができるなんて、思ったこともなかったのだ。できることならそのまま、やっぱりスルーされる存在でいたかったかもとも思う。だって、好きな相手に好きだといわれたら、相手に対する要求がどんどん増えていって、欲張りになるんだって、知ってしまったから。

 わたしはWJを困らせたくはない。駄々をこねたり、しつこくすることもできるし、したいけど、そうすればきっと、WJはいまよりももっと辛くなるような気がする。

 WJが、友達に戻りたいというのなら、そのぐらいの演技はできるはずだ。そもそも片思いで終わるはずだったのだ。いままでのことは自分の生み出した妄想か、またはまぐれ、みたいに思い込むぐらいは、簡単なはず。だって、わたしは芸人一家の娘だもの。

「……うううーん、わたしって、ほんとにピエロみたいかも」

 あああああ、スーパーヒーローなんか好きになるんじゃなかった。いまさら後悔しても、すっごく遅いけど。うううう、ううううう。

 その夜、ドアに鍵をかけて眠ったけれど、誰かがいる、気配をうっすらと感じた。その気配はずいぶん長い間残っていた、ような気もしたけれど、わたしは寝ぼけていたし、夢だろうと思って、そのまま眠ってしまったのだ。

 

★  ★  ★

 誰もわたしを起こしてはくれなかった。というわけで、ぼんやりしたまま、分厚いカーテンで閉めきられたリビングへ行くと、ミスター・スネイクとミスター・モヒカン、もといボブが、いつの間に設置したのか、発信器の位置をしめす小型テレビみたいな装置を前にして、ソファに座り、テレビを見ていた。ほかには誰もいない。

「十時だぞ、ちっちゃいの!」とミスター・スネイク。

 どうりで誰もいないわけだ。ダイニングで軽い朝食をとってから、学年末試験対策セットを抱えて、ダイニングのテーブルの前に座る。うたた寝したり、勉強したりを二時間ほど繰り返していると、ミスター・スネイクがわたしを呼んだ。ダイニングから顔を出せば、リビングのドアから顔を出すミスター・スネイクが、

「ちっちゃいの、電話だぜ?」

 電話? パパだろうか、それともママ? だけどわたし、ここの電話番号を教えていただろうか……? エントランスを走って、受話器を受け取れば、パパでもママでもない、とっても聞き覚えのある声がした。

『おれだ』

 アーサーだった。テレビでは、昼時に流れる大人向けドラマが映っていて、ミスター・ボブがハンカチをくわえて見ている。よくわからないけれど、男女が別れようとしている、場面みたいだ……。

「ア、アーサー?」

 なるほど、いま学校は、昼休みらしい。

『おい。なにがあったのかおれに説明してくれ』

 意味がわからないし、その前にわたしには、気になっていることが山ほどあるのだ!

「キャシーは平気? あなたたちは、昨日ずっと市警にいたの?」

『そうだ。父にいっさいがっさいしゃべったぞ。ミスター・ワイズは市警にいるが、リックは学校の駐車場で見張ってくれている。ちなみに、バックファイヤーとかいう物質は手に入ったぞ。だから昨日、キャサリンたちをシティから出そうとしていたんだ。それはいいとしてすまない、ニコル。きみの自転車は、クラークパークに放置した。息がきれて最悪だったからな』

 う。まあいい。キャシーが無事だったのだし、それが盗まれていたら、アーサーは代わりの物を用意してくれるだろう。……たぶん、市警の誰かのお下がり、かなんかで。

「あ! ニセケリーはあらわれた?」

『あらわれない。経験がないために落されたらしい、ミス・モリスンに聞いた。かなり気になるが、それよりももっと気になることが起きてるぞ』

「え? 気になるって、なに?」

 アーサーの、ものすごく深いため息が、受話器越しに聞こえた。

『……ジャズウィットが、大変な目にあってるぞ』

「えっ!」

『というよりも、あえて大変な渦の中に、身をゆだねてるといってもいい。きみらがけんかしたとは思えないが、どうしたんだ?』

 ものすごく不安になってきた。

「ど、ど、どうしたって、ど?」

『サリー・カーティスとありえないほど仲良しだ。いや、サリー・カーティスがしつこいんだが』

 受話器を落しそうになったものの、両手でつかんでぴったりと顔にくっつける。

『キャシディはにやついているし』

 おっと、アーサーがデイビッドを名前で呼んだ。

「アーサー、あなた、デイビッドのこと、オシャレバカっていわなかったね!」

『あいつがおれを名前で呼ぶからだ……って、そんなことはどうでもいいだろう』

 そ、そのとおりだ……! はあ、とアーサーが、呆れてるみたいな吐息をつく。

『眼鏡が壊れたのはおれも知ってる。慣れてるのか、とりたてて不自由な感じもないが、サリー・カーティスがくっついて、いちいち手助けしてるんだ。まわりの女子は噂してるぞ、サリー・カーティスのプロムの相手は、ジャズウィットだってな。お似合いね、相手がサリーなら仕方ないわね、だそうだ。だが、おれにはそうも思えない、キャサリンも心配してるぞ、どうしたんだ?』

 説明……したいけれど、あまりの衝撃に言葉にならない。そこで、ベルが鳴ってしまった。

『……まあいい。今夜リックとそっちへ向かう。もしかしたら父も行くかもしれないが、せいぜい祈っておくんだな』

「いっ、祈るって、なにを?」

 やっとの思いで言葉にできたのがこれだけだなんて、最悪すぎる。アーサーは叫ぶみたいにしていった。

『ジャズウィットとサリーが、ただの仲良し以上にならないように、だ!』

 ブチッと音をたてて、通話が切れた。わたしは受話器をつかんだまま凍る。もう息すらできない、いや、しているけれども。そこで、すすり泣く声が耳にとどいて、ゆっくりと、なんとか振り返れば、ドラマを見終えたミスター・ボブが、ハンカチに顔をうずめて号泣していた。隣に座っているミスター・スネイクが振り返り、わたしと目が合うと苦笑する。

「こいつがずっと見逃してたドラマなんだよ、ちっちゃいの。『あなたに逢うため』ってやつだ。不倫していた旦那が、不倫相手を選んで、けなげな妻と別れちまったんだよ」

 ……それって、つまり……まるでいまのわたし、かも? まあ、わたしがけなげかどうかはわからないけれど、とかいっている場合ではない。あああ、ああああああ。

 うなだれて、受話器を置く。のろのろと、ピアノと壁のすき間を歩き、意味もなく窓際へ行く。衝撃すぎるニュースのあとで、頭が真っ白になっている自分の行動が、自分でもわからなくなってきた。

 リビング(というよりもこの屋敷全体)は暗いし、空気がこもっていて息苦しい。何度もため息をつきながら、望遠鏡をのぞいてみた。カーテンのすき間から外へ向けられているレンズの向こうは、快晴。真っ青な空に、一面緑の芝生で、さえぎるものがなにもないなだらかな丘陵の、ずうっと向こうに、ポツンと建っているのはフェスラー家の豪邸だ。ゴルフ場並みの広すぎる敷地……と、眺めていたら。

 人影が、こちらに向かって歩いて来るのが見える。望遠鏡でも、かすかに見えるていどだし、誰なのかも判別できないほど小さい。でも、二人だとわかる。ひとりは背が高く、もうひとりは低いので、男性と女性だろうか? あきらかに、フェスラー家から出てきた、といった雰囲気だ。

「ミ、ミ、ミスターたち?」

 わたしがなんとか声を発すれば、ミスター・スネイクがいう。

「どうした、ちっちゃいの?」

「だ、だ、誰かが、こっちに向かってる、みたい」

 ミスター・ボブが、素早くテレビを消した。ミスター・スネイクは、テーブルに置かれたピストルをつかんで、わたしの横に立つ。

「ちょっと見せてくれ」

 ミスター・スネイクが望遠鏡をのぞきこんだ。ミスター・ボブはわたしを手招きする。こっちへおいで、ということらしい。のろのろと近づけば、ボブもピストルをつかむ。

「兄貴?」とミスター・ボブ。

 ミスター・スネイクは、望遠鏡をのぞいたままいった。

「……テリー・フェスラーとジョージアだな」

 わたしは首をかしげる。テリー・フェスラーは知っている、だけどジョージアって……誰? すると、ボブがテーブルの上の新聞を片手で広げ、ゴシップ欄を指でしめした。うす暗い間接照明に照らされた記事の写真には、美男美女が映っている。その顔を、わたしはすでに新聞で見ている、はずだ。

 見出しは、ジェイク・フェスラーの婚約パーティ。ジェイクはテリーの異母兄弟だ。

「土曜日に開かれるらしいよ。それで、ジョージアっていうのは、彼女」

 コワモテの外見からはほど遠い、優しい口調でボブがいう。弟の婚約者と兄が、どうしてこっちに向かって歩いて来るのだろう? と、ミスター・スネイクが振り向いて、にやりとした。

「ボブ、システムナインを用意しろ」

「了解だ、兄貴!」

 システムナイン……って、なに? 突っ立ったまま首を傾げれば、ミスター・スネイクがにやつきながらいった。

「これから会話を、盗み聞きするぜ」

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