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SEASON3 ACT.14

 スーザンさんは荷物をダイニングに放って、テーブルに紙袋を置くと、カルロスさんのネクタイをつかみ上げ、ずるずると引きずるみたいにして階段を上って行ってしまった。WJはマルタンさんに車の鍵を返してあやまり、市立図書館の駐車場にあることを伝える。するとマルタンさんは苦笑しながら肩をすくめて、紙袋の中をまさぐりながら、

「……窓にベッタリ駐車禁止のステッカーが貼られてるな。まあいいさ……って、ああああ、なんだよスーザン、ヌードルかよ! スシがよかったのに!」

 紙袋の中身は、テイクアウトされた料理らしい! というわけで、テーブルを前にして座り、ヌードルの入っている縦長の箱を開ける。

「明日は学校だけど、きみらはマジで気をつけろよ。送り迎えはおれとカルロスがするから、学校の敷地内から勝手に出たりしたら絶対にダメだぞ」

「……三歳児になった気分だね」

 デイビッドがわたしの右隣に座った。

「キンケイドに追っかけられるはめになってるんだろ、デイビッド? それにきみは」

 ヌードルをずるずると頬張りながら、マルタンさんがわたしを見る。

「マエストロに気をつけろよ」

 う。

「……もっといってやってよ、マルタン。自分でなんとかしようとする気持ちはわかるけど、この状況。ニコルは全然わかってないみたいだから」

 マルタンさんの横に座って、WJがいう。マルタンさんは苦笑して、

「いつでも友達を助けたいんだよな?」

 そのとおりだ。だからわたしは大きくうなずく。

「わからなくもないが、今度ばっかりはマジでヤバいぜ。こっちもマエストロを捕まえたいけど、なにせ居場所が判明してない。だから、ともかく、ヤツを捕まえるまでは、きみらには一緒に行動してもらわないと……っていってもな、ここも安心できない場所なんだよなあ。まあ、明日考えよう。デイビッド」

 デイビッドを見て、

「きみにはいちおう、コルト・トルーパーを所持させる。正しく使えるからな。だけど、学校へ行くときは持たせないぞ」

 オーケイ、とデイビッドがむっつりして答える。

「WJ。パンサーは不在中になっちまったけど、デイビッドとミス・ジェロームを守ってやってくれ。なるべくめだたない感じで。難しいとは思うが、なんとか協力してやってくれよ。きみらがややこしい関係だってわかってるけど、そこはそれとして」

 う!

「わかってるよ、マルタン。大丈夫」とWJ。

「おれはニコルにふられまくってるんだよ、マルタン。こ・の・お・れ・が・ね。すっごくかわいそうだろ、同情してくれ」

 デイビッドが自嘲気味に笑って、わたしを見る。わたしはヌードルを口に運んだまま凍り、視線を斜め下にうつした。ううう、どうしようもない事実だ。マルタンさんは髪をくしゃりとやり、困ったみたいな笑顔をつくる。

「……ああ、まあなあ~。きみにとってはいい人生経験かもな。なにはともあれ、仲良くやってくれよ、青少年ども。おれはシャワーを浴びてもう寝る。マエストロのことは明日考えるさ」

 マルタンさんは椅子を引いて立ち上がり、自分の荷物を抱えると、ダイニングを出て行く。なぜかその時、わたしの脳裏にアーサーの顔が浮かんでしまった。キャシーと一緒にいてくれたら、取り残された三人のこの微妙な空気が、ちょっと和むのではないだろうかと思ってしまったからだ。うううーん、こんな自分を、なんとかしたい。

 キャシーに電話したいけれど、なにしろ親戚の家の電話番号がわからないし、アーサーの無線機は電池切れなのかつながらない。それに、マエストロが盗み聞きしているかもしれないので、もう無線機はあまり使わないほうがよさそうだ。うろうろ禁止令を出されているわたしとしては、明日学校で、二人の無事を確認する以外に方法はないだろう。まあ、警官であるリックもいるし、アーサーも一緒なので、大丈夫だとは思うけれども。

 ……ううううう、あっちもこっちも心配すぎて、なんだかわたしも不眠症になりそうだ。

 ヌードルを食べ終えてから、自分の荷物を開ける。ずっと借りっぱなしだった黒いパーカーをWJに返し、革のジャケットをデイビッドに差し出す。

「パーティで見たな。きみのだろ?」

「レベッカさんの私物なの。いつ返したらいいかわからなかったから、あなたから返してもらえると嬉しいなあって」

 ウッドハウス家でのパーティが、ものすごい大昔の出来事みたいに思えてきたけど、あれって先週のことなのだ。あの時はまさかWJと付き合うことになるなんて、思いもしなかったのに、いまや付き合ってるみたいなことに、なっている……いちおう。いちおう、というのは、いろんなことがありすぎて、フツーに映画を観たり、のんびり公園を散歩したり、ランチをしたりといったことができないから、なのだけれども。

「それにしても、マエストロを捕まえるって、どうやって捕まえるつもりなんだろ」

 わたしが訊くと、ソファにどっかりと腰を下ろしたデイビッドが、

「ローズがテリー・フェスラーに盗聴器をしかけたから、会話のすべてを録音してる最中だよ。マエストロとどういうつながりがあるかはわからないけど、あやしさ満載だったからね。まあ、なにかしらのホコリは出るかも」

 休暇中とはいえ、さすがFBI……。いや、もう休暇中とかじゃないレベルになっている、ような気がしてきた。

「そ、そうなんだ……」

 それにしても、いまやデイビッドの髪が、とっても短くなっている。前髪は長めのままだけれども、ウイークエンドショーのあとで、WJの長さになんとなーく合わせる短さになり、そのあと今日の午後、ミス・ルルに切ってもらっているから、えりあしも耳のあたりもかなりすっきりしている感じだ。

「すっごく短くなっちゃったね、髪」

「まあね。似合う?」

 もちろんだ。わたしがうなずくとWJが椅子から立って、デイビッドに近づき、なぜか右手を差し出す。ん?

「……なんだよ、WJ?」とデイビッド。

「きみがそこに居座ったら、ニコルが眠れないじゃない」とWJ。

 デイビッドはにやりとして、天井を指し、

「スーザンが来てるんだよ、おれの寝室は定員オーバーだ」

「マルタンは寝袋を持ってるよ。ぼくら三人で、ひとつの部屋を使うこともできるじゃない?」

 一瞬ダイニングのライトが消えかかり、またたきはじめたので、WJのストレスによる電球破裂を避けたいのか、うなだれたデイビッドが立ち上がった。

「……いいよ、おれはリビングのソファで寝る」

 WJは差し伸べた手を引っ込めて、わたしを指すと

「ブランケットを持ってくるから、鍵をかけて眠ること、わかったよね?」

 ……パパのようだ。わたしがうなずくと、デイビッドの背中を押しながら、WJが出て行った。

 テーブルの上を片付けて、ソファに寝転がる。マエストロはヴィンセントを裏切って、なにかとんでもないことをしようと考えているようだ。アーサーのいったように、流行好きのシティの市民を、恨んでいるからだろうか? わたしにはわからないけれど、だとしたらとても悲しい。

 わたしはミスター・マエストロのファンだったし、ちょっと皮肉っぽい笑い方や、くわえた葉巻、コートのポケットに手を入れながら、軽々と悪党を蹴り上げるニュースの場面なんか、ほんとうにわくわくしたのだ。なのにいまや自分が、人知れずもっとも悪党、みたいになってしまっている。

 もしもアランが生きていて、このことを知ったら、とっても悲しむ気がする……とまで考えてから、幼なじみ的回想のせいか、なぜかケリーのことにぶちあたる。

 そういえばわたし、ニセケリーに渡された紙を、WJに渡してない。というよりも。

「……ん?」

 ちょっと待って。ニセモノなのに、WJのことをよく知っているみたいな口振りだったのだ。いまさらだけれど、どうしてあんなに知っていたのだろう。無線機からの情報で、パンサーがWJだと知ったマエストロが、わざわざイギリスまでおもむき、本物ケリーを見つけて聞き出した、みたいなすごさがある……って。

「あああ、きっとそこまでやったのかも。もしくは、イギリスにも仲間がいるとか?」

 ありえなくはない。だけど、だったら、偽者なら住所をしるした手紙まで、渡す必要はないのでは……?

「わ、わからない……」

 寝返りをうった時、鍵のかかっているはずのドアが、カチリと音をたてて開く。びっくりしてドアを振り返れば、あらわれたのはブランケットを持ったWJだ。

「あれ? 鍵はかけたよ」

「ぼくには開けられちゃうんだよ」

 にやりとして右手をパッと開き、かざした。すごすぎる。デイビッドはシャワーを浴びているらしい。ドアを開けたまま、ブランケットをわたしに差し出すWJに、いままで考えていた疑問をぶつけると、WJの表情が厳しくなった。

「……そうなの?」

「うん。すっかり忘れてたけど、あなたに渡すのを忘れていて」

「嘘の住所かもね。その紙はどこ?」

 おっと、そうだ! ふて寝するまで履いていたデニムの中だ! 急いで荷物からデニムを取り出し、ポケットをまさぐる。あった。

 紙切れを見たWJが苦笑する。

「……ああ、ニセケリーの家はここじゃないよ。きみの注意を引くために、適当な住所を書いて渡したんだ。実際、きみは帰って行く彼女が気になって、ずうっと見ていたんじゃないの?」

 そのとおり。

「ぼくらはいいように利用されてるよ、マエストロに。それにこんなことまでして、ぼくらの気持ちすら利用してる。まるでゲームみたいにね」

「あなたのこと、すっごく知ってる感じだったよ?」

「みんなのことを過去までほりさげて、調べつくしてるんだ。デイビッドのことも、カルロスのことも、もしかすれば、きっときみのことも」

「ニセケリーのルームメイトは、彼女の本名を知ってるんじゃない?」

「かなりの大金をもらってるのかもしれないね。誰からかはわからないけれど。だから、ぼくがケリーのことを訊ねたら、当然、みたいな感じで対応されたよ。ケリーを装ってると知らなければ、それは誰? ってなるはずなのにね。だからぼくもそれ以上強くはいえないし、訊けないから、いわれるがまま探しまくったけど」

 WJがわたしの横に座る。にっこりして、

「ともかく。彼女のことは忘れよう。というよりも、きみは忘れて? ぐるぐる考えて、こうすればいいかも! みたいな妙なアイデアを思いついて、勝手に動きまわられたらたまらないから」

 昨日の夜、帰りが遅かった理由を訊けば、マエストロのいそうな場所を、パンサーとして探しまわっていたのだという。フェスラー銀行に強盗が入っていた時、シティの時間は、もしかすると止められていたわけで、その頃パンサーはニセケリーの部屋だ。それからすぐに、キャシーが見つかった工場街を中心に捜索していたらしい。

 ……というよりも、本当に時間は止められていたのだろうか? そんなことが、可能なのだろうか!?

「……いまも時間を止めたりしてるのかな。だったらすっごく、おっかない!」

「……何度も簡単に止められるものでもないと思うけど」

 でも大丈夫、WJはそういって、微笑んでくれる。WJに大丈夫といわれると、根拠なんてなくても、わたしも大丈夫と思えるのはなぜだろう。

 ひとりはおそろしいとWJはいっていた。自分は臆病者だといっていたのに、マエストロを自分だけで、なんとかしようとしはじめていたのだ。そのことを訊けば、WJはちょっと笑って、

「きみがいつまでも家に戻れないからね」

 さらりといってのける。だからわたしはびっくりする。

 わたしなのだ。わたしがいるから、WJは強くなろうとしてくれているのだ。

 ……いや、もともと強いのだけれども。気持ち的に、という意味で。

「ありがとう」

 WJの左手を、そうっと握る。わたしたちは友達だったし、ずうっと永遠に友達のままだろうと思っていたけれど、友達とは違う力強いあたたかさを、WJの大きな手の中に感じて、自分から握ったというのにどうしよう、ドキドキしてきた。

 ……まあ、ビリビリもしてるけど。

「わ、わたし。あんまり、というよりも全然男の子と付き合ったことがないから、なんていうか、うまくいえないんだけど」

「うん。なに?」

「なんだか、あなたとこんなふうに一緒にいられて、嬉しい感じ」

 WJがにっこりしてわたしを見た。

「ぼくもだよ。というよりも、ぼくらはお互いのこと、よく知ってるじゃない。それって、いまさらだって思うけど? その、異性に対するぼくらの態度、って意味だけど」

 わたしは吹き出す。

「そうだね。冴えないコンビ、だもんね」

 ふたりでくすくす笑っていたら、

「……なんだろうな、これは」

 いきなりデイビッドの声がしてドアを見る。Tシャツにデニム姿のデイビッドが、頭にタオルをのせたまま、恨めしそうにドアのすき間からこちらを見ていた。

「おれがきみなら、確実に電球が破裂してるよ、いままさに」

 ダイニングに入って来て、WJを見ながらデイビッドがいう。そしてわたしの右隣に、強引に座ってしまった。小さなソファなので、も、ものすごく狭い。

「……もう仲良く三人で、ここで眠ればいいよ。そうだろ?」

 そうなの? いや、そんなわけはない。あ、そうか!

「じゃあ、あなたたちがここで眠ればいいよ。わたしはリビングで眠るから!」

 するとデイビッドとWJが顔を見合わせて、同時にソファから立ち上がった。

「……わけわかんなくなってきた。どっかにきみの双子とかいないわけ? なにもかもそっくり、みたいなさ」

 デイビッドがいう。いるわけない。はあ、とため息をついたデイビッドは、両手で顔をおおい、

「……ダメだ。くだらない考えにおそわれて発狂しそうだ。たのむからおれの前でいちゃつくのだけはやめてくれよ。反省しまくって、なんとか好青年になろうとしてるところなのに、いまにももとに戻りそうだ」

「……努力するよ、デイビッド」

 デイビッドの背中を優しく押して、WJもダイニングを出て行った。ドアが閉められたので鍵をかける。そこでふいに思い出した。

 そういえば、ジェニファーって家に帰ったのかな?

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