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SEASON3 ACT.11

 フェスラー? ……って、なんで?

「フェスラー家の誰かと手を組んでいるのか、それともフェスラー家そのものと手を組んでいるのかはわからないが、思い出すんだ、ニコル。警察に圧力をかけている存在があるかもしれないと、おれはにらんでいたんだぞ? その存在は誰だった?」

 フェスラー家だ。

「……捕らえられたヴィンセントのやつらが、マエストロについてなにか吐いたとしても、マエストロの名前は調書から抹消されるかもな。つまり、ヴィンセントはマエストロにハメられて、捨てられたんだ」

「でも、フェスラー家のイベントに呼ばれていたんだよ? ドン・ヴィンセント」

「その時すでに、マエストロとフェスラーは手を組んでいたのかもしれない。ドン・ヴィンセントはもちろん、そのことを知らずに、資産家のイベントにあらわれる。ドンの性格は知らないが、叩き上げのギャングのボスだぞ? 上流の人間たちと知り合うのは、さぞかしいい気分だろうな。そこでマエストロと手を組み、資金を提供する約束を交わす。そのあとで、マエストロは銀行の強盗をもちかける。自分に提供された資金のお返しに、銀行の一億万ドルが安全に、ヴィンセントの手の中におさまる方法を提案する。時間を止めるんだ、正体はバレない。乗るに決まっている」

「でも、指紋を残しちゃっていた、みたいよ?」

 キャシーがいった。

「考えてみてくれ、キャサリン。ギャングが指紋を残すわけがない。指紋はあとで、マエストロが誰かのを採取し、わざと残したんだ。これでヴィンセントは捕まり、フェスラー銀行の金は無事に戻る。こんな短時間で、盗んだ金が洗えるわけないからな」

「あ、洗うって、なに?」とわたし。

 アーサーは眼鏡を上げると、またもやにやりとして、

「銀行の金の番号は、すべてわかるようになっている。そのまま使えばバレるようになってるんだ。だから裏で、使用できる番号の札とそれを変える。ギャングはそうする」

 ……おそろしい。おそろしいのは、アーサーの妙な知識だ。ふう、とため息をついたキャシーは、ペンを置いて頬杖をつく。

「……なんだかまるで、ヴィンセントはマエストロに遊ばれちゃった、みたいに思えるわ」

「……はじめはギャングどものフィクサーになるつもりかと思ったし、実際おれは、マエストロにそういった。彼はそのとおりだという意味の返答をして笑っていたが、そうではないみたいだ」

 く、を顔をしかめてアーサーがつぶやく。

「……長年ギャングを相手に戦ってきたヒーローだ。ギャングを誰よりも知り尽くしてるんだ、警察よりも、FBIよりもな。十年間身をひそめて、きっと準備してきたんだろう。今度は自分が、やつらを利用する。利用して、シティそのものの頂点に立つ。ギャングのほうがまだマシだ」

「どういうこと?」

 わたしが訊くと、アーサーは息をついてから、

「ギャングの目的はわかりやすい。ほとんど金だ。だが、マエストロの目的はたぶん違う。じゅうぶん力が残されているのに、片目の負傷で引退したのは、自分の力を違うことに使う準備のためだろう。マスコミに追いかけられて、もてはやされてきたのに、シティの市民はすぐに忘れていく。次のスターに目を奪われていく。次から次へとギャングを倒しても、いつの間にか市民はそれに慣れて、ありがたがらなくなっていく。引退前のマエストロのニュースは、小さな記事になったきりで、テレビでも流れないほどになっていたぞ? その頃のスターは、ボクサーのザック・ライトだったからな」

 そして静かにいった。

「……復讐してるのかもしれないな、おれたちに」

 窓際へ行ったアーサーが、カーテンを閉めた。そのすき間から飛び出すように、望遠鏡が設置されてあるので、アーサーがのぞく。椅子から立ったキャシーは、両親に電話するといって、受話器を持った。キャシーがしゃべりはじめたのと同時に、望遠鏡から顔を離したアーサーが苦笑した。

「きみのご両親が、ウサギとクマになってるぞ?」

 はあ? わたしもすぐさま望遠鏡をのぞいてみる。ギャングに追われていたことなんて、すっかり頭にないのか、着ぐるみを着て、ウサギとクマの頭をそれぞれ持ち、エドモンドさんとなにかしゃべっている。どうやら仕事へ行くつもりらしい。

「……うーん、仕事に出かけるみたいに見えるなあ」

「きみらはもう、家に戻っても平気なんじゃないのか?」

 いわれてみればそうかもしれない。なにはともあれ、ヴィンセントは捕まってしまったのだし、ミスター・マエストロだって、もはやわたしなんかの前にはあらわれないだろう。とはいえ、今夜はここでじっとして、WJとデイビッドの帰りを待ったほうがよさそうだ……って、待って。

「デ、デイビッド、大丈夫かな? フェスラー家のややこしい感じになってる、お兄さんのパーティだよ?」

 アーサーが肩をすくめた。さあな、と答えたところで、受話器を置いたキャシーがため息をつく。

「……大変。いま両親が隠れてる親戚の家に電話したんだけど、パパがこれからC2Uに行くって、いいだしちゃってる」

「どうして?」

「ほら、例の物質。リックが来てくれていて、物質が誰の手に渡っているのか伝えたみたい。それで責任を感じていて、リックと一緒に行くって」

「行ってどうするんだ?」

 アーサーが顔をしかめる。うつむいたキャシーは、

「……その物質を分解する液体があるんですって。それはまだ研究段階で、論文にもしていないし、誰も知らないから、いまのうちに自分で持って、隠しておきたいみたい。ああ。あなたとわたしに謝っていたわ」

 わたしを上目遣いにして、キャシーがごめんねといった。そのあと両手で顔をおおい、パパに会いたいとささやく。

「パパが心配だわ。行ってほしくないの。そんな液体どうでもいいし、研究とかもうどうでもいいわ。ママもリックも、みんな止めてるし、リックが行くといってくれているんだけど、在処は自分しか知らないからって、きかないの」

 厳しい面持ちで、眉を寄せたアーサーは、おもむろに部屋を見まわしはじめた。それからリビングを出て行き、果物ナイフを手にして戻って来る。それを新聞で丸めながら、

「……わかった、キャサリン。会いに行こう。おれが連れて行く。ニコル」

 アーサーがわたしを見る。

「きみのご両親の車を借りたい」

 わたしは大きくうなずく。もちろんだ!

「うん。いますぐ行こう! キャシー、そのお家はどのあたりなの?」

 するとアーサーは、わたしを指して

「きみはダメだ。ジャズウィットにうろつくなといわれたし、見張っていてくれともいわれたからな。行くのはおれとキャサリンだけ。しかし、ここは安全そうだが、きみひとりを置いておくわけにもいかないな。それにしてもジャズウィットが遅いぞ」

 キャシーが顔から手を離して、いいのかとアーサーに訊ねた。アーサーはうなずいて「きみを守るから大丈夫だ」と断言する。新聞で丸めた果物ナイフをバッグに押し込めて背負うと、テーブルに広げられたキャシーのレポート用紙に、自分とキャシーの行き先と、わたしの居場所をしめす文章を書いて、ちぎって折り、

「きみはあそこで」

 カーテンの閉められた窓を指す。それはエドモンドさんの部屋を意味する。

「じっとしてること。ドアにこれを挟んでおくから、ジャズウィットが戻ったら、この手紙を見てきみを迎えに行くはずだ。それまで一歩も外へ出ないこと、いいな!」

 ここまで強くいわれたら、そのとおりにするしかない。わたしは無線機を持っていないので、キャシーの無線機を借りることにした。ただし、電池が切れているため、エドモンドさんに電池があるか、訊かなければいけないけれど。

 わたしはキャシーをぎゅうっと抱きしめて、気をつけてねという。キャシーも強くわたしを抱きしめ、そしてアーサーと同じことをいった。

「ニコル。うろうろしないでね」

「う。……う、うん」

 うーん、どうしてみんな、わたしを五歳児あつかいするのだろう。謎だ。

 

★  ★  ★

 三人でアパートを出て、芸人協会のビルまで突っ走り、エドモンドさんの部屋へ行く。それから元パトカーの車を借りるまで、かなりの時間を要してしまった。

 クマの着ぐるみを着たパパは、わたしを抱きしめてふりまわし、そのあとでパンサー引退について切々と語り、泣きだし、わたしの洋服がパパの涙で汚れはじめたのと同時に、ウサギの着ぐるみ姿のママは、キャシーを抱きしめ、無事を祝い、アーサーと夕食を食べて行ってくれと訴える。なんとか車の鍵を手にしたわたしは、暴れまわるパパとママから二人を引き離し、鍵を渡して見送ったものの、ママの「アーサーとキャシーはどういう関係なのか」という質問に、しどろもどろで答えるはめになる。付き合っている、とは断言できないけれど、いい関係なのは間違いないので、応援しているとわたしがいえば、ママはがっくりと肩を落とした。

「……まあいいわ。キャシーはいい子だし、きれいだし、仕方ないわね。ああ、残念! あなたももっと男の子に対して、押しが強くならくちゃだめよ、ニコル!」

 それは無理だ。

「パンサーがいるじゃないか、ママ! ……ああ、元・パンサー、だがな。……う、う。うううううう」

 そしてまた泣きだす。うなだれたわたしにできることといえば、本物のパンサーが迎えに来てくれるのを、待つことだけ。あああああ。離れていると会いたいと思うのに、実際に会うといますぐ離れたい気がしてくるのは、なぜだろう。それが親、ってものなのかも?

「そういえばニコル、今日学校が開校記念日だったんですって?」とママ。

 げ。テーブルを前にして、ちんまりと椅子に座っているエドモンドさんが、コーヒーを飲みながらわたしを見て微笑む。

「一度来てくれて、すぐにいなくなったって、マイクに聞いたわよ? まあ、アーサーも一緒だったから、そうなんでしょうけど」

 いまだけアーサーという存在に感謝したい。

「それよりもニコル、荷物も持たずにどこから来たんだ?」

 涙をぬぐいながらの、パパの素朴な質問への返答が、まるっきり浮かばない。表パンサーの豪邸から飛び出して、裏パンサーのアパートからですというべき? いや、いうべきではない。それよりも違う質問を、わたしからしたほうが話をそらせそうだ。というわけで。

「着ぐるみどうしたの? これから仕事?」

 ソファには、スヌーピーみたいなイヌ、シカやパンダにシロクマといった、さまざまな着ぐるみが並んでいる。パパのサイズに合う着ぐるみを、探していたらしい。

「火曜日だというのに、あっちもこっちもパーティだらけだ」

 パパがクマの頭をかぶり、肩をすくめた。

「お誕生日パーティだよ。歌と踊り。簡単な仕事だから、バイトの大学生に頼んだんだけど、家庭教師のバイトとぶつかって、断られてしまったんだ。ギャラの差で」

 エドモンドさんが苦笑した。

「ずうっと引きこもってるわけにもいかないしな。グイードも捕まって、キンケイドのボスも決まったし、ヴィンセントも捕まりそうじゃないか。ジェローム家はもう安泰! そういうわけだ、手慣らしの仕事にはうってつけ」

 昼間も外へ出ていたのに? まあいい、つっこむと話が長くなりそうだから、黙っていることにしよう。そろそろ行くかとパパがママにいい、自分の車はアーサーに貸してしまったので、エドモンドさんに鍵をもらう。部屋を出る二人を見送って、ひと息ついたところで、電池があるかエドモンドさんに訊ねれば、事務所から持って来てくれた。

「……ずいぶん小さいね。それはなんだい?」

「無線機、なんだけど、すぐに電池が切れちゃう問題商品なの」

 スイッチを入れると、じりじりとした音が流れる。WJはまだ来ないし、いよいよ心配になってきたので、連絡するために周波数のつまみをいじると、ざわついた音が聞こえはじめる。

『……ルロスの姿はないわね……。……でも、……よ。ダメだわ、デイ……。出るわよ』

 ローズさんの声のようだ。これはまさか。

『……囲われてる……出られない。終わるまで……』

 これはあきらかにデイビッドの声。どうやらこの周波数は、デイビッドの無線機のものらしい。スイッチを切らずに持っているのだ。と、残業している事務所の人が、ドアを開けてエドモンドさんを呼んだ。エドモンドさんがいなくなったところで、わたしは声を押し殺し、無線機に耳をくっつける。ううーん、もっとしっかりキャッチしたい。つまみをいじると、だんだんと声がはっきりしてきた。

『いま出たら不自然だよ、ローズ。くそっ!』

『びっくりね。まさかキンケイド・ファミリー関係者がいるとは、思わなかったわ……来るわよ。わたしはそこのテリーに近づくわ。あなたはここにいて』

 う、え!

『これはこれは、デイビッド・キャシディ!』

 この声はどこかで聞いたことがある……って、それは。それは昨日学校で、のような気がする、かも?

『……どうも、若きドン・キンケイド』

 あざけるようなデイビッドの声。どうしよう、やっぱり相手はジョセフ・キンケイドだ!

『テリーは大学時代の先輩だ。というよりも、親友、といったほうがいいかもしれないな。まさか引退宣言の夜に、出歩くとは思わなかったぞ、元・パンサー?』

『それで? ギャングのボスが、どうしてこんな場所にいるのか教えてほしいね』

『招待状がガールフレンドの家に届いた時、おれはただのジャーナリストだったぞ。きみがおれをドンにしたんだ。そうだろう?』

 かなしいけれど、そのとおりだ……。

『というわけで、キンケイド家はもうギャングじゃない。これからは事業をはじめるつもりだ。まあ、兄どものやっかみから、逃れられれば、の話だけどな。ミスター・キャシディ』

 ここで声が大きくなる。たぶん、デイビッドに顔を近づけているのだ。

『きみがパンサーじゃないことはわかってる。本物は誰だかわからないが、せいぜい気をつけろ。おれじゃなくても兄どもが、きみを狙ってるぞ。おれをボスにしたのは、きみだからな。おっと、ひとつだけ忠告しておこう』

 ここで声が途絶え、パーティ会場に流れている音楽が、かすかに聞こえる。しばらくしてからジョセフ・キンケイドがいった。

『このビルから無事に出られないぞ。おれの側近が仲間に連絡したから、階下には車がたんまり停まってる』

 するとデイビッドが答えた。

『……そうかな? 下じゃないだろ。もうこの中にいる。ギャングじゃないな、きみが集めた仲間だね。身なりがいい』

 ジョセフが高らかに笑った。

『おれに寝返った元・ギャングもいるぞ。パーティが終わるまで、ここから一歩も出られないぞ。あのきれいな女性と一緒にな』

『目的は?』とデイビッド。

 ジョセフは答えた。

『おれの命と引き替えだ。きみを兄どもに渡す。そうすれば、兄たちはもう、おれを狙わないそうだ。協力もすると書面にしてきた。そしておれは、最後のスクープを、どこよりも先に手に入れられる。見出しはこうだ。元スーパーヒーロー、交差点で事故にあう。そして』

 そこで声が途切れ、じりじりとした周波数の音だけになる。デイビッドの無線機の電池が、切れたのだ。もう、もう、もう! ミスター・スネイクに会ったら、腕の蛇のタトゥーにいたずらしてやる、マジックで!

 わたしは窓に駆け寄って、WJの姿を探す。見えるのは街灯だけだ。無線機のつまみをいじってみたけれど、じりじりしたままで誰の声も聞こえない。んもう! もっとちゃんと使い方を覚えておけばよかった……って、後悔している場合ではない。

 警察に電話して、パーティ会場へ行くように伝えるべき? だけど警察はフェスラー家と関係のある人間がいるみたいだし、安心できない。安心できるリックはキャシーの親戚の家だし、おっかないけどかなり信頼できそうなフランクル警部長は、銀行とヴィンセントにかかりきりだ。まあ、それ以前に、連絡方法が思いつかないのだけれども。

 WJが心配になってきた。ニセケリーのもとへ向かって、数時間が経っている。だけどいざとなったらWJは、空を飛べる本物のスーパーヒーローだ。それともまさか、ニセケリーはニセじゃなくて本物で、いまごろ再会を祝って抱き合って……って、そんなわけはないし、こんなくだらないことを考えている場合じゃないんだってば、わたし!

「だ、誰か、誰かいますぐ出て! カルロスさん以外で! 誰か~っ!」

 念じながらつまみをいじっていると、

『アリスか!? もう勘弁してくれよ!』

 マルタンさんが、出た。

★  ★  ★

 

「……アリスが暴れてすごかったぜ。おれはデスクで吐いて、退院したレイと交代。無線機を切るなってアリスにいわれてて、いっそ切ろうかと思ってたんだが、デイビッドが心配だったし、切らずに自宅でうとうとしてたわけだ」

 車を運転しながら、マルタンさんがいう。ちなみにわたしは、自分の似顔絵入りの手紙を、WJ宛に書いて、テーブルに置いてきた。これで会った時にはたんまりお説教されるだろうけれど、せっぱつまっているので、覚悟のうえだ。

 それにわたしはいま、イヌと化している。エドモンドさんに用意してもらった、キャンディ入りの籠を手にしているので、誰もわたしだとはわからないはずだ。エドモンドさんには、「パパから電話があって、手伝いに行かなければいけなくなった」と嘘をついてしまった。というわけで、WJにお説教され、パパとママにもさまざまな質問を浴びせられることになるだろう。いまのうちにうまいいいわけを考えておこう……って、そんなことを気にしている場合でもない。

 ハンドルを握ってしゃべりまくるマルタンさんの横顔を、じっくりと観察する。どう見てもマルタンさんだし、不自然なところも見あたらないけれど、ニセカルロスさんの仲間だったら、わたしも危うい。着ぐるみのもこもこした指で、マルタンさんの頬をつねり、思いきり引っ張ってみる。

「お! いてて、いてて! なにするんだ!?」

 メイクではないみたいだ。

「マ、マルタンさんは本物、だよね?」

 右頬を撫でて、マルタンさんが苦笑した。

「……なんだよ、いきなり。おれのそっくりさんでも見たのか?」

 いいえ、カルロスさんのそっくりさんです。本物らしいので、カルロスさん偽者説を伝えるべきだろうか。迷っていると、黒塗りの車がたんまり歩道に寄せられた、高級アパートの前に着いてしまった。

「……デイビッドのいるパーティってのは、ここでやってんのか?」

「マルタンさん、このことカルロスさんにはいわないでもらいたいんだけど、いいかな?」

「カルロスは一緒じゃないのか?」

「う、うーん。ちょっとわけありというか……」

 マルタンさんが困惑する。

「ミス・ジェローム。なんだかわけがわからないが、おれは本物だし、ダイヤグラムの社員だ。デイビッドに迷惑をかけられっぱなしだが、デイビッドのことを嫌いなわけじゃない。いつでもみんなのハッピーを願ってるんだよ。わかるよな?」

 わたしはうなずく。犬の頭の耳が、ぶらーんと揺れた。

「アリスやスーザンもそうだし、カルロスだってそうだ。なにがあったのか教えてくれないか? デイビッドがここで、キンケイドに囲まれてる、ということ以外で」

 わたしはマルタンさんに、カルロスさんの疑惑について語る。いっきにしゃべり終えると、マルタンさんはキャップを脱いで、もじゃもじゃの頭をぐしゃりとつかんだ。

「……激務すぎて冷静に判断できなかったからな。まったく違和感を感じなかった。髭もきちんとある、なんていうメイクはありえないぞ。整形か?」

「わからないけど。それで、ローズさんとデイビッドが、本物のカルロスさんを探すために、ここのパーティに出ることになったの」 

 ふたたびキャップをかぶったマルタンさんは、自分の無線機を持つと軽やかにつまみを回し、アリスさんを呼び出す。会社にいるアリスさんは、

『ふぬけ男、たっぷり休養したんだろ? だったらいますぐ来な! これから会議で、レイがまた血を吐いたんだよ!』

 ……もう、すごすぎるとしかいえない。

「アリス。残念ながらおれは一歩も動けない、悪いな。ひとつだけ教えてくれ。ミス・ジェロームのピアスは持ってるか?」

『ああ? ああ、あれ? あれはカルロスに渡したよ! 会長に見せたいっつうからさ! 一歩も動けないって、どういうこ』

 いったんスイッチを切ったマルタンさんが、顔をしかめる。しばらく無言になってから、わたしに顔を向けていった。

「偽者じゃなくて、本物かもしれないぜ?」

「え! じゃ、じゃあ、やっぱりカルロスさんは、もともと悪玉……」

 マルタンさんは小さく微笑み、首を振る。

「そうじゃない。偽者はほかにいて、カルロスはいいように利用されているんだ。最後にドボン、ってのは変わらないかもしれないがな。こいつはヤバいぜ」

「そ、それって、どういう……?」

 マルタンさんのつぶらな眼差しに、真剣さが増す。

「偽者はほかにいるんじゃないのか? ミスター・マエストロは変装の名人だ。彼は普通じゃない、催眠術だって、できるかもな」

 え?

「え、ええ?」

「偽者は催眠術師。ミスター・ブラックホールが、マエストロだとおれは思うぜ?」

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