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SEASON3 ACT.08

 背後にぴったりとくっついてくる車には、誰が乗っているのだろう。しかもさらに、その車のうしろにはパンサー号……って、ああ、わかった!

「デイビッド! あなた発信器つけてるでしょ?」

 スーツの上に派手な衣装を着て、ピエロの化粧をしたデイビッドが、わたしを横目にして神妙にうなずく。滑稽な化粧をしているくせに、生真面目な態度をとるのでおかしくなり、思わず吹き出してしまったら、デイビッドににらまれた。にらまれてもまったく怖くない。とうとう耐えられなくなったわたしは、お腹を抱えて笑ってしまった。

「あはははは! 頼むから真面目な顔しないで!」

 笑っているわたしもピエロなので、お互いさまなのだが、不思議なことにデイビッドは、わたしの顔を見ても笑わない。それはすでに一度、この姿のわたしを見ているからだろう。

「おれと同じ顔で笑ってる場合じゃないと思うけどね。それ以上笑ったら、あとでたっぷり復讐してやる」

 それはごめんこうむりたいので、きゅっと口を一文字に結び、なんとか笑いをこらえる。バッグミラーを見上げたデイビッドは舌打ちして、

「発信器のことなんて、すっかり忘れてたな。そうか、尾いてきてる車は、ニセカルロスの仲間かも。ミスター・スネイクがおれの居場所をニセカルロスに伝えて、やつが仲間に連絡してるんだ。それで乗っている車がバレたのか」

 しゃべりながら右足の、ぴかぴかに磨かれた革靴を脱いだ。発信器を取ってあげるよと、わたしが手を差し伸べたのに、短気をおこしたデイビッドは窓を開けて、なんとそこから靴ごと発信器を放り投げてしまった。

「間抜けな恰好してるんだから、もうどうでもいい」

 わたしはうしろを振り返り、遠ざかるフェスラー銀行の屋根に目をこらす。さきほど見かけた人影は、もうどこにもない。とたんにぐるん、とデイビッドがハンドルをきった。わたしは身体ごと斜めになって、窓に頭をぶっつける。前を走る車を追い越し、ブロックを何度も曲がり、尾けてきていた車もパンサー号も、デイビッドはあっという間に巻いてしまった。マスコミから追いかけられていたので、車を巻くことに慣れているのかも? まあ、運転していたのはカルロスさんだったはずだけれど。

「あのカルロスさんは、ほんとうに偽者なの? そっくりなのに」

「……たぶん。今朝起きたら、きみとWJがいなくて、頭にきてパンサーを辞めてやるといったら、カルロスが文句もいわずに会見の手配をしはじめて、妙だなと思ったのが最初だよ。だいたいいつものカルロスなら、げんなりした顔でおれを説得するはずなんだ。だって、そうだろ? 自分が無職になるんだから」

 たしかにそのとおりだ。わたしはゾンビモードのカルロスさんを思い出す。

「うーん、そうだけど」

「給料を気にして、おれのいうとおりに動く時もあるけど、たいていうまくまるめこんでくるのがカルロスの手なんだよ」

 アクセルを踏み続けるデイビッドが、またもやわたしを横目でにらむ。

「……で? 約束をやぶった感想と逃避行について、たっぷり責めたてたいところだけど、助けに来てくれたきみに免じて、あとにしておくよ。きみは学校から来たわけ?」

 WJとデートするためにサボりましたと、答えるべきだろうか。いや、そこまで正確に伝えなくてもいいだろう。というわけで、わたしはブロックの角を右へ曲がるように告げた。どこへ行くつもりなんだとデイビッドに訊かれたので、キャシーの叔母さんが所有しているビルへ行くつもりだと、答えようとしてはっとする。あの事務所の鍵は、キャシーが持っているのだ。ということはつまり。

「……芸人協会のビル」

「それって、たしか、きみのご両親がいるところ、だっけ?」

 わたしはうなずいて、そのままうなだれる。ああああ、どうかパパもママもまだ帰っていませんように。パパがデイビッドを見たら、たぶんすごいことになるはずだ。どうすごいことになるのかは、恐ろしすぎて想像したくはない。

★  ★  ★

 エドモンドさんの部屋のドアを開けたのは、アーサーだった。アーサーはぎょっとして、わたしと横に立っているデイビッドを交互に見ると、すぐに苦笑する。

「……すさまじいツーショットだな。いますぐカメラが欲しくなったぞ」

 戸口に立つわたしからは、ソファに座っているキャシーしか見えない。ということはパパもママもまだ戻っていないのかも? それにWJも見あたらない。ちなみにキャシーも目を丸めて、二人のピエロ、つまりわたしとデイビッドを、呆気にとられた顔で見入っていた。

「なにがどうなってきみらが一緒で、しかもそんな恰好をしているのか訊ねたいところだが、ひとまずここを出たほうがよくないか、ニコル?」

 アーサーも、わたしの両親の帰りを恐れているのだ。部屋に足を踏み入れたデイビッドは、キャシーに浴室の場所を訊く。キャシーが知っているわけはないので、わたしが指で場所をしめすと、キッチンの奥へ向かっていった。

「アーサー、WJは?」

「無線で連絡があって、きみのパパとママを見張ってくれていた人物を、見つけたらしい。とはいえ、ギャングも襲ってこないし、いまは出かける二人を追いかけもせず、かなり暇そうにしていたみたいだが。あっちのビルで」

 アーサーが窓を指でしめす。

「集合予定だ」

 その時、外からものすごい笑い声が聞こえたので、窓を開けて見下ろしてみる。大変だ、車から降りてくるパパとママが、ご機嫌で談笑しつつ、事務所の男性とビルに向かって歩いてくる姿が視界に飛び込む。直後、ピエロの衣装を脱いで化粧を洗い落したデイビッドが、タオルで顔を拭きながらのん気なようすで浴室から出て来た。もう、もう、もう!

「い、いますぐ逃げなくちゃ」

 わたしはキャシーの荷物を抱え、さらにキャシーの手を取って、ドアに突進する。

「どうしたんだよ、ニコル?」

 事情ののみこめないデイビッドが、きょとんとした顔でわたしを見る。かなしむべきことにわたしにはもう、この言葉しか思いつかない。

「デイビッド、もみくちゃにされたくなかったら、ここから逃げるしかないの!」

 非常階段で脱出する。久しぶりの家族の対面だというのに、逃げるとかありえない。だけどわたしの意思に反したお婿さん候補が二人もいたら、パパもママも興奮しまくるのはあきらかだ。それをなだめるなんて、できる気がしない、だから逃げるしかないのだ。……あああああ。

 ふたたび、殺風景な事務所に落ち着いたところで、アーサーは買い込んできたマエストロ関連の本をデスクに広げた。

「で? どうしてきみがここにいるんだ?」

 デイビッドに向かって、アーサーが訊ねる。わたしに助けを求めたことをいうのが恥ずかしいのか、デイビッドは顔をしかめて、本をつかんだ。ため息をついたわたしが、代わりに答えるはめになる。

「……ミラーズホテルのトイレにいるから、助けてくれって。アーサー、カルロスさんは悪玉なんかじゃなくて、悪玉がカルロスさんに化けてる、みたいだよ。それに、フェスラー銀行のてっぺんで、ミスター・マエストロみたいな姿を目撃しちゃった!」

 アーサーが眼鏡を指で上げた。

「……化ける?」

 デスクに広げられた本の一冊をつかんで、アーサーがページをめくる。古本屋を巡ってきたのか、ずいぶん古ぼけた本だった。タイトルは「ミスター・マエストロのすべて」。と、そこで。ドアがノックされたので、キャシーがドアを開けた。立っていたのはバッグを背負ったWJで、デイビッドを見て驚く。同時に窓が、強風でもないのにガタガタと揺れはじめる。う、ううう!

「お、お、」

 落ち着いて、WJ! と叫ぼうとしたら、WJの背後から、ショートヘアの女性が顔をのぞかせた。モデルのようなスリムな体型に、カジュアルな洋服姿のその女性を、わたしはようく覚えている。彼女はFBIで、現在休暇中で、カルロスさんの元(?)恋人だ。

「ローズ?」

 眉をひそめたデイビッドがつぶやく。そこでページをめくる指を止めたアーサーが、本から顔も上げずにささやく。

「……変装の名人」

 そして、ローズさんはたばこをくわえ、ライターで火を灯すと、いった。

「……探偵ごっこでもしているのかしら、デイビッド?」

★  ★  ★

 

 休暇中のローズさんは、まだシティにいたのだった。カルロスさんに頼まれて、芸人協会の一室が丸見えの建物に居座り、わたしのパパとママを見張ってくれていたらしい。とはいえ、最近はたいして気にもせず、そこを住処として、ショッピング&デートしまくりの日々を送っていたのだと話す。

 わたしはデイビッドにいわれた、カルロスさん偽者説をみんなに語る。するとアーサーが、広げた本を指でさし、

「見てくれ。ミスター・マエストロは変装の名人とあるぞ」

「だけど、アーサー。マエストロはフェスラー銀行のてっぺんにいたんだよ。わたし見たもの。それにいまは、アイパッチもしてるし」

「引退のきっかけになった事件のせいね。ギャングの抗争を止めようとして、弾丸が右目をかすめたのよ。彼だから無事でいられたともいえるけれど」

 たばこの煙をくゆらせながら、ローズさんがいった。

「マエストロには仲間がいるんだ、アーサー」とWJ。

「それをわたしたちも調べているわ。まあ、わたしの管轄ではないけれど。それにわたしは休暇中。ところで、デイビッド。あなたどうしてパンサーを辞めたの?」

 デイビッドは、依然ピエロのままのわたしを見てから、WJに視線を向けて、椅子に座ると腕を組んだ。

「……正直なところ、いまは後悔してる、かもね」

 かもね?

「まあ、いろいろあったんだよ。きみが聞いたら笑うようなことさ。だけどしかたないだろ。ムカついたんだから。というよりも、いまもムカついてるけど」

 ローズさんは涼しげな眼差しをわたしに送り、デイビッドとWJを交互に見てから、意味深な笑みを浮かべた。

「なるほど。なんとなく事情はのみこめたわ。だけど、カルロスに説得されなかったのかしら?」

「されなかったんだよ、ローズ。だから妙だなと思ったんだ」

「マエストロの仲間が、ミスター・メセニに化けていたとすれば、目的はひとつだろうな。誰も傷つけずに物質を手に入れる。とはいえ、ほんとうに偽物なのか? それがわからなければどうにも納得できないな」

 アーサーはまだ、カルロスさん悪玉説に固執しているらしい。デスクのすみに放置されてある灰皿に、ローズさんが吸い殻を押しつけた。

「あら、あの子宮型思考の女に訊けばいいじゃない。すぐにわかるわよ」

「子宮型思考?」とキャシー。それはスーザンさんのことだ。だけど、どうしてスーザンさんに訊けばわかるのかが、謎だ。

「どうして?」

 首を傾げると、WJがくすりと笑った。それはピエロの化粧のままのわたしが、真面目な顔をしたせいだ。うーん、こんなガールフレンドって、男の子的にどうなんだろう……などと気にしている場合ではない。ローズさんは肩をすくめ、あっさりと大人モードな発言をした。

「キスでわかるのよ」

 う!

★  ★  ★

 

 ここにずっといられるわけではない、ということになり、ひとまずローズさんの住処まで移動することになったわたしたちは、二手にわかれて教えられた住所まで向かうことにする。まずはデイビッドとキャシー、ローズさんが事務所を出て、数分後、わたしとWJ、アーサーが事務所をあとにした。キャシーから鍵を渡されたアーサーが、それをヘッケルさんに返却してから、ブロックの角を見わたす。ちなみにわたしは、ヘッケルさんにもぎょっとされた。目の前に芸人協会のビルがあるとはいえ、登録している人たちも、さすがにこんな姿で、普段はうろうろしないのだ。

「……それにしてもニコル。いつまでその恰好でいるつもりなんだ? ギャングらしき姿もないし、FBI女の住処まで近いが、歩くにはオシャレバカよりも目立ってるぞ」

 そのとおりだ。衣装を脱いだところで、顔はどうしよう? するとWJが、わたしの腕を軽くつかんで、空を見上げた。

「アーサー、きみひとりでも行ける?」

「まあ、行けるが?」

 微笑んだWJは、バッグを背負いなおすとわたしの手を握り、

「ニコルはぼくが連れて行くよ」

 まだ空を見ている。察したアーサーはうなずいて、周囲を気にしながら走り去ってしまった。WJはビルとビルの間の狭い路地に入ると、いきなりわたしの腰に手をまわす。

「……こんな日になる予定じゃなかったんだけどな」

 ぐ、と力をこめて、わたしを自分に引き寄せる。まさか、コスチュームを着ていないのに、飛ぶつもりなのかも。というか、あきらかにそのつもりみたいだ!

「デイビッドをホテルから連れ出したんだね。この恰好で」

 眼鏡越しの目を細めてわたしを見下ろす。細めすぎて、いまやミミズみたいだ。笑っている場合ではないのに、またもやわたしは吹き出してしまう。

「なに?」

「う、うううう、ごめん。わたしったら、今日は笑える場面にばっかり、あっちゃってて。あなたの目がミミズみたくなってるから、それ以上細めたら消えそうだなって」

 ふ。ふふふふふと閉じた口から笑い声がもれてしまう。顔をしかめたWJは、片手をわたしの腰にまわしたまま、眼鏡を鼻まで下げてわたしをにらむ。

「……ああ、そう。ぼくはいま、こういう目をしてるんだよ。どう?」

 おおっと、まずい! 濡れたような灰色の大きな瞳が細められ、鋭さが増している。腰がくだけそうになったわたしは、視線をそらす……いや、そらせない。い、いますぐ眼鏡をかけて欲しい。

「ご、ごめん、ごめん。もう笑わないから!」

 WJは口角を上げてにやりとしてから、眼鏡をかけた。でも、眉間には皺が寄っている。もしかして、怒っているのかも?

「……助けてくれって、デイビッドにいわれたから。それで行ってみたら、カルロスさんは偽者かもってなって」

 もごもごといいわけすると、WJはなにもいわずに、わたしの背中にまわした腕の力を強める。ぐ、と頭が抱えられた。リラックスモードはとっくに解除されたらしい。身体中にビリビリとした、いまにも髪が逆立ちそうなほどの刺激が伝わってくる。

「最高速度で飛ぶよ。一般人の恰好だし、我慢しまくってたパワーが充満してるからね」

「我慢してたの?」

「というよりもこれは、やきもちパワー。きみにイライラさせられてるって意味だよ。デイビッドをほっとけないのもわかるし、よかったって思ってるけど、それは建前」

 WJが空を見上げた。

「……なんだかもう。どこまでも伸びる輪ゴムを、きみにくっつけておきたい気分だよ。で、持ってるのはぼく」

「輪ゴム? どうして?」

 WJのため息が、わたしの耳にかかった。

「伸びきったらいっきに、ぼくのところまで戻ってくるだろ?」

 うーん、これって、うろうろするなという意味だろうか? 考えていたらWJが地面を蹴った。そして、ひとすじの飛行機雲めがけて、いっきに飛んだ。

 

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