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SEASON2 ACT.26

 上下真逆にディスプレイされた「ダイヤグラム・チャイルド」の巨大広告と、ウイークエンド・ショーのこともあって、学校の門の前には、デイビッド待ちのマスコミおよびテレビ局の中継車が、すでに駐車されていた。もちろん、人の群れは尋常ではない。というわけで、先にわたしたちが校門をくぐることになる。一ブロック手前で車を停めたマルタンさんに礼を告げ、車を降りて、校門まで突っ走る。そこでわたしは、パンサー号がどこにも見えないことに気づく。

「あれ? パンサー号がいないね」

「もっと目立たない場所に駐車したんじゃないのか?」

 そうかも、……って、いや違う!

 学校近くのガソリンスタンドの、最新式洗車機から、吐き出されるみたいにして、真っ赤な車体があらわれた。

 ……ああ、のん気に洗車を、していたんだ。

 洗車機から出た車体を、つなぎの作業服姿の人が、ピカピカに磨き上げているところを、ぼうっと眺めている場合ではない。アーサーとキャシーと共に、人混みを抜けて校門をくぐり、校舎へ向かったところで、わあっと歓声が上がる。「あっちだ」と、門の向こうで誰かが叫び、「まわれまわれ」とあちこちで声がする。かつてないほどのマスコミの数と野次馬なので、スーザンさんの運転する車は、学校の駐車場へ停まったようだ。そこからレンガ塀の出入り口を超えて、デイビッドとWJが校舎へ向かって走ってくる。

 敷地内に入れないマスコミは、カメラのフラッシュを門の外で放ち続けている。とはいえ、マスコミは逃れたものの、デイビッドには次なる難関が待っていた。

 カーデナルの生徒と、ジェニファー率いるパンサーガールズだ。髪をもみくちゃにされるいきおいのデイビッドとは別で、WJはその群れとはずいぶん離れたところを、歩いてこちらに向かって来る。と、アーサーとキャシーに挟まれた恰好で、校舎の前に立っているわたしと目が合った……ような気がする。

 うう、いますぐWJとしゃべりたい。でも、でもしゃべれない!

「……うううーん、くそう」

「ねえ、ニコル? あなた大事なこと忘れてない?」

 生徒の集団に囲まれたデイビッド、のずいぶん離れた横を歩くWJを見つめていたら、わたしのようすに気づいたキャシーがささやいた。

「あなたはWJとしゃべれないかもしれないけど、わたしもアーサーもしゃべれるのよ? デイビッドはもみくちゃなんだから、このすきにWJにいいたいことを、わたしにいますぐいって!」

 素晴らしいよ、キャシー、そのとおりだ! というわけで、デイビッドから伝えられたことをそっくり、キャシーに告げる。

「……ええ? それ、デイビッドの嘘なんじゃないの? まあいいわ!」

 キャシーは眉をひそめたものの、すぐさまWJに駆け寄って行く。興奮気味なキャシーがWJに詰め寄る。WJは照れくさそうにしつつ、視線はわたしに向けたままで、ぼそぼそと口を動かす。キャシーはうなずいたり、肩をすくめたり、微笑んだりしてから、ふたたびわたしとアーサーのもとへ戻って来ると、息ぎれしながら肩をすくめた。

「まったく! たいしたことないじゃない。子どものころ仲良しだった女の子のことを、デイビッドがそういってるだけだって。しかも、友達として仲良しだっただけで、好きとかそんなんじゃないっていってたわよ! それにもう十年も会ってないし、イギリスにいる子だし、二度と会わない相手だって」

 それって、孤児院にいた時に出会った女の子だろうか。どちらにしても、わたしとアランみたいな関係といってよさそうだ。少しばかり安堵したわたしはため息をついて、車中でさんざん過っていったネガティブ思考をふり払う。

 さすがのわたしも、二度と会わない六歳の女の子に、やきもちをやくほど子どもではない……って、でも待って。ということは、十六歳のわたしは、六歳のその女の子に似ているってこと?

 どうやらわたしは、十六歳の女の子としては、完璧になにかが欠けているらしい。うーん。

「……それはそれで、どうなんだろう」

 つぶやくと、隣に立っているアーサーが答えた。

「六歳児とそっくり呼ばわりか。まあ、わからなくはないな」

「どうして? 身長だってキャシーと変わらないのに?」

 アーサーは苦笑して、眼鏡を指で押し上げた。

「そういうことじゃない。まあ、イメージだ」

 ……だから、なんのイメージなの? 

 げんなりしてうなだれたものの、依然わたしを見つめているWJに、わかったと表情で伝えるべきだ。それで、微笑んでうなずく。WJもにこっと笑ってくれた。ほうら、言葉が使えなくても、キャシーも(いちおうアーサーも)いるわけだし、わたしたちはじゅうぶん、意思の疎通が可能なのだ! この調子で乗り切ろうと決めた直後、キャシーがわたしのボーダーシャツを引っ張る。

「……わたしったらすっかり忘れていたけれど、ああいう人たちがいたのよね?」

 キャシーが、生徒の集団から少し離れた場所で固まり、こちらに顔を向けている黒ずくめ軍団を見ていた。

「あああ。わたしもなんとなく忘れてたかも」

 ジェシカ・ルーファスが、背後に取り巻き二人を引き連れて近づいて来る。アーサーに挨拶してから、わたし、は無視してくいっと眼鏡を指でつまみ、

「ハーイ、キャサリン・ワイズ。ずうっと盲腸で入院していたら良かったのに」

 ムカッときて、文句をいおうとしたわたしの袖を、キャシーがつまんで引っ張る。相手にするなということみたいだ。わたしもそれには賛成なので、ジェシカを無視し、二人で校舎に入ろうとしたら、

「失礼だぞ、ジェシカ・ルーファス。おれのプロムの相手に、またそんなことをいったら、きみの成績が上がる手伝いは二度としないからな」

 冷静な表情でアーサーがいいきった。びっくりしたわたしとキャシーは、同時にアーサーを振り返ってしまった。

 アーサー、すっごい。

 くやしそうに顔をしかめたジェシカは、唇をかんで肩をいからせながら、わたしたちをにらんだまま、取り巻きを引き連れて去って行く。すると、おっこちそうなほど瞳を見開いたキャシーが、ほんの少し頬を赤らめて、アーサーを見つめはじめたのだ。ん? んんんん?

「どうしよう、いま一瞬だけ」とキャシーが続ける。「あなたが本気でロルダー騎士みたいに見えたわ!」

 にやりと笑ったアーサーを、わたしは見逃さなかった。アーサーは着々と、キャシーの心をつかみはじめているようだ。アーサーが本当に、キャシーのことが好きなことがわかって、いやわかってはいたんだけれどもさらに実感できて、嬉しいことは嬉しいのだけれども。

 なぜだろう、あまりにもアーサーだけ順調すぎて、ちょっと悔しい気がしてきた。

「……う、うーん、あなたの首をほんとに締めたくなってきたかも!」

 そこでベルが鳴る。アーサーは、ふ、と笑ってから、エントランスに顔を向け、

「できるわけがない」

 エントランスを右へ曲がって、自分のクラスへ向かって行った。

 デイビッドはいまだに、生徒にもみくちゃにされている。そんなデイビッドに背後から抱きついたジェニファーの勇気に、敬意を表したいところだ。だって、うつむきがちになっているデイビッドの表情は、たぶんいまごろ、サタンそのものになっているはずだから。とはいってもここは学校で、デイビッドにはイメージがある。機嫌は最悪なくせに、なんとか爽やかな笑みを浮かべているデイビッドが、顔を上げてわたしを見た。確実に目が合ってしまったので、うっかり視線をそらし、WJを見てしまう。その視線をたどったデイビッドが、今度は離れて歩いているWJに、笑みを消した顔を向けた。

 う。

 アーサーは順調なのに、わたしといえばこのありさま。比べるのもおかしいけれど、やっぱりなんだか比べてしまう。だからわたしは、うなだれた。

 ……どうしよう。なにもかもが前途多難すぎる。この一週間が終わったころには、わたしは本当にゴーストになっているかもしれない。……あああ。

 

★ ★ ★

 キャシーのファンは多い。キャシーのことを遠巻きに見つめている男の子はたくさんいるし、話しかけてくる男の子だってかなりいる。挨拶をされればきちんと返事をするし、しゃべりかけられれば受け答えをするけれど、そんな彼らに対するキャシーの態度は、いたって事務的。ようするに興味がない、ということだ。

 午前の授業を終えてランチをとるため、学食まで歩いている間も、キャシーに話しかけてくる男の子だらけで、彼らはほとんど、わたし、は無視して、あちこちに貼られているプロムのポスターを指しては、勇気を振り絞ってるみたいな顔で、キャシーを誘う。もう相手がいるからと、キャシーが顔を真っ赤にしていうと、全員が口をそろえて「それは誰?」と訊ねてくる。

「ア、アーサーよ」

 キャシーがぼそりとささやくたびに、男の子たちはがっくりと肩を落として去って行った。今朝の出来事がキャシーにとって、大きかったことは間違いない。コミックの騎士しか頭になくて、そのうえ最初はリックに興味津々だったキャシーの気持ちを、自分のほうへ引き寄せたアーサーの手腕には、おどろくべきものがある。まあ、多少嘘をついていたとしても。

 こうしてアーサーは順風満帆に、人生を乗り切っていくのだろう……、ううう、悔しいけれど、本当になんだかうらやましい。

 対するわたしは、デイビッドを気にしすぎて挙動不審だ。同じクラスではないのが幸いだけれど、いつどこで出くわすのか、おびえすぎて、動きといったら落ち着きのないハトみたいになっている。ものすごくイケてない。

 キャシーの影に隠れるようにして学食を目指し、こそこそと廊下を歩き、エントランスに出た時だ。つなぎの作業服姿で、目深にキャップをかぶった背の低い人物が、周囲を見まわしながら立っていた。その作業服には見覚えがある、朝に見かけたスタンドのスタッフと同じだったのだ。

 もちろん、カーデナルの学生ではないのは一目瞭然。キャップで顔はよく見えないけれど、小柄だし、作業服はぶかぶかで、もしかすると女性かもしれない。

 やがて、オフィスから事務員の女性、ミス・モリスンがあらわれた。作業服の人物に近づいて話しかける。すると二人が、学食へ向かうわたしたちの、ちょうどすぐ前を歩く恰好となった。おかげでミス・モリスンとの会話はまる聞こえだ。その声で、作業服の人物はやっぱり、女性だとわかった。

「……ごめんなさい、休憩時間に抜けてきちゃったものだから、こんな恰好で。休憩時間がすっごく待ち遠しかったわ」と彼女。

 ミス・モリスンがくすりと笑う。

「あそこのガソリンスタンドね?」

「そうです。わたし、前から料理に興味があったの。だけど経験もないし、ウエイトレスじゃなきゃダイナーで雇ってもくれなくて。洗車した車を拭いていたら、乗っていた人に話しかけられて、そんな愚痴をもらしちゃったら、ここで学食の従業員を募集しているっていわれたものだから。すぐに電話をしたら、まだ募集しているっていわれたので、もう焦ってこのまま来ちゃったんです。これだけで完璧に、わたしはクビだわ」

 二人がくすくすと笑う。

 ……その話しかけた人って、パンサー号に乗ったミスター・スネイクじゃないよね? ……って、そんなわけはないだろう。

 二人を前にして歩いていたら、なんとそこで、物理教室からド派手チーム、もとい、デイビッド&ジェニファーおよびその取り巻きたちが出て来てしまった。わたしは即座にキャシーの腕をつかみ、前を歩く二人から距離を離して、無意味だと知りつつキャシーの影に隠れる。そんなデイビッドたちと間をあけて、姿を見せたのはWJだ。

 うううう、近づきたいのに、近づいたらしゃべってしまいそうで近づけない!

 と、そこで。奇妙なことが起きた。

 ド派手集団に出くわした従業員希望の彼女が、キャップのつばをくいっと上げ、いきなりWJの腕をつかんだのだ。WJはびっくりして、彼女を見下ろす。デイビッドもジェニファーも二人を見て立ち止まった。

 ん?

 キャシーの背中を押しつつ、集団に近づいている間抜けなわたしを、誰も責められないと思いたい。

「ちょっ、なになに、どうしたの、ニコル?」

「……キャシー、WJが女の子に腕をつかまれてる」

 キャシーの肩にあごをのせてわたしがいうと、キャシーが歩みを止めた。キャップのつばが上がったので、女性の横顔が見える。というか、女性ではない、まだずいぶん若い女の子だ。もしかすればたぶん、わたしと同じくらいかもしれない。そこで、WJの腕をつかんだ彼女がいった。

「いきなりごめんなさい。人違いかもしれないけれど、あなた似てるわ」

 WJが無言で彼女を見下ろしていた。それから、

「……まさか、ケリー?」とWJ。

 あれ? え?

「……知り合いみたいよ」とキャシー。

「……そう、みたいだね」とわたし。

 彼女がうっそ、と叫ぶ。そしていったのだ。

「あなたがクレセントに行ったって聞いてから、わたしもがんばって海を渡ったの! ずうっとあなたを探していたのよ、ウィル! まさか、こんなに近くにいたなんて知らなかったわ、すっごく感激よ!」

 ……WJの名前を呼ぶ女の子なんて、はじめてだ。奇妙だったのはデイビッドの表情だ。キャシーの背後に隠れているわたしに気づいて(気づかないほうがおかしいけれど)、なんだこれはといいたげな困惑顔を向けたのだ。

 ん?

 彼女がキャップを取った。すると、肩あたりまで伸びた無造作な栗色の髪がなびく。そこでキャシーがささやいた。

「……うーん、なんでだろ。前のあなたに雰囲気がちょっと似てるかも。ビートルズっぽくなる前の」

「気づくんだキャサリン。彼女のほうが美人だ」 

 いきなり背後から声がそそがれて、振り返ればアーサーが立っていた。

「手をまわしたな」とアーサー。

「ま、まわしたって?」とわたし。

 アーサーは腕を組んで、

「あのようすじゃオシャレ王子の仕業じゃないな。なんだこれは、という顔つきになっている。だからたぶん」

 眼鏡を上げる。

「本気できみとジャズウィットを引き離したいと思ってるのは、王子さまのほかにもいるぞ。そしてもっともおそろしいかもな」

 え、とわたしが短く声を発すれば、アーサーが続けていいきった。

「ミスター・メセニだ」

★​ ★​ ★

 

 常にそばにいるWJとわたしが、近づかないようにするためか、デイビッドはわたしたちのテーブルに来ない。学食で遠巻きに、ド派手集団を眺めていたところで、もやもやとふたたびわきあがってきたわたしのネガティブ思考が、きれいさっぱり解消されるわけではない。

 ケリーという名前の女の子は、間違いなくWJと仲良しだった女の子なのだ。二度と会わないだろうというWJの予想に反して、会わないどころかいまやすぐそこ、たぶんいまごろは、学食のスタッフ長と、面接の真っ最中だろう。

「……カ、カルロスさんがどうして?」

「王子の従者だぞ? 王子のご機嫌をとるためだろう。調べ上げて、出会うようにしむけたんじゃないのか? そのぐらいはギャングを相手にするよりも簡単だ」

「わたしとWJが付き合っても、べつにいいって……」

「建前と本音が違うのが、大人の世界だ」

 いわれればたしかに、合点がいく。彼女に話しかけたのはミスター・スネイクで、無線機で指示していたのはカルロスさんだろう。ありえなくはないし、たぶん真実だ。

「彼女、従業員の面接に来たみたいだったわよ」

 キャシーがいう。前に座るアーサーが、

「もう働いてるんだな。偉いとしかいいようがない」

 その意見には賛成だ。だけど意地の悪いことにわたしはいま、彼女が面接に落ちたらいいのにと考えちゃってる。こんな自分がすごく嫌だけれど、どうすることもできない。

「すっごい。わたしったら、人生最高に意地悪になってる」 

 大丈夫よとキャシーがわたしの背中を撫でてくれるけれど、大丈夫な気がしないのはどうしてだろう。だって、WJのために海を渡って来たのだ。きっといろんな苦労をして渡って来たに違いない。それに働いていて、自立している。そんな思いまでして、WJを探していたなんてよほどのことだ。

 ポテトをくわえたまま、WJの座っているド派手集団のテーブルを上目遣いに見る。WJもこっちを見ているような気がするけれど、遠すぎてわたしの勘違いかも。

「どうでもいいが、いや、よくないが。今朝の巨大広告をどう思う? あれは挑戦状と受け取れるぞ、意味は『くたばれ、ダイヤグラム』。イコールパンサー」

 いきなりアーサーがいった。でも、わたしの意識はWJに向きっぱなし。

「いきなり真逆になってるなんて、普通の人の仕業とは思えないわ。あれって、巨大ボードに描かれた絵でしょ? それを逆にするだなんて、まるで魔法だわ」

 キャシーが答える。もはやこの場で、わたしは空気を化している。二人の会話は聞こえているけれど、心ここにあらずなのだ。

「……魔法、か。使える人間は魔法使いか」

 アーサーの顔が厳しくなったのと同時に、自立していてWJを「ウィル」と呼ぶケリーが、キャプを右手に持ったまま厨房からあらわれて、WJの横に立った。かがみこんで、なにか話しかけている。WJは顔を上げてうなずき、席を立つと学食を出て行ってしまった。

 どこへ行くの!

「ニコル。ポテトを食べるの? 食べないの?」とキャシー。

「……まただ。捨てられた犬になってるぞ」

 呆れてる声でアーサーがいう。わかってる、だけど、どうしよう。追いかけたいけれど、デイビッドがじいっとわたしを見ているので、動きようが……なんていってられない! しゃべらなきゃいいのだ。ただ、二人のようすが気になるだけ!

 トレイをテーブルに置いたまま立ち上がり、ド派手チームの真ん中に座っているデイビッドを指し、

「し、しゃべらないから!」

 デイビッドも立ち上がろうとしたけれど、ジェニファーに肩をつかまれている状態なので、無下にできないらしい。いまだけジェニファーにナイスプレイと叫びたい。

 逃げるみたいにして、小走りで学食を出る。廊下をまっすぐ突っ走り、エントランスに向かうと、談笑している二人を見つけてしまった。壁に沿って置かれたロッカーの影に隠れて、そんな二人を眺めている自分がとってもみじめだ。耳をすましても、ランチ時の校内放送が邪魔をして、話している内容は聞こえない。んもう、のん気な最新ポップスの曲なんか流さないで! 

 二人はとっても楽しそうだ。しかもWJの顔は全然赤くないし、照れてもいない。仲良しの、馴染みの女の子との十年ぶりの再会に、素直に喜んでいるといった雰囲気なのだ。

 いますぐ「ハーイ!」とかいって仲間に入りたい、というよりも邪魔をしたい。だけどわたしはWJとしゃべれないので、ここでこうして、妻の浮気現場をおさえようとしてるイケてない夫みたいに、尾ける以外に方法がない。

 ……というかもう、わたし、なにしてるんだろ。恋人に話しかけることもできず、さらに恋人が自分以外の女の子と、嬉しそうにしゃべってる場面を見てるだけだなんて?

「う。ううううう」

「ニコル・ジェローム?」

 なぜだろう、背後から聞き覚えのない男の子声がするけれど気のせいだ。無視しておこう。

「ニコル・ジェローム?」

 気のせいではないらしい? とはいえ、あまりに二人を凝視していたので、背後から声をかけられ、肩をつつかれていることすら無視し、ハエを追い払うみたいにして肩を揺さぶって、うしろにいるらしい人物を邪見にしていたら、ぐっと肩をつかまれた。う、とびっくりして振り返ると、マッシュルームカットのキュートな男の子が立っている。

 うっ! ニック・カートンだ。

「え、え、えええええ。たしかにわたしはニコル・ジェロームですけども?」

 かなしむべきことに彼の服装とわたしの服装すらかぶりまくってる。ボーダーシャツにデニムにスニーカーって、これじゃあまるで双子だ。

「なにしてるの、こんなところで」とニック。

 それはわたしが自分に問いたい。

「う。うんまあ」

 ニックが反対側の壁に貼られたプロムのポスターを指す。まさに恐怖の瞬間だ、その廊下の先、学食から、デイビッドが大股で歩いて来るのが、ニックの肩越しに見えたのだ。

「い、いますぐ逃げて! あなた、殺されるかも!」

「はあ? ねえ、きみ、これさ、ぼくと一緒に行かない? 二人で最高にクールにキメて……」

 ニックがいうが早いか、デイビッドがニックのうしろから、羽交い締めにする。ロッカーの脇でこんなことをしていたら、WJとケリーに気づかれないほうがおかしい。すると、じりじりと、エントランスの蛍光灯がまたたきはじめて、通りがかりの生徒が天井を見上げた。これぞ学校で一番、おそれていた現象だ。

 でもこれは、WJがわたしを気にしている証拠なので、まだわたしに興味を持ってくれているみたい、万歳! ……って、喜んでいる場合ではない。わたしは身振りで、両手をぐっと握り、我慢してを意味する仕草をする。伝わったのかどうなのか、WJが小さくうなずいた、気もするけれど、依然ニックを羽交い締めにしているデイビッドが、

「ニコル。いまからジェスチャーも禁止だ!」

 爽やかイメージを保つことをあきらめたのか、わたしには素のサタン顔を向けていい放った。

「え。ええええ?」

 わたしはうなだれる。でも、はっとして顔を上げると、すでにエントランスから、二人の姿が消えていた。ニックを離したデイビッドは、

「ニック、今度ニコルにしゃべりかけたら、きみのギターをへし折るよ」

 ニックはわたしとデイビッドを交互に見て、マジで? といわんばかりの顔つきのまま、のどをおさえて咳き込みながら去って行った。こうして貴重かつ希少なわたしのファンがひとり去った。できればもうひとり去ってほしいところだけれど、全然去ってくれない。けれども学食から飛び出して来たジェニファーに、今度はデイビッドが飛びつかれたので、そのすきにエントランスへ躍り出て、わたしは周囲を見まわす。どこにもいないので、もしかして外かも!

 と、外へ出ようとした直前に、ホランド先生に呼び止められた。

「おお、見つけたぞ、ジェロームくん?」

 土曜日のホランド先生のことが過ったものの、問題が山積みすぎて、わたしは本日最高に挙動不審となりはてる。

「あ、う。う、え? はい?」

 おろおろしながらホランド先生の前に立つと、

「きみの親類だというジェイムズ・フリーマン氏が、さっきお見えになったんだ。立派な紳士だよ。オフィスに通しているから、会うといい」

 ……はあ?

 ホランド先生が去ってしまう。WJとケリーが一番気になるけれど、いまこの瞬間、それと同じくらいに気になることは。

「……そんな親戚いたかな?」

 ジェイムズ・フリーマン? パパの親戚だろうか、それともママか? 首を傾げたまま事務員のオフィスへ向かい、ドア越しに用件を伝える。男性事務員がわたしを通してくれて、奥まったドアを開けた。

 ジェイムズ・フリーマンなる人物は、わたしに背を向け、窓の外を眺めていた。ちなみに、高級なスーツ姿で、靴はピカピカ。髪はポマードできっちりと撫でつけられている。

「あ、のう?」

 たばこの煙が舞っている。部屋に足を踏み入れたわたしがドアを閉めると、スラックスのポケットに左手を入れたジェイムズ・フリーマンが、ゆっくりと振り返った。

 たばこをくわえた口角を上げると、にやりと笑う。

「……よくもやってくれたなと、デイビッド・キャシディにいますぐ伝えろ」

 ジョセフ・キンケイドだった。

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