SEASON2 ACT.25
ゴックン、とサンドイッチを飲み込んだつもりが、満足に咀嚼していなかったので咳き込む。グレーのパーカーを羽織り、頭をフードでおおった恰好で、膝丈パンツのポケットに片手を突っ込んだデイビッドが前屈みになり、もう片方の手でわたしの背中を思いきり叩く。
「う」
飲み込めた。けれどももったいないことに、味の記憶がない。おそるおそる背後に立っているデイビッドを、もう一度振り返ってみる。黙ったままわたしを見下ろしているその姿は、悪魔というよりも、魂を抜き取られたゴーストのようだ。
「まあ座れ、若者」
地面に敷かれたシートを指して、ミスター・スネイクがいった。きみもサンドイッチ食べるかい、とのん気に微笑むミスター・モヒカンの言葉を無視して、デイビッドはパンツのポケットから無線機を出し、スイッチを入れる。ジジジと電波の音がもれてから、カルロスさんらしき男性の声が、無線機から聞こえてきた。
「あ、そう。……いやまかせるよ。……ふうん」
内容まではわからないけれど、無線機を切ったデイビッドが、ふたたびポケットにそれを突っ込み、わたしを見下ろすとにやりとした。
「見モノだね」
え、なにが?
わたしとデイビッドのただならぬやりとりに、気まずくなったのはミスター・モヒカンだ。「兄貴」とミスター・スネイクを呼び、いまだチキンにかぶりついている兄貴の腕を引っ張り上げ、そそくさとパンサー号の中へ入ってしまった。いや、行かないでください!
「べつに連れ戻しに来たわけじゃない」
折りたたみチェアに座ったデイビッドがいう。シートの上であぐらをかき、残っているサンドイッチを凝視する以外で、いまわたしにできることはなにもなさそうだ。
「食べれば?」とデイビッド。
デイビッドの登場によって、空腹感がどこかへいってしまったらしい。というか、いまの状況って、完璧に二人きりってわけじゃないよね? だって、パンサー号の運転席の窓から、ミスター・モヒカンがこっそりと、こちらをのぞいている姿が見えるし、助手席に座ってチキンを食べながら、やっぱりこちらに視線を向けているミスター・スネイクも見えるから。
「……パンサー辞めるの?」
うつむいて、なんとか言葉にしてみた。
「たんなる有言実行だよ。前からおれはいってたと思うけど?」
たしかに、その発言と行動には矛盾がない。
「ちなみに、WJは嫌だっていったみたいだけど?」
え、と顔を上げれば、デイビッドはわたしを見下ろしながら、にやっと笑った。
「い、嫌だって、なにが?」
「きみはいいっていったんだろ。会話しないって条件のこと。でもWJは嫌だってさ。だけどカルロスが、きみが了承したことを伝えたら、顔つきが険しくなったって。だから見モノだなと思ってるだけ」
デイビッドのいっている意味が、まるきり理解できない。
「なにが見モノなの?」
両手をパーカーのポケットに入れ、足を組んだデイビッドは、空を見上げて笑みを浮かべた。
「会話ってのは大事だろ。見えない気持ちを伝えるには、言葉が必要だからね。でもそれを取り上げられてまで、きみとWJがいい関係でいられるなら、おれはきみをあきらめることにするさ。でも」
目線だけわたしに移して続ける。
「どうなんだろうな。うまくいくわけない」
……なるほど、とわたしは思いあたった。「許さない」っていうのは、このことを指しているらしい。つまり、徹底的にわたしとWJを、引き離す魂胆なのだ。
「しゃべれないってだけじゃない。そんなの関係ない、と思うけど」
というか、思いたい。
「そうかな?」
うーん、あんまり念を押すみたいに、問いかけないでもらいたい。だんだん自信がなくなってきちゃうから! でも、デイビッドがわたしをあきらめてくれるというのは、素晴らしい展開だ。
「……あ、あきらめる?」
「あきらめるよ。きっぱりと」
だけどなぜだろう。デイビッドの態度は自信満々、本当にうまくいくわけないと、信じきってるみたいに見える。
「いっておくけど、ちょっとでもしゃべったら、その時からパンサーは永遠に消滅するって、覚えておくんだね」
デイビッドが立ち上がった。本当にわたしを連れ戻すつもりはないようだ。だからこそ、いっそう不気味に思える。いっそキレまくっていてくれたほうが、デイビッドの考えが如実に態度にあらわれるので、わかりやすかったのに。
それともいま、もしかして、最高にキレていて、キレすぎて冷静だったりする? ……そうかも。怒りが頂点に達した人って、すんごく冷静になることがあるって、誰がいっていたんだったっけか。パパだったかも、それともママ? いや、保安官シリーズの保安官? 思い出せないのでやめておこう。
「も、もしかしてあなた。いますんごくキレ……」
わたしに背を向けたデイビッドが、振り返って肩をすくめると笑って、なにもいわずに去って行った。
……なんだろう、自分がとても、間違った選択をしたような気がする。
★ ★ ★
シートの上に広げた寝袋の中に身体を押し込め、ぼうっとグリーンのテントを見上げる。いまが何時なのかわからないけれど、もう一度豪邸に戻り、WJとたんまりしゃべっておくべきかも。そう思うのに、ひどい眠気におそわれて動けない。
「……ううう、だめだめ、起き上がれニコル」
重たくなっていくまぶたを指で押し広げ、なんとか寝袋から這い出る。四つんばいになってから立ち上がり、大きく息を吸い込んで、ハウスシューズのまま走った。それにしてもわたしほど、豪邸とパンサー号を往復している人もいないだろう。少し走っただけで息がきれるのは空腹のせいなのか、打撲と筋肉痛のせいなのか。それとも眠気? 立ち止まって深呼吸してから、ふたたび小走りで丘を下る。それを何度か繰り返しているうちに、いよいよ辛くなってきて足を止め、前のめりになってかがみ、両膝に手をついた。
「……こ、これって、日頃の運動不足のせいかな」
「違うと思うよ」
いきなり頭上で声がして、びっくりする。顔を上げると普段着の、WJが立っていた。豪邸はまだずいぶん先だ。ということは、WJは普段着のまま、ここまで飛んで来たってこと?
「び、びっくりした」
「きみはぼくとしゃべれなくても平気なの? ぼくはごめんだよ」
平気ではない。でも、パンサー続行の可能性が秘められている条件なのだ。
「わたしとあなたがしゃべらなくても、いい関係でいられたら、デイビッドはわたしをあきらめてくれるって、さっきパンサー号まで来て、そういって帰っていったの」
暗すぎてWJの表情は読み取れない。でも、ムッとしている気配は伝わってきた。誤解を招きたくないので、焦ったわたしは訴える。
「二人きりじゃないよ。ミスター・スネイクもミスター・モヒカンも一緒だもの」
「ミスター・モヒカン?」
「弟さんだよ。名前がわからないから、勝手にあだ名つけちゃった」
くすっと笑う、WJの息が聞こえた。つられてわたしもえへへと笑う。いや、笑っている場合ではない。
「たったの一週間だし、授業中、あなたに手紙を書くことにする。キャシーに渡してもらえるようにすれば、しゃべってるわけじゃないから、条件をやぶったことにはならないだろうし、それに」
わたしがいい終える前に、頬が大きな両手で包まれて、WJの眼鏡が額にあたった。
「う」
「あ、そうか」
片手でわたしの頬を包んだまま、WJが眼鏡を取る。
「慣れてないって、間抜けだよね」
暗いし、視界もぼやけているのだろう、わたしのあごにWJの唇があたる。くすぐったくて笑いをもらすと、柔らかい感触がゆっくり移動した。それで、ちゃんとしたキスになった。でも、ほんの少し、互いの唇が触れただけのキスだ。こんなの挨拶でもするぐらいの。
だけど、わたしは胸がいっぱいになって、なぜだか無性に泣きたくなってくる。自分の好きな男の子が、わたしのことを好きになるだなんて、考えたこともない毎日を過ごしてきたのだ。片思いに慣れて、それが当然だったし、恋愛なんてもっとずっと遠い未来のことだと、思っていたのに。
思っていたのに、いまやそれが現実になっているだなんて。しかもその相手は、最高にクールなのだ! ……って、でもまあ、わたし以外の女の子には、信じられないほどシャイになる、困った相手でもあるわけだけど。
「う。わ、わかっていると思うけど、わたしはモテないし、あなた以外の男の子には興味がないから、しゃべれなくてもわたしのことは心配しないで?」
少々自虐的だけれど、事実だ。
「……わかったよ、ニコル。じゃあぼくも、デイビッドの条件をのむよ。だけど、忘れないで。デイビッドはきみのことが、すごく好きなんだってこと。だからこんな無茶なことを押し付けてくるんだ」
「あ、あなたも。絶対に眼鏡を取らないでね! 学校で取ったことないから心配しないけど。それに、あなたがほかの女の子としゃべってる時、シャイみたいになるのも、いまいちわたしが慣れてないってこと、覚えておいてほしいんだけど」
なんとなくだけどいま、WJはにやりとしてる気がする。
「……それはキャシーでも?」
「キ、キャシーでも!」
くすくす笑うWJは楽しそうだ。わたしの頭を手で包み、くしゃくしゃと髪をかき混ぜるといった。
「これは戦いかもね。いいよ、デイビッドに勝つしかなさそうだ。それで、きみをあきらめてもらうことにしよう」
わたしに背を向ける。
「きみからの手紙が楽しみかも」
おやすみ。そういい残して、軽くかがんだWJが飛んだ。わたしは夜空を見上げて、それからきびすを返し、ふたたびパンサー号を目指した。
大丈夫、選択は間違ってはいないし、きっとうまくいくはずと信じながら。
★ ★ ★
翌朝。
自分のくしゃみで目が覚めて、芋虫状態で起き上がる。白みはじめた空はまだ暗くて、寝袋のジッパーを下ろし、大きく伸びをした。いますぐ豪邸へ戻れば、デイビッドはまだ眠っているはず。なにしろあのベッドルームに荷物があるので、デイビッドが熟睡している間に取ってしまわないといけないのだ。それにシャワーも浴びなければ!
急いで寝袋を丸めて抱え、パンサー号をのぞくと、ミスター・スネイクもミスター・モヒカンも、寄り添うように眠っている。寝袋を抱えて、のろのろと丘を下り、やっと扉の前に着いたところではっとした。
……鍵、ないです。
あたりまえだけれど、押しても引いても扉は開かない。リビングへまわり込んで、窓を叩くべき? だけどそこにはたぶん、マルタンさんとWJがいるはずで、わたしはWJとしゃべれない。もしも二人で一緒のところをマルタンさんに見られたら、しゃべったと誤解されて、誤解されたままデイビッドに筒抜けになるおそれもある。うーん、やめておこう。
小石を拾って女性チームの窓へ投げよう。というわけで、しゃがみ込んで小石を探していると、いきなり扉が開いた。びっくりして見れば、ありえないことに昨日と同じ服装の、デイビッドが出て来た。
「う」
デイビッドの目が赤い。それは寝不足を意味する。ぼうっとした視線をわたしに投げて、
「……きみがいないから眠れなかったよ。なにしてるの」
あくびまじりだ。
「あ、う。石を」
扉に手をかけたデイビッドが、入れば、とわたしにいう。
「スーザンがきみの靴を用意してあるから。あとでミスター・スネイクが発信器を取り付けにくるよ」
それはよかった。
「ああ、あとはこれか。借りてたんだよな」
パーカーのポケットから無線機を出して、わたしに放り投げた。両手でキャッチしてから、あまりにも静かなデイビッドのようすが不審で、一歩しりぞく。するとデイビッドが振り返って、わたしを一瞥する。
「……入れば」
平静なのは、寝不足なうえの寝起きだから? うん、そういうことにしておきたい。
おずおずと、デイビッドの背後からエントランスに入り、扉を閉める。なんというか、こういう時にかぎって、予想していない事態が起きてしまうものだ。デイビッドが厨房へ向かいはじめて、ちょうどわたしが階段に足をのせたところで、早朝だというのにリビングのドアが開き、WJがあらわれたのだ。
ぼうっとしているデイビッドが、WJを振り返る。とたんにいっきに覚醒したみたいな顔つきになって、にやりとした。
わたしは「おはよう」といいそうになって、両手で自分の口を塞ぐ。WJはわたしとデイビッドを交互に見て顔をしかめる。いまそこで会っただけといってしまいたいけれど、いえないのだ!
……ん? ちょおっと待って。そうか、これって、やっぱりわたしが考えていた以上に、やっかいなことなのかも。
にやついたままのデイビッドが、WJに近づいて行く。そんなデイビッドにかまわず、いますぐベッドルームへ行って、荷物を取り、シャワーを浴びるべきだ。だけどWJとデイビッドの鉢合わせシーンに釘付けになってしまって、足がまったく動かない。
「おはよう、WJ」
デイビッドの口調は、いたっておだやかだ。とりあえず。
「……おはよう、デイビッド」
WJは自分の右手を左手で握りしめ、まるでなにかを我慢しているかのように、苦しそうな表情を浮かべる。そのようすには見覚えがあった。わたしとデイビッドがソファで眠っていた時に、窓から入ったパンサーが、ライトをまたたかせたあとで、いまと同じような仕草をしたのだ。
デイビッドが髪をかき上げて、自分と身長の変わらないWJの前に立った。階段に右足をのせた恰好で凍りついているわたしからは、デイビッドのうしろ姿しか見えない。WJはその影になっていて見えない。
誰か、誰でもいいから、いますぐここにあらわれてくれないかな! いや、なにかややこしいことになる前に、わたしがこの場から去るべきだ。それで階段を駆け上がろうとしたところで、デイビッドがいった。
「WJ。ニコルをおれにくれない?」
ちょっと笑ってるみたいな声音だ。奇妙なことにデイビッドのいう「ニコル」という存在が、わたしとは別の女の子のような気がしてくる。うん、たぶんそうだ、わたしではなくて、同姓同名の女の子なんじゃないかな……って、いまさらだし、あきらかにそれは、わ・た・し・だ! めまいを覚えて、階段の手すりにしがみつく。
「デイビッド。ニコルはあっちこっちでやりとりできる、商品じゃないよ」
対してWJの声は、あきらかに怒っている。
「そうかな。きみは勘違いしてるだけなんじゃないか?」
「勘違い? なにをいってるんだよ、デイビッド」
そしてデイビッドがいったのだ。
「好きな女の子は、ほかにいただろう、WJ?」
え?
あっけにとられて二人に顔を向けると、同時にデイビッドがわたしを振り返って、にっこりと笑った。
「似てるからね、ニコルは」
★ ★ ★
「ゴーストみたいだぞ」
学校へ向かう車内で、アーサーがいった。運転しているのはマルタンさんで、助手席には嬉しいことに、キャシーが乗っている。今日からキャシーも復活なのだ。とはいえ、わたしの気分はまたもや最悪。
スーザンさんが運転する、前方を走る車の後方窓には、デイビッドとカルロスさんの頭部が見えている。だから、WJは助手席だ。
昨夜デイビッドに出された条件のことを二人に話すと、「ありえない」とキャシーは呆れて、「すごいな」とアーサーは、珍しくデイビッドの企みを賞賛していた。わたしといえばそれよりも、早朝デイビッドによって知らされた言葉が、身体中にまとわりついて、シャワーを浴びている時も、ダイニングで朝食をとっている時も、まったく離れてくれなくてまいった。だからまたもやゾンビからゴーストヘの、哀しい変貌をとげているわけだ。
ちなみにダイニングでは、WJがずうっとわたしのことを見つめていた。だけどわたしはぐるぐると、デイビッドのいったことばかり考えていたので、目線を合わせるどころかイケてないことに、避けまくってしまっていたのだ。
しゃべれるなら、WJにそれは誰だと訊ねられる。だけどしゃべれないので、手紙で訴えるしかない。ただし、考えてみればWJのそばには、常にデイビッドがいるのだ。キャシーに手紙をたくしたところで、それがWJに渡る前に、デイビッドがあっさりと引きちぎりそうな気がしてきた。かといって、デイビッドに訊ねる勇気もない。だってデイビッドはたぶん、わたしをじりじりと追いつめるような表現で、そのことを語るだろうから。
わたしはゴーストと化したまま、うなだれた。
「……やっぱり、条件にのっかるべきじゃなかったのかも」
「……同情するよ、ミス・ジェローム」
やっとマルタンさんが、わたしの名前を覚えてくれたようだ……って、いまこんなことは、本当にどうでもいい。
「わかっただろう? あれが核爆弾のほんとうの姿だ。誰も逆らえない。逆らえば、いまのきみみたいな目にあってしまうんだ。マジでおっかねえよ」
「う、ううううう」
わたしは両手で顔をおおう。いままでの爆弾の脅威なんて、たいしたことなかったってことみたいだ。
「核爆弾?」とキャシー。
マルタンさんが理由を告げると、キャシーがいった。
「ニコル、わたしにできることがあったら、協力するからかならずいうのよ!」
指のすき間からキャシーを見れば、くっと眉を寄せた険しくも美しい顔を、肩越しに向けていた。
昨夜の素敵なひとときが、自分の妄想だったのではないかと疑いつつ、快晴の空に映えるセント・ジョン・ブリッジを窓から眺める。一度落ち込みはじめると、ずんずんと際限なく、うしろ向きな発想ばかりが過っていくのはどうしてなのだろう。そしてそれは止らない。
わたしに恋人ができるだなんて、だいたいおかしいと思っていたのだ、ほうらやっぱり、わたしは誰とも両思いになれない、わたしに恋人なんてありない、そんな星のもとに生まれてしまったのだ! ……って、わたしったらすっごい、かつてないほどのネガティブ思考になってる。
「……どうしよう、ものすごく泣きたくなってきたかも」
わたしが「誰か」に似ているから、WJはわたしを好きになっちゃったってことなのかな。わたしを好きだって、それで勘違いしているだけってことなのかな!
というか、その「誰か」って、誰? しかもWJは、こんなことははじめてだってわたしにいったのに、あれってなに? 嘘だとは思わないし思いたくはないけれど、もしかしてそれすらも勘違いってこと?
「あなたの顔ったら! んもういやだ、なにがあったってわけ? なんでもいってっていってるでしょ!」
助手席から腕を伸ばしたキャシーに、ペシリと頭を叩かれる。
「ただのオシャレバカかと思っていたが、なかなかの策士だな」
ゴースト化したわたしのようすを横目にして、アーサーがつぶやいた。褒めている場合ではないと、アーサーに異議を申し立てたいけれど、いまのわたしにそのパワーは残されていない。
車はブリッジを渡りきり、中心街へ入る。高層ビルのひしめく交差点を曲がった時だ。なぜか交差点で立ち止まっている人びとが、いっせいに同じ方向を見上げていた。
「なんだ?」
アーサーが窓を開けて顔を出す。
「……おい。おいおいおいおい、あれは、なんだ?」
ハンドルを握ったマルタンさんも、前のめりになってビルを見上げる。
「うっそ」
キャシーがいった。だからわたしも、キャシーの背後から身を乗り出す。立ち並ぶ高層ビルの屋上に、ダイヤグラムの巨大掲示板がある。最新モードに身を包んだ男女が笑っているその広告が。
「え?」
神業としか思えない。
それが上下真逆に掲げられて、あったのだ。