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SEASON2 ACT.18

「状況はのみこめている、が。やばすぎると思っているのはおれだけか?」とアーサー。

「……いいえ。わたしもです」とわたし。

 わたしとアーサーはいま、見知らぬ一室で、パイプ椅子に並んで座らされている。ちなみに、後ろへまわされた両手には手錠、両足はがっちりと縄で縛られている。

 自称アーティスト男の出現によって、車は南下をよぎなくされた。アップタウンとは真逆、人種のるつぼ、移民が多く暮らす界隈のコーヒーショップで車を停めることになり、そのすきに逃げるどころか、コーヒーショップからわらわらと、見るからに一般市民ではなさそうな男たちがつめかけて、つんとするようなにおいの薬品を嗅がせられ、目覚めればこんなことになっていた、という具合だ。

 ここはグイード・ファミリーの事務所なのか、ドンの部屋なのか。わからないけれど正面には書斎机。その背後に、アーチ状の縦長の窓が、横一列に並んでいる。赤いレンガ造りの建物が窓から見えていて、空はまだ明るい。けれども気を失っていたので、いまが何時なのかまるっきりわからない。

 わたしの右側すぐそばには、なぜかビリヤード台。そこへ腰かけた自称アーティスト男は、キューを手にしてのんびりとボールを打っている。カコン、と音をたててボールが穴へ落ちるたびに、にやりとする男を眺めている場合ではない。でも、大丈夫、わたしたちには発信器がある! ……って、思えないから、アーサーはいったのだ。「やばすぎる」って!

 かなしむべきことに、いま、わたしもアーサーも裸足だ。そう、なぜかソックスと靴を奪われてしまっているのだ。

「ス、スニーカーが……」

 気に入っていたけれど、コンバースならいつでも買える。惜しんでいるのは、中に設置された発信器だ。わたしがつぶやくと、自称アーティストは台にキューを置き、たばこをくわえると火をつけて、燃やして捨てたといい放った。どうやら気を失っていた間に、そんなことになってしまったらしい。

 それにわたしは無線機を持っていないし、アーサーはジーンズのポケットに入れていたようだけれど、もちろんそれも取り上げられている。まさに八方ふさがり。

 ……どうしよう、いや、もうどうにもならない。

 発信器の存在に気づいたからだろうかと、いぶかしみながら左隣のアーサーをうかがう。アーサーは相変わらずの無表情で、黙り込んでいる。と、アーティスト男はふたたびキューを手にして、くわえたたばこの煙をくゆらせながら、

「邪魔くさいからな。きみらの足下に、これからコンクリートを流し込まなくちゃいけないんでね。あくまでもまだ、予定、だけど」

 足下にコンクリート。これはもう、それを重しとして、海へ落されることを意味するのでは……? おそろしすぎて下腹に負荷がかかり、いますぐトイレに直行したくなってきたところで、背後のドアが開く音がした。振り返る勇気なんて残されていないので、まぶたを閉じてひたすら耐える。なにに耐えているのかわからないけれど、この現実から逃れる術が、まぶたを閉じる意外に考えられないからよ、わたし!

 どうしよう、どうすればいい? ……って、どうにもならない!

「やれやれだな、ジョルジョ。お手柄だ」

 しゃがれ気味な低い声の主が、わたしの目の前に来た気配がする。けれどもわたしはまぶたを開けない。姿を目にしたら最後、もうそれだけで、心肺停止におちいりそうだから!

「おい、ピアスは?」としゃがれた声の男。

「荷物もあちこち捜したけど、持ってないぜ」

 自称アーティストで本名ジョルジョが答えた。

「訊いてないのか」としゃがれ声。

「父さんに任せたほうが、しゃべるかと思って」とジョルジョ。

 ……最悪だ。父さんということは、入って来たのは、グイード・ファミリーのドン、を意味するのでは? その瞬間、歴史の授業で習ったおそるべき拷問の数々が、わたしの脳裏を過っていった。大丈夫、我慢する根性なんてないし、いますぐアリスさんが持っているとしゃべります! ……って、そんなことをしたら、一緒にいるキャシーも巻き込まれてしまう気がしてきた。 

 この人たちは、あの物質が欲しいのだ。なにをどこまで知っているのかわからないけれど、わたしのうっかり発言によって、困った事態が波紋みたいに広がっていくのだけは避けたい。だけど避けられるかは自信がない。

 ペッタン、とわたしの頬に、冷たい手のひらがあたる。う、とまぶたをさらにきつく閉じれば、しゃがれ声がものすごく優しいみたいな口調でいった。

「お嬢さん、きみには不要なものだと思うんだがね。いってしまえばいますぐここから出してあげよう。ウッドハウス家でしていたピアスは、どこにあるのかな?」

 むむむと口を一文字に結んで耐えるけれど、十六歳の女の子としては、あるまじき行為にいますぐ、即座に、およんでしまいそうな下腹あたりの緊張感を、なんとかしたい。

「たかがピアスだろう? なんだったら買ってもいいんだ。いくら欲しいのかな? 一万ドル? 十万ドル?」

 ここにママがいなくてよかった。瞬時に取引が成立していただろうから。

 ふたたびペッタン、と頬が、今度は軽くたたかれる。

「おそろしすぎてなにもいえないかな? 昨日、わたしどもの仲間がずいぶん、きみらとあのいまいましいパンサーによって、警察に捕まったものだから、わたしがどれほどムカついているのか、想像することをおすすめしよう」

 ……想像できません、おそろしすぎて。

 まあいい、と最後に強く、頬をペシリとたたかれた。

「失礼ですが」

 いきなりアーサーが発言する。

「どうしておれたちを追うんですか? おれたちはた・だ・の・高校生で、真面目に暮らしているだけです」

 ドンの意識を自分へ向かさせるためか、すでにわかっていることを、アーサーが訊ねた。

「……真面目に。なるほど、そうだろうね。巻き込まれただけとも受け取れなくはない。そんな自分の運命を呪うことだな。申し訳ないんだが、わたしどもはヴィンセントの邪魔をしたいのだよ。いいかね、半年前からヴィンセント・ファミリーの中に、こちらのスパイが潜入している」

 ……ギャングがギャングの中に潜入するだなんて、どうかしてる。

「やつらが欲しているものの写真を、入手する幸運に恵まれたからね、こちらも必死になって捜していたのだ」

 それで、あの夜のパーティで、ジョルジョはわたしのピアスにご執心だったのだ……って、謎を解いている場合ではない。

「そうしたらジョルジョが見たというじゃないか。あのような場所に来る若者など、すぐに調べがつくんだよ、わかるかな? 仲間があちこちでお嬢さんを捜しまくって、やっと図書館の前でそれらしき人物に遭遇したと思えば、邪魔がはいるしな、少年」

 ドン・グイードが、歩き回っている気配がする。けれどもおっかなくて、まぶたを開けることなんてできない!

「あとを尾けて判明した、建物の電気を不通にするという労力を費やしたところで、あのありさま。察してもらえないかね。わたしの苛立ちを」

 無理です。

「やつらを握りつぶすには、ピアスが必要なんだとだけ、いっておこう。手に入ればいろいろと便利なのだよ。さあ、もういいかな? 家に帰りたいだろう?」

 ……はい、帰りたいです。あの豪邸じゃなくて、自分のアパートに。

 カチリ、と奇妙な機械音がかすかに響く。耐えきれなくなってまぶたを開ければ、細身で、真っ赤なシャツに黒いスラックス姿の中年男が、葉巻をくわえた恰好で、アーサーの額に、ピストルをつきつけていた。白髪まじりの短髪に、彫りの深い顔立ちだ。ちらりとわたしを見下ろすと、にやりと口元だけに笑みを浮かべる。

「きみがしゃべらなければ、彼はいますぐさようならだ。どうするかな?」

 おそろしい。ほんとうにおそろしい。

 発信器は燃やされて、ミスター・スネイクは頭を抱えているはず。夜には番組収録があるというのに、いまごろパンサーは飛び回って、わたしたちを捜してくれているのだろうか。

 わからない、わからないけれど、たったひとつわかっているのは、この赤シャツは、本気で引き金をひくつもりだ、ということだ。こんな時はどうすればいい? 泣きわめくべき? それとも逆ギレ……って、どっちもさらに事態を悪化させそうだ。

 助けてWJ! ……って、だけど居場所がわからないんじゃ、助けようもないだろう。絶望的だ。いや、ちょっと待ってわたし。時間を稼ぐのはどうだろう。なんとか、時間を稼ぐことができれば、希望もあるかも?

「そ、そ、そ、そんなことをしたら、わたしはしゃ、しゃ、しゃべりませんから! わたしがしゃべらなかったら、どこにあるかもわ、わ、わ、わからないでしょう?」

 どもりすぎだけれど、わたしとしてはこれが限界だ。

 ちらりと、ドンがわたしを見下ろした。またもやにやりとすると、ピストルを持った手で、アーサーの頬を殴る。殴られたアーサーは椅子から転げ落ち、眼鏡が飛んで、身体が床にたたきつけられてしまった。

 あああああああ。そんなああああ!

「コンクリートはどうした、ジョルジョ」

 ピストルをベルトの背後におさめて、ドンがいう。

「用意してある」

 キューを磨きながらジョルジョが答える。咳き込むアーサーの胸ぐらをつかみあげたドンは、アーサーをそのまま椅子に座らせて、わたしに向きなおった。葉巻の煙をわたしの顔面に吐きかけて、

「一時間ごとに、手下が在処を訊きに来る。今夜十時までチャンスをやろう。それでもダメならまずは少年の足下へコンクリートを流す。一時間後、次はきみだ。0時を回っても吐かなければ、こちらも仕方がない。知っているかね、生きたまま海に落される苦しさを。明日の朝には海水の一部だ。来い、ジョルジョ、集金に行くぞ」

 ドンはジョルジョを連れて部屋を出て行った。窓の外に見える空が、ほんのりと黄金色に染まりはじめている。まだランチタイムの時間かと思っていたのに、午後も遅い時刻だったようだ。

「……アーサー。大丈夫?」

 床に転がる割られた眼鏡をじいっとにらんで、アーサーは横顔を向けたまま、

「大丈夫に見えるか?」

 見えません。

「ごめんね。やっぱりしゃべればよかったかな」

「いや、絶対にしゃべるな。あれがヴィンセントに渡ろうが、グイードに渡ろうが、どちらにしてもよくないことはたしかだ。そうだろう?」

「だけど、どうしよう。本気でまずいみたいだよ」

 アーサーは、深く息をつくといった。

「ほらな。こういうことになるんだ、レポート提出を忘れるとな!」

 ……もう一生、絶対に提出日は守るから、助けて神さま、というかパンサー!

★ ​★​ ★

 

 助けがくるはずもなく、外はすっかり闇に包まれた。

 ドンのいったとおり、一時間おきに誰かが姿を見せ、在処はどこだと訊かれる。そのたびにわたしはぎゅうとまぶたも口も閉じて耐えた。そろそろ四度目、という時になって、あらわれたのはアロハシャツ姿の若い男で、面倒くさそうに訊ねると、そそくさと部屋から出て行ってしまう。あまりにも投げやりな態度だったので、わたしが首を傾げると、アーサーがいった。

「一時間ごとに来て、いまで四度目。ということは四時間経過してるってことだな? ……もしかすれば、八時」

 八時、それはシティ市民にとって、土曜日のお楽しみの時間。

「ウイークエンド・ショー?」

 わたしがいうと、アーサーが苦笑した。

「……まさかな」

 いうが早いか、わたしとアーサーは、同時に背後のドアへ顔を向ける。なんとか椅子から立ち上がり、音をたてないように飛び跳ねつつ、ドアへ近づく。ドアには小窓があって、隣の部屋のようすがうかがえた。たばこの煙で霧の中さながらだけれど、アルコールをあおりながらテレビを見ている、下っ端たちの姿が見える。ちなみに部屋の片隅には、コンクリートの素材らしき袋が、バケツと共に置かれてあった。

 目を細めたアーサーが、

「……コンクリートにバケツか?」

「……本気、みたいだね」

「だろうな。あれは」

 わたしたちがのぞきこんでいるドアを背にして、下っ端たちの座っている三人掛けのソファがある。その正面にテレビがあるので、ドアからまっすぐ、画面が見られる位置にあった。

 音が聞こえないので、ホランド先生と警官との会話を盗み聞きした時のように、アーサーがドアに頬をくっつけた。

「きみは見える映像を教えてくれ。おれはしゃべっている内容を伝える」

 すばらしい連携プレーだ……って、手足を縛られてこんなことをしている場合ではないし、自画自賛している場合でもないけれど、気になるのだからしかたがない!

 画面では、ショーの司会者、ほんとうはカツラだけれど、四十代以上の女性が選ぶ、セクシーな男性一位に輝く、ロバート・マッコイがしゃべっていた。

「ズラ司会者が見える」

「それはどうでもいい」

 拒否された。

 ロバート・マッコイが、数冊の雑誌を手にしていた。その表紙を飾るのは、すべてデイビッドだ。そこでラッキーなことが起こる。なんと下っ端が、音量を思いきり上げてくれたのだ。

「今夜のスターは、お待ちかね。シティのスーパーヒーロー、パンサーの登場です! 当番組、はじめてのこころみ、外からの生中継でお送りしましょう、デイビッド?」

 生中継なので、画面が微妙にぶれたり、間があく。じりじりと画面が暗く途切れたあとで、パジャマ姿の子どもたちに囲まれたデイビッドが……、出ちゃった。

 というか、サングラスをかけている。ブロンドの髪も短い気がする。もしかしてもしかすれば、間違いなく。

「……デイビッド、じゃ、ない?」

「におうな。あれはジャズウィットなんじゃないのか?」

 デイビッドなのかWJなのか、判断できないスーパーヒーローは、画面に向かってにこやかに手を振っている。そのそばには、ロバート・マッコイの助手をつとめる、美人タレントのリサ・アンダースンだ。マイク片手に、

「ハーイ、ロブ! こちらはクレセント・タワーズ病院です。現在小児科病棟に、パンサーが来てくれています!」

 カメラが、子どもたちを映す。パンサーの絵や、歓迎を意味する手製のポスターをかかげていて、みんな満面の笑みを浮かべていた。そこで奇妙なことが起きた。いっせいに下っ端たちが立ち上がり、ひとりは電話をかけはじめ、ふたりがピストルの弾を確認すると、部屋を出て行ったのだ。残りのひとりが、こちらに顔を向けた。とっさにわたしとアーサーは、ドアから顔を隠す。急いで所定の位置へ戻り、椅子に座る。同時にドアが開けられたので、ひそかに胸をなでおろした。

 電気の灯されていない部屋に、背後から光が差し込み、床にわたしとアーサーの長い影が落ちる。ふたたびドアが閉められたところで、アーサーがささやいた。

「……想定外だ」

「そ、想定外って、なにが?」

「パンサーの居場所が特定されたんだぞ。クレセント・タワーズ病院だとな。待ち伏せするつもりだろう」

「待ち伏せ?」

 だったらいつだって、学校ででもできるはずだ。けれども、学校でそんなことが起きたことはない。アーサーに伝えると、ふっと苦笑する声がもれた。

「学校にギャングがつめかけて銃撃戦か? そんなことするわけないだろう、全世界的なニュースになる。街の中で、待ち伏せして、偶然をよそおって捕らえるか殺すか、まあそんなところだ。学校帰りに起きてもおかしくはないが、いままでそんなことがなかったのは、うざがっていても、パンサーに対して直接的なうらみがなかったからだろう。それが昨日はいっきにやられたんだ。面白くないと、さっきドン・グイードがいっていたじゃないか」

「じゃあ、ドンの命令、とか?」

「さあな。だが、へたをすれば、キンケイドもヴィンセントも同じようなことを狙って、動いているかもしれない。あそこには、キンケイドのドンが入院しているが、たがのはずれた兄弟の誰かが、勝手に命令をくだしているとも考えられる。どちらにしても、おれはそこまで考えていなかった。……しくったな」

 こんなところでじっとしているわけにはいかない。このことを一刻も早く、カルロスさんかマルタンさんか、ともかく誰かに伝えなければ、映像に映っているのがデイビッドにしろWJにしろ、危険なことは間違いない。

 わらわらといろんなギャングのファミリーが、たったひとりのヒーローにつめよるだなんて。パンサーは飛べるし強いけれど、なにが起きるのかわからないのだ、なんとかしなければ。それにもしもデイビッドだったら? 違うと思うけれど、デイビッドだったら、それこそおそろしいことになってしまうのだ!

「……アーサー、わたし、いますぐ逃げたいって思うんだけど」

「……賛成だ、ニコル。ちょっと待て、考える」

 たっぷり数分間沈黙したのち、アーサーがいった。

「よし、こうしよう」

★​ ★ ​★

 

 番組がどうなっているかなんて、もはや気にしていられない。とっても気になるけれど!

 見張り役をまかされたわたしは、ドアから部屋をのぞき続ける。ソファに座っているのはアロハシャツの男だけで、ほかの男たちは打倒パンサー作戦に出かけたらしい。

「テレビ見てる」とわたし。

 窓からもれる街灯の光をたよりに、書斎机を見下ろしているアーサーが、

「あった」

 マッチの箱をくわえて近づいて来る。うしろに回されたわたしの手に箱を触れさせたので、手探りで箱を開ける。これ、ジェローム・ファミリーの新しい芸として披露できないかな、なんてのん気に考えている場合ではない。

 もう、もう、もう! シティからギャングなんていなくなっちゃえばいいのに!

 箱は開けられたものの、中に入っているマッチをうまくつかめない。なにしろ手錠をかけられているし、手探りだしで、ほろほろとマッチが床に落ちていく感覚に、いよいよ焦りがでてきた。

「落ち着け、ニコル」

「う。ううううう」

 やっとつまめたマッチを、今度はうまくすることができない。短めに持って、力いっぱい箱に押しつけ、いっきにこする。

「いいぞ、ついた」

 アーサーの足下の縄に炎がうつるように、しゃがんで、じりじりと指が熱くなっていく感覚に耐える。今日はいろんなことに耐えなければならない日らしい。ああ……。

「ついたぞ。離してもいい」とアーサー。

 振り返れば、アーサーの足下に縛られた縄が、もわもわと燃えはじめている。ぽすん、と縄が途切れたところで、いっきに足を広げ、アーサーが縄をちぎった。同じことを繰り返して、無事に足だけ自由になったわたしたちは、ふたたびドアに顔を寄せる。

「チャンスは一度だけだぞ、ニコル」

 アーサーが神妙な顔つきでささやく。わたしがうなずくと、アーサーもうなずいた。

「このあとどうなるかわからないが、もう一度だけいわせてくれ」

 いきなりアーサーがいうので、

「なにを?」

 するとアーサーは、またもやげんなりした顔でいった。

「たのむから、レポートの提出日は守ってくれ」

 わかったから、もう! しつっこいところもママそっくり。

 ドアは内側、こちらの部屋側に開く。その影になるようにわたしが立って、ノブのあるほうにアーサーが立つ。こんなアクション耐えられないしありえないのに、わたしったらアクションスターみたいなめにばっかりあってる。ため息が出そうなのをこらえて、アーサーと視線を交わしてうなずいた。

 コツ、とアーサーがドアを叩く。と、アロハシャツが振り向いた。ソファから立ち上がって、ピストルを手にして歩いて来る。互いに壁に背をつけて立ち、息をととのえたところでドアが開けられた。

 いまや足が自由になったアーサーが、男の腹を蹴り上げる。床に倒れ込んだ男の、またもやデリケートな部分を思いきり蹴ると、うめいた男はピストルを床に落とす。それをフットボールのごとくアーサーが蹴ると、ちょうどバケツの置かれたあたりへ飛んだ。すばらしき連携プレーを見せるがごとく、ピストルめがけて走ったのはわたしで、人生ではじめて手にする、恐怖の鉄のかたまりにビクつきながらも、後ろ手につかみ、ドアへ向かって突進する、まさにその時だ。テレビから聞こえた大音量の声に、自分の耳をうたぐった。

「もちろんだ。わたしは決めていた。次のドンはジョセフ、おまえだ。まっとうな仕事をするんだ、そうだろう、ジョセフ?」

 げ。

 わたしはすっかり、テレビに釘付けとなる。なにがどうなってそうなったのかはわからない。けれどもテレビの画面には、サングラス姿のデイビッド(もしくはWJ?)が映っていて、ベッドに横たわる、たぶんキンケイド・ファミリーのドンの、予定どおりな言葉が、なんと発せられてしまったのだった。 

「急げニコル!」

 ぼうっとしている場合ではない。ドアを開けて、外へ出れば!

 出れば……。

「なるほど」

 集金から帰って来たらしい、赤シャツとジョルジョ、ジョルジョの兄弟なのか手下なのかわからない男が四人、立っていた。おそろしさのあまり、なんとか持っていたピストルが指からすべり、ゴットン、と床に落ちたのはいうまでもない。

 ふう、と息をついたアーサーがわたしにいった。

「遺言を考える時間もなさそうだな」

 そう、みたいだね。

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