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SEASON2 ACT.17

「どうかしてるぞ、ニコル。どうしてミセス・リッチモンドのレポート提出日を守らなかったんだ?」

 早朝のダイニングで、アーサーに嫌みをいわれてしまった。ダイニングにいるのはわたしとアーサーとWJだけ。大人チームもキャシーもデイビッドも、まだベッドの中にいるようだ。ちなみにWJはマルタンさんとリビングで一夜を明かしたらしい。ダイニングへ来る前に、リビングに顔を出したら、例の寝袋にくるまったマルタンさんが、なぜかピアノの下で眠っていて、WJはぼうっとしたようすでソファに座り、テレビを見ていた。

 テレビでは、どこぞのコンピューター技師が四日前から行方不明、というニュースが流れていて、もちろん、夕方のパンサー活躍も、大きく取り上げられていた。WJと朝の挨拶を交わしたところで、アーサーが姿を見せ、三人でシリアルとミルクだけという、朝食をとることになる。それで、テーブルについたとたん「特別授業を受けるやつはいないだろう」と、アーサーに訊かれたのだ。

 ……う。いえ、います。ここにひとり。

 ビクつきながら手を上げて、わたしはぼそぼそといいわけをする。

「二日のばしてもらったから、その締め切りは守ったんだけど」

 提出してくれたのはWJだけれど。

 基本的に土曜日は休みだけれど、素行が悪かったりレポートの提出を忘れたりすると、カーデナルでは登校しなければならない。全学年のイケてない生徒が集められて、校内の掃除をしたり、ときには敷地内のゴミ拾いもするという、いわゆるボランティア的な課外活動を、午後までたっぷりとするはめになる。わたしが締め切りを守らなかった時点で、この活動の光栄にあずかるのは、決定したも同然だった。

 アーサーはシリアルを咀嚼しながら、深いため息をつく。

「……どうするんだ? 土曜日の特別授業を受けるのはきみだけ。きみひとりを学校へ行かせるわけにはいかないだろう。キャサリンは入院していることになっているし、デイビッドもジャズウィットも身動きはとれない。そうだろう?」

 アーサーが隣のWJを横目にした。WJは無言でシリアルを食べている。

 たしかに、そのとおりだ。デイビッドが起きたら、今夜の収録うんぬんについても、相談しなければならないはず。

「どうすることにしたんだ、ジャズウィット? きみが出演するのか、あのオシャレバカの代わりに」

 WJが少しだけ苦笑した。

「……ぼくはそのつもりだけど、まだわからないよ。なにも聞かされていないんだ」

 アーサーは眼鏡を指で上げると

「ともかく」

 わたしを見て、ものすごく面倒くさそうにいい放った。

「おれだ。おれがきみと一緒に、学校へ行かなくちゃいけないだろうな。おれにはなんの落ち度もないのに、だ」

「誰か起こして、送らせたほうがよくないかな? マルタンかアリスか」とWJ。

「徹夜明けなんだろ? 寝不足で、オシャレ王子ときみのことで頭がいっぱいの大人たちより、おれのほうがマシだろう。車を借りる。こんな早朝で、ギャングに見つかるとは思えないし、それにおれたちには発信器もある。学校へ行くならもう出る時間だ。きみはぼくらが学校へ行ったことを、みんなに伝えておいてくれ」

 アーサーはお皿とグラスを持って席を立つ。残されたわたしは、シリアルをほおばりながら、目の前に座っているWJを、ちらちらと上目遣いに眺めた。眼鏡をかけた寝起きのWJはぼうっとしていて、いつものように寝癖が飛んでいる。なんだか小さな男の子みたいで、微笑ましくてかわいらしい……なんて観察している場合ではない。

 おしゃべりのたえないわたしたちだったのに、いまやなにをしゃべったらいいのか、わからなくなってしまっている。あたりさわりのない話題はないだろうかと、わたしがてんぱりはじめたところで、アーサーがふたたびダイニングに顔を出した。

「急げ、ニコル。行くぞ」

 よほど面倒くさいのだろう(それはそうだ)、舌打ちされた。残りのシリアルをほおばって、焦りながら椅子を引くと、WJがぼそりといった。

「ぼくも行くよ。空からきみたちを見送る。戻って来なくちゃいけないけれど、ちょっと待ってて」

「ふ? ひーの?」 

 言葉を発する前に、シリアルを飲み込むべきだった。WJがお皿に視線を向けたまま、少しだけにやりとした。

「……いいよ。みんなまだ眠っているしね」

 腰を上げたWJは、テーブルを挟んで立っているわたしを見て、にっこりと微笑んでくれる。その顔をうっとりと、いつまでも眺めていたかったけれど、アーサーに急かされたのでダイニングを出た。厨房にお皿を置いて、二階へ上がり、バックパックのある部屋へ突進する。

 そうっとドアを開ければ、洋服を着たままのデイビッドが枕を抱きしめ、胎児のように身体を丸めて眠っている。その枕の位置に、目覚めるまで自分がいたのだと思うと、髪をかきむしりたくなってきた。……むしらないけれど。

 なにもされていない、ただ、わたしが枕になっていただけ、と思うことにしておこう。でなければなにかもう、後戻りできない展開になってるように思えて、発狂しそうになってくるから!

 のろのろと階段を下りていると、エントランスに立っているアーサーが、車のキーをくるくると指で回し、早くしろとわたしを見上げてさらに急かす。早朝のアーサーって最悪だ、まるでわたしのママそっくり。

 アーサーが扉を開けた。緑におおわれた丘陵に爽やかな風が吹いて、まだ低い位置にある太陽の光が、ぬけるような青空に混じり、雲の輪郭をほんのりとベリー色に染めている。天気は最高なのに、デイビッドとWJのことで、わたしの気分は落ち込むいっぽうだ。……あああああ。

 駐車されている車の運転席にアーサーが乗り込む。わたしが助手席のドアに手をかけた時、パンサーのコスチュームをまとったWJが、豪邸から出て来る。眼鏡をはずした姿で、一瞬こちらを向き、すぐにマスクを装着した。

 早朝に見るパンサーには、どこか現実味のない不思議な存在感がある。キーを回してエンジンをかけたアーサーが、パンサーに向かって片手を上げる。パンサーはうなずいて、軽く前のめりになったとたん、その場から飛び去って消えた。

 わたしは窓に頬をくっつけて、空を見上げた。どこにいるのか、もう見えない。

「……で?」

 ハンドルを握ったアーサーが、アクセルを踏んでいきなりつぶやいた。

「……で、って?」

 空にいるパンサーを捜しながら、気もそぞろのまま返事をした。今夜の収録はどうなってしまうのだろう。デイビッドはやっぱり行かなくて、WJが代わりに出てしまうのだろうか。大人チームによる、徹夜の会議の結果がわからないので、ものすごく不安だ。今夜のウイークエンド・ショーは、恐怖心で自分の心臓が破裂しないよう、キャシーに抱きついて見ることにしなければ!

「どうだったんだ、オシャレバカとの一夜は」

 う! 横目でアーサーを見れば、口元がにやけている。

「わたし、いつか絶対に、あなたの口を縫ってやることに決めたんだから」

「いってるだけだな、できるわけがない」

 いつものごとくわたしをからかって、とっても楽しそうだ。だからわたしはうなだれる。どうもこうもない。わたしは部屋のすみに座った恰好で、眠ったはずだった。けれどもものすごい息苦しさで目覚めた時には、なぜかきちんとベッドで眠っていて、しかも背後にはデイビッドがいて、わたしのうなじに顔をうずめて、がっちりとわたしを抱えて眠っていたのだ。その時の衝撃はうまく表現できない。夢かと思ってまぶたを閉じたものの、夢ではない感覚に耐えられなくなり、なんとかデイビッドの腕からすり抜け、代わりに枕を抱えさせて、一目散で部屋から脱出したのだ。

 寝込んだわたしを、デイビッドがベッドまで運んだだなんて、想像したくないけれど、そうとしか思えない。……もうどうしてくれよう。

 ぼそぼそとアーサーにそのことを伝えると、

「……それはすごいな。理解不能だ」

「理解不能?」

 運転しながら、肩をすくめてアーサーが苦笑した。

「おれには心底意味不明だが、あいつはきみのことがかわいくて仕方がないんだろう? その相手を抱えて、た・だ・眠るだなんて、神業としか思えない。そういう場合、普通は背中を向けるものだぞ。理性でおさえられない、さまざまなマズイことが起きるからな。それを眠気と意思でおさえこんだのか、謎だらけだ。だからおれには理解不能な行動」

 なるほど……って、納得している場合ではない。

「デイビッド・ストレスから、逃れる方法がまったく思い浮かばない」

「あきらめろ、よほど気に入られたという証拠だ。あきらめればそれなりに楽しめるかもしれないぞ」

 楽しみたくはない。

「あ、あなたはどうなの? わたしからキャシーを奪って、やたらしゃべりまくってたじゃない」

「キャロル・スイートの件では、かなり気落ちしていたから、作品が素晴らしければ本人がどうでも関係ないといっておいた。そうよね、と興奮していたが、まだ納得はしていないだろうな。それから、リックの好みの女性について、教えておいたぞ」

「好み?」

 前方にセント・ジョン・ブリッジが見えてきた。鋼鉄製の吊り橋に日射しが反射していて、まぶしくて目を細めると、アップタウン側の橋の塔の上に、不自然にすっくと伸びた、小さな黒い影を見つけた。目をこらさなくてもわかる、あんなところに立てるのはパンサーしかいない。

「リックの好みは、年上の女性だと伝えておいた。十歳以上の」

 生真面目な顔でそんなことをいわれたら、誰でも信じるだろう。もちろん嘘だと、わたしにはバレバレだけれど。

「……さすがだよ、アーサー。あなたのその嘘つきぶりは尊敬する。真似したくないけど」

 塔からパンサーがいなくなる。橋の彼方に広がる高層ビルの群れに、車がどんどんと近づいて行く。水面を輝かせたルーナ河が、群青色の海へおだやかに流れていく光景を眺めていると、ふいにアーサーがいった。

「そういえば、キャサリンは自分の持っているネックレスと、きみにプレゼントしたピアスがなんなのか、知らないようだ。ともかくグイードに目をつけられているのは、おれときみで、キンケイドに追いかけられているのは、キャサリンだ。不気味なのはヴィンセントだな」

 うっかり忘れていたけれど、そのとおりだ。

「ミスター・マエストロって、なにをしてるんだろ」

 中心街側の塔の上に、ふたたびパンサーが立っていることに気づく。先回りして、見守ってくれているのだ。いよいよ車が橋を渡りきった時、アーサーはアクセルを踏んで、少しだけスピードを上げた。

「……時間を止めて、なにをするつもりなのかはわからないが、その準備でもしているんだろう。ギャングどもよりも不気味だな」

 けれども手に入れた物質の量は足りない。そのことにすでに気づいているのかいないのか、気づいているとすれば、もしかしてもしかすると?

「……わたし、またもやミスター・マエストロに追いかけられるのかな」

「さあな。キャサリンは入院していたから、ネックレスは自宅にあると仮定する。とすれば、彼女の自宅は、ギャングによってすでにぐっちゃなことになっているだろう。フェスラー家と手を組んでいる警察の者がいるとすれば、ミスター・ワイズの聴取から、ネックレスのほかにピアスがある、と伝わっているはずだ。ギャングの情報網はすさまじいから、きみが持っているとすでに耳に入っているかもな、ミスター・マエストロの」

 う、とわたしは息を止めて絶句する。とはいえ安心だ。アリスさんに渡したので、もうわたしは持っていない。アーサーにそう告げると苦笑された。

「……どこへやったか、訊かれるに決まってるだろう? どちらにしても、特別授業なんか受けるべきじゃなかったんだろうな。いまさらだし、なにごとも起こらないことを祈るが」

「……それって、うろうろするなって、こと?」

 アーサーが、はあ、とため息をつく。

「きみは誰よりも危機的状況にいるんだぞ? そののん気具合は、尊敬にあたいするな」

 呆れられた。やっぱり誰かタイムマシンを発明してくれないかな。そうしたらレポート提出に遅れない、ってところからやりなおせるのに!

★ ★ ★

 

 駐車場は、レンガの塀で囲まれた校舎に隣接している。交通が便利なので、車で通学する生徒はまれなため、駐車場もあまり広くはない。数台が停まっているそこへ、アーサーが車を入れる。車から降りると、学校の敷地内に通じる、塀をくりぬいた出入り口の上に、いつの間にかパンサーが立っていて驚いた。

「じゃあ、ぼくは行くよ」

 わたしとアーサーを見下ろして、パンサーがいった。

「すまない、助かった」

 アーサーが片手を上げれば、パンサーは口元にうっすらと笑みを浮かべる。

「発信器が妙な動きをしたら、ミスター・スネイクが動くから心配しないで。ぼくもきみらを優先するから」

 WJのことは信じられるけれど、ミスター・スネイクは微妙だ。なにしろ昨日は監視もせずに、バーベキューをのんびりとほおばっていたのだから。

 一瞬、パンサーのサングラス越しの視線が、わたしにそそがれたような気がした。けれども日射しに反射していて、たしかめられない。それでもじいっとパンサーを見上げていたら、すうっと上を向き、無言のまま飛び去ってしまった。

「ちなみに」

 空を見上げてアーサーがいう。

「ジャズウィットもきみを好きなんだろう、どうするんだ?」

 びっくりだ。

「え! それ、どうしてわかるの?」

 アーサーはぽかんと口を開けてわたしを見下ろすと、きみはバカなのかといわんばかりの口調で告げた。

「おれときみがしゃべっていると、ジャズウィットの目の奥は、いつもかなりおそろしいことになってるんだぞ。表情は柔和だが、あの眼鏡の奥から終止おれはにらまれていたんだ。気づいていたのはおれだけか?」

 ふう、と息をついて、またもや眼鏡を上げる。

「おれの人間観察は素晴らしいな。やはり弁護士よりも警官になるしかないのか。血筋とはあらそえないものらしい」

 ため息まじりだ。

 わたしは空を見上げてパンサーを捜す。もちろん、すでにどこにも姿はない。そうしていると、アーサーの視線が感じられて顔を向ける。アーサーはどこかげんなりしているみたいな表情で、

「……きみのなにがいいのか、誰かおれに説明してもらいたいな。落ち着きはないし目立つふうでもない。まあ面白いといえば面白くもあるが、友達でじゅうぶんだろう? まるでこの世の七不思議だな」

 失礼きわまりない発言だけれど、かなしいことに反論できない。

「……その意見にはわたしも賛成するよ、アーサー。だけど、おかしなことになっちゃってて、もうどうすればいいのか、自分でもさっぱりわからない感じ」

 にやりとアーサーが笑った。

「まあ、がんばれ」

 がんばれって、……なにを?

★ ​★​ ★

 

 校舎のエントランスに集まった生徒の点呼を取るのは、本日担当教師のミスター・ホランドだ。優しい親戚のおじさんといった雰囲気のホランド先生は、生徒に人気がある。サンタクロースみたいなずんぐりした体型を、ポロシャツとスラックスに押し込めている先生は、アーサーを見るとつぶらな瞳を見開いて、

「……フランクルくん、どうした? きみはリストにないぞ?」

 今週のイケてない生徒に認定された全員が、いっせいにアーサーを見た。わたしの横に立っているアーサーは、胸をはるといいきった。

「慈善的な目的のためですよ、ミスター・ホランド」

 すばらしい、とホランド先生。これでアーサーの評判はまた上がるはず。こうしてアーサーはさくさくと、人生をうまーく渡っていくような気がする。その手腕がうらやましい、わたしにはまったく与えられなかった才能だ。

 チアリーディングの練習するかけ声が、遠くからこだまする中、チームにわかれて校内中にモップをかけ、窓を拭き、はげかけたプロムのポスターを貼りなおしているうちに、やっと屈辱的な午前が終わった。ふたたびエントランスに集まったわたしたちに、ホランド先生がオレンジジュースをプレゼントしてくれる。思いがけないご褒美にはしゃいで、満面の笑みを浮かべたわたしが、ジュースを受け取った時だ。ホランド先生の名前を呼ぶ異質な声が、エントランスにこだました。振り返れば、黒いスーツ姿の男性が出入り口に立っていて、ジャケットの胸ポケットからカードケースを出す。ふたつ折りになっているケースを開けると、中にはご立派な銀細工の紋章。

 警察だ。

 とたんに周囲にいた生徒たちは、ジュースをつかんだまますごすごと、校舎を即座に出て行った。と、いきなりアーサーがわたしの腕をつかみ、エントランスに向かって左側、事務員のオフィスのある方へと引っ張る。オフィスのドアの横には、掃除用具をしまう大きめのロッカーがあり、その影に隠れるようにしてアーサーが立った。わたしも真似をして隣に立ち、エントランスにいる二人のようすを見守る。とはいえ。

「……どうしたの?」

 ホランド先生の前に立っている警官は、細面の中年男性で、初夏だというのにジェシカ・ルーファスみたいな黒ずくめ。

「……はじめて見る顔だな。私服だから、リックと同じ刑事課の警官だ。まあ、数多い警官の顔を、おれが知っているわけもないが」

 アーサーがつぶやく。ホランド先生のぼそぼそという話し声が聞こえる。うううん、もっと近くで聞きたい! やがてホランド先生は、警官に背中を向けて、エントランスからまっすぐに伸びる廊下を、うながすように歩き出した。

「……ものすごく気になるが、帰ろう」とアーサー。

「えっ、少しだけよ、気になるじゃない!」

 アーサーはわたしをにらむ。にらみながら、なぜかうなずいた。

「よし、少しだけだ」

 あらそえない血筋のせいだろうか、アーサーも気になっていたらしい。

 こそこそと泥棒みたいに廊下を早足で歩き、ホランド先生と警官の姿が見えなくなった方向をたどる。二人が物理教室に入って行くのが見えたので、足音が響かないよう大股で歩き、閉じられたドアの小さな窓から顔半分を出して、中のようすをうかがってみた。

 教壇に腰をかけているホランド先生に、身振り手振りで警官がなにやら訊ねている。かすかに声は聞こえるものの、内容まではとどかない。アーサーがドアにぴったりと耳をくっつけたので、わたしも真似する。すると、会話がなんとか聞き取れた。

 ……って、ちょっと待ってわたし。なんだか似たようなことをして、とっても嫌なめにあった、というよりもあっている、のではなかっただろうか……?

「そうです。彼女に悩みはありませんでしたし、家族とも良好な関係を築いていましたよ。恋人ともうまくやっておりまして、プロジェクトの仕事がひと段落したら、結婚する予定でした」

 ホランド先生がなにか悪いことをした、ということではなさそうだ。警官は誰かを捜していて、その人物を知っているホランド先生に、事情を訊きに訪れただけらしい。

「……姪がとても心配です。なにかよくないことに巻き込まれたのではないかと思っています。近頃では中心街でもギャングの抗争が起こっていますしね」

「そのプロジェクトとは、どういったものなのですか?」と警官の声。

「さあ、詳しくは知りません。姪はあらたなコンピューターの開発にとても意欲を燃やしていましてね、これが成功すれば、画期的なことだとかなんとか、いっておりました。システム自体、わたしにはさっぱりわかりませんよ。計算機の仕組みすら、いまだにマジックかと思っているぐらいの、古い人間ですからね。ともかく、なにかを開発、していたのでしょう。こういったことは企業秘密ですから、詳しくは姪も、誰にも伝えていないはずです」

 わかりました、と警官がいう。そこでわたしの脳裏に、四日前から行方不明という、コンピューター技師のニュースが過った。

 こちらに向かって近づいて来る足音が聞こえたとたん、アーサーはわたしの腕を引っ張り、廊下を走り出した。

「……なるほどな。気がすんだから、帰るぞ」

「今朝のニュースで行方不明って。ホランド先生の姪御さんだったんだ」

「なんだ、そのニュースって?」

 そうか、アーサーは見ていないから知らないのだ。校舎を出て、駐車場へ向かいながら、わたしはアーサーに説明する。アーサーはいきなり立ち止まって、眉根を寄せると、

「……気味悪いな。そうだろう?」

「気味悪いって、なにが?」

「四日前といえば、ミスター・マエストロがあらわれて、いきなり姿が見えなくなったのと合致する。手に入れた物質だけでは、どうにもならないと、おれの大好きな番組で、妙な博士がいっていたんじゃなかったか? さまざまな知識や資金などが必要だとかなんとか」

 やっぱり。アーサーはあの、昨日よりも賢くなるために、とかいう超地味地味コーナー番組のファンらしい。いや、そんなことはどうでもいい!

「……そうだよ、アーサー。そうかも! ということは、その物質をなんとかするために……?」

 アーサーが歩きはじめる。塀をくぐって

「いつになく勘がいいぞ、ニコル。早く帰ってリックにあらいざらいぶちまけたほうがよさそうだ。パンサーのことはおいておいても、な」

 車にキーを差し込み、運転席にアーサーが乗り込んだ。助手席にわたしがおさまるのを見計らい、アーサーがエンジンをかける。駐車場から車が出た、まさにその時だった。

「張り込み部隊ってのも、飽きるもんだな」

 座席の下にでも潜り込んでいたのか、いきなり奇妙な声が、後部座席から放たれて、背筋が凍って身動きがとれなくなる。ハンドルを握るアーサーを横目にすれば、その後頭部には輝きまくっているシルバーのピストル。そのままなんとか、目線だけをうしろへ移動させる。ミュージシャンみたいな耳にかかる長めの髪に、ちょっとにやけ気味な顔と無精髭。なぜだろう、とっても見覚えがある……って、覚えてる!

「土曜日は来ないだろっておれはいったんだ。でも、張り込んでみればいるじゃないか。ナンバープレートを変えるぐらいのことは、したほうがいいぜ。それに、簡単にキーが開くってのもよろしくない」

 バンッ、とアーサーがハンドルを手のひらで叩いた。

「くそっ。開けて、また閉めたのか!」

「すぐにバレるようなドジを、踏むわけがないだろう? そのへんのコソ泥と一緒にするなよ」

 アーサーにピストルをつきつけたままがさごそと、ミュージシャンらしく見えるミュージシャンじゃない男は、ジーンズのポケットをまさぐって、一枚の写真を出す。運転席と助手席の間に顔をはさみ、震えまくっているわたしの顔をそれと見比べて、

「……ウッドハウス家でのパーティじゃ、すっごくかわいかったのにな。残念このうえない感じだけどまあいいさ。きみが噂のニコル・ジェローム?」

 なんの噂なのかは訊ねないでおこう。というか、もうどうして? どうして売れてないアーティストで、ファミリーから半分抜けかかってるみたいなはずの、あのパーティの夜、わたしのピアスにやたらご執心だったこの人がいるわけ?

「……あ、あ、あ、あなたは。あなたはアーティスト、なんでしょう?」

 無理だと思いつつ訴える。

「たまにね」

 ぜひ、い・つ・も・アーティストでいてほしかった。

「で?」とアーサー。「どうするんだ?」

「訊ねたいこともあるから、ひとまず車を走らせてくれればいい。スピードは上げるなよ。いうとおりの方向へ向かってくれ」

「そ、そ、それで?」これはわたし。

「……ファミリーがたんまり捕まったせいで、かり出されてるおれとしては、面倒くさくてたまらないんだけどさ。まあ、それで」

 写真をポケットにおさめた自称アーティストは、髪をかきあげて耳にかけると、にんまりと笑みをうかべて答えた。

「申し訳ないが、状況によっては、死ぬかもね」

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