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SEASON2 ACT.10

 お腹の空きすぎで目が覚めた。

 悩みがあってもお腹が空くだなんて、今朝も健康このうえない証拠だ。ベッドから起き上がれば、アリスさんはまだ眠っている。ベッドルームのドアを開けたとたん、リビングのドアがけたたましくノックされた。カルロスさんかマルタンさんかと思ったのに、ドアの覗き穴に片目を寄せると、そこに立っていたのは。

 ドアをおそるおそる開けてみた。

「おれの貴重な時間を、高額で買い取った間抜けはどいつだ?」

 両手に大きなアタッシュケースをぶら下げた、腕にタトゥーのワイルド男、なぜかミスター・スネイクだった。ただし、今日は一応、タンクトップの上にジャケットを羽織っている。とはいえあやしさは変わらない。ロビーで引き止められなかったのが不思議だ。

「え?」

 ミスター・スネイクはガムを噛みながら、わたしのつま先から頭のてっぺんへと視線を動かして苦笑する。

「またアンタか。よっぽど行方知れずになるのが好きらしいな」

 いいえ、行方知れずにはなりたくないんですけども? そこでなぜか、スーザンさんのベッドルームから、焦ったようすのカルロスさんが、ネクタイを締めながら姿を見せた。え? えええ?

「おはよう、ミス・ジェローム」

 カルロスさんはわたしに向かって気まずそうに微笑んでから、ミスター・スネイクに視線を向け、

「おはよう、ミスター・スネイク。よろしく頼むよ」

 いつの間に連絡をしたのかわからない。それに、どおしてスーザンさんの部屋から出て来ちゃうの! ……って、わかってる。だからつっこむのはやめておこう。

「いいってことよ。家のばーさんがパンサーに助けられた恩があるからな。悪党をやっつけるんならいつでも大歓迎だ、協力するぜ」

 そんなあなたがもっとも悪党みたいに見えると伝えたいけれど、やめておこう。

「おばあさん?」とわたし。

「おう。よぼよぼのばーさんから、バッグを奪おうとするアホがいたのさ。ばーさんは殴られて地面に倒れて右足骨折。だけどパンサーが助けてくれたんだ。今じゃばーさんの部屋は、アステアとパンサーのポスターだらけだ」

 しゃべりながらミスター・スネイクが、テーブルの上にケースを置いて、中を開けた。中には手のひらサイズの電話の受話器みたいなものが、いくつも収まっている。

「前からアンタにいわれてたやつを仕上げてみたぜ。高性能の無線機だ。軽くポケットにもおさまる。互いの周波数を合わせれば、64マイルまで通話可能だ……まあ、たぶんな」

 たぶん……って、なに? 小型の無線機を手に取ったミスター・スネイクが、それをいじりはじめる。テーブルに並べてケースを閉じると、わたしを見て、

「んで? 発信器はまたアンタに取り付ければいいのか?」

 カルロスさんは無線機を手に取り、

「彼女と、全員に頼むよ。それから、ライトバンは手に入ったのかい?」

 ミスター・スネイクはにやりと笑っていった。

「超クールだぜ」

★​ ★​ ★

 

 たしかにクールだった。着替えて、朝食を終えたわたしたちは、支配人に見送られながら外へ出る。そして目の前に停まっている、真っ赤なライトバンを目にして、いっせいに視線をそらすはめになった。

「……乗るには勇気がいるな」とアーサー。

 ミスター・スネイクはかなりなパンサーファンらしい。目立ちすぎる車体にはなんと、ご丁寧にパンサーが描かれてあるのだ。

「……ギャングに追いかけてくれと、いってるみたいなもんだな」

 マルタンさんがうなだれた。ミスター・スネイクは満足げな顔で全員を見まわし、

「めちゃクールだろ? おれはこいつに乗って、あんたらにくっつけた発信器を監視する。で、誰がどこにいるのか伝える役目だ。だから無線機を落っことさないでくれよ、オーケイ?」

 最高にテンションの低いオーケイが、早朝のホテル前で発せられたのはいうまでもない。 

 運転席には、革のベストにモヒカン頭という、サングラスをかけた大柄な男性が座っている。

「弟だ」とミスター・スネイク。

 二人とも、ライトバンに乗るよりも、ハーレーダビッドソンを飛ばしまくっているほうが似合いそうだ。

 カルロスさんとマルタンさんが、不安げなおももちで、わたしたちの荷物と一緒に、ミスター・スネイクのライトバンに乗った。わたしとアーサーはアリスさんの運転する車で、前を走るスーザンさんの車と距離を置く恰好で、学校を目指す。今日からWJは、わたしのそばにいられなくなる。デイビッドと行動を共にして、学校の外で、昼間でもなにかあれば、パンサーになる方法をとるためだ。二人同時にどこかへ隠れ、パンサーになったWJが外へ出る。無線機で連絡が入ったら、目立たぬようにマルタンさんかアリスさんが、デイビッドを回収(?)する、という作戦。なのだが、指示を出すライトバンがど派手なアレだし、まったく大丈夫な気がしない。

 しかも明日は土曜日で、夜には生放送のテレビ番組、ウイークエンド・ショーがある。デイビッドはそこに出演する予定で、今夜はテレビ局へ打ち合わせに行くらしい。もちろん、WJと一緒に。これはかなり大事な打ち合わせだ。なにしろジョセフ・キンケイドを、ファミリーのボスにするという目的を叶える重要な役割も、この番組には秘められているからだ! とはいえ。

「なにもかもうまくいく気がしないのは、わたしだけ?」

 腕を組んで隣に座るアーサーは、

「正直、おれもだ。計画を提案したのはいいが、この組織自体がまるで組織になっていないぞ」

「組織になってなくても、うまくいきゃオールオッケーなんだよ。とりあえずあんたらはギャングに追われてるってことみたいだから、発信器をくっつけたまんまで、なんにもしなくていいからね。むしろなんかしたらあたしたちがややこしくなるから、放課後スーザンとあたしが迎えに行くまで、ともかくじっとしてること。いいね?」

 ハンドルを握るアリスさんがいう。もちろんだ。なにかするつもりなんてまったく無いし、できる気もしない。

「ねえ、そういえば、昨日無断外泊して、あなたは大丈夫なの?」

「さっき電話したが、とくになにもいわれない。おれは普段の行いによって、家族から多大な信頼を得ているからな。その辺の悪ガキと一緒にしないでくれ」

 ああ、そうですか、失礼しました。

「ちなみに、今日はキャサリン・ワイズの退院の日だな。兄が警護にあたるそうだ。母が教えてくれたぞ」

 アーサーのお兄さんが一緒ということは、万が一、フェスラー家の息のかかっている警官が、その場に居合わせていたとしても、なんとなく心強い。アーサーの家族のことはよく知らないけれど、フランクル家は間違いなく、法に徹した由緒正しい警官一家だろう。第一、アーサーがそうだ。まあ近頃は仲良し(?)にもなったので、アーサーがそれほど融通のきかない男の子ではないと、わかってはきたけれども。

「どうでもいいが」

 アーサーが眼鏡を指で上げた。

「あの気まずそうな二人が心配だな」

 あきらかに前を走っている車の、後部座席を見ている。ブロンドと黒髪の後ろ姿が小さく見える。その距離は左右ぎりぎりに離れていて、ひとことも会話していないのはあきらかだ。そのチームワークを乱しているのはわたし? ……ではないと思いたい。

「朝食を食べながらあらためて観察したが、たしかに彼らの背格好は同じだな」

 女性チームの部屋に全員が集まって、宮廷の晩餐さながら、運ばれてきた豪勢な朝食をとった。その時、アーサーがじいっと、前に座っているデイビッドとWJを見比べていたことには気づいていた。

「口元も似ている。あとはまるきり違うが。ああ、あとは」

 わたしをちらりと横目にして、なぜか苦笑した。

「異性の好みも?」

 それについてはなにもいえない。

「ほんと、一刻も早く、静かで地味~だった生活に戻りたいわ」

 アーサーは肩をすくめる。

「おれはありがたいけどな。あのオシャレバカとキャサリンを取り合う労力を考えただけで、疲労困憊で倒れそうだ。だからきみには悪いが、いまの状況、かなり高見の見物で面白いぞ」

 ああ、そうでしょうとも。

 なるほど、アーサーがデイビッドに対して敵意むきだしだったのは、キャシーを取り合っていたからだ。取り合わなくてもよくなったいまだから、デイビッドに対してなんとも思わなくなったのだ。対してデイビッドは……自分で認めるのもなんだけれど、わたしが好き……みたいなので、だけどわたしはアーサーとしょっちゅうしゃべるから、それが面白くない、というわけで、デイビッドだけがいまだに、アーサーにムカつきまくっているのだ。いまさらだけれど、納得した。

「男の子たちも、女の子のすることとあんまり変わらないのかな。敵意むきだしになってみたり、やきもちやいたり?」

 アーサーはふ、と笑って答えた。

「男の嫉妬のほうが、実はおそろしいんだぞ」

 それは初耳だ。男の子が嫉妬しまくっている場面には、できることなら一生でくわしたくはない。

 学校が見えてきた。案の定、校門の前には人だかりができている。またもやしつこいテレビ局の車も駐車されていて、アリスさんはブロックの角でいったん車を停めた。

「ほとぼりがさめてから、出て行ったほうが良さそうだね」

 そのようだ。校門の前で降りたデイビッドが、もみくちゃにされている光景が前方に見える。WJはなんなく校門へ入ってしまったけれど、スーザンさんだけで、あの群れをクールダウンできるはずがない。

「まあ、同情はする」とアーサー。

 わたしもそれには同感だ。

 警備員に制されたマスコミのすき間をくぐって、デイビッドが校門へ入る。そこでわたしはアーサーと車を降り、周囲を見まわしながら走って校門へ向かった。心配なのは二ブロック後方に、真っ赤なライトバンが目立って駐車されていることだ。いまにもギャングに爆弾をしかけられて、エンジンをかけたとたんに爆発しかねない派手さなのだ。

「さすがにあれはどうかと思うよ!」と走りながらわたし。

「おれも同じ意見だ」

 校門をくぐった時、わたしはやっと、忘れかけていたおそるべき相手を思い出すはめになった。初夏だというのに黒シャツに黒スカートの眼鏡軍団、ジェシカ・ルーファスが校舎の前に、取り巻きを引き連れて立っていたのだ。じいっとわたしを見ている。けれどもアーサーと一緒なので、アーサーに挨拶をしただけでなにもいわない。

 ちょおっと待ってください? わたしったら最高にマズい状況に、自分でも気づかないうちにおいやられちゃってた?

 ……たぶん、そうだろう。

 キャシー不在のクラスで、ひとりぼっちで授業を終え、なんとなく誘ってくれる女の子たちと学食でランチをとっていたら、目の前にトレイを手にしたジェシカ・ルーファスが立った。

「芸人一家のジャグラー師が、どぉおしてこの前から、アーサーと仲良しみたいになってるのかしら? それに図書室でこそこそしているのもわかってるのよ。理由を教えていただける?」

 いまならキャシーの気持ちがわかる。わたしもいますぐ転校したい。けれども、これに対しては、わたしならではの武器が使える。

「ただの友達だよ。どう見てもそうでしょ? アーサーがわたしみたいな女の子に興味持つわけないじゃない」

 まあ少々自虐的で、哀しい決めセリフではある。ジェシカは眼鏡をくいっと上げて、静かにわたしを見下ろし、ふふんと笑った。

「……まあ、そうね。髪型が変わったとはいえ、そのとおりね。失礼」

 納得していただけたようだ。そういえばわたしって、学校じゃこういう位置に属する女の子だったはず。いろんなことがありすぎて忘れていたけれど。安堵したのもつかの間、学食にデイビッドが入って……来ちゃった。もちろんWJも一緒だけれど、WJをおしのけてデイビッドにくっついているのは、ジェニファーだ。

 微笑んでいるデイビッドの顔が、ひきつっているのは一目瞭然だ。以前はデイビッドも、まんざらではないと感じていたのに、いまではすっかり、嫌がっていることがわかるようになってしまった。そんな自分を呪ってしまいたい。

 さっさとサンドイッチを口の中へ押し込め、いっきにミルクを飲み干す。デイビッドが学校で、わたしに近づいたりなんかしたら、それこそアーサー以上にややこしいことにおちいりそうだ。慌てて食べるわたしを不審に思った女の子たちが、

「どうしたの?」

 わたしはトレイを手にして席を立つ。けれども遅かった。ジェニファーをくっつけたデイビッドが、背後にジェニファーの取り巻き二人と、その後ろにWJをしたがえて、わたしのいるテーブルの前に立ってしまった。

 驚いているのは、わたしを誘ってくれた女の子たちだ。彼女たちも、どちらかといえばわたしと似ている、いわゆる目立たない地味なグループに属している子たちだ。もちろん、男の子と付き合っている子もいるけれど、派手なグループとは接触がない。だから目を見開いて、硬直している。

「ここ、いいだろ」

 当然、といった感じで、デイビッドは椅子を引いて座ってしまった。

「座れば?」

 あきらかに、どう見ても、わたしを見上げていっている。

 あ然としているのはパンサー・シスターズも同じ。わたしは一瞬、WJに視線を向ける。この状況、デイビッドはまったく、我関せず的だけれど、WJはわかっているらしい。眉をひそめて、

「デイビッド。空いている席がほかにもあるよ」

 ありがたい! けれどもデイビッドは動かない。

「べつにいいだろ。朝だって一緒だったんだから」

 それはそうだ、そのとおり……じゃすまないって、どおして気づかないの? ほうら、ジェニファーがものすっごい顔でわたしをにらんでいる。やってられない、といわんばかりに、WJが軽く首を左右に振ってうつむいた。と、わたしのそばへ来て、WJがわたしに耳打ちする。

「ちょっと、いいかな。知らせたいことがあるんだ」

 ちらりとデイビッドを見て、わたしの腕をつかもうとする、けれども上げた右手をすぐに下げ、指で学食のすみをしめす。なにかあったらしい?

「どこに連れて行くんだよ、WJ」とデイビッド。

「少しだけだよ、デイビッド」

 WJが答えて、わたしをすみのほうへうながす。おびえた女の子たちは席を立って、代わりにジェニファーたちが陣取ってしまった。それを遠目にしながら、

「どうしたの?」

 わたしから微妙に距離を保って、WJが立つ。

「なんといえばいいんだろう。学校中にポスターが貼られているよね? ほら、プロムの」

 わたしはうなずく。もちろん、参加するつもりはない。

「ぼくらのクラスのニック・カートンが、きみを誘いたいみたいなことをいっていたんだ。それをデイビッドが聞いてしまったから、自分ときみがステディな関係だって、見せびらかしたくなったんだと思うよ」

 わたしはトレイを手にしたまま、凍った。

「……はあ?」

 ニック・カートンはそこそこ人気のある男の子だ。ちょっと変わったオシャレを好んでいて、いつもギターケースを肩から下げている。そういえばビートルズのコピーバンドなんかを、やっていたのではなかっただろうか。

 ……ああ、なるほど。わたしの髪型のせいだ。

「……それって、たぶん、不純な趣味から発してるんじゃないかな?」

「……まあ、真意はわからないけれど。たしかにきみと彼の髪型は似ているし。きみみたいな感じの女の子はほかにいないからね。ニックはきみを、クールだって」

 そうとうに変わった趣味の持ち主といえる。その前に、WJが冷静でありがたいけれど、少しばかりさみしい……なんていってはいられない。昨日の気まずさとごたごたがひとまず落ち着いたと受け取って、これは喜ぶべきことだろう。とはいえ。

 もしかしてもしかすれば、デイビッド。これはアーサーがいっていた、女の子よりもおそろしい、男の子の嫉妬、とかいうやつ? ではないと思いたい。

「わたしがモテないってことを、デイビッドにうまくすりこむしかないってことかな?」

 WJがくすりと笑った。久しぶりに、まともに見れた笑みが嬉しい。でも、わたしたちの距離は、すぐにはやっぱり元に戻れそうにない。互いの口調には、どこかぎこちなさが含まれているし、WJはわたしのごく近くに立たない。さっきはわたしの腕を取ろうとして、不自然にそれを止めたわけだし。

「自分が好きだと思う相手は、どうしてもモテるって思って、心配してしまうんだよ。……きみもそうなんじゃない? デイビッドの周りにはいつも女の子がいるし」

 それが不思議と、全然心配ではない、というのはやめておこう。一応、デイビッドとはいい関係なのだと、思ってもらうためにこれは必要だ。

「……うん、まあ」

 やれやれだ。わたしはマルタンさんの言葉を思い出していた。面倒なことになったもんだというあれだ。まったくほんとうに、そのとおりだ! ……ああ。

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