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SEASON2 ACT.06

 好奇心をしばらくの間押さえてとWJはいったけれど、いまのわたしにはそんなことできる気がしない。

 わたしはいま、またもやお金持ちエリアのアップタウンにいた。そこに建つ豪勢な一軒家、ただし、どこもかしこもほこりだらけで、天井には蜘蛛の巣が下がっているありさまのリビングにいる。燭台のろうそくがゆらめく中、デイビッドはカルロスさんから渡された双眼鏡をつかんで、カーテンのすき間に身体をすべりこませる。

「なにが見えるの?」

 ここまでの道のり、わたしはデイビッドのおっかない発言をうまくやりすごすため、またもや眠ったふりをしていた。そのせいで車がどこを走っているのか、ここがアップタウンのどのあたりに位置しているのか、まるでわかっていないのだ。

 デイビッドの横に立って、窓から外を見る。どうやらなだらかな丘の上に、この邸宅は建っているらしい。アップタウンで丘、といえば、家の背後はたぶん森だろう。隣り合わせの州との境界になっている、アンダレイション・マウンテンが、その森の彼方に見えるはず。

 一マイルほど離れた丘陵の先に、またたく灯りが見下ろせた。灯りの主は、黒い鉄柵の門に囲まれた、ご立派な豪邸だ。まあ、このあたりには豪邸しかないわけだけど。

「さすがにこれじゃ、中なんかなんにも見えないな」

 わたしの質問に答えず、デイビッドが舌打ちした。

「念のために、マルタンに最新式の望遠鏡を持って来てもらおう」とカルロスさん。

 豪邸のさらに向こうには、密集した住宅街の灯りがある。とはいえわたしの視線は、互いの敷地を隔てて建っている、ご近所さんに釘付けだ。なぜだかものすごく、いやな予感におそわれる。

「……なんでだろ。あの豪邸、見たことあるような気がする」

「たしかめれば?」

 にやっとして、デイビッドがわたしに双眼鏡を差し出す。ふたつの望遠レンズは、豪邸の中まで映さない。けれども外観はしっかりととらえてくれた。

「きみが眠らなければ、ここまでの道のりを観光案内できたんだけどね」

 誰かさんの突拍子もないアイデアに関わりたくなかったから、眠ったふりをしただけよ! と訴えるのはやめておこう。 

 だだっ広い敷地内に建っている、博物館みたいな豪邸にはあきらかに見覚えがある。

「……どうして?」

 というよりも、ようく知っている!

「あれって、フェスラー家の豪邸じゃない!」

「お隣さんだよ。一マイル離れているけどね」とデイビッド。

「ええ? じゃあ、フェスラー家の人たちに、持ち主がバレバレじゃない。全然隠れ家なんかじゃないじゃない!」

「ほこりまみれの家を見て、まったく使われてないって気づかないわけ? 家族がシティに来る目的は買い物だから、中心街から離れているここを不便だといって嫌ってるんだよ。だからいつもホテルに泊まってる」

 デイビッドが答えた。

「離れてるって、ちょっとじゃない。それにここならのんびりできるし、バーベキューなんかもできるでしょ? なのに使ってないの?」

「バカンスなら他の国でのんびりするさ。クレセントに来てまでバーベキュー? 最新レストランで流行のディナーをとりたがるのがおれの家族だよ」

 ああ、そうですか。

「それに、所有者の名義はキャシディ家と関係のない別の人間にしているから、あの邸宅に住んでいる彼らは、ここの持ち主が誰なのか、わかっていないと思うよ。使われていない豪邸、と思っているぐらいだろうね」

 わたしの隣に立って、カルロスさんがいった。うううん、お金持ちってほんとうに謎だ。だったら売ってしまえばいいのにと考えてしまうのは、わたしが年収約一万二千ドルの家族の一員だからだろうか? たぶんそうなのだろう。もったいないという感覚の欠如が、お金持ちをさらなるお金持ちにするのだ。……わからないけれど、たぶん。

「……デイビッド」

 ふいにカルロスさんが、視線を窓の外へ向けたまま

「ジョセフ・キンケイドをボスにする、というアイデアを、本気で実行しようとしているのかい」

 しんみりとした口調で訊く。

「まあね」とデイビッド。

「それで? そのあとは?」

「決まってるだろ。ヴィンセントとミスター・マエストロを押さえ込むんだよ」

 テニスのラリーを見ているみたいに、わたしは交互に首を振る。ふ、とカルロスさんが笑った。

「きっとFBIが手を打ってるさ」

「そうかな? おれにはそうは思えないけどね。百歩譲ってそうだとしても、正義の味方が活躍するお膳立てぐらいは、すべきなんじゃないの? 自分たちで」

 カルロスさんが腕を組んだ。表情は険しい。ふうん、と小さくうなってから、

「……だとすればチームを招集して、本格的に戦略を練り直さなければいけないね。どちらにしても少し考えさせてもらうよ」

 無線機を片手に、リビングを出て行った。デイビッドは苦笑をもらし、キャスケットを取って髪をくしゃりとやる。眼鏡もはずしてほこりのたまったテーブルに放り、ソファに腰をおろした。

「う。すげえほこり」

 外観をきちんと見ていないのでわからないけれど、エントランスから入って右側に、なだらかなカーブを描く螺旋階段があり、見上げた感じからすれば、この邸宅は二階建てのようだ。階段の反対側が、わたしとデイビッドのいる、ものすっごく広いリビング。ドアの正面に窓と、窓の右横には両面で開くガラス製の扉がある。どちらにも濃紺の、分厚いベルベット製カーテンが下がっていて、外に灯りがもれるのをふせいでいる。とはいえ、電気が通じていないため、もれるもなにも、ささやかなろうそくの灯りに頼っている状態だ。

「ほんとにすっごく使ってないんだね。管理人みたいな人とか、雇ってないの?」

 カバーのかけられたグランドピアノ、ソファにテーブル、肘掛け椅子がセンスよく配置されているのに、使われていないからか古ぼけて見える。暖炉のある壁だけがレンガ造りという、モダンな内装なのに、テーブルの上に置かれたろうそくのせいで、不気味な光景に思えてきた。なんというか、いまにもゴーストがあらわれそうな雰囲気なのだ。

 立ち上がったデイビッドはジャケットを脱ぎ、ソファに敷いた。

「雇っても意味ないんだよ、使ってないんだから」

「じゃあ、売っちゃえばいいのに。もったいないじゃない、立派なのに」

 カーテンを背にして立っているわたしに向かって、ふたたびソファに座ったデイビッドが、にんまりとする。灯りはろうそくのみなので、そのにんまりに、わけのわからない企みが隠れていそうでおそろしい。というかわたし、またデイビッドといるじゃない! おかしい、今夜はあの部屋で、マルタンさんとみんなで、ボードゲームをする予定だったんじゃなかったっけ?

「……売れるわけない」

「……どうして?」

 くそう、なにもかもギャングのせい。というよりももしかすれば、指名手配されているわたしのせいかも? ……ああ。

「ほら、誰も使ってない屋敷とかに、棲みつくとかいうだろ?」

「はあ?」

 ……ま・さ・か・?

「それって、まさかそのお……?」

 ゴースト?

 デイビッドがうなずいた。おかしなものでこういう時にかぎって、忘れていたおっかないテレビ番組や、ママの作り話を思い出してしまう。ママの作り話はほんとうにおそろしくて、子どものわたしはぶるぶる震えながら聞いたものだ。吸血鬼や狼男、人間に乗り移る悪魔に、魔界をさまようゴーストたち。

「う」

 忘れよう、なにもかもいますぐに。それに、デイビッドはわたしを怖がらせて面白がっているだけだ。その当の本人が、なぜか両手を広げた恰好で、じいっとわたしを見ていた。

「……それ、なに?」

「抱きついてくるのを待ってる」

 うん、それはない。顔をそむけてうなだれると

「おかしいな、おれたちは付き合ってるんじゃなかったっけ?」

 そうだったような気もするけれど、できることなら永遠に、その一歩手前の関係でとどまっていたい。だいたい恋愛初心者のわたしに、上級者みたいなデイビッドが相手って、リアルにじっくりと考えてみると、ものすごくおっかなすぎる。それに男の子と付き合うっていうこと自体、わたしはほんとうによくわかっていないのだ。付き合うって、なにをするわけ? 映画を見たりランチをしたり? それで手をつないだり、キ。

 そこではっとする。あの感触に思いあたってしまったからだ。

「蝋人形みたいになってるけど?」

 凍ったわたしは一瞬息を止めてしまった。あれって、だから、なんだったわけ?

 WJに直接訊くべき? さすがにそれはしてはいけないように思う。そうだ、いいことを思いついた。ここには恋愛上級者がいるわけだから。

「……今日ずうっと、テレビを見ていたんだけど」

 嘘だけど。

「それで、なんていうか。大人向けのドラマみたいのをやっていて、眠ってる女の人のまぶたに、男の人がなんていうか、キスみたいなことをしていて」

 ちらりとデイビッドを横目にすれば、いったいおまえはなにをしゃべってるんだみたいな顔で、眉を寄せていた。ちなみに腕を広げるのは諦めたらしく、ジーンズのポケットに親指をひっかけている。

「それって、友達にもしたりするのかなって」

「……はあ?」

「あ、まあね。うん、いや、なんでもない。忘れて」

 とうとつすぎたようだ。これはアーサーに訊いたほうがいいのかもしれない。ふたたびちらりとデイビッドに視線を向ければ、目を細めてじいっとわたしを観察している。話題を百八十度変えるか、リビングからいますぐ退散すべきだ。でもリビングを出てしまったら、無線機で誰かとしゃべってるカルロスさんがいるかもしれないけれど、灯りなんてまるでない空間に、放り出されることになってしまう。

「明日はここから学校へ行けばいいの?」

 わたしとしてはいい切り返しだ。でもデイビッドは答えない。まだ観察されている。よし、窓から離れて、壁際に置かれてあるピアノのカバーを、はいでみたりしてみよう。まったく意味のない行為だけれど。

 デイビッドが立ち上がった。わたしに歩み寄って来るので、わたしはなにげなく、さりげなく、ピアノを囲むようにして、デイビッドとの距離が縮まらないように、ようするに逃げはじめる。

「どうして逃げるの?」

「べつに逃げてないよ。大きいピアノだなあと思って、見てるだけ」

 なんだかわたし、どんどん嘘つきになっていっている気がする。死んだら天国へ行けないかも。それは嫌だけれど必要に迫られているのだ、神さまに許してもらいたい!

 ピアノを挟んだ正面で、デイビッドが歩みを止めた。きれいなブロンドがろうそくの灯りに透けていて、少しばかりこの世の者ではない者に見えてきた。なんというか、まるで、吸血鬼?

 ふいにデイビッドがため息をつく。

「久しぶりに学校へ行けば、アホな記者の記事のせいで、いろんなやつらが相手は誰だと詰め寄ってくるし、きみがいるかと思えば来ていないし、ジェニファーはおっぱい半出しでおれから離れないし」

 光景が浮かんでうっかり笑ってしまった。デイビッドににらまれたので、顔をしかめてみた。

「……付き合って、るんだけど?」

 デイビッドにきっぱりいわれて、とまどう。

「……う、うーん。でも昨日は、半分は嘘でいいって」

「その嘘にもなってないだろ。ピアノを挟んできみは逃げてるし」

「だって、なんだか、おっかないんだもの」

「おっかないって、なにが?」

 なんと説明すればいいのだろう。うまく説明できる気がしないけれど、素直に伝えるしかなさそうだ。

「……付き合うとか、よくわからないから。あなたは女の子にモテるし、ゴージャスでしょ?」

 デイビッドがちょっとにやりとした。嬉しいらしい。

「まあ、それで。なんというか、なにをすればいいのか、わからないんだもの。デート、とかいっても、あなたはいろいろ忙しいみたいだし、堂々と街を歩くってわけにもいかないと思うし。じゃあ時間を合わせて、この前みたいに部屋で遊ぶくらいしか思いつかないし。だったらべつに、付き合うとかじゃなくてもいいんじゃないかなって」

 おそるおそるデイビッドを上目遣いにしてみた。デイビッドがじいっと、わたしを見ている。デイビッドこそ蝋人形のようだ。

「ひとつ訊いてもいいかな?」

 口調は優しいけれど、声はいつもより低い。

「ドラマの話って、嘘なんだろ」

 どうしてこの人は、こうも勘がいいのだろう。それともわたしの嘘が下手ってこと? 視線を泳がせていると、目が泳いでると、いつかのアーサーみたいにつっこまれた。

 デイビッドはわたしを好きだといってくれる。きっぱりと断ったけれど、無茶なことをいわれたから、嫌われるために試行錯誤して、結果昨日、失敗に終わった。それに、WJとわたしとの距離が近づかないために、自分の存在が必要なんだとデイビッドに聞かされて、付き合うとまではいかなくても、そういう相手としてデイビッドを見てみるのも悪くないと、思ったのも本当だ。ただいろんなことが目まぐるしく起こってしまうから、自分の気持ちが追いつかないのだ。

 そのうえ、だって。

 WJのことはきっちりと諦めて、すっぱりといさぎよく、超お友達な関係を保とうと決意していた矢先に、わたしのまぶたにキス、みたいな感触を残すことを、WJがしちゃったんだもの!

 もう、正直にいおう。

「デイビッド。わたしのまぶたに、WJがキスみたいなことした、みたい」

 デイビッドの顔がこわばる。ただでさえ美しい顔立ちなので、おそろしさは普通の人の数百倍だ。しかも灯りはろうそくだけだし。

「みたい、ってなに?」

「ちょっと気まずいと思う感じだったから、眠ったふりをしてしまったら、その時にちょんって」 

 自分のまぶたを指す。

「でも偶然かなって、気もするんだけど……」

 デイビッドの口がうっすらと開けられる。なにかいいたいけれど、なにをいったらいいのか迷ってる人の表情だ。ただし、怖さに変化はない。いよいよなにかいおうとしたのか、本格的にデイビッドの唇がうっすらと動く、その直前に、リビングのドアがいきなり開けられる。入って来たのはパンサーで、ぐいとマスクを取るとわたしたちを一瞥した。同時に、ありえないことが起きた。

 ほんの刹那の出来事だ。リビング中の電灯が激しく閃光し、すべての電球が割れたのだ。ピアノのそばにあった間接照明の電球も割れ、わたしの左頬を破片がかすめる。

 痛さは感じなかったけれど、指で触れると、血がついた。デイビッドが駆け寄って、わたしの頬を指で押さえてくれる。なにが起きたのかわからない。だって、この家には電気が通っていないのだ。

「だ、だ、大丈夫」

 と告げるのが精一杯。カルロスさんが入って来て、どうしたんだいとあたりを見まわす。階段に腰をおろして、マルタンさんと無線で話していたら、天井のシャンデリアがまたたき、割れたのだという。

 どうやら邸宅中の電気が光り、瞬時に弾けてしまったみたいだ。

 リビングに立っているWJと目が合った。WJにわたしの姿はものすごくぼやけているはず。でも、わたしには素顔のパンサーがはっきりと見える。

 揺れのおさまったろうそくが、息のつまったような哀しげな表情を浮かべて、その場に立ちすくんでいるパンサーを照らしていた。

 これって、もしかして、WJのせいなの?

 無言のわたしのメッセージが、届くはずもないけれど、WJは髪をくしゃりとやって、リビングから出て行ってしまった。

「……ヤバい」

 デイビッドがささやく。なにが、といおうとした時、WJと入れ替わりにリビングへ入って来たのは。

「どうしたんだ、この惨状は?」

 なぜかアーサーだ。わたしの肩を抱いたまま、デイビッドがひどく不機嫌な声で

「……どうして警官気取りがここへ来るんだ?」

 アーサーは肩をすくめる。

「話せば長い物語だ。これはあれか、新しいオシャレ発案のための惨状か?」

 眼鏡を指で上げ、にやりとした。そんなわけはない。

「警官気取りをおとしいれる、新しい武器開発のための惨状かもね」

 それもない。ああ、ものすごくややこしいことになりそうだ。

「どうしたの?」

 傷を自分でおさえて訊けば、アーサーが答えた。

「まずいことになった」

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