SEASON2 ACT.04
ドン・ヴィンセントはわたしをウザがっている、キンケイド・ファミリーを抜けた末っ子ジョセフは、わたしとデイビッドを激写した、そしてグイード。
ゴシップ記事担当男が、ワイルド男にいったことを冷静に思い返せば、ワイルドもファミリーから半分抜けかかってるみたいな口振りだった。それで、売れていないアーティスト。その自称アーティストが、昨夜のパーティで、わたしのピアスに興味を持っていたのだ。なにもかも今朝のテレビが引き起こしてるとしか思えない。それを見たワイルドが自分の兄弟か誰かに伝えて、教えられた人物が短時間のうちにわたしを調べ上げる。
ギャングの人脈はたぶんすさまじいはず。速攻でなにかの情報が行き交い、結果わたしの写真が賞金首さながら、ファミリーの下っ端まで行き届いて、見かけたら捕まえてやるんだぜ、みたいなことになっちゃったのだろう、この数時間の間に。
すっごい、わたしったら人気者! ……ギャングに。ああ……。
「……あのヘンな博士の首を絞めたいかも」
自宅に戻ってテーブルを前に座ったわたしは、突っ伏す。
「いまやヴィンセントがギャングのトップみたいになってきてるからな。キンケイドは内部がぼろぼろ、さっきの抗争もやつらだろう。グイードはファミリー自体が小さくて、ささやかに仕切っている北西側がヴィンセントにおかされはじめてる。あのあたりにレストランやキャバレーがかなりの数建ちはじめていて、ファミリーから寝返ってる下っ端もいると聞いたことがある。観光客が押し寄せて、金になっているからな。面白くないのはボスだろう。ギャング同士でスパイ合戦しているとすれば、ヴィンセントがミスター・マエストロと手を組んで、なにやら企んでいるという情報は、入っていてもおかしくはないな。結果、きみが耳にくっつけてうろついている物を、ヴィンセントも捜していると知ったとすれば? 先に手に入れれば、ヴィンセントとの交渉で使えるかもしれない。まあ、思惑はいろいろあるだろうが」
学校へ行かず、くっついて来たアーサーは、わたしの目の前に座って、腕を組んだ。
ソファに座っているWJはさっきから無言だ。まだわたしを怒っているのか、この事態を懸念しているからなのかはわからないけれど、かなり表情が険しい。ただし、眼鏡姿なので、愛嬌のある雰囲気がただよっているからまだ助かる。あれで眼鏡を取った顔がどうなのか、想像するのもおそろしい。ただでさえ隙ひとつない顔立ちなのだ。あれでじいっとにらまれたら、わたしはたぶん、ぶるぶる震えて、それでさらに好きになっちゃうかも……っていや、だから、それ違うから!
もう忘れて? それはこの際忘れる方向で、おいておいて、と。
「なにをしてるんだ?」とアーサー。
わたしは自分の仕草を確認する。四角をかたどった両手で、見えない箱を移動するみたいに、テーブルの上で動かしていたようだ。どんどんと挙動不審さが増している気がする。
「……なんでもない」
「……いったい、なにがしたいんだろう」
WJがいった。
「本人たちもわからなくなってるんじゃないのか? そもそもドン・キンケイドが倒れて、次のボスが決まっていないから混乱しはじめたんだ」
「昔からギャングはいたよね。たしかに悪いこともしていたけれど、それなりに秩序があったと思うんだ。一掃するのは難しいだろうし、そんなことはぼくらにはできないと思うけれど」
「秩序が戻ればいい、ということか?」
WJが「うん」と答えた。
「……たしかにな。その意見に賛成はできないが、これ以上悪化するのを止めたいのは事実だ。キンケイドの内部抗争がおさまれば、あとはやつらが勝手にヴィンセントと交渉を持つだろう? 楽観的な未来予測だが」
「ひとまずは、キンケイドのドンが誰か、決まればいい、ということだよね?」
アーサーが肩をすくめた。
「まあ、そうだな」
男の子の会話に入れない。ここにキャシーがいたら……って。
「キャシーも持ってるんだよ? わたしとおんなじ物!」
「ワイズ家全員には、強者の警官が山ほどくっついているぞ。一応、おれの父もな。それよりも自分の心配をしたほうがいいんじゃないのか? 最悪なのはきみだろう」
「なんで?」
はあ、とアーサーとWJが同時にため息をついた。
「新聞に掲載されている写真を撮ったのはジョセフ・キンケイドだよね?」とWJ。
それをはじめて知ったアーサーは、キンケイド? と眉根を寄せる。WJが説明すれば、アーサーはテーブルに肘をついて額に手をあてた。
「……そういう相手と、ナチュラルに会話するきみがすごいな」
「勝手にしゃべりかけてきたんだもの。無視するなんてできないじゃない」
無視するんだ! と、二人同時にわたしに叫んだ。ああ、そうですか。わたしは肩を落とす。しゃべりかけられたのに無視するだなんて、すっごく気持ち悪い行為なのに。
「それでどうして、わたしが最悪なの? いやまあ、写真が出回っていて、ほんとうに最悪だけど」
「きみに警官を山ほどつける理由が見あたらないからだ」
「追いかけられたよ?」
「あいつらは兄が逮捕済みだ。きみら家族を追っていたわけではなくて、その前に走っていた車を追っていたのだといったらしい。裏切り者の仲間だとかなんとか、適当にいい逃れたんだろう? だからきみら家族は、それに巻き込まれたただの一般市民という位置づけだ」
「ええとう、じゃあ、……思い出したくないけど、オーナーに」
「それは警察に内緒だ」
そうでした。
そうか。わたしがうろつきまくったことは、警察に内緒なのだ。なぜならば。
「フェスラー家が圧力を」
アーサーがうなずいた。
「フェスラー家で盗み聞きしたからギャングに追われています、なんて警察に伝えたらどうなる? 警官に化けた警官じゃない誰かが押し寄せる可能性大だ。おれがこのことを兄にも父にも伝えていないのは、警察の内部にどんなやつが潜んでいるのか、わからないからだ。彼らのことはもちろん、信じているが、彼らが心から信頼している人間が、もしかすればそういうやつかもしれないだろう。そこからもれたら最悪だ。伝える時期を見定めているところなんだ」
「それに、ジョセフ・キンケイドはきみの正体を知ってるんだ。彼はファミリーから抜けているかもしれないけれど、もしかすればそうじゃないかも。だとすれば、デイビッドの相手がきみだってことが、いつか誰かが知ることになる。これは最悪な予想だけれど。わかるよね?」
パンサーの弱みになる、カルロスさんがいっていたことだ。
「ともかく。きみに警官はつけられない。そのうえ、理由はさまざまだが、あちこちのギャングに目をつけられている。そのことを警察に告げることもできない。どこから情報網がつながっているのか、不明だからな」
「きみは八方ふさがり」
……どうすることもできないようだ。
「キャシーのところにも、警官に化けた警官が行くってこと、ないかな?」
「そうだとしても、もう手荒な真似はしないだろう。それに彼女たちは、相手が誰かはわかっていない。ギャングなのか、そうではないのか。だから警察も相手がわからずにいるんだ。ともかく。せいぜい警官に化けて、例の物質のほかの在処を聞き出す程度だろう……」
アーサーがあごに指を添えた。
「……ああ、待てよ……、そうか。それで、殺さずに、生きたまま放置したのか?」
WJが小さくうなずいた。
「そうかもしれないね。もしかすれば、はじめからそのつもりだったのかも。誘拐したって手荒な真似はしていなかったんだ。市警に引き渡すために、誘拐を偽装して手放した?」
アーサーもうなずいた。
「なるほど。警官に聴取されれば、しゃべらずにはいられない。誘拐犯はうやむやのまま、物質の在処がすべて判明する」
「はじめから予想をつけていたのかもしれないね。物質を一カ所になんか保管していないってことを。もしくは途中で、作戦を変更したのかもしれないけれど」
ふう、とWJが息をついた。
「そうなれば最も危険なターゲットが、ほんとうにきりかわることになるぞ」
アーサーがわたしを見る。
「それって?」
わたしが自分を指せば、二人同時にうなずいた。
「じ、じゃあ、じゃあ、このピアスを、誰かに渡すよ。すっごく大事にしたいし、気に入っているけど……」
「渡したとしても、誰に渡したのか知りたいやつに追われるぞ」
「ええっとう……じゃあ。じゃあ」
じゃあ……って、全然思いつかない。
「……どうしてわたし?」
「暇なんだろう」
アーサーが椅子から立ち上がっていった。
「ギャングが」
★ ★ ★
昼休み前に学校へ着くため、アーサーが部屋を出て行った。キャシーは明日退院するので、帰りに寄るという。できることなら今日、わたしも病院へ行きたいけれど、そんな場合ではないようだ。
ソファに座ったまま、WJはうつむいている。深く息を吐いてから、
「まさかそんな大事な物だと思わなかったんだ」
「なにが?」
「キャシーのくれたピアスだよ。きっとキャシーも知らないだろうね。どうしてお父さんがキャシーに、それをプレゼントしたのかわからないけれど……、ごめん」
「どうしてあやまるの?」
「昨日。ぼくがつけないのって、いってしまったからだよ。きみがピアスをしていなければ、こんなことにはならなかったかもしれないしね」
「それはだって。誰もわからなかったんだもの」
はあ、とWJは背もたれに深く身体を預け、両手で顔をおおう。
「……それに、今日のことは仕方がないよね。マルタンの判断は間違っていないと思うし、アーサーのしたことも、結果的には悪くないと思うんだ。誰がどうしてきみを尾けていたのかがわかったから。ものすごく腹が立っているけれど」
「アーサーに?」
WJがそのまま、小さくうなずいた。
「と、きみにもね。わかってるんだ。心配しすぎてるってことは。だけど、きみは全然わかってないみたいにあちこち行くし、そのたびにぼくは最悪なことを考えてしまうんだよ。また落っこちてるんじゃないかとかね」
あの日、わたしがビルから落ちたことが、WJもトラウマになっていたらしい。自分のことしか頭になくて、WJがそんなふうに思っていたなんて、考えてもみなかった。
「……ごめんね」
「きみに悪気がないのはわかってるよ。だけど、頼むからもう少し自覚してくれない? アーサーにおすすめできないっていわれたら、やめておくとか、知らない人にしゃべりかけられても、無視するとか。なにか珍しいものを見ても、そっちにふらふら行かないとか。きみの好奇心をしばらくの間、なんとかしてもらうだけでいいんだ」
……まるでほんとうに、子どもを心配する父親みたいだ。というかわたし、たぶんいま、WJに説教されている、っぽい。
「ごめんなさい」
しょんぼりして、うなだれる。
「根本を解決しないといけないよね。これはもう、ぼくらには無理だよ。ぼくら、というのは、パンサーとかカルロスたちっていう意味だけど」
「キンケイドのボスを決めれば落ち着く、ということ?」
「それもそうだけれど、ヴィンセントやミスター・マエストロのことも……」
WJが身体を起こす。軽く首を左右に振って「そうじゃないね」とひとりごちる。顔を上げてわたしを見つめ、
「……もういっそ、きみをそこの」
マルタンさんの寝袋を指し
「寝袋に押し込めて、牢屋に入れておきたい気分だよ」
大変だ。キーホルダーから牢屋に入った芋虫に格下げされたらしい。でもこれはいい傾向だろう。わたしにうんざりしはじめているという証だから。気持ち的にはかなりかなしいけれど、わたしたちの距離としては正しいといえる。のかもしれない?
そうか、わたしがうろうろすれば、そのたびにWJはうんざりして、下手をすれば友達以下になってしまうかもしれないけれど、少なくともおかしげなことには発展しなくなる。まあ、それ以前に発展する確率はマイナススタートなんだけど。
いや、でも、心配をかけるのはちょっといただけない。それにわたし自身の命もかかってきちゃってるのだ。
「今夜はずうっと、芋虫でいるよ」
わたしが答えると、WJはくすりとも笑わずに答えた。
「ぜひ、そうして」
★ ★ ★
WJの作ってくれたサンドイッチでランチをとり、わたしはソファに座ったまま音量を下げて、昔の映画を映すテレビを見る。WJはテーブルについて、勉強している。窓の外は快晴で、高層ビルの窓に反射する光が、この部屋に射し込む。
椅子から立ち上がったWJが窓へ近づき、窓と窓の間の壁にあるボタンみたいなものを押していく。てっきりライトのスイッチだと思っていたのに、違ったらしい。押されたとたん、天井から自動でブラインドが下がってきた。すっごい。
WJがふたたびテーブルにつく。テレビをぼうっとしながら見ているわたしは、さっきから何度もまぶたをこすりつつ、あくびをしている。わたしの神経って、どこかおかしくなってきているのかもしれない。自分の写真がギャングの間で、映画スターのブロマイド並みな扱いになっていて、その上あんな抗争を目にしたというのに、眠たくなってきているのだから。とりあえず寝室へ行って、少し眠ることにしよう。腰を上げたら
「眠たいならそこで眠って」
WJにいわれる。
「え?」
「さっきからうとうとしてるよ。お昼寝したいなら、そこで眠って」
珍しくイライラしているようにも思える。ノートから顔も上げずに、指でソファをしめして命じる。ほんとうにベビーシッターみたいな口調だ。それに、なんだか投げやりな感じに聞こえなくもなかったけれど、文句はいえない……。あきらかにわたしたちの関係が、いい感じで悪化しているとしか思えない。いい感じで悪化、って意味不明だけど。まあこの調子でいけば、WJがわたしを意識するみたいになって、しょっちゅうパンサーになってしまうという事態にも、完全にならないと断言できる。
いまやわたしの片思い感情は、埋葬を待つ死体、といったところかも。ただし、いまだにときどきゾンビみたいに起き上がる死体だけれど。
ブランケットを引っ張って、テレビを見ながらソファに横たわる。映画はチャップリンだ。靴をステーキみたいにして食べはじめる場面で、笑ってしまう。
「なんの番組?」とWJ。
「チャップリンだよ。すっごい、靴食べてる」
WJはなにもいわないし、チャップリンに興味もしめさない。わたしのまぶたが、鉛がぶら下がったみたいに重くなってきた時、
「……我慢させてごめん」
いきなりWJがいう。
「……う?」
眠いので、わたしの返事がおかしくなってしまった。
「さっき。ちょっと痛いって、きみが」
抗争目撃の時のことをいっているらしい。
「うーん。……こびとがダンスしてるみたいな感じだった」
うとうとしたままばかみたいなことをいうと、WJがふっと笑った、ような気がしたけれど気のせいだろう。とうとう浅い眠りに襲われはじめて、わたしの意識がぼうっと遠のいていく。やがて。
……最近ずっと、おさまらないんだ。
WJのつぶやきが聞こえた、ような気もしたけれど、わたしは気にせず、チャップリンが食べていた靴は本物なのかなあなんて、のん気なことを思いながら、ずるずると眠りの中へ引き込まれていったのだった。