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SEASON1 ACT.26

 ミス・ルルに腕を引っ張られ、どの部屋へ入ればいいのかと訊かれた。

「へ、部屋って?」

「あなたをマトモな女の子にするための場所よ! 次の仕事があるんだから、早くして!」

 ミス・ルルの激しい叫びにおびえたわたしが寝室を指すと、有無をいわさず押し込まれる。

「いつにもましてひっどい顔ね。一度しか見たことないけど」

 ミス・ルルはテーブルのそばの椅子を指し、座りなさいと命じる。この場面、どこかでわたしは経験済みのはず。でもいまは思い出したくない。でもひとつだけ思い出した。わたしはミス・ルルの首を絞めたかったのだ!

「あ、あ、あの日。わたし、男の子に間違われちゃいましたよ」

 そしてあんなことに。いや、忘れよう。ほほほほとミス・ルルが巨体を揺らして高笑いする。

「そういうテーマだったもの、でしょ、レベッカ?」

 たばこに火をつけたレベッカは、すうっと煙を吐いて

「そのとおりよ」

 ……そうだったんですか……。

 巨大なトランクふたつを引っ張る、レベッカのアシスタントらしき二名の男女が中を開ける。ぎっしりと靴や洋服が詰め込まれてある。

「さっさと終わらせるわよ。さあ、お上品な感じかしら? あたりさわりのない感じで、清楚で可憐? どう思う、レベッカ?」

 座るわたしのあごをつまんで、ミス・ルルがいう。

「いいんじゃない? ドレスも靴も全てダイヤグラムで揃えてあるから、そんなところが妥当でしょ」

 そこでわたしは、ものすごくいいことを思いついてしまった。

 ここにいるのはたぶんすごく有名な人たちで、前回わたしはまんまビートルズみたくなっちゃったわけだけれども、リクエストすれば、もしかすると、そのとおりに変身させてくれるのかもしれない。ということは、うまくすれば、今夜がんばってビッチになりきれば、今日限りでデイビッドに嫌われることになるはず。そして明日からは晴れて自由の身! デイビッドはわたしを無視し、わたしの平穏無事な日常が戻るはず!

 そのはず、間違いなくそのはずだ!

「すみません!」

 このチャンスを逃す手はない。勢いをつけて右手を上げると、わたしの髪をいじっていたミス・ルルの動きが止まり、レベッカが振り返る。

「お願いがあります!」

「あらそう。なに?」とレベッカ。

「ビッチな感じで!」とわたし。

 一瞬空気が凍った。ミス・ルルはわたしから離れて、レベッカの横に立つと腕を組む。ものすごく困った表情で

「……なにをいいだしちゃったのかしら。いまの意味がわからないわ」

「……お上品な人の集まるパーティで、あばずれなクソ女になりたいってこと?」とレベッカ。

「いえ、ええとう。セクシー、っぽく? というか……」

 ふうっとたばこの煙を吐いたレベッカが、肩をすくめて

「それはべつにいいけど、あなたには似合わないわ。目当ての金持ち男でも落したいわけ?」

 落したいわけではないけれど、嫌われたいともいえない。

「……ええ、ああ、まあ。そういう感じ、かもしれないです」

 ミス・ルルは眉間に皺を寄せて、わたしをじいっと見つめたまま無言だ。どうやらトップクラスな人たちにも、難題なことってあるらしい。

「……いえ、なんでもないです。忘れてください」

 仕方がない。モデルはわたしなんだし、無理を承知でいってみただけなのだ。まあ普通に着飾っておけば、妙な勢いがつくかもしれないし、あとは行動でなんとかするしかないだろう。

 どちらにしても終わらせる。必ず、今夜、絶対にデイビッドに嫌われなければ!

 ふたりはわたしを見定めながら、こそこそと相談をはじめる。わたしに背を向けて、ドレスを手に取りながらレベッカが

「……そうね、それは面白いかも。その場にいるのは、前世紀を引きずってるみたいなお上品なお嬢さんたちでしょう? ベルトを高い位置で締めて、ちょっと着こなしを崩して、ロックミュージシャンみたいにしてみる? でも下品はダメよ。ギリギリな感じで」

 ぼそぼそとしゃべる。隣に立っているミス・ルルは、肩越しにわたしを見やり

「……目元を強調するわ。髪は耳にかけてグリースで固める感じ。トップを逆立てて、くしゃっと崩したリーゼントみたいにして」

「悪くないわよ……」

 ふたり同時ににやついて、わたしに顔を向けた。するとミス・ルルが手をたたいて

「オーケイ、テーマが決まったわ! 今夜のあなたは」

 わたしを指して

「ロックミュージシャンよ!」

 ビートルズからストーンズになれってこと? わたしの希望と、全然違う! 

★ ​★​ ★

 

 文句がいえるはずもなく、浴室と寝室を行き来させられ、着せ替え人形のように命じられるがまま動きまわる。ミス・ルルのアシスタントに、真っ赤なネイルを塗られている間、わたしはぐるぐるとさまざまなことを考えていた。もうこうなったらロックな外見で勢いをつけて、こっそり一杯くらいアルコールを飲んで、デイビッドをしつこく追い回してやれば、きっと嫌になるはず……とまで考えて、この作戦は悪くなさそうに思えてきた。

 まだ鏡で確認していないのでなんともいえないけれども、なにしろたぶん見た目はミック・ジャガーの女の子版みたくなっているはずで、かわいさからは遠くかけ離れた存在になれる。それでしつこくすれば、デイビッドはげんなりしちゃうはずだ。結果ほかの素敵な女の子に目がいって、わたしはすっかり無視されるという筋書き!

 どうなのこれ、全然悪くないかも。むしろヘンな態度をとらなくても済むし、これならわたしにも難なくできそうだ。ロック、万歳!

 胸に希望がわいてきた。だから二人にできたわよといわれて、折りたたみ式の全身鏡を見せられた時、わたしは叫んでしまった。

「……な、な、なんですかこれは!」

 どうしよう……。

「はあ?」

 ミス・ルルとレベッカが、同じタイミングでけげんな顔をする。レベッカがクリスタルの小瓶をかかげて近づいて来る。

 わたしは泣きそうになってきた。全然ストーンズじゃない。全然ミックじゃない。

「か、か、かわいくしてどうするんですか!」

 うち震えながら涙声で訴えれば、ふたりは感激のあまり叫んでいるのだと誤解したようだ。当然よといわんばかりに肩をすくめて

「最高でしょ。あなた胸がぺったんこだけど、ベルトで盛り上がって見えるし」

 小瓶をこちらに向けたレベッカが、わたしの首や耳や腕に甘い香りのする液体を吹きかけた。フルーツみたいないいにおいの香水……って、そうじゃない!

「ああ、ああ! もう、こんなの!」

 いらないですから! 両手で香水を振り払ってもすでに遅い。レベッカは小瓶をアシスタントに手渡し、たばこをくわえてにやりと笑った。

「はい、おしまい」

「自分の才能が怖くなってきたわ。アタシったら、またひとつ苦行をのりきったみたい! すっごいわ。二次元の住人がおいしそうな三次元のフルーツになったって感じ」

 満足そうにミス・ルルがいう。

 だけどわたしは満足できない。

 鏡の中には超キュートでクールな女の子がいる。光沢のあるグリーンのドレスは膝丈。黒いエナメルの太いベルトが、ウエストを引き締めてあるので、ふくらみのあるラインのスカートが強調され、ガータータイプの黒いストッキングに包まれた足が、なおさら細く見える。ハイヒールも黒のエナメルでピカピカだ。肩丸出しのドレスの上から、子供サイズみたいな黒い革のジャケットを羽織っていて、首もとには黒と白の星形がちりばめられたロングネックレス。もちろん髪型もリーゼントを崩した感じで、このあたりはロックぽい。けれどもわたしの瞳の大きさは二割増。まつげも長いし、頬もキャシーみたいな色に染まっている。

 ……というかこれ、誰?

「ジャケットはあとで返してもらうわよ。わたしの私物だから。ほかはあなたにあげるわ」

 トランクを閉じながらレベッカがいった。

「悪趣味ギリギリな感じが最高にキュートだわ」

 うっとりとした表情で、ミス・ルルが自分に酔いしれている。そしてわたしの気分はいっきに落ちた。むしろまた、ポールでよかった。もう男の子みたいに見える感じでよかったのに!

 じゃあねといって、ふたりと合計七名のアシスタントは、嵐のごとく去ってしまった。残されたわたしは椅子に座って両手で顔をおおい、うなだれる。

「……ううう。もう仕方ない」

 ミス・ルルとレベッカコンビが、黒魔術をあやつる魔法使いみたいに思えてきた。どうして、いつも、わたしの想像からすっごく離れたことをやってしまうの?

 くそう。まあいい。こうなったら作戦を変更しよう。というか、なにもかも準備不足ないまのわたしのスキルには、しつこく追いまわす以外に方法はないんだけど!

 部屋がノックされた。自分の作戦で頭がいっぱいだったので、WJもここにいることを一瞬忘れていた。どうぞとものすごく低い声で返答すると、タキシード姿のWJが戸口に立つ。

 わたしはがっくりと肩を落としたまま顔を上げる。WJが眼鏡越しにこちらを見る。妙な間をおいてから

「……車が来てるって。ぼくらは一緒に向かうことになってるから」

 着替えたんだと確認してオーケイ、みたいな雰囲気でうつむいて、視線をそらすとすぐに眼鏡をはずした。着飾ったわたしに興味もないのか、感想はナシ。まあそれでいいんだけれど。

 対してわたしは身動きがとれなくなる。椅子から立てなくなるほど、眼鏡をはずしたタキシード姿のWJは、大人っぽくてセクシーで、謎めいて見える。ばかみたいだけれど、腰がぬけて立ち上がれない。

「は、はずしちゃうの?」

 お願いだからはずさないで!

「うん」

 ドアノブをつかんだまま、WJが微笑む。頼むから、その鋭くてきれいな瞳で、わたしを見ないでほしい。

「場にそぐわない、みたいだからね。スーザンに指摘されてからは、こういう時はいつもはずすようにしてるんだ。それに、前になにかのパーティで、カーデナルの生徒に会ったことがあって、どうしてぼくがいるのか不思議に思われて、面倒なことがあったから。それからは疲れるけどはずすことにしたんだよ。眼鏡をはずすと、なぜかみんなぼくに気づかない。こっちのほうがなにかと都合がいいんだ」

 ……そうなんだ。

「だ、だけど見えなくなっちゃうでしょ? なんにも」

「うっすらとはわかるよ。それに、疲れるけど音とか気配で識別するから大丈夫。どのみちぼくのそばにはカルロスがいてくれるから、どういう恰好の人間が、どういう人物なのかとかは教えてくれるしね。それに、見えない方がいい時もあるから」

 ぼうっとしたような色気を含んだ眼差しでわたしを見る。

「見えない方がいいって、どうして?」

「……人混みは苦手なんだ。いろんな人がいっぱいで、くっきり見てると人に酔ってくるから」

 極上の笑みをわたしに向ける。

「行こう。デイビッドはカルロスと先に向かっているよ」

 背を向けて行こうとする。だけどわたしは立ち上がれない。頭がぽうっとして、心臓は破裂しそうになってくるし、酸欠でめまいももよおしてきた。

 WJは肩越しに振り返って

「どうしたの?」

 あなたに近づきたくないなんていえない。素敵すぎて立てないとももちろんいえない。できればシャワーを浴びて着替えて、テレビを見ながらアイスでも食べて、ひとりで留守番したくなってきた。

「……い、行きたくなくなってきた、かも」

 WJが苦笑する。

「どうして? デイビッドもいるし、たぶんおいしい料理がたくさんあると思うよ」

 わたしに近づいて来る。

「料理は魅力的だけど、留守番してたらダメかな。パジャマでテレビを見て、だらだらしながらレポート書いて、あなたが帰ってくるのを待ってるから」

 くすりと微笑んで、わたしに近づくあなたはいったい誰? 冴えなくて優しいわたしの友達とは思えない。

「……まあ、それは。ぼくもそうしてもらいたいけど、でも」

 これ以上接近されたらわたしは間違いなく倒れる。

「きみは行かなくちゃ。待ってる人がいるからね」

 うう、デイビッドはどうでもいいんだってば! 細くて高いヒールで床を踏ん張って、なんとか立ったとたんよろめいた。

「おっと」

 WJがわたしの腕をつかむ。うつむいたわたしは顔を上げられない。気まずさは頂点に達して、とたんにおどけたくなってくる。

「スニーカーに履き替えたほうがいいかも」

 WJは笑ってくれると思った。でも、くすりとも声がもれないので、うっかり見上げてしまった。すぐそばに、ミステリアスで極上にハンサムな、わたしの見知らぬ男の子の顔がある。透きとおるような、青みがかった灰色の瞳。だけどWJには、わたしは黒とグリーンにまみれたゴーストみたいに映っているはず。だからわたしを凝視しているのだ。こんなに間近で。

 WJがゆっくりと手を離す。マーケットの時みたいに、手を差し伸べてはくれない。だけど、ふいに右手の指先が、わたしの耳にかすかに触れた。びくりとすると

「もしかして、していない?」

「え?」

「キャシーにもらったピアスだよ」

 すっかり忘れていた。

「し、していく。ちょっと待ってて」

 WJから離れてバックパックをまさぐり、箱をつかんで浴室にこもる。ピアスをつけてから大きく深呼吸し、本日もっとも重要な任務を、心の中で繰り返す。WJの存在はとりあえず忘れて(無理だけど)、とにかく核爆弾をしつこく追いかけまわして、嫌われなければいけないのだ!

「そのとおり。そのとおりよ、わたし!」

 ともかく落ち着かなければ。

 鼻息も荒く浴室から出ると、WJはスラックスのポケットに左手を入れて、立っている。わたしを横目にして、

「今夜きみがどこにいるのか、ぼくにはすぐにわかるよ」

 シリアスはわたしに似合わない。女の子っぽく振る舞うのも苦手だし、どぎまぎしている自分を悟られるのも、妙に照れくさくなるから避けたい。

「黒とグリーンのゴーストみたいだから?」

 冗談まじりにいったのに、WJは笑わなかった。あの夜、パンサーのマスクを取った時のような横顔で、視線を戸口に向けると、

「香りで」

 ささやくような声だった。

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