top of page
title_mgoz2009.png

SEASON1 ACT.12

 作戦本部はその十分後に設置された。
 最初にドアをノックしたのは、大荷物を抱えた五人の男女を引き連れた、身長二メートルはありそうなスキンヘッドの黒人男性だ。バスケの選手かと思ったけれど、耳には無数のピアスに、目に痛い蛍光色のジャケット、ぴちぴちの真っ赤なボトム姿で、あきらかにスポーツとは無縁な存在感。 
 ドアを開けたまま硬直しているわたしを見下ろした彼は、片眉をくいと上げて、むんずとわたしのあごを指でつまみ、ぶんぶんと左右に振り
「……びっくり。ご覧なさいあなたたち。こんな平面的な顔、はじめて見たと思わなくて?」
「もちろんです、ミス・ルル」
 男女がいっせいに声を揃えてうなずく。ミス、なの?
「え?」
 意味ありげにわたしが顔を上げると
「ああ、なにもいわないでちょうだい。アタシに人種的性的差別発言をしたら、地獄の底まで呪うわよ!」
 パッと手を離したミス(なの?)・ルルの視線はあきらかに、わたしの背後にいるアーサーに向けられて、
「ストライクゾーン発見。アタシにヘアメイクしてもらいたいのはあなたね?」
「……まあそうですけど、まずは彼女を」
 冷静なアーサーがわたしを指す。目を細めた彼(彼女かも)は、ふうっと息をつくといった。
「……苦行ね。神さまがアタシの実力を試したいんだわ。オーケイあなたたち、そこの二次元顔を三次元の世界に引き戻すわよ!」
「もちろんです、ミス・ルル!」
 ただでさえ狭いエドモンドさんの部屋に、メイク道具一式が手際よく並べられ、ハサミを手にしたミス・ルルがわたしの頭を抑えた時、ふたたびドアがノックされた。アーサーが出ると、そこに立っていたのは両腕に蛇のタトゥーを入れたコワモテの男性だ。タンクトップにデニム姿で、肩まで伸びた髪に無精髭。ガムを噛みながらウエストに下がるバッグをまさぐり
「おれに発信器を取り付けてもらいたい間抜けはどいつだ?」
 どうして間抜けなのかよくわからない。あらわれる人物の存在が濃すぎて、アーサーは頭痛がしてきているらしい。額に手をあて
「……おれです。あと、念のため彼らも」
 わたしとパパとママを手でしめす。ガムをふくらませた男性は、さも面倒くさそうにふうっと息をつき、
「設置しろ」
 大荷物を抱えた作業服姿の男性三名に指示する。彼らは段ボールを広げ、中から意味不明な機器類を取り出してテーブルに置いた。エドモンドさんの部屋がさらに狭くなったその二分後、やっとカルロスさんがあらわれた。ただし、カルロスさんの背後には六名の男女が立っている。もう、エドモンドさんの部屋はマックス状態。パパとママとエドモンドさんは、ソファの上に立っている始末だ。パパに近づいて、握手を求めるカルロスさんと挨拶を交わしたパパが、いきなり絶叫した。
「パンサーの関係者ですって!? おお、ママ……なんて光栄なんだ!」
 そんな光景を椅子に座ってぼうっと眺めていたわたしの足下に、ばっさりとチョコレート色の髪の束が落ちてはっとした。
「えっ! ええええええ!」
「中途半端に伸ばちゃって、見苦しいのよ。アナタ、自分のこと全然わかってないでしょ?」とミス・ルル。
「そんなあ~。伸ばしてたのに!」
「あきらめることね。アナタに全然似合ってない。いいこと? 自分の憧れのスタイルと、自分に似合うスタイルっていうのは違うのよ。それに気づいた時、人間は美しくかつ唯一無二の存在になるの。いったいなにに憧れちゃってるわけ? 横一列に並んでどうするの。そんな存在、面白くもなんともないわね」
 キャシーに憧れてたし、髪は長いほうが女の子っぽいから、伸ばしていたのに。
 ぐっとわたしに顔を近づけて、ミス・ルルはいった。
「いっとくけど、いまのまんまじゃアナタ、ほんとうに二次元の存在だわ。ペラッペラで風に飛ばされる感じ。人生の脇役、そんなとこね」
 う。ちょっと絶句する。
「あなたのそばかすとってもキュートよ。イギリスのミュージシャンみたいな、丸みのあるカットがぴったり。さあ、思い込みの壁を越えて主役になるのよ! さらば二次元!」
 よくわからないけれど勢いに押されて納得させられてしまった。ええい、まかせよう。ともかくわたしは化けなければいけないのだ。化けてショーに立って、アーサーがうろつく時間を稼がなければならないのだ。ジェローム家の危険指数よりも、アーサーの危険指数のほうが断然上がっているいまとなっては、もうできるかぎりアーサーをサポートするしかない。同時に我が家には、いつもよりも桁の違うゼロが、ギャラとなって入るため、ママの鼻息も荒い。パンサーの関係者が混じっていることに興奮しているパパも、自分たちは安全だと根拠のない確信を得てしまったらしく、すっかり乗り気になっている。
 まあ、結局我がファミリーは単純、ということになるわけだ。ソファの上の大人三人は、なにやらこそこそと相談を続け、大きくうなずいたエドモンドさんが事務所へ消えた。たぶん、我が家が必要とする道具を倉庫へ捜しに行ったのだろう。
 ともかくも、リハーサルもなしにショーに立つことになるわけだ。ああ、神さま、どうかなにごともなくショーが終わって、アーサーも無事で、それでもってキャシーの居場所も判明しますように!
 カルロスさんと一緒に来た男女が、衣装を広げはじめた。シルバーに染めたベリーショートの女性が、たばこの煙をくゆらせながら近づいて来る。
「久しぶりじゃない、ミス・ルル。春夏モードの撮影以来?」
「ほんと、あなたと組めなくてすっごくさみしい。先月号のエル見た? 懐古趣味はわかるけれど、いまさら秋冬で豪華な毛皮もないわよって感じ。たしかにアフリカっぽい背景で、社会批判も交えた皮肉は冴えてたけど、冴え過ぎでジョークになってないもの。ダッサイセンス。ありえないわね。撮影したのはニールよ? ニールのおかげでなんとかなったみたいな紙面だったわ」
「おれの名前を紙面にのせないでくれって訴えたらしいわよ。泣いて電話してきたわ。家に」
「同情するわ。あの編集長はおろされるでしょうね」
「知らないの? もうクビよ」
「やっぱり!」
 もしかしてわたし、いますっごい人に囲まれてる? 全然そんな気しないのは、エドモンドさんの部屋だからだろうか。うっすらとわかってはいたけれど、デイビッドの人脈もすごすぎるらしい、ギャングなみに。
 彼女はわたしを見下ろして
「エンターティナーの衣装を用意してくれっていわれたから、いわれたとおりにいろいろ持って来たんだけど……」
 なぜか真っ赤な唇の口角を上げて、彼女がにやりと笑う。
「はは~ん、なるほどね」
 なにがなるほどなの?
「ドレスじゃないわね。キュートなタキシードだわ。でも胸にはギンガムのハンカチ。タイも」
 ドレスじゃないって、鏡がないからわからないけれど、わたしいったいどんな髪型になってきちゃってるの?
「わかってくれると思った! でしょう~? ほら、そういう感じよ!」
 どういう感じなの? やめよう、任せよう。わたしにはもうどうすることもできないから!
 小型テレビみたいなものを設置し終わった作業服の男性が、狭すぎる部屋によろけて、機器に肘をぶっつける。と、コワモテのあの男性が
「バッ……カヤロウ!」
 男性の胸ぐらをつかみあげ、おそろしい形相で
「おい、てめえ。こいつはてめえの一生分の年収よりも、数百倍の値段がするってことわかってんのか!」
「すっ……すみません!」
「……やだ、彼すっごくワイルド」と背後のミス・ルル。いや、ワイルドすぎます。どうしよう、なにかもうわけがわからなくなってきた。息を整えて、戸口に立って会話しているアーサーとカルロスさんを見れば、
「……頼んでいてもうしわけないんですけど、ほかに人材は?」
 アーサーがぼそりという。カルロスさんは当然のように、
「え? 全員トップクラスだよ」
 ……ああ、そうなんだ。
 わたしのヘアメイクが終了し、次はパパの番になる。急いで浴室へ向かい、鏡をのぞいて驚いた。
 こういう場合、わあ、わたしってすっごくかわいかったのね! ってなるのが相場だと思っていたけれど、だいぶ違う感想が脳裏に過る。
「……ビートルズ?」
 まんまポールみたくなっちゃってる。ビートルズはみんなも大好きなアイドルだし、わたしも好きだけど、まんまポールってどうだろ。うん、女の子にはモテそうだ。しかもかなしいけれど似合ってる。
「いいじゃない」
 浴室から出たわたしにカルロスさんが慰めのことばをかけてくれた。眼鏡をかけていないアーサーは目を細め、しばし無言をつらぬいてからぼそりと
「……ビートルズか?」
 そうでしょうね、ええ、まあそうだと思うよ。
「ジョンの横に立つことにするよ」

★ ★ ★

 ものすごいスピードで、めまぐるしくすべてが終了し撤去された。プロの早業というべきか、彼らへのギャラがいったいいくらなのか知りたくはないけれど、間違いなく家の年収の数十倍のような気はする。
 高級スーツに身をつつみ、まるで一流のエンターティナーみたいに化けたパパが、慣れない手つきで葉巻をくゆらせている姿は、なかなかさまになっているけれど、指がものすごく震えている。
 髪を結い上げ、くるぶしまである真っ赤なドレスを上品に着こなすママは、まるで映画女優のような貫禄オーラを放ってる。そんなママの脳内では、家計簿に並ぶ数字のゼロが、増えていくことしか浮かんでいないはず。
 心配なのはアーサーだ。黒いジャケットに黒いボトムス、シャツはラフな感じで、黒のタイもするっと結ばれている着こなしは、かなりセクシー系で似合っているけれど、眼鏡なしでどうするのだろう。
 視力は両目0・2らしいので、まあまあ見えなくはないというけれど、そんな状態でオーナーに! ……よそう、これ以上よくないことを考えるのは。
 大丈夫、わたしたちは全員発信器をつけているし、カルロスさんの仲間がビルの周囲を無線機片手に待機してくれる手はずとなっているらしいので、たぶん、きっと……大丈夫、だよね神さま?
 そんな心配をしているわたしは、本気でプチ・ビートルズだ。タキシードなのかなこれ。ボトムはチェックでジャケットは黒だけれど、こんな恰好でショーをするパパとママの周囲をちょこまか動いたら、ディズニーアニメのなんかのキャラみたいじゃない? わたしもママみたいなドレスが良かったのに……とか文句をいっている場合でもないからもうやめよう、いろんなことを考えるのは。
「状況を説明します」
 発信器担当のコワモテ男性と、カルロスさんの助手数名を残し、全員が撤収したエドモンドさんの部屋で、カルロスさんが続ける。
「ぼくらは警察ではないので、まず一番の目的は、あなたがたの」
 わたしたち家族とアーサーを見て
「安全です」
 着飾ったパパはママの肩を抱いてうなずく。
「発信器で、あなたがたそれぞれがどこにいるのかは、ミスター・スネイクが監視し続けます。ZENのあるビルから少しでも動いた場合、わたしの仲間が無線で動きますのでご安心を」
 ソファに座り、テレビみたいな機器を操作し、頭にヘッドフォンをつけたコワモテが片手を上げた。見れば見るほど、ある意味ギャングよりおそろしい風貌だ。
「アーサーくんに教えられた情報から察するに、あなたがたご家族の思惑としては、ギャラを稼ぎたい、そうですね?」
 ママがうなずいた。カルロスさんはアーサーを見て、
「きみのアイデアには同意できないけれど、たしかに時間が稼げそうだ。ぼくらもなんとか、時間を稼ぎたいと考えてはいたんですよ。ただどうにもその方法が思いつかなくてね」
「カルロスさんも時間を稼ぎたいの?」
 カルロスさんがうなずいた。パパとママを見て、
「パンサーが瀕死の状態でしてね。それと、お嬢さんから聞いているかと思いますが、ミスター・ワイズ、彼女のお友達の父親ですが、彼が問題の、あなたがたを追いまくったギャング、ヴィンセント・ファミリーにすでにとらえられていて、おそらくおどされていると考えられます。理由はとある物のありか」
「とある物?」
 カルロスさんがふたたびうなずく。
「ようするに宝物、みたいなものです。それがどこにあるのか、知るために娘を監禁しておどしている、と考えられます。あくまでも予想ですが。ぼくらはそれを、彼らよりも先に手に入れたいのです。もちろん守るために、ですけどね。まあこのぐらいは警察も予想をつけてはいるでしょう。ですので、ぼくらとしては、警察の邪魔をするつもりはありません。ただし、知人の情報によって」
 知人って、間違いなくローズさんだろう。
「やっかいなことが判明しました」
 カルロスさんが腕を組む。ごくり、とわたしたち家族ののどが同時になる。
「フェスラー家が警察に圧力をかけている模様です」
 アーサーの顔がゆがんだ。
「やはりですか」
「議員に顔がききますからね。果ては財政まで動かしてしまう。ようするに金です。金で身動きが制限されることもあるのです、不自由な組織というものは」
 やっぱり誰も頼れないってことだ。
「……どうしてあのフェスラー家が?」とパパ。
「ミスター・ジェローム。ギャングだらけの街ですよ。いつまでたっても一掃されないのはなぜか。ギャングと手を組み、おいしい思いをしているよくない人間もいるんです。このあたりまで首をつっこむつもりは、もちろんぼくらにはありません、危険すぎますからね」
 一瞬、ミスター・マエストロのいったことばが過ってしまった。あっちもこっちも虫だらけ。それをどうにかすることに嫌気がさしたというあのことばだ。
 だからって悪党になるのはどうだろう。
 もしかしたらいつか、WJもそんなふうに思ってしまうのだろうか。いいやだめ、絶対にそんなことない。だけどパンサーが、WJがもしもそんなふうになっちゃったら、わたしにできることなんてあるんだろうか。
「目的はワイズ親子の居場所をつきとめることです」
 アーサーがいいきった。
「そしてこちらは、宝物を守ることです」
 カルロスさんがひきとる。
「けれどもこれだけは覚えておいてください。けっして無茶をしてはいけません。なにしろあなたがたは一般市民で、これはかなり危険なことなんです。こちらも命をかけてサポートしますが、パンサーがついているわけではないということを、肝に命じてください。なにかあったらすぐに逃げて、レストランの外へ出れば、仲間が助けます」
 カルロスさんが、ふいに微笑んだ。
「……いっておきますけど、これはぼくの仕事の範疇から超えてます。すべてパンサーの」
 デイビッドのことだ。
「指示だと思ってください」
 自由に身動きがとれないデイビッドの代わり、という意味を含んでいるのだろう。それはそうだろう、パンサーとファッション・ブランドを売り出すための、カルロスさんはようするに広報部隊なのだ。それがいまや本気で、軍隊並みなことをしようとしているわけで、それはすべて、キャシーとキャシーのパパを助けるためなのだ。あらためて考えると、少しばかり怖くなってきた。カルロスさんを動かしているのは、あのデイビッドなのだ。ちょっとデイビッドがなにかいえば、もう国を動かす王子さま並みに、いっせいになにかが動いちゃうってことだ。
 あれ、この展開、どこかで似たようななにかが……。どっかの国の王子さまが、悪い魔法使いにとらわれた婚約者のお姫さまを救うために、闇の森へ行って、昔活躍していた騎士をやとう……ってこれ、闇の騎士シリーズの展開だよ、キャシー!
 てことはロルダー騎士は。
 やっぱり、アーサーじゃない?
 そんなわたしの勝手な興奮をよそに、カルロスさんはアーサーに顔を向けて
「きみの勇気には感謝するよ。きみはきっと、すごくいい警官になるだろうね」
 アーサーはいつもの冷静な顔で、
「警官になるつもりはありませんよ、ミスター・カルロス」
「え? そうなのかい? じゃあなにになるつもりなんだい?」
 アーサーはにやりと笑って
「弁護士です」
 ああ、良かった。役者とかいわなくて。空気がまた凍っちゃうから!

★​ ★​ ★

 エドモンドさんがZENの店長に電話し、エンターティナー変更の連絡を入れた。しばしもたついたやりとりが続いたけれど、なんとか納得してもらったようだ。我が家の道具が一式詰まった箱には「ジェローム・ファミリー」とステッカーが貼られてある。パパはマジックでそれを消し、下に嘘のファミリー名をしるす。
「幸運を祈るぜ」
 コワモテが片手を振った。廊下には眠りこける警官がいて、わたしは部屋にいったん引き返し、ソファの背もたれにかかっていたブランケットをつかみ、彼にかけてあげる。もしかしたらいま一番の幸せ者は、彼かもしれない。
 ビルを出て、タクシーのトランクに箱を押し込め、トランクを閉じた時、エドモンドさんが
「……今夜のことは感謝します。ぼくにはよくわからない事情がたんまりあるようですけど、できることはしますから。無事を祈っていますよ」
 パパはエドモンドさんの肩に手をおき、
「人生にはいろんなハプニングがつきものさ、マイク。いつもはピエロだが、ここまで着飾ったらおれだって悪くない気分だ。覚悟も決まった。芸人の意地を見せようじゃないか。ちっぽけなわたしたちだが、できることもある。歴史に埋もれる芸人かもしれないが、良いと思うことはすべきだ。そうだろう?」
 パパとエドモンドさんが抱き合う。わたしは夜空をふと見上げた。なんて大きな満月だろう。アランの見せてくれた満月にそっくりだ。ちょっとばかし楽観的になって、きっと大丈夫、そんなふうに思ってしまう。
 エドモンドさんから腕をゆるめたパパは、両手を広げていった。
「さあ。ショータイムだ!」
 相手はギャングのね。

<<もどる 目次 続きを読む>>

bottom of page