SEASON1 ACT.11
たしかにわたしはこう考えた。あの発信器をくっつけたわたしが、イベントに呼ばれた芸人としてレストランに登場したら、その場にいるギャングに当然、たぶん、間違いなく、つかまる。……まあ、もしかすればすっごくおっかない目にあうかもだけど、うまくすればキャシーのいる場所とおんなじところに連れて行かれる可能性もなくはないわけで、そうすれば居所は判明し、そこに警察が乗り込んで、万事メデタシ、映画のエンディングロールが流れちゃう、みたいなことを一瞬妄想したのは認めよう。
二十分で作戦本部を設置しますと断言したアーサーも、てっきりわたしと同じことを考えているのかと思って、「~でしょ?」と、語尾にハテナ付きで説明したのに、なにをいってるんだと速攻で否定されてしまった。え、違うの?
「行くのはおれだ」
「えっ!」
アーサーは周囲を見まわして
「エドモンドさん。いまみたいに営業時間を過ぎた事務所で電話が鳴るのは苦痛でしょうね。リラックスして完全オフ状態なのに、オンに引っ張られたり?」
全然関係のないことをいう。ぽかんとした顔でエドモンドさんは、ずり落ちる眼鏡を整えながら
「……いやあ、まあ。でもぼくは独身だし、ここは家賃が割引で、便利なんですよ。それにいつもではないし……」
「常備していますよね?」
アーサーが右手を差し伸べる。
「睡眠薬」
肩をすくめたエドモンドさんは、わたしたちに弱々しい笑みを見せて同意する。
「じゃあそれをコーヒーに入れて」とアーサー。くいっとドアを親指でしめし
「外に立っている彼に差し入れしてもらえますか?」
「どうして?」
わたしが訊くとアーサーがいった。
「……これからおれがしようと考えていることに、邪魔だからだ」
わけがわからない。きっとさっきのカーチェイスで、アーサーの頭がイカれちゃったのだ。几帳面すぎる脳内がありえない状況に耐えられずパンクしたに違いない。
「……う。ううう。アーサー、明日病院へ行ったほうがいいわ」
「おれは狂ってない」
にらまれた。でも、眼鏡をしていないアーサーの視界はボケているんだろう。ママをにらんでる。
「アーサー。すっごくいいにくいんだけど……そのお。そっちは、ママ」
アーサーは額に手をあてて、深く息を吐くと
「……頼みますから、ちょっと協力してください。大丈夫です、おれはバカになってませんから」
「どうしたというんだね? なにを考えているんだい?」
アーサーに近づいたパパが、彼の肩に手をおく。
「少しばかり妙だと、いま考えたんですよ、ミスター・ジェローム。警察に発信器がないのは財政的な理由だけではないのかもしれない。それが警察にあると、いろいろとやっかいだと思っている存在が、ギャング以外にいるのかもしれない。その存在が警察に圧力をかけているとしたら? ワイズ家に起きたことはうやむやのまま葬られるかもしれない。あくまでもおれの憶測ですし、警察の動きはわからないし、おれの父はいまごろワイズ家で、なにをもたついてるんだと大暴れしているだろうとは思いますが。上には上がいますからね」
「……邪魔をしている誰かが、警察の中にいる、とでもいうのかい、きみは?」
パパが肩に置いた手を離す。そうです、とアーサーがいった。
「え! じゃあ、誰を頼ればいいっていうの?」
両手で頭をわしづかんだわたしがいえば、アーサーは「だから」と顔を、今度はきちんとわたしに向けていった。
「ものすごくムカツクが、それはこの際後回しにする。目には目をだ。財力で圧力をかけている存在があるなら、こちらも財力で対抗するしかない。確証はないが可能性はゼロじゃない。ゼロではない場合は疑うべきだ。これは捜査の第一条件だ。その結果違ったとしても、無駄骨にはならないはずだ」
アーサーがいっきにしゃべり終えた時、ママはなにを感激したのか胸に手を押しあて、深い吐息をもらして
「……あなたに一生のお願いがあるわ。アーサー」
「なんですか」
ママはアーサーに近づいて、彼の手を両手で包むと
「ぜひ家のお婿さんになってもらいたいのよ」
……ありえない、ありえない、ありえない! わたしが叫ぶ前にアーサーはうなだれて
「……ああ、すみません。その申し出は丁重にお断りさせていただきます」
ほんとにもうしわけないよ、アーサー。たぶんわたしのママはものすごくしつこいと思うから、それについてはすべてがうまく終わった時にでも相談しよう。ママに嫌われる方法を、わたしがなんとか探りあててみるから!
「じゃあ、あなたのいってる財力って、もちろん?」とわたし。ほうら、ここはわたしと考えが一致してるのよ、絶対。
アーサーはうなずいた。
「……もちろんだ」
「でもそれで、あなたが発信器つけて、そのお?」
うながすように疑問系で訊けば
「ZENへ行く」
「行ってどうするんだね?」とパパ。
「おれはいまこの状況に感謝していますよ、ミスター・ジェローム。わけがあって、パンサーはいま動けない状態なんです。彼が目覚めたらワイズ親子の居所がわかるだろうと考えていましたが、時間が無駄に過ぎていくことに耐えられそうもありません。だったら乗り込むしか方法はない。けれどもそのイベントには、招待状が無ければ入れないでしょう。しかし、ショーの出演者だとすれば、堂々と入ることが可能です。出演するエンターティナーは、あなたがたではなくてもいいんです。おれを一緒に連れて行ってくれるなら。いや、むしろあなたがたはここにいるべきです」
ママとパパが同時にエドモンドさんに顔を向けた。エドモンドさんは肩をすくめ、軽く首を左右に振ると
「……事情はわかってますが、すみません。せっぱつまっています、ほかにはいないんです。これが明日であれば、手配しなおすこともできますけど」
アーサーはまぶたを閉じ、数秒沈黙してから
「……ではこうしましょう。ミセス・ジェロームがいったように、思いきり化けていただきます。まさか自分たちの追っていた相手が、堂々とショーに立つとはさすがにギャングでも考えないでしょうし」
パパとママが顔を見合わす。
「年収よ、パパ」
「……で、出し物はどうする?」
「……アレがあるわよ、パパ。その前にわたしがマジックを披露するわ。テーブルマジックじゃないやつ」
「マイク、わたしらが最後のトリ、というわけではないんだろう?」
エドモンドさんに向かってパパがいうと
「ええ。ラストはシナトラですよ」
シナトラ! 信じられない、たかがレストランにシナトラだなんて!
「……スーパーアーティストにはさまれて、わたしたちはトイレタイムといったところよパパ。いいじゃない、息抜きショー。あなたのトークと、ニコルには助手をしてもらって、わたしのマジックと、最後にアレで」
ぼそぼそと夫婦会議がはじまる。アレってのがものすごく気になるけれど、それよりも気になるのは。
「それで? それであなたはどうするの?」
アーサーに訊く。
「目をつけられるようにふるまう」
「目をつけられるって、いったい誰に?」と、会議を中断してママがいう。
「オーナーですよ、ミセス・ジェローム」
ヴィンセント・ファミリーの次男坊だ。
「それで?」とわたし。
「それで、聞きだす」
「聞きだすって、なにを?」
「キャサリン・ワイズの居所だ」
「聞きだすって、そんな簡単にいかないでしょ? まさか」
まさかおもちゃのピストルなんかつきつけて脅すとか? そんなアクション、アーサーに絶対似合わない。するとアーサーは背を向けて、キッチンの横にある電話の受話器を持ち上げる。その時エドモンドさんが
「……い、いやっ、それはいけませんよ、きみ!」
え。いったいなにがどうなっているの?
「なんだというんだね、マイク」
エドモンドさんは肩を落とし、うつむいたままぼそりと
「有名ですよ。業界ではね」
「有名、って?」
家族三人が同時に声を上げる。わたしたちに背を向けたままのアーサーは
「ああ、やっぱりですか。兄に聞いたことはあったんですよ」
さらっと、こともなげにいう。エドモンドさんはわたしたちを見回して、まるで死神にとらわれた病人みたいな、ものすんごく低い声で
「……オーナーは、女性が苦手、なんです」
空気が凍りついたのはいうまでもない。
★ ★ ★
キャシーのために身体をはろうとしてるアーサーの株は、わたしの中で急上昇し、いまや最高額だけれど、ほかになにかいい方法はないのかと、ジェローム家全員で説得をこころみたけれど、たしかに、まあ、もうほかにはない、みたいだった。倒錯の世界はわたしにはまったくわからないし、パパとママにも理解不能みたいで、なにが起きるのかも想像できないし、したくはないわで、狭い部屋は微妙に混乱した気配に包まれる。そんな中さくさくと、アーサーはデイビッドの家に連絡を入れ、必要と思われる支援項目を羅列していた。相手はたぶんカルロスさんで、つまりはこれが作戦本部設置の正体、なのだった。
エドモンドさんは勢いに押されたかのように、睡眠薬を落したコーヒーを、外に立っている警官に渡し、あとは自分の存在を消すかのように、部屋のすみにちんまりしゃがみ、息をおし殺しはじめる。いまやアーサーが一番、危険にさらされていた。いろんな意味で!
「いいや、ダメ、ダメ、そんなのぜったいにダメ! もっと大人が行くべきよ。わからないけれど、ええっと、ほら、ローズさんもいるし!」
受話器を置いたアーサーはくるりと振り返り
「キャシディは昏睡状態のヒーローと秘書と、家に引きこもり状態だが、あのいけすかないFBI女は、すでにいるらしいぞ、ZENに。もちろん、ただの休暇のお楽しみで」
ああ、なるほどね、って納得いかない。
「たしかにあなたはハンサムだから、きっとそのお、こ、好まれると思うけど、だけどそんな」
「誰かが動かなければ数日後、死体が二体港に浮かぶことになるんだぞ。誘拐犯からの電話を逆探知するために、じっとワイズ家で踏ん張ってる父たちの邪魔をするつもりはないが、それを待つ余裕はおれにはないんだ」
真剣な眼差しで、わたしを見下ろすアーサーがいい放った。
やっぱり気に入った。却下。いままでのわたしのアーサー観察日記はすべて抹消することに、たったいま、決定だ。
「わかった。アーサー。わたし、いままでほんとうは、WJのこと応援してたの。彼もそのお……」
「なんだ?」
ちょっとばかり、胸の奥がちくりと痛む。目を閉じて苦しげに眠るWJの姿が過った。もうこの事件がおさまるまで、あのベッドでじっとしていてほしいと思う。
「キャシーのこと、好きだから」
ああ、とアーサーがつぶやく。
「だけど、あなたにひとつだけ、キャシーに好かれる方法を伝授するわ」
「なんだって?」
困惑するアーサーの耳に顔を近づけ、伝え終わった時、どさりと人の倒れる音がドアから響いた。静かにドアを開ければ、そこにはまぶたを閉じて寝息をたてる警官がいた。
「……なるほど。その情報は大事に使わせてもらうぞ、ニコル」
警官を見下ろしてアーサーがにっと笑った。
「たぶん、間違いなくヒットすると思うよ」
同じく警官を見下ろして、わたしは答えた。