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SEASON1 ACT.08

 教訓その2。アーサーの血液は警官成分で成り立っている。将来、たぶんとっても優秀な警官になるだろう。不正を許さず、融通のきかない、ロボットみたいな警官に。
 たっぷり十分もみあった末、結局わたしも車に乗っている。アーサーひとりをデイビッドのもとへ行かせるのは不安すぎた。リストに載ってるデイビッドの家に、彼がいないのは明白だけど、もしもいちゃったりなんかしたら? ただでさえ犬猿の仲なのに、アーサーがわたしに会ったことなんかをデイビッドにいっちゃって、デイビッドがパンサーじゃないってことを、わたしがアーサーにもらしたみたいにデイビッドが考えて、誤解されたら? まあ、わたしの考え過ぎなんだけど、だけど、すっごく面倒くさいことになりそうなんだもの!
 ともかく。パパとママはわたしの夜の外出にもちろん、意義を申し立てたし、アーサーもそれに同意して、わたしをビルの中へ押し込めようとしていたけれど、おもちゃ売り場の三歳児さながら、駄々をこねるわたしに嫌気がさしたらしい。アーサーは思いきりうなだれていったのだった。
「……お車と一緒にお嬢さんを必ず、無事に、戻します」
「よくわからないが一時間だぞ。一時間だけだからな、ニコル」
 というわけで、大手を振って助手席におさまったわけだ。だけどその時になって気づいた。
 ものすごく気まずい、夜のドライブになっちゃってるってことに。
 男の子とふたりきりで、車に乗るのは人生はじめての経験だ。だけど全然嬉しくないのは、しかめ面のアーサーが横にいるからだろう。ラジオも音楽テープも流さず、しーんとした車内で、わたしは無言。アーサーも、ときどき深いため息をつきつつ、無言。
 やがてアーサーはハンドルをゆっくりと回し、高級マンションの見える歩道脇に寄せた。ここはリストに載っているデイビッドの普段の住処だ。だから例の会合の場所とは違う。デイビッドは不在、間違いなく不在、のはず。
 車を降りて、ドアマンにキーを渡したアーサーは、迷うことなくずんずんとロビーを歩いてエレベーターを待つ。エレベーターに乗ったアーサーは、暗記しているのか(おそろしい)これまた迷うことなく階数を押し、腕を組んで黙り込んだ。ただし、わたしのことをものすっごくにらみつけながら。そしてやっと口を開いた。
「……きみはなんだか、詐欺師みたいな顔をしているな」
 はあ?
「え! なにそれ。わたしは詐欺師なんかじゃないわよ!」
「そうじゃない。覚えられない顔をしているということだ。詐欺師の立派な特徴だ。しかしこうして眺めて、おれはいま、やっときみの顔を記憶に刻む事に成功したようだ」
「助けてくれたとき、まっさきにわたしの名前をいったじゃないの?」
「そうかもしれないというおれの勘があたっただけだ」
 わたしはエレベーターの扉に手をつき、がっくりとうなだれた。もう傷つくとかを通り越して失笑しそうになる。そうしていると、チンと音をたてて扉が開き、わたしは前のめりになって転び、そうになったけれども踏みとどまることに成功する。
「なにをしているんだ」
 ざくざくと大股でわたしの横を過ぎ、廊下を歩くアーサーの背中をにらみつつ、背後について行く。なんだかわたし、アーサーの部下みたくなっちゃってない? ドラマではこういう役どころって、決まってドジで使えなかったりするのだ。それはごめんこうむりたい。だからわたしは早足でアーサーを追い越し、まっすぐ前に突進した。すると
「どこまで行くんだ」
 振り返ればアーサーは、立ち止まった部屋のドアのチャイムを押していた。ふん、誰も出ないわよ! と肩をいからせて近づけば。
 ドアが開いちゃった。あらわれたのはシャネルのスーツに身を包んだ、ブロンドのボブスタイルの女性だ。いかにも「わたし仕事デキます」といった威圧感を放っていて、見た目はかなりゴージャス。
「……なにか御用?」
 アーサーが自己紹介し、デイビッドに会いたい旨を伝えると、彼女の青い瞳がアーサーの足下から頭のてっぺんまでを、値踏みするかのごとく移動した。
「……記者でも代理店関係者でもないわけね。まあいいわ。入って、ちょっと待っていて」
 まあいいわって、なにがいいわなの? アーサーだけを中へ入れようとするので
「ちょっ! 待った! わ、わたしもです!」
 ふたりの冷たい視線がつきささる。誰かしら、この立派な詐欺師みたいに覚えられない顔をしている女の子は、といいたげな彼女の視線はまあわかる。だけど一緒にここまで来たアーサーまでもが、そんな顔しなくってもいいと思うんだけど?
 目玉をぐるりと回した彼女は、結局わたしも中へ招き入れた。彼女は即座に、ベルトに下がっているケースから、電話の受話器みたいなものをつかみ上げて
「こちらナンバー0738。聞こえる? 3850発令よ。どうすればいいわけ?」
 暗号? どうやらこれは無線機らしい。
「……軍隊か?」とアーサー。
「……かもね」とわたし。
 と、いきなり彼女が舌打ちする。
「ちょっ! カ~ル~ロ~ス~。昔の女に連絡してなにをたくらんでるわけ?」
 相手はカルロスさんらしい。わたしとアーサーをどうしたらいいのか、指令をもらおうとしているのはわかった。だけど。
「なんですって! もう呼んじゃった? あなた、いまつきあってるのはわたしなのよ。わたしがあなたの恋人だってこと、あの胸ぺったんこのオードリー・ヘプバーンみたいな女に、ちゃんと伝えてくれるんでしょうね」
 ……ややこしいことになっているらしい。
「なんなんだ?」とアーサー。またもやうなだれたわたしは
「……痴話げんか、でしょうね」
 彼女は首と肩に無線機をはさみ、イライラしているのかジャケットのポケットからたばこを取り出すとくわえる。
「……ええ。ええ。ああ、そう。それはわかったわ。発令の件は了解よ。だけど納得いかないプライベートな件に関しては、どう説明してくれるわけ? どうせわたしのおっぱいが目当てだったんでしょうよ。どうせわたしと寝たかっただけなんでしょうよ! いつだってそうなのよ! わたしはいつまでも本命になれない女なのよ!」
 嘘でしょう? キャリア・ウーマンって感じなのに、ヒステリックに泣きはじめちゃった! 
 くわえたたばこが床に落ちる。呆然とするアーサーを見るのは面白いけれど、つきあたり奥の部屋のドアが開いて、無線機片手にあらわれたカルロスさんの意味がわからないのはわたしだけ?
 ここにいるなら無線機なんかいらないじゃない!
「落ち着くんだ、スーザン」
 無線機でしゃべりながら近づいて来る意味もわからない。
「ドラマの撮影かなにかか?」とアーサー。
「……お願いだからもうなにもしゃべらないで」とわたし。
 カルロスさんはわたしに気づいて苦笑しながら肩をすくめ、スーザンさんの肩に手を伸ばす。スーザンさんはその手を払いのけ、でも無線機はつかんだままで
「……愛してないのね」
 なぜ無線機でしゃべるの? もうすぐそこに顔があるのに?
「……そうじゃないさ。なにをいっているんだ、ばかだな。ぼくはもちろんきみに首っ丈だ。その感情を爆発させる女性らしさ、たまらないね」
 あなたもですよ、ミスター・カルロス。もう無線機はいらないのでは?
 ばかばか、とスーザンさんはカルロスさんの胸を叩き、ふたりの無線機が床に落ち、そしてふたりは見つめ合う。
 わたしとアーサーの存在を、壁のごとく無視して。
「……失礼ですが」
 思いあまったアーサーが声をかけなければ、ふたりは濃厚なキスをしていたはずだ。その勢いはあったし、ちょっと見たかったし、正直残念だ、とかいっている場合ではなかった……はずだよね?
「ぼくらはどうすれば?」
 チッと舌打ちしたスーザンさんには、気づかなかったことにする。それにしてもカルロスさんがここにいるということは? もしかして、もしかすると、デイビッドもいるっていうことになるのかも。
「そうだった。デイビッドに会いに来たんだよね。いまハリウッドで引っ張りだこの特殊メイクチームが彼を囲んでいるから、しばらく待っててくれるかい?」
「ハリウッド!?」
 変装すればっていったわたしの冗談を、真に受けたちゃったらしい。
 教訓その3。うっかりデイビッドに冗談をいってはいけない。それを現実化する財力を持っているから。
「どうしてもこっちで眠りたいというものだから、八十歳の老人に変装させて連れて来たんだよ。いまメイクを取っているところで。おっと、もうよさそうだ、どうぞ」
 無線機を拾って腕時計を眺め、カルロスさんがいう。うながされるまま奥の部屋へ向かうと、そこには長椅子に腰掛けたガウン姿のデイビッドが。
 いちゃった。
 メイクを取り終わったところらしく、チームはせわしなく荷物をまとめて、カルロスさんと部屋を出て行く。ふうっ、と髪をかきあげつつ、起き上がったデイビッドはアーサーを見て
「おれに用があるんだろ、アーサー・フランクル」
 アーサーはいった。
「キャサリン・ワイズが誘拐された」
 デイビッドが立ち上がった。
「……本当か! それで? なにかわかったのか?」
 デイビッドがアーサーを招いたのは、キャシーの情報を仕入れたかったからみたいだ。そうだよね、ちょっと妙だと思っていたのだ。だって、相手がアーサーなら、ここにいたとしても絶対居留守を使うはずだもの。
「わからないから来ている。この非常時に、ヒーロは特殊メイクでお遊び中、か? なにをしている」
「きみにいわれなくてもわかってる。活躍前の息抜きさ。とはいえ、ミス・ワイズの居場所がわからなければ、無駄に動き回ることになるだろう? それで? きみは警察の情報をなにか持っているのかい?」
「いつも無駄に動き回っているじゃないか。こんな非常時に、警察の情報を気にするなんて妙だぞ、デイビッド」
 アーサーがにやりとした。
「ウイリアム・ジャズウィットを捜しているのはなぜだ?」
 げ。
 デイビッドがわたしを、ものすごくにらむ。アーサーの隣から一歩退き、わたしはぶんぶんと首を横に振って見せる。デイビッドは髪をかきあげると、もう帰ってくれないか、パンサーにならなければいけないから、と険しげな顔でいい終える前に、アーサーが告げた。
「ここへ来る間に考えた。毎晩うろついてるヒーローが、朝からさわやかに登校する意味。スーパーな能力のせいかと思っている者は多いが、おれは前から不審に思っていたぞ」
 ……さすが未来の警官。気まずいドライブの間に、脳内でいろんなことを捜索しまくっていたらしい。で、出た答えが?
「貴様はパンサーじゃない。違うか?」
 もちろん、わたしは再びデイビッドににらまれた。同じくアーサーのうしろで、ぶんぶんと首を横に振って見せれば、なぜかデイビッドはにやりと笑う。
「……やれやれ。生真面目な警官気質はこれだからね。だったらきみはどうするっていうんだ? ジャーナリストやテレビ局に情報を流して大金を受け取りたい、とかかな?」
「おれを見くびるな、デイビッド・キャシディ。キャサリン・ワイズを助けられるのはパンサーしかいないと思ったから来たんだ。貴様じゃないなら本物がどこにいるのか、知っていると考えたからだ。そいつはどこにいる? どこにいてなにをしているんだ? くやしいが、警察では空を飛ぶなんてことはできないからな。パンサーのスピード能力に追いつかないのはたしかだ。こんなことをいうのは、おれのプライドが許さないが、それでもおれは彼女を、助けたいんだ!」
 デイビッドがアーサーを見つめる。わたしもアーサーの背中を見つめた。ちょっと待って。いまのせりふでわたしのアーサー株が急上昇。アーサーは両手のこぶしをにぎりしめている。よほどくやしいのだろう。
 気に入った!
 わたしはアーサーとデイビッドの間に割り込み、
「すばらしいよアーサー! だんぜん見直した。だって、ライバルでもあるデイビッド……ていうかパンサーに、そういうこというなんて思わなかったもの。そうか、それでデイビッドに会いに来たのね。ほんと、あなたなんてスーパーエゴイストだと思ってたけど、やっぱり愛は人を変えちゃうのね!」
 いいやつじゃない! まぶたを閉じて悦に浸っていたら
「……なにをいっているんだ。きみの言語が理解できない。ちょっと邪魔だ、どいてくれ」
 ぐいと肩を押され、うしろにやられた。前言撤回。アーサー株は今後も上昇の兆しは見せないだろう。以上。 
 あごに指をそえて考え込むデイビッドが、口を開きかけたそのとき。ものすごい女性同士の声がドアの向こうから響きはじめた。三人同時にドアを見れば、ふたりの女性にはさまれたカルロスさんが部屋に入って来た。
「まあまあ。落ち着けスーザン」
「落ち着かないわ! 休暇中なら休暇中らしく、南国でもどこへでも行くべきよ。それがどうして? どうしてクレセントにいるわけ! あなたたち、逢い引きしていたんだわ!」
 もうひとりの女性に腕を伸ばすスーザンさんをなだめるカルロスさん。そして、スーザンさんの腕から無事すり抜けた女性は、ショートヘアを軽やかにかきあげると、スリムな身体にフィットした、カジュアルスタイルでデイビッドの前に立つ。右手には大きなアルミケース。それを床に置くと、たばこをくわえて火をつけ、すうっと煙を優雅に吐く。容姿はスーパーモデル級。背の高いデイビッドと目線が同じってすごすぎる。
「お久しぶり、デイビッド。ねえ、知っていて? つきあっている相手で自分のレベルが知られるということを。どうしちゃったのかしらカルロスは。とっってもレベルが下がったのではなくて?」
 デイビッドはふう、と息を吐いて上目遣いにカルロスさんを見る。
「カルロス、頼むからあちこちの女性を口説かないでくれないかな。どんどん仕事にならなくなってきているじゃないか」
「わかっているさ。わかっているけどこれはぼくの家系でね」
 どんな家系ですか。
「休暇中に昔の男から連絡が入ったと思ったら、ワイズ家に関する書類を集めてくれだなんて、色気のない会話。わたしも不毛な恋愛を繰り返したくないけれど、いい男とのアバンチュールはいつでも大歓迎なのに。中でもカルロスは超一級ね。とはいえ、このていたらく。見た目はマリリン・モンローでも中身は動物みたいな子宮型思考の女と、取り合うほどの男かしら。……男かも」
 ……ああ、迷うんだ。
 大きく息を吐いたアーサーは、額に手をあて
「誰なんだ、このひとたちは」
「おれの戦略チームのリーダーと秘書、そしてFBIのローズ・ウッドライト」 
 突如アーサーが叫んだ。
「FBI? 宿敵FBI!」
「あら、どうして?」
「いつもいつも市警の管轄にいきなりあらわれて、勝手に作戦を練ってややこしくするからだ」
「面白いことをいう少年ね。わたしにいわせれば、頑固じじいの掃き溜め、まるで使えない市警こそ邪魔よ」
 ……ねえ、わたしこの場に、もう必要なくない? それよりもなんかもっとややこしいことになってきてない?
 カルロスさんはスーザンをなだめつつローズさんを気にしているし、ローズさんはアーサーの顔に煙を吹きかけるし、それを見ているデイビッドはちょっと楽しそうだし、わけがわからなくなってきちゃってる。
「……ちょおっと!」
 わたしが叫ぶと、いっきにしんと静まり返った。
「全部あとまわしにしてよ、もう! いまはキャシーを助けるのが肝心でしょう! あなたたちがそんななら、もうわたしが行くわよ!」
 ……それにWJも! って、どこへ行ったらいいのかわからないけど。
「たまにはいいことをいうね、ミス・ジェラード」とデイビッド。
 たまにはっていわれるほどの仲じゃないんだけど。
「きみの存在をすっかり忘れていたが、そのとおりだ。このさいごたごたした恨みつらみはおいておくべきだ」
 と、アーサーがいった直後、それは起きた。ガラスの割られるものすごい音が響いたのだ。デイビッドがリビングのドアを開け、廊下を見る。
「寝室からだ」
 カルロスさんがジャケットに手を入れて拳銃を握る。ひとさしゆびを口にあて、ドアに背をつけて中の音をうかがってから、ノブを回していっきに中へ押し入る。アーサーとデイビッドのうしろから寝室に視線を向けたわたしは、見た。
 割れた窓。ガラス片が、白と黒で統一された寝室中に飛び散っている。そして、ぼろぼろのコスチュームの右肩あたりが血に染まっている、パンサーが床に倒れていたのだった。
 拳銃をおさめたカルロスさんは無線機をつかみ、
「ドクターを呼ぶよ。来てくれ、スーザン」
 スーザンさんを連れて寝室を出る。
 そばにしゃがんだデイビッドに、パンサーはうめきながら
「……デ……ごめ……ん。……ムが、メチャクチャ?」
「気にしなくていいよ」
 デイビッドはアーサーを見上げた。アーサーはデイビッドを見下ろして
「こんな事態だ。他言はしない」
 デイビッドはパンサーのマスクを取る。
 大きく息を吐いたパンサーの顔は、わたしの知らない、極上にハンサムな男の子だった。

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