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SEASON1 ACT.06

「詳しくはしゃべれないよ」

 前置きして、デイビッドは語りはじめた。それはパンサーのほんとうの正体と、自分との関係にまつわる極秘事項で、広いリビングのテーブルについたわたしは、目の前に座っているデイビッドとカルロスさんの話を聞くはめになってしまった。

「とある時期、とにごしておくよ。とある時期、父が友人と会食するといってね。ディナーに出かけた先にWJがいた。そのころから視力が悪くて分厚い眼鏡をかけていて、冴えないやつだなあとおれは思ってた。父はそこでこういった。デイビッド、スターになりたくないか? もちろんなりたいさ。おれは目立つのが好きだし、女の子にちやほやされるのも大好きだ。そういうと父は笑って、さすが自分の息子だとかなんとか。WJはそんな席なのに、小難しい本を読んでいて、おれたちの会話にはまったくはいらない。彼と一緒にいたのは身なりの良い中年の男で、あとで牧師だと知らされた。WJは孤児なんだ」

 わたしはあっけにとられる。

「……で、でも。WJには両親がいるって」

「もちろんいるよ。おれの叔母夫婦には子どもがいなかったから、もの静かで優しい気性のWJをすぐに気に入って引き取った。彼らがWJの両親だ。まあそれで」

 ふうっとデイビッドは息をついて、隣に座っているカルロスさんを見やる。カルロスさんが続ける。

「当時、ダイヤグラム・チャイルドは瀕死の状態でね。目立つ宣伝をうたなければならなかった。変わり種のモデルを捜していたし、誰もが驚く方法でなければならない。会長はスーパーヒーローしかいないと考えた。ヒーローの腕にダイヤグラムのマークをさりげなくいれる。事件が起きるたびにテレビに映る、その衣装はダイヤグラムがつくってると視聴者は考える。実際いまでは右肩上がりだ。会長はモデルを探しあてたんだよ、いまからもう十年も前にね」

「その席におれもいたというわけ。そしておれが外向きのパンサー。だけどほんとうのパンサーは目立つことを嫌うWJなんだ」

 わたしは頭をかかえてしまった。

「ええっと……。じゃあ、ほんとうのパンサーはWJ? 空を飛んだり、悪党を倒してるのも?」

「そう」

「……運動音痴だと思ってたのに」

「おさえるのに苦労しているみたいだよ。だからすごくゆっくり、なんでもやってるんだ。極端なくらいに、それでちょうどいいのさ」

 どうしてそれをわたしに? 上目遣いにふたりを見ると、緊張感あふれる状況だというのに、同時に視線をわたしからはずし、ふっと口元をゆるめて笑うのだ。それはわたしの変装のせい。

「困惑するピエロをはじめて見たよ」とカルロスさん。

「ほんとうにすごすぎるよ、きみは」

 わたしのことはどうでもいいんだってば!

「どうしてそんな極秘情報をわたしにいっちゃうの?」

「WJはまえから、彼になにか起きた時、きみにだけは伝えてもいいっていっていたんだよ。キャサリン・ワイズにはぜったいにダメ。おれとしてもそれは避けたいところ。でもきみだけはいいってね。おれはきみのことをよく知らないし興味もないから、WJの好きなようにすればって感じで、同意したけど。まあ、信頼されてる証拠じゃないか?」

 さらっと傷つくことをいわれた気がするけど、この際どうでもいい。

 WJがパンサーだとキャシーが知ったら、すっごく驚くかもしれないけれど、もともと仲良しの友達だし、尊敬から恋に発展する確率は上がるかも。だけど、パンサーだと知ったから、好きになってもらいたいわけじゃないということだ。パンサーじゃなくても好きになってもらいたい、WJはキャシーに対して、そう思っているのだ。

 逆にわたしが知っても、見る目は変わらないと考えたから? だから知っても恋愛なんかに発展するわけない、そう思ってるからか。

 友達として信頼されているのは嬉しいけれど、どちらにしても、女の子として見られていない証拠じゃない。落ち込みそうだけれどそんな場合ではないので、それはあとでたっぷりのお楽しみとしてとっておくことにする。

「……昨日、パンサーはわたしの家に来てくれたよ。あなたのふりをして。口調の特徴も仕草もあなたそっくりで、わたしはすっかりあなただと思ったから、キャシーの様子も見てくれって、いったんだけど」

 あ。それだ。

「キャサリン・ワイズの? どうして?」

 デイビッドが腕を組んで眉を寄せた。

「あなたは学校を休んでいるから知らないかもしれないけれど、今日キャシーも休んでいるの。電話をしたら、ママが出て、キャシーは頭が痛いって。でも、ママがなんだか焦っているというか、どもってるみたいな感じで。しかも通話の最中に、妙な音が入り込んでたよ。プ、プっていう」

 デイビッドがカルロスさんを見た。

「……電話が盗聴されているね」とカルロスさん。「そんなことをするのはギャングか警察と相場は決まってる」

 もしかして? もしかしてWJは、キャシーを助けようとしてどうにかなっちゃったのかも。だとしたらあの時、伝えるべきだったのだ。だけど家族はケチャップになっちゃうっていわれて、でも友達はもしかすればかなりヤバい事態になっていて。

 でもどちらにしても、わたしの判断が間違ったということは確実だ。

「デイビッド、キャシーのパパがなにをしているか知っている?」

「なんだい急に。知らないよ」

 あ、そうですか。カルロスさんは席を立って、電話をかけると告げる。誰に、とデイビッドが訊くと、カルロスさんはさらりといってのける。

「FBIの知人にね」

 連邦捜査局が出てきちゃった!

「ミス・ワイズの家に警察がいるとすれば、彼女が事件に巻き込まれている可能性があるだろう? それにパンサーが首をつっこんだとすれば、二人同時にいなくなったつじつまは合う。これはぼくらの手に負える範疇を超えているよ。誰が、なんのために、どうやって? 目的も敵もわからなければ、こちらの動きもとれないからね。知人ならなにか知っているかもしれないし、ワイズ家に関する資料を集めさせるよ。そこからなにかわかるかもしれないからね」

 すみません、目的……はちょっとあいまいだけれど、敵は確実に知ってます。だけどそれを伝えたら、わたしのパパとママはケチャップまみれ。いいたいのにいえない。みんなが困っているのになんにもできない。

 友達のためになんにもできない。そしてまた後悔するんだ。アランが死んじゃったときみたいに。伝えようかと何度も口を開けた。デイビッドだってパンサーの正体を明かしてくれたのに、わたしは秘密を抱えたまま。これって不公平だ。でもギャングが怖くて、なんにもいえない。

「WJの家にいたのは、誰?」

「カルロスの部下だよ。きみから電話があったとき、無線で連絡がはいったから、ここまで来る指示を出してくれって伝えたのはおれだけど。叔母夫婦は農場を経営していて、たまにしかこっちに来ないから、WJはいまひとりで暮らしてるんだ。この部屋はおれと彼の会合の場、みたいなものかな。ここでお互いのことを確認し合わないとズレが起きるから。それにおれの自宅の前には記者がわんさかで、そっちには秘書がいるけど、こういう事態だと身を隠さなくちゃいけないからね。でもまいったなあ。おれはあっちの寝室じゃないと眠れないんだよ」

「変装でもして戻れば?」

 冗談でいったのに、デイビッドは「……悪くない」とかいう。そんなことはどうでもいい。

 WJが両親とディナーといったのは嘘だったのか。そのあとで、パンサーとしてわたしのようすを見に来てくれたということだ。

「……どうしてわたしに派手な恰好させたのかな、カルロスさん」

 わけもわからないのに、それを鵜呑みにした自分もどうかと思うけれど。

「派手な恰好をしていれば人目につく。人の目がきみを守ってくれる、まあ、念のため、身の安全を考えての指示、ってとこかな。まさかそういう恰好で来るとは思わなかったけど」

 苦笑された。

「どうでもいいけど、そのすごい荷物にはなにが入ってるの? 着替え?」

「……ああ。お菓子だよ。この恰好でバスに乗ったら、ジャグリングを披露するはめになっちゃって、お礼にみんながくれたの」

 キャンディをデイビッドに渡す。

「あげるよ。食べて」

 デイビッドはくすっと笑った。包み紙を指先でていねいにほどき、オレンジ味のキャンディを口に放る。パンサーじゃないのにパンサーのふりをして、雑誌やテレビに出るのって、いったいどんな気持ちなのだろう。

「……そういうことって、あなたのお父さんが決めたことなの? そのお……パンサーのふりをする、とかっていうことだけど」

「はじめはね。もちろんかなり考えたよ、おれなりに。だってそれは嘘の姿だからね。だけど、本当の自分を外の世界で見せる人間なんて誰もいない。ひとりきりでいる時だけが、ほんとうの自分に戻れる時間だ。騙してる、という罪悪感がないわけでもないけれど、最後まで嘘をつきとおせば、それは真実になるかもしれない。それに、パンサーの活躍は悪いことじゃないだろ。WJは人目につくことも派手なことも嫌がるから、代わりにそれをおれが引き受けているんだ。ふたりで一緒のパンサーなんだよ。それはWJもよくわかってる」

「それは、お家のため? ダイヤグラムの」

 デイビッドはひかえめな笑みを浮かべた。

「どうかな。それもあるし、深く考えたことはないな。考えると面倒なことになるから」 

 テーブルに肘をついて、キャンディの包み紙を指でもてあそぶデイビッドは、アイドルというよりもどこにでもいる男の子に見える。暇を持て余していて、なにか面白いことはないかと、それが自分に降りてくるのを待っている子どもみたいだ。

「ややこしいことしなくても、パンサーの正体を隠していたら良かったんじゃない?」

「パンサーの相手はいつだって本気の、ヤバいやつらだよ。映画やドラマの撮影じゃないんだ。パンサーの正体がバレたら、誰も守ってくれない。だけどはじめから顔をあらわして、ジャーナリストに囲まれていれば、やつらだって手出しは避けたがる。それにパンサーの外の顔は資産家の息子。しかもパンサー、と思ってる。おれは安全圏にいるんだ。そのための顔出し、というわけ」

 電話をかけ終わったカルロスさんが戻って来る。マンションにタクシーを停めてあるから、乗って、とわたしをうながした。

「悪かったね、ミス・ジェローラ。このことは」

 戸口でデイビッドがいいかけたので

「もちろん誰にもしゃべらないよ。……キャシーにもね」

 デイビッドの顔が曇る。今日はじめて知らされたキャシーのことが心配なのだろう。家にいるのかいないのか、真実がわからないからわたしも心配だ。

 カルロスさんの知人というFBIが動きだし、派手なことになったら、わたしのパパとママはどうなるんだろう。相手はギャングで、しかも元スーパーヒーローがついている。そしてこのことはいま現在、わたししか知らない。

 カルロスさんはタクシーにわたしを乗せてくれる。運転手にチップをはずんだお金を手渡し、タクシーのドアを閉めた。頭にターバンを巻いた運転手は、聞き取りずらい英語でわたしになにかいう。わたしはバッグからチョコを出して、運転手にあげた。彼はとても喜んで、近道を行くという。それは彼にとっては、大サービスなのだそうだ。

 暮れはじめた琥珀色の空が、摩天楼の向こうに闇を落とす。まばゆいネオンが灯された中、ピエロの恰好のわたしは、視線を水玉模様の衣装に落として、うなだれていた。

 今日知らされたいろんなことが頭の中で暴れている。うまく整理できない代わりに涙があふれてくる。無力なわたし、勇気のないわたし、伝えるべきことばを伝えられなかった後悔。チャンスはいくらでもあったのに、つかめずにいま、タクシーで泣いている。

 大切なものが多すぎて、守ろうとしても両腕からこぼれてしまう。昨日電話で聞いたWJの声が、まだ耳に残っていた。会いに来てくれて、デイビッドの演技までして、と思えば少し笑えたけれど、いまどこでなにをしているのか。キャシーのことも考えると、心配で心臓がつぶれそうだ。

★ ​★​ ★

 

 家の前でタクシーを降り、アパートに入る。ドアを開けると夕食のにおいがたちこめていて、キッチンに立つママのわたしの名を呼ぶ声が聞こえた。ピエロの恰好が見つからないように、急いで廊下をつっきって自室にこもり、クリームで軽く化粧を取って着替える。それから洗面所へ行き顔を洗う。

 夕食の時間、パパとママは仕事について話していて、今日わたしが学校をサボったことに気づいていない。食べ終わり、食器をキッチンに持っていく。パパがシャワーを浴びにバスルームへ行くと、食器を洗いはじめたママが

「ニコル。あなた昨日からなんだかようすが変よ?」

「え? そう、かなあ」

 わざととぼけてみたけれど

「落ち着きはないし、ひっきりなしに電話をかけようとするし。恋の悩み? それとも友達?」

 ギャングです、なんていえない。

「男の子でもないし友達でもない。なんでもないからダイジョーブ!」

 ママは深いため息をついて

「それも問題なのよね。あなたにかかってくる男の子からの電話って、ええっと……ウイリなんとかくん? くらいじゃない。会ったことないけどつきあってるなら一度連れて来てちょうだい」

 ママの問題は、自分の娘が学校で、男の子にモテないはずはないと思い込んでいるところだ。これって親のひいき目なんだろうか。

「WJは友達だよママ」

 そして行方知れず。また泣きそうになってきた。食器を洗い終わると同時に、パパが腰にタオルを巻いた恰好であらわれてリビングをうろうろするので、またママに叱られる。わたしは洗濯を命じられ、ママはバスルームへ向かう。パパは冷蔵庫をのぞいで、ビールはないのかと愚痴をもらす。代わりにコーラをつかみ、ソファに座ってテレビを見はじめる。

 パパならどうするだろう。家族か、友達か。訊いてみたくなって

「パパ。もしもパパがすごい秘密を知っていて、それをバラしたら家族が危なくて、でもバラさないと友達が危ないって状況の時、パパならどうするかな?」

「なんだそれは。学校の作文の課題かなにかか?」

 そういうことにしておこう。うなずくと

「……近頃の学校じゃ、ずいぶん複雑なものを書かせるんだな。そいつはひどく難しいぞ、おいで」

 ソファの横をたたく。隣にすわると、でっぱったお腹を撫でながら

「うーん。まずは家族に話すだろう。こういうことを知っている、とね。それで会議を開くんだ。その状況ではすでに家族は危ない、ということになるからね。どこか安全な場所へ避難するかとか、そういうことを決める」

 見直したよパパ! 思ってもいないアイデアが飛び出た。

「それから友達だ。知っていることを話す。そうすれば家族はともかく避難しているし、友達も安全、というわけだ。どうだいこれ?」

「……パパ。頭いいね」

 そうだろう! パパは満足そうにコーラを飲み、たばこをくわえた。その時、電話が鳴って受話器に飛びつく。

「ジェ、ジェロームです! わたしはニコル・ジェロームです!」

 訊かれてもいないのに焦って名乗ってしまった。デイビッドかカルロスさんだと思ったのに。けれども名乗ったのは。

「アーサー・フランクルだ」

 警部部長の息子のアーサーがどうして?

「すごいいきおいだな、ミス・ジェローム? ジェラードじゃなかったんだな。いま学校のリストを見ているんだが」

「はあ……? なんですか」

 アーサーはいった。

「突然すまない。たしかきみはいつも、キャサリン・ワイズにくっついていただろう? ジェシカ・ルーファスに聞いた。キャサリン・ワイズについてなにか知らないか?」

 なにも……といいかけて。

「学校を休んだからママに電話したよ。頭が痛いってママはいっていたけど」

 ふうん、とアーサーは納得のいかない声色で

「わかった」

 電話をきろうとするから、食い下がる。

「な、なにかあったんでしょ? そうなんでしょ? キャシーのママはとってもどもっていて、盗聴されてるみたいな音が電話に混じっていたんだよ」

 無言のあと、アーサーはため息まじりに

「……実はおれもよくしらないんだ。ワイズ家に関して父がてんぱっていて、今夜は家に戻らないらしいから、そうとうなことだろうと気になってきみに電話してみたわけだ。そうか、きみがなにも知らないのだったら用済みだ」

 この人の役人口調ってどうにかなんないもんだろうか。有無をいわさず電話はきられ、わたしは受話器を置いて呆然とする。

 決定。キャシーは誘拐されたに間違いない。パンサーはそれを助けようとして元スーパーヒーローの現悪党にどうかされた。もう切羽詰まってる、ギャングなんて気にしていられない、唯一鍵を握っているのはわたしなんだもの。

 タオルで髪をふきながら、ママがリビングに入ってきたのを見計らい、わたしはふたりに指をさして命じた。

「いますぐ着替えて、避難して!」

 

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