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SEASON1 ACT.05

 翌日の月曜の朝。あくびまじりに校門について、WJを避けるためにこそこそと駐輪場に向かう。駐輪場に自転車を停め、そうっと校門を振り返ってみたけれど、WJの姿は見あたらない。それにデイビッドの派手な登校シーンもなしで、おまけにキャシーの姿もあらわれない。

 おかしい。校門にたむろするパンサーファンは首をかしげ、やがてちりじりに散って行く。デイビッドが休みなのは珍しくないけれど、WJとキャシーも休みってどういうことだろ。WJは腹痛かなにかだとしても、どうしてもキャシーは違う気がしてきた。

 まさか。

 ワイズ家に電話をするため、事務員たちの集うオフィスに向かったとたんにチャイムが鳴ってしまう。先生ににらまれ、わたしはクラスにおいやられる。授業なんてもちろん上の空で、胸がざわついて落ち着かない。こういう時の授業って、ほんとうに長く感じられていらつく。やっと授業が終わり、ふたたびオフィスに向かったものの、今度は電話の前に行列ですか? どうして? どうしてわたしが電話をしたい時、こんなことになっちゃうの?

 早くして、と列に並んでいる上級生をにらみつつ、もう、こんなことしていられない、と焦りがピークに達した時、そういえば一ブロック先のガソリンスタンドの前に、電話ボックスがあったと思いあたる。そうとなれば次の授業はサボタージュ決定。自転車は駐輪場に置いておいて、電話をかけてからどこかで暇をつぶし、三時限目に戻ってくればいい。

 クラスに戻り、バックパックをつかみ、そうっとクラスを出て廊下を突っ切った。バックパックを背負い、校門を出る。どうかキャシーも腹痛か頭痛でありますように。それはそれで苦しそうだけれど、家にいて無事が確認できればそれでいいのだ。

 キャシーの無事を確認してからWJにも電話をしてみよう。彼の場合は間違いなく、腹痛かなにかだろう。両親と食事に出かけるといっていたから、野菜好きのWJは、普段は避けがちな脂っこいステーキでも思いきり食べさせられたに違いない。

 ほうらあった、わたしって天才! ボックスに駆け寄りながら、ジーンズのポケットに手を入れて小銭をまさぐり、ボックスの中に入る。小銭を電話に押し込めようとした時だ。ものすごく豪勢な黒塗りの黒光りの車が、すうっとボックス近くに横付けされた。ん?

 電話のダイヤルを回すため、わたしが指を伸ばしたとたん、車から三十代とおぼしき男が降りてきた。たばこをくわえていて、オールバックの髪はポマードでつやつや。チャコールグレーのスーツ姿で、ジャケットをラフに羽織っているから、見てはいけないものが見えてしまった。それはようく知っている。保安官シリーズの主人公が、決して欠かさない武器のひとつ。つまり、ポマード男の左脇の下には、ホルスター。あきらかに拳銃をおさめる品物がちらちらと見えていたのだ。

 ばかみたいに口を開けていたわたしをみとめた男は、たばこを地面に放ると革靴でつぶし、がっしりと電話ボックスを空けていった。

「ニコル・ジェローム?」

「う。ううう……」

 男はやれやれと、ズボンのポケットから一枚の写真を出す。わたしと写真を交互に見てから、写真はポケットに突っ込み、目玉をぐるりと回して、

「ガキの面倒はうんざりだ。騒がなければなにもしない。着いて来い、ボスがしゃべりたいそうだ」

 あうあうと声にならない声を出していると、手をつかまれ、無理矢理車に乗せられる。こういう時騒ぐべきなんだろうけれど、状況がまるでのみこめないし、なにが起きているのか把握するには時間がなさすぎて、しかもポマード男はあきらかにおっかないしで、素直に乗ってしまった。

 向かい合う座席の目の前には、葉巻をくゆらせる恰幅の良い男性が、ど真ん中に座っていた。パパと同じぐらいの年齢で、パパよりも太っているけれど、どちらかといえば堅太り。脂肪というより身体全部が筋肉という感じだ。そんな身体にフィットしたスーツは黒で、真っ赤なタイ、胸元にもハンケチを忍ばせる、上品な着こなしも忘れない。革靴はピッカピカ。腕時計はゴージャス。ハットをかぶっているから目元の険しさがいっそうひきたてられていておそろしい。

 おそろしい。見るからに、絵に描いたようなミスター・ギャング。

 背後を振り返ったボスは、背もたれをぽんとたたくと、出せ、という。わたしはといえば、ポマード男と似たような男ふたりにはさまれて、ちんまりと猫背になる。葉巻の甘い煙の香りが車内に漂っていて、それから高そうな香水のにおいもしていて、めまいがしてきた。

「さて、お嬢さん。あなたにはこの状況が理解できているかと思う」

 いいえ、まったく、とは口が裂けてもいえない。しかもこの声は、フェスラー宅で聞いたあの声に酷似している。というか同じ。ええい、もう認めよう、このボスはあきらかにドン・ヴィンセント、ギャングのボスだ。

「あなたが賢明なお嬢さんであることを期待していたのですが、がっかりですな。いったいどちらへ電話をしようと考えていたのかな?」

 答えずにいると、まあいい、とボスは葉巻を車内の灰皿に押し付ける。

「もともとあなたを待ち伏せしていましたよ。こんなに早くあらわれるとは思っていなかったがね。さて」

 ボスは背もたれに深く座り、指を組み合わせる。

「あなたの身元はすっかりわかっている。家族がなにをしているかも承知している。ようく考えていただきたい。あなたの軽はずみな行動や言動で、あなたが、というよりも、あなたの家族が、いったいどんな目にあうか、想像していただければ簡単な答えが出ると思うがね、お嬢さん?」

 わたしはごくり、とつばを飲み込んだ。

「ご承知のように、われわれはとってもおそろしいことを、笑顔でやってのける才能に恵まれておるのでね。家に戻ったら、まるで大量のピザを投げ合ったあとのように、あちこちがケチャップ色、なんてことも、あるかもしれないしないかもしれない。それはあなたにかかっているのだ」

「わ、わ、わたしは」

 なにも、といいたいのに言葉が出ない。

「昨日、誰かに話したかな?」

 優しく上品な口調が、本物の悪党だと宣言してるみたいに聞こえてきた。まえにパパがいっていたのだ。保安官シリーズを見ていて、本当の悪党は品がいい、と呆れていた。せこせこと走り回り、乱暴な言葉を吐く悪党は小物で、それは自信のなさのあらわれなのだそうだ。だからドン・ヴィンセントはかなりな大物といえるだろう。落ち着きがあって品が良い。こんなわたしにも丁寧に話しかける。だけどわたしがなにか間違いを犯せば、まっさきにわたしの額に、弾がこめられるはめになるのは間違いない。

 こ、こ、こわい! ほんとうにおしっこちびりそう!

「しゃ、しゃ、しゃ」

 正直にいおう。

「しゃべろうと思ったけど、しゃべれなかったわ。と、友達に。そ、それにこれは個人情報の漏洩にな、なっちゃうかもと思ったし」

「ほう、それは賢明だ」

 くい、とボスは人差し指をたてる。バックミラー越しに運転手はそれを見て、車を歩道脇に停めた。

「いいかね、その賢明な行為をこの先も続けることだ。そうすればあなたの生活はいまのまま、平穏で平凡で幸せというわけだ。わたしはフェアであることを好むのでね。あなたが不穏な動きをとれば、わかっているね? 家中がケチャップ、というわけだ」

 もう二度と、ケチャップは口にできないだろうと思う。

「これからいろいろなことが起きるだろう。しかしあなたはいままでどおり。これはわたしとあなたの約束だ。わたしは、一度した約束は守られなければ気がすまない性分でね。裏切り行為と判断してしまう、困った癖なのだよ。わかったね?」

 わからない。うなずいたら約束したことになってしまう。だからうなずく代わりに、わたしは笑顔を見せたのだった。かなりひきつっていたと思うけど。うんとも答えないし、うなずきもしない。ただ笑っただけだ。それで、ボスは満足そうに指をくいと動かす。ポマード男が車から降りて、ドアに手をかけたままわたしが降りるのを待つ。

「さようなら、クマのお嬢さん」

 車が静かに去って行った。もっとおそろしいことに、車が停まったのはわたしの住んでいるアパートの目の前で、これはわたしの自宅がほんとうにわかっていることをしめしている。

 お、お、お、おそろしい! パパとママがケチャップまみれになるのは絶対に、どうしても避けたい。だけど友達の無事も知りたい。

 アパートへ入って、ドアに鍵を差し込む。ママもパパも仕事へ行ったのか不在だ。リビングに向かい、電話の受話器に手を伸ばす。窓にはレースのカーテンが下がっていて、外からは見えないだろうけれど、それでもここで電話をかけるのは危険に思える。とっさに電話を抱えて廊下に逃げ込み、窓からは完璧に見えない場所で息をつく。

 ダイヤルを回す。誰も出ない。呼び鈴がむなしく響き、十、十五、二十と数えても誰も出ない。誰も出ない!

 と、やっとキャシーのママが出る。胸を撫で下ろしたわたしが

「キャ、キャシーがお休みだったので」

「あ、ああ……ニコル? え、ええ、そうなの。キャシーは急に頭が痛いといって」

 ……はあ……。ずるずると廊下に座りこんでしまう。なんだ、良かった。やっぱりいるじゃない。だけどキャシーのママの口調は、いつもと違ってどもってる?

「だったらいいんです。良かった……じゃなくて」

 そういったとき、プ、プ、と通話に奇妙な音が混じる。キャシーのママは、焦ったような声色で

「ごめんなさいニコル、こ、これからわたし、出かけてしまうの。ち、ちょっといま急いでいて。だから、き、きってもいいかしら?」

 やっぱりどもってる。まるでさっきのわたしみたいだ。

 キャシーのママが電話をきってしまったので、とりあえずWJにも電話してみる。今度も出ない。まるきり出ない、全然誰も出ない。

 いや、出る。しかも電話に出たのは。

「ジャズウィットです」

 ずいぶん若そうな男性の声だ。だからパパではないだろう。WJにお兄さんなんかいたかな。たしかひとりっ子だったはずだけれど。

「あ。突然すみません。わたしはウイリアムくんの同級生のニコル・ジェロームっていいます。ええっと、ウイリアムくんがお休みなので、具合が良くないのかなと思いまして」

 無言。しばらくしてから

「……いまは授業中じゃない?」

「う。ええ、そうです。すみません、ちょっと事情がありまして、いまだけサボタージュ中です」

「事情?」

「うう。ええっと……」

 わたしがどもっていると、声の主がいった。

「きみはいまどこ?」

 え?

「ああっと、家です」

 また無言。しばらく待っていたら彼がいった。

「どうして家にいるのか事情はわからないけど、学校に戻るつもり?」

「あ、はい……」

「うーん、そうか。そうだよね。ちょっと待って」

 なぜかここで、電話が不通になる。受話器を手で隠し、誰かと相談でもしているようだ。それにしてもこの人はいったい誰なんだろうか。ぐるぐると考えていたらふたたび彼がいう。

「きみはいつもどうやって学校に通ってるんだい?」

 なんだろうこの会話の流れは。

「え? 自転車です。あ、でも自転車は学校に置いたままで」

 沈黙。またしばし間をおいてから

「……じゃあ家を出たら、なるべく人のたくさんいる歩道を歩いて、クラーク・パーク行きのバスに乗って。これから住所を伝えるから、そこまで来てほしいんだけど。だから今日は学校に戻るのはナシ。それからこのことはぜったいに誰にもしゃべらないで」

 今日は人生の中で一番、「誰にもしゃべるな」と命じられる日らしい。

「え?」

 伝えられた住所は中心街の高級マンションのある界隈で、学校のリストにあるWJの家ではない。このあたりに住んでいるのはデイビッドくらいだけれど、デイビッドの住所でもない。どうしてそこへ行かなければいけないのかさっぱりわからない。

「思いっきり人目についたほうがいい。できれば顔がわからないほうが安全だ。派手な恰好はできる? なんでもいいから。それでバスに乗るんだ」

 彼はいったい、なにをわたしにさせようとしてるのか全然理解できない。

「あのう……あなたはウイリアムくんの?」

 なんですか? すると彼はいった。

「ギャングじゃないことはたしかだよ。来ればわかるさ。じゃああとで」

 それで電話はきられた。

★ ★ ★

 

 ともかくアパートを出て、いわれたとおりにバス停へ向かい、パーク行きのバスに乗る。いま現在、一番の問題は、わたしがピンクにブルーの水玉模様の衣装を着た、ピエロに変身しているということだ。荷物はバックパックから、斜めがけの大きめなバッグに入れ替えて背負った。この恰好、たしかに奇妙きわまりない。だけど派手で目立って顔の隠れる変装って、これしか思い浮かばなかったんだもの。

 ママに手を引かれた子どもは、きょとんとした目でわたしを見ている。わたしはわざとおどけて目玉を寄せ、べーっと舌を出しておかしな顔をする。子どもはお腹を抱えて笑い転げ、乗客もくすくすと笑い出す。

「仕事かい、ピエロさん」

 座席に座っていたおばあさんがいった。

「え? ええ……、まあ」

 違うんだけど。

 平日の昼間の車内は空いていた。なにかやってと子どもにせがまれて、おばあさんが持っている紙袋の中にリンゴをふたつ、オレンジをひとつ見つける。わたしの視線に気づいたおばあさんは、どうぞ、どうぞと紙袋を差し出すので、落としたら弁償必須の状況におちいってしまった。

 揺れる車内でジャグリングができるか自信はないけれど、バランスを取りながらみっつ放って、交互に投げ飛ばす。みんながわたしを見ている。運転手すらちらちらと、バックミラー越しにわたしを見ている。ぱっとみっつを抱えて頭を下げると、拍手が起こる。フルーツをおばあさんに戻すと、リンゴをひとつ、わたしにくれた。喜んだ子どもは、わたしにキャンディをひとつくれる。どんどん乗客が、ガムやチップスの小さな袋、チョコを差し出すので、あっという間にお菓子が腕の中に大漁だ。お菓子をバッグの中に押し込んで、パークの前で降りる時、なんと運転手は軽く手を振って

「いらないよ。いいものを見せてもらったからね。がんばって、小さなピエロさん」

 ちゃんとしたウインクをしてくれた。ラッキー! バス停で降りて嬉しくて、両手を上げてしまったけれど、そんな場合じゃない。メモした住所をたよりに、周囲を見まわす。

 あちこちで車のクラクションが鳴り響き、高級ホテルやデパート、ブティックに銀行の立ち並ぶ界隈では、人びとがごったがえしている。

 このあたりにはあまり来たことがないので、観光客みたいに口を開けて、天に伸びる建築物の群れを眺めてしまう。おっと、そんな場合でもない。背負ったバッグを揺らしながら、人ごみの中をかきわけるようにして、走る。このうえなくわたしは目立っているらしい。行き交う人たちがみんな、気にしてないのはわかるけれど、わたしを見ていた。大勢の人間に監視されている気分になってくる。

 パークの見下ろせる高層マンションに着いて、住所とマンションを交互に見る。ここで間違いない。マンションの前にはボディガードが立っていて、わたしを見ると片眉を上げ

「……きみはもしかして、ニコル・ジェローラさんかな?」

「え? いいえ、ジェロームです、ニコル・ジェローム」

 黒いスーツ姿のボディガードが、マンションのドアを押してくれる。ホテルみたいなロビーが広がっていて、カウンターもあり、これまたホテルみたいに身なりの良い男女が立っていた。ここでも同じことを聞かれ、ジェロームだと念を押すはめになる。なんだかデイビッドがわたしの名前を伝えたみたいな感じがしてきた。

 エレベーターに乗り、十三階を押す。ぴかぴかに磨き上げられた大理石のようなエレベーターのドアに、しっかりといまの自分が映り込んでいてうなだれる。すごすぎるよ、ニコル・ジェローム。バスに乗るまでは必死で、この恰好で家を出て来てしまったけれど、最新モードもびっくりのセンス。しかも着替えをバッグに入れる代わりに、乗客にもらったお菓子でバッグはいましもはちきれんばかり。

「……わたしって、とことん間抜けかもね」

 着替えなんて頭に無かったのだ。仕方がない。

 エレベーターが開くと、グレーのサマードレスに身を包んだ上品なマダムが立っていて、わたしを見るとサングラス越しにぎょっとする。エレベータを下り、教えられた部屋番号を捜して、広い通路を探しまわるはめになる。右へ行き、引き返し、左へ向かって……、どうしよう息がきれてきた。

 フェスラー家もそうだったけれど、どうしてお金持ちって無駄になんでも広くしちゃうの? 通路にシャンデリアなんていらなくない? 毛並みの深い敷物に足をとらわれそうになってつんのめる。もうこんな場所、わたしには耐えられない。四部屋こっきりの狭い家のほうがずっと落ち着く。

 ぜいぜいと息をきらしながら、やっと目的場所にたどり着いて、ライオンの顔をしたノッカーを鳴らした。ドアが開けられて、相手はまたもやぎょっとする。そしてわたしはぽかんと口を開けてしまう。

 そこに立っていたのは、背の高い、大人の男性だった。ブラウンの髪は短くカットされている。ラフなストライプのシャツにグレーのボトム姿。たれ目がちな大きな目の色も、ブラウン。とってもハンサムだ。

「派手な恰好っていったけれど……」

 この人が声の主だろうか? どうにも声の響きは違う用に思えるけれど。

「は、はじめまして。ニコル・ジェロームです」

「うん、まあ。それよりも……すごい恰好で来たんだね。ちょっと」

 プ、と笑い、手で口を覆う。

「面白いなあ。どうぞ」

 うながされて足を踏み入れ、長過ぎる廊下を歩いて、つきあたりにある部屋まで案内される。ドアは開けっ放しになっていて、全面がガラス張りになっていて、正面に昼間の摩天楼が見えている。家賃はいったいいくらぐらいなのだろう、などと考えながら部屋に入った時。

 黒いソファに座って、前のめりになり、額に両手をあててうなだれている、デイビッドの姿にぎょっとした。

「え?」

「来たよ、ミス・ジェローラが」

 ここはデイビッドの家、なのか? もしかして彼は二件家を持っているのかもしれない、ありえなくはない。

「デイビッド?」

 わたしがいうと、デイビッドはちらりとわたしに視線を向け

「……すごい顔と恰好だね。それに、どういうプリントなんだい、それ。色と色が喧嘩してるじゃないか」

 わたしの衣装はどうでもいい。

「ええっと……。ここはあなたの家?」

 デイビッドはうつむいたまま右手をくいっと横に振る。わたしの横に立っている青年はいった。

「いまはとっても危機的状況でね。あ、ぼくの名前はカルロス・メセニだ」

 握手を求められたので、とりあえず握手を交わす。

「ぼくは彼の」

 デイビッドに手のひらを向けて

「シンクタンク。戦略チームのリーダーといっておこうかな」

「戦略チーム?」

 パンサーの武器なんかを開発しているのだろうか。するとデイビッドは顔を上げて

「ミス・ジェローラ。きみはWJと仲良し……みたいだったよね。彼が今日、学校を休んでいるってことのほかに、なにか知らない? それを教えてもらいたくてここまで来てもらったんだ。おれはこれからしばらくは、学校へ行けないし、一歩も外へは出られない、だろうから」

 だろうから? なんだそれ。

「え? なにか知らないって、どういうこと?」

 デイビッドは立ち上がる。ゆっくりとわたしに近づくと、いつもは決してあらわさない表情でわたしを見下ろす。険しげに眉を寄せた、困惑の顔だ。

「WJが消えた」

「えっ!」

 デイビッドは髪をかきあげると、カルロスさんに視線を向けてうなずく。カルロスさんはふうっと息をもらし、いった。

「彼はパンサーじゃないんだよ、ミス・ジェローラ。でもパンサーとしてふるまってもらっている。その戦略をぼくらが考えているんだ」

 パンサーじゃない? じゃあいったい誰がほんとうのパンサーだというのだろう。するとデイビッドがひきとって、きっぱりといった。

「ほんもののパンサーが昨夜消えた。パンサーの名前はウイリアム・ジャズウィット。きみもよく知ってる、WJだよ」

 

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