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SEASON1 ACT.02

 正直にいおう。わたしはデイビッドもアーサーも、かなり苦手だ。

 悪口をいうと自分も悪口をいわれるってママに教えられていたから、誰にもいえないけれど、デイビッドは自信満々で、すべての女の子が自分に恋をしてると思ってるみたいな振る舞いとか、もっともだけどちょっといらつく。アーサーはアーサーで、超自己中。この惑星は自分を軸にして回ってると思ってるふしが、絶対にある。なんでも自分の思い通りになると考えていて、思い通りにならないことは、排除しようと必死になる。だから、自分よりも目立つ活躍を披露するパンサーを、ウザがっている。しかもふたりは恋のライバル。それにはさまれたキャシーは、実は現実世界の男の子に興味なし。いくら重力に反したパンサーでも、そこは所詮三次元の存在。キャシーにとっては無視すべき男の子カテゴリーに入れられている。

 だって、彼女が好きなのは、女の子向けのコミックに出て来る、異国の騎士なんだもの。だからいっそうややこしい。まさか好きな相手が二次元の、コミックの青年だなんていえないだろうし、かといって好きな相手がいると二人に告げたら、彼らはやっきになって訊きだそうとするだろう。なにより、もっとしつこくなるのは明白だ。というわけで、キャシーは二人を避けて校内をかけずり回っていた。

 ……WJじゃないけど、男の子にモテるのって、ほんとに大変かも。経験してみたい気もするけれど、その才能に恵まれていないわたしは、喜ぶべきなのか否か。

 そのうえもっと大変なのは。

 その日の移動教室。お姫さまを守る騎士のように、キャシーの前に立ちはだかって廊下を歩いていた時、いやみな視線を投げ掛けてくるガールズ部隊が近づいて来た。パンサー・シスターズとか勝手に命名している三人組で、中心人物は自称セクシーのジェニファー・パーキンズ。胸が半分見えちゃうほどシャツをはだけていて、長い足を見せびらかすようにぴったりしたデニム姿。彼女は通り過ぎざま、キャシーにいやみな視線を送ると

「見てよ、時代遅れの髪型。まるで前世紀だわ」

 とかいう。キーッ! わたしが顔をしかめて威嚇すれば

「……誰だっけ?」

「ピエロのニコルよ。ほら、モンキー」

 笑いながら去って行く。その次にやって来るのはザ・眼鏡集団のこれまた三人組。初夏だというのに黒いシャツに黒いミニスカートっておかしくない? 中心人物は女の子の中で成績トップのジェシカ・ルーファス。眼鏡のはしを指でつまんで、くいっと持ち上げると、キャシーをつま先から頭のてっぺんまで眺めつつ

「あなたの成績じゃどこの大学も行けないわね」

 とかいう。キャシーの成績は先生しか知らないはずだよ、キーッ! わたしが顔をしかめて威嚇すれば

「……誰かしら?」

「芸人ファミリーのジャグラー師よ」

 ふふん。鼻で笑い、ほほほと去って行く。背後のキャシーを振り返れば、うんざりした顔で

「わたしと一緒にいると、あなたまでいやみをいわれちゃうわね。というかもういっそ、転校したくなってきたわ」

「ええっ! それはさみしいからやめて!」

 がしっとわたしの肩をつかんだキャシーは、わたしに顔を近づけて

「……うぬぼれてると思わないで聞いてほしいの、ニコル。ねえ、どうすればみんなに無視されると思う? わたし、ほんとうに、なにもかもがウザくてしょうがないの! わたしはいつも、きっぱり断っているのよ? なのにどうして? デイビッドもアーサ-も! それにもちろんあの女の子たちも!」

「……野郎どもふたりには、もうカミングアウトするしかないかもね。ロルダー騎士にぞっこんだって」

 ぱっと手を離して

「やっぱりそれしかないわね。でも、もっとしつこくなるんじゃないかって、おそろしくてしょうがな……」

 いうが早いか、キャシーの背後にいつの間にかあらわれたデイビッドによって、キャシーは腕をつかまれ、ロッカー脇に拉致られてしまう。デイビッドと一緒にいたWJは、ぽかーんと口を開けて呆然としてる。

 デイビッド、なんだかどんどん強引な行為におよんできている気がする。キャシーを壁におしつけて、顔を近づけ、なにやらいっている模様。キャシーはノートと教科書を胸に抱いて、小動物みたいおびえていて、あきらかに困っているのに、どうしてその気配を読まないの? それは自分をいやがる女の子なんて存在しないと思ってるからよ!

「ちょっ!」

 で。手を伸ばすわたしのその手をぐいとつかんだのは、もちろんWJ。

「デイビッドはへんなことはしないよ。ただデートに誘いたいだけなんだよ。……たぶん」

「だから、のん気すぎ! あなたはそれでいいわけ? わたしは全然良くない。脳みそからっぽのジェニファーと、黒ずくめのゴースト集団に、キャシーはいやみをいわれたのよ?」

 からっぽにゴースト集団って、とWJはくすりと笑う。笑いどころじゃないんだってば!

「このうえアーサーがあらわれたら、また朝みたいなことになっちゃう」

 WJはけらけらと笑って

「興奮しないで、まるで保護者だよ。決めるのはキャシーだ、そうだろ?」

 そうだけど。

「キャシーが好きなのはロルダー騎士よ。知ってるくせに」

「うーん、たしかに。カミングアウトのむずかしい相手だしなあ」

 WJを探るように見上げれば、眼鏡の奥のちっちゃな眼差しをわたしに向けて、

「アーサーのことはよく知らないけど、すくなくともデイビッドはいいやつだよ。キャシーだって、いつまでも夢の中の男の子を想い続けてるわけにいかないって、気づくんじゃないかな。その相手はぼくじゃないと思うけどね」

「そんなのわかんないじゃない」

「まあね……。でも、ぼくは、キャシーが楽しい日々をおくれるんだったら、それでいいなって思ってるよ」

 どうなのこのセリフ? 泣かせるじゃない!

「……わたしはあなたに、絶対幸せになってもらいたいって思う」

 なんだいそれ。WJはまた笑う。ほら、笑顔はけっこういいのよ。それにWJの鼻筋はすうっととおっていて、唇の形だって悪くない。背も高いし、だからといってひょろっとしているわけでもなく、きちんと筋肉はあるっぽい。ぽい、というのは、いつも大きめのTシャツにデニムという恰好だから、実際にはわからないので、これはあくまでもわたしの好意的予想にすぎないわけだけど。

 ともかく。女の子たちって全然、ちゃんと男の子を見てない気がする。もしもWJがわたしとつきあいたいっていったら、わたしは悪い気しないんだけどな。映画の趣味もあうし、デートはチープで、ジェラードとか食べながら街を歩くんだ。きっと仲良しなカップルになれる……って、わたしなに考えてるの? そうじゃあない、そうじゃなくて。

「ぼくは自分をよくわかってるつもりだよ。恋人同士にはいつか別れがくるかもしれないけど、友達はずうっと友達でいられる。それでそばにいられるほうが、いいと思ってるんだよ」

 ほんとうにキャシーを好きなんだ。胸の奥がぎゅうっと、心臓をつかまれたみたいになったのは、WJのせつない気持ちが伝染したからだろう。

「あなたってお人好し」

 わたしがいうと、WJはまたくすっと笑みをこぼしていった。

「きみも自分の心配をしなよ、ニコル? いつもぼくとキャシーの心配ばかりしてる。ぼくもきみには幸せになってもらいたいと思ってるんだからね、もちろん」

★ ​★​ ★

 

 小学生のとき、隣に仲良しの男の子が住んでいた。その家のローンが払えなくなって、ジュニアスクールに上がる前にその家は売って、いまのアパートに引っ越してきたんだけど、その男の子は、ほかの男の子よりも華奢で、心臓が弱かった。学校も休みがちで、でも、彼のお気に入りの場所は屋根裏部屋。物置になっていたけれど、月が大きく見える西向きの場所で、天体観測の時はいつも誘ってくれた。

 わたしたちはいろんなことをしゃべって、夢を描いた。彼の夢はスーパーヒーロー。部屋にはミスター・マエストロの映画版ポスターが飾ってあって、空を飛ぶのってどんなだろ、といつもいっていたのだった。

 学校に来れば、華奢で背の低いことをからかわれたり、女みてえだといわれたりして、そのたびに傷ついていたのはわかってた。その時のわたしって最悪。年齢が上がって来ると、彼が男の子として冴えないってことに気づいて、一緒にいるのが恥ずかしくなって、ほかの子に混じって、彼のことをからかうようになってしまったんだから。

 天体観測の誘いはなくなり、やがて彼は入院して、手術のためにどっかに行ってしまった。ある日、ママが電話をかけていて、受話器を置くとわたしにいった。それは引っ越しの三日前の出来事。

「ニコル、隣のアランが手術中に、亡くなったんですって」

 その二日後、手紙が届いた。手術前に書いたらしい、死んだはずのアランからで、いままでありがとうと、ていねいな文字で、つづられていた、

 わたしはなんにもしてない。なのにアランは、何度もありがとうと書いていた。楽しかったって。わたしと一緒に見た月は、いつもよりも大きくてきれいに見えたって。

 わたしはすごく泣いた。アランを思って、それから自分が恥ずかしくてわんわん泣いたのだ。周囲にどう思われようが関係ないのに、そのことに気づけなくて、一番大事な友達に、こんな手紙を書かせてしまったことが情けなくて、しかたがなかったからだ。それにもう、「ごめんね」すらいえない。

 ハイスクールに入って、みんなにからかわれているWJに声をかけたのは、そのことがあったからだ。自分でも偽善だと、最初は思っていたけれど、でも、いまは声をかけて良かったと思ってる。

 わたしは人をちゃんと見よう。誰がどう思っても、それは関係ない。だって、そうでしょ? 無責任な周囲を気にしたところで、その周囲はわたしが困っている時、助けてくれるわけじゃない。助けてくれるのは、絶対にWJやキャシーのほうだと信じてる。

 友達の数は少ないけれど、わたしはそれで満足。じっくりつきあいながら、彼らの幸せを願いたい。もちろん、自分も幸せになりたいけれど、まあそれは自分の問題ってことで。

 いまも、大きな満月を見ると、アランを思い出す。そのたびに、わたしはわたし、と心の中でオリジナルな呪文を唱えるのだ。自分を信じて、生きていくためにね。

 

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