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38:スーパーヒーローの娘

 マダム・エヴァの魔法によって、クラーク・パークの様子は外に見えない状態だ。けれど、パティによればあまりに強力な魔法のため、あと十分しかもたないらしい。
 うかうかしてはいられない。こうしている間もジェイはブライアンと戦っていて、五分五分の攻防が続いている。マダム・エヴァの魔法が消えてしまう前に、一刻も早く決着をつけて、きれいさっぱりここから立ち去らなくちゃいけない。そうしないと、突如あらわれたスーパーヒーローが誰の目にもあきらかになってしまうから!
 ジェイもデイビッドおじさんも、それを望んでいない。
 それはきっと、ジェイの出生の秘密にかかわることだから――なんて考えている間に、この場から飛び退ったはずのコルバスがふたたび姿を見せる。
 攻撃のすきを探るかのように、戦っているジェイの頭上を飛びまわっていてものすごく邪魔くさい!
「うう……大きなハエみたい」
 わたしが思わずつぶやくと、TDが苦い顔をした。
「うげえ……人間がハエになるB級ホラー思い出しちまった」
 外を見ながら、パティが言う。
「あいつは手下だから、主を始末すれば一緒に消えると思うわ」
「なるほどな。だが、現状かなり邪魔だぞ」
 ヘンリーが言った直後、カルロスさんから着信があった。ヘンリーが出ると、カルロスさんが言う。
『大本は手を出せないけど、あのムカつく手下はどうにかできそうだ』
「どうするんですか」とヘンリー。
『こっちに惹きつけて、せめて時間を稼ぐくらいのことをする。ぼくたちが囮になっている間にもしもなにかあったら、すぐに逃げること。いいね!?』
 ぶちりと通話が終わった直後、カルロスさんのバンのエンジンがかかる。と、助手席の窓からデイビッドおじさんが身をのりだす。バンが走りはじめたのと同時に、おじさんはピストルをかまえ、コルバスに向かって発砲した。
 なんと、コルバスの額に命中する! でも、骸骨なのでヒビが入っただけだ。とはいえ、すごいことにかわりはない。
「くっそすげえ! さすが、パワーが消えても元スーパーヒーローだな!」
 TDが興奮する。まあ、本当のヒーローはわたしのパパなんだけれど。
 ああ、ここにパパがいてくれたらよかったのに!
 コルバスの意識がデイビッドおじさんに向かった刹那、黒塗りのバンが走り出した。おじさんはまた発砲し、コルバスが追っていく。そうして大人チームを乗せたバンは、コルバスを連れて走り去った――直後。
「――あっ!」
 ジェイがブライアンの攻撃を避けきれず、地面に倒れた。そのすきを逃さないとでも言うかのように、ブライアンの攻撃は続く。ジェイが起き上がろうとするたび、立ち上がろうとするたびに邪魔をされ、ノックアウト寸前のボクサーみたいになっていく。
 ああ、どうしよう、見ていられない! ぎゅっと拳を握ったとき、パティがヘンリーに手を差し出した。
「それ、ちょうだい」
 ヘンリーは、スタンガンをまとめた精一杯の武器をパティに渡した。
「これを、あいつのど真ん中に投げればいいのね?」
「倒せるわけじゃないが、失神ぐらいはさせられるはずだ。まあ、ほんの一瞬だろうがな」
 パティはうなずき、ボールのように片手にのせた。そうして、ドアに手をかける。
「パティ、気をつけて」
 わたしが言うと、彼女は笑顔でうなずき、外に出た。そのとたん、ブライアンはなにかを察したかのようにこちらを見る。すぐさまパティの気配に気づいたらしく、翼の大蛇をこちらに向けてきた!
 大蛇の頭がぐんと近づく。パティの鼻先で止まると、刃を見せて笑った。
『やっとあらわれたな。やっと見つけたぞ、私の花嫁!』
「あなたなんて……怖くないわ!」
 スタンガンのボールが、パティの手のひらで浮く。小さな魔法陣に包まれるやいなや、いっせいにバチンとスイッチが入り、スタンガンをまとめている針金が青白く輝いた。
 パティがボールを放つ。光みたいな速さでブライアンの胸に命中し、甲高い咆哮がとどろく。雷に打たれたかのように、ブライアンの全身に光が走った。
 大蛇の頭は瞬時に縮まり、ブライアンの背中に吸い込まれる。
 パティは追い打ちをかけるように、呪文を唱え続けた。体内にめり込まれたスタンガンは電力を放ち続ける。やがて、ブライアンはもがき苦しみながら胸をかきつつ、ドサリと湖畔に倒れた。
「――ジェイ!」
 わたしとヘンリー、TDはバンを飛び出した。すると、肩で息をしながら片膝をつくジェイは、こっちに来るなとでも言うかのようにグローブの手のひらを向け、わたしたちの動きを制する。そうして息をつく間もなく、メタリックなマスクの右耳を指でたたく。ヘンリーの携帯につながった。
『パティもいて事情がよくわからないけど、おかげで助かった。長々とお礼を伝えたいけど時間がない』
「これからどうするんだ」
 ヘンリーが訊く。
『これからこの湖に、ワームホールをつくる』
「ワームホール?」
 わたしが戸惑うと、TDが答えてくれた。
「空間領域のトンネルみたいなもんだ。なんつーか、時空間を行き来できるみたいなもんっつーか……ってか、おまえのそのコスチューム、そんなこともできんのか?」
『できるよ。詳しく説明していられないのが残念だけれどね』
 ジェイが湖畔に立つ。ブライアンの意識はまだ戻らない。
『そのトンネルにこいつを落として、出口を塞ぐ。こいつはてきとうな時空間に漂い続けるはめになって、二度とこの世界には戻れない。そういうわけだから――』
 息をつき、こちらにマスクの顔を向けた。
『――いますぐここから逃げてくれ』
「に、逃げるって、どうして?」
 わたしはぎゅっと両手をにぎった。
『もしも巻き添えになって吸い込まれたら、ぼくにも助けられないからだよ、ジーン』
 みんながはっとして、息をのむ。けれど、TDだけはけげんそうに眉を寄せた。
「そんじゃ、おまえはどうすんだよ」
 ジェイが押し黙る。そうだよ、TDの言うとおりだ。
「ジェイ、あなたが巻き添えになったら、どうするの?」
『大丈夫。ぼくはそうならない』
「断言できるのか?」
 ヘンリーの問いに、ジェイは沈黙した。答えを濁すということは、巻き添えになるかもしれないと心のどこかでわかっているからだ。
 そんなの、絶対にダメ!……って、だったら、そうだ!
「TD、ロープはない?」
「へ? もち、あるぜ」
「それで、ジェイが巻き添えにならないようにできないかな?」
 パティが表情を明るくさせた。
「できるわよ、ジーン! わたしがロープに魔法をかけてのばすから、それを木の幹にくくるわ!」
 TDがそのアイディアを引き取った。
「いや、幹じゃなくてこのバンとつなげたほうがいい。そんで、もしもジェイが巻き添えをくらいそうになったら、エンジンを全開にさせて反対方向に走って引っ張ろう」
 みんなが賛同する。ただし、ニューカマーのスーパーヒーローを除いて。
『待ってくれ。一度引っ張られたら、そんなエンジンなんかじゃ太刀打ちできない。ぼくは反対だ』
 ヘンリーが返答した。
「太刀打ちできないとわかったら即座にロープを解いて、きみを見捨てて逃亡すると約束する。これでどうだ?」
 諦めたかのように、ジェイは息をつく。
『……しかたがない。きみならぼくを見捨ててくれると思うから、その言葉を信じるよ』
「安心しろ。いざとなったら責任もって見捨ててやる」
『……わかった。いいよ』
「よっしゃ、決まりだ!」
 マダム・エヴァの魔法も、あと数分で消えてしまう。パティはジェイにその事情を説明し、湖の岩場に立つ祖母のもとに魔法で移動すると、一緒に戻ってきた。
「わたくしはこのパークの様子を消すだけで精一杯です。あと数分のうちに決着をつけてもらわなくては」
 杖をかかげるマダム・エヴァの横で、パティはロープに魔法をかけた。丸められた八メートルの綿ロープは、命を宿したかのようにみるみる太く長く、巨大になっていく。
 バンのフロントには頑強なグリルガードがついているので、パティはロープの一端をそこにくくった。そしてもう片端は、湖畔にいるジェイに向かって自在にのび、ほの青い光を放ちながらスチュームの胴体に巻き付いた。
「おれはエンジンかけてる。ドアを開けておくから、ヤバそうになったらすぐに乗ってくれ」
 TDの言葉にうなずく。その直後、ジェイがこちらに背中を向けた。
 まるで、地面からわきあがるマグマのように、湖を向いたジェイのコスチュームに、無数の光の筋が走り出す。
 なにが起こるのかわからなくて、怖くてたまらない。思わずパティの腕をつかむと、彼女はその手を握ってくれた。
「きっと大丈夫よ、ジーン」
「うん」
 そう信じたい。いや、信じなくちゃ――と、強く言い聞かせたのと同時に、湖畔が波打ちはじめる。それとともに、ジェイは太陽みたいな光を全身から放射した。
 パークが真昼のように明るくなると、激しい耳鳴りがおそってきた。やがて、風が消えて音がなくなり、水面も凪ぎる。時間が止まったような感覚におちいりそうになった矢先、まばゆい光に包まれたジェイが、水面を指で弾いた。
 すっとひと筋の引き波ができ、中央で噴水のように盛り上がる。高く大きく噴出して、パークを巻き込むような突風とともに渦を巻く――そして。
 ほんの一瞬で音もなく湖に吸い込まれ、どこまでも深い漆黒の穴が姿を見せた。
 ジェイから光が消える。すごい強風だ。パーク中の木々が、穴に向かってうねっている。
「あと三分くらいね」
 マダム・エヴァがささやく。TDがバンのエンジンをかけた。
「もう乗ったほうがいい!」
 エンジンをかけたTDが叫ぶ。わたしたちはそれでも外にいて、ドアを開け放った車体にしがみつき続けた。
 ジェイがブライアンに両手を突き出すと、その醜い身体が宙に浮いた。そうして、どこまでも深い時空の穴に突き落とそうとしたときだった。
 ブライアンが目を覚まし、縮んでいた翼の大蛇がジェイを襲う。ジェイのパワーとブライアンの魔力がせめぎあい、ずるずるとジェイの身体も湖に吸い込まれはじめてしまった。
 マダム・エヴァの足元もぐらつきはじめていて、体力の限界が近い。ブライアンはまだ湖の上にいて、穴までは距離があった。
 パティはロープに魔法をかけていて、ジェイの加勢をすることはできない。だからって、なにかの武器で対抗しようにも、時空の穴に吸い込まれてしまったらどうすることもできなくなってしまう。
 空中のブライアンを、ジェイは必死に穴に近づけようとした。ブライアンはそのたびに、まるでジェイを道連れにするとでも言うかのように、魔力のパワーをからめつかせて彼の身体を引きずっていく。とうとうジェイは湖に足を踏み入れ、膝まで沈んでしまう。すると、ジェイは水面を荒ぶらせながら、最後の力を振り絞るかのように、空中のブライアンを渾身のパワーで投げ放った。
 渦を巻く時空の穴に、ブライアンが落ちた――かと思われたものの、背中からのびる四頭の大蛇が樹木に巻き付き、一頭がジェイの足に噛み付いて引きずり落とした。
「――あっ!」
「クソッ、みんな乗れ! エンジン全開だ!」
 TDがアクセルを踏む。バックするバンのタイヤは、けれど空回りを続けるだけで、ジェイを引き上げてはくれない。
「あと二分」
 誰か助けて。ジェイを助けて。このままだと、ジェイが時空の穴に落ちて、ブライアンだけが助かってしまう! 誰か、神さま――!
 
 ――パパ、助けて!

 そう願った瞬間、じわりと足の裏に熱が帯び、はっとした。
 そうだった。助けられるかもしれない人物が、たった一人だけここにいたんだった。
 私はパワーをコントロールできない。ついさっきだって、ジェイに助けてもらったほどだ。そのおかげで、薬を忘れてもこうして安定していられたんだ。
 無謀だってことは、誰よりもわかってる。でも、いま彼を助けられるのは、わたししかいない。
 自分のパワーを正しく使えない。どう使ったらいいのかもわからない。でも、ここで使わなくちゃ一生後悔することだけはたしかだ。
 たとえ、ジェイと一緒に時空の穴に落ちることになるとしても――!
 わたしは急いで、男装のカツラとメガネをはずした。
「さっきみたいな電流をぶつけたら、ブライアンはびっくりしてジェイを放すかもしれないよね?」
 ああ、とヘンリーがうなずく。ハンドルを握るTDが続けた。
「けど、スタンガンは全部使っちまった。ああ、クソッ、車体がうんともすんとも動かねえ!」
 あと一分、とマダム・エヴァ。
 ロープに魔法をかけ続けているパティも、額から汗を流している。そして、ヘンリーはロープを解く合図を告げるべく、パティのそばで待ち構えていた。
「教えて、TD! もしも雷みたいなものを、あいつにあてたら!?」
「めちゃ最高だ。けど、それができれば苦労しねえよ!」
 キュルルルルとタイヤは依然、空回っていた。
 やれるかはわからない。でも、やるしかない、ううん、大丈夫。きっとできる。
 
 だって、わたしは正真正銘――スーパーヒーローの娘だもの!

「どうした、ジーン?」
 ヘンリーがけげんそうな顔をする。わたしはシャツの袖をまくりながら告げた。
「――雷を、落としてみる」

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