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37:ひとりぼっちじゃない

 夜のクラークパークは、ライトアップされてロマンチックだ。でも、奥まった西側のエリアや、湖のある北東側となると話は別。この街の治安がよくなったとはいっても、そのあたりのエリアは明るい昼間でも薄暗く、いつも人影がなかった。
『――やっぱり、ここからはぼくたちにまかせて、きみたちは帰ったほうがいい』
 カルロスさんの声が、わたしの携帯にとどく。前を走る黒塗りのバンは、猛スピードでクラークパークの外側をまわりこみ、北東側に向かって狭い路地を抜けていく。ハンドルを握るTDは、そのバンを一心に追いかけていた。
「えっ? でも――」
「貸してくれ、ジーン」
 貸そうとする前に、ヘンリーはわたしの携帯を取り上げた。
「味方の人数は多いほうがなにかといいのでは?」
『ヘンリー? まあ、そうだね。でも、きみたちをこれ以上危険な目にあわせるのもどうかと思うんだよ。そもそもきみたちだって、変装までして内緒でついてきちゃったんだし』
 そのとおり。ぐうの音も出ない。そんなカロルスさんの言葉のあとで、スーザンさんの高らかな笑い声が聞こえた。
『いやだ、なにそれ。ずいぶんひよった中年になっちゃったもんだわね。あなた、デイビッドたちがティーンだったころを忘れちゃったわけ? 相手は山ほどのギャングと元スーパーヒーローだったのよ? 悪魔の一匹や二匹くらい、いまさらなんだって言うわけ?』
 そうだけどとカルロスさんは苦笑し、言葉を渋る。スーザンさんが続けた。
『友達を見捨てたくないって気持ち、甘酸っぱくて味方したくなっちゃう。こんなこと、昔だったら面倒くさくてたまらなかったのに。もしかして、これが年をとるってことなのかしら……って、いやだうそでしょ、どうしよう! あたし、キッズに優しいおばさんになっちゃってる!』
『落ち着け、スーザン。年をとるじゃなくて、重ねるって表現に変えるんだ!』
 デイビッドおじさんが慌てて諭す。
『表現変えたってあたしの年齢は変わんないのよ! お人好しなおばさんだなんて、セクシーさ皆無じゃない!? そんなのいやあああああああ!』 
 スーザンさんが叫び、そんな彼女をカルロスさんとデイビッドおじさんが必死になだめていた。
「……なんか、大人チームが情緒不安定になってんな」
 TDがつぶやく。
「ああ。むしろおれたちのほうが落ち着いてるかもしれない」
 ヘンリーの言葉に思わずうなずく。と、デイビッドおじさんの声がした。
『と、とにかくだ。ついてきてもいいから、絶対にこっちのバンのそばを離れないこと。それから、いざとなったら逃げる選択もすること。きみらが入院なんてするはめになったら、おれはきみらのパパやママから一生のけものにされて、呪われる! ただでさえ独身でさびしいのに、そんなことになったら耐えられない。ほんと、マジでさ!』
 まるで十代の男の子みたいな大人げない訴えを耳にして、おじさんもこの事態に相当パニクってるってことが伝わってきた。
 ヘンリーから携帯を奪い戻す。
「う、うん! わかったよ、おじさん。だから落ち着いて!」
「……どっちが大人かわからなくなってきたな」
 ヘンリーのつっこみに、TDも同意する。
「やっぱおれたちもいたほうが絶対いいよな?」
 同感です。
「いざとなったら逃げるって約束するから、ジェイを見守らせて!」
 見守ることしかできないのが歯がゆいけれど、なにもしないでいるよりはマシだ。自分にそういい聞かせながら通話を終えたときだった。
「――あっ」
 空に閃光が走り、北東側の湖があるあたりに落ちた。
「近いな。スピードあげるぞ、つかまれ!」
 前を走るバンのスピードがあがる。それを追い越すいきおいで、TDはアクセルを踏んだ。
「ジーン、ラジオの音量あげてくれ」
 ヘンリーが言う。音量をあげたとたん、音楽が途切れて速報に変わった。
『番組の途中ですが、速報です! ブラックスパークを発見しました! ブラックスパークは、クラークパークに向かった模様です。そのうしろを……空を飛ぶ怪物のようなものが追っています! われわれも追いかけます!』
 マズい。
「ったく、どんだけ暇なんだよ、うるせえなあ! うかうかしてたらテレビの生中継がはじまっちまいそうだ」 
 猫背になって運転するTDは、もはやメイクがどろどろに落ちまくって女装をしているただの男の子に戻りつつある。
「お、おじさんになんとかできないか訊いてみる!」
 急いで携帯で呼び出し、パークの出入り口を封鎖できないか訊いてみた。
『もう手配してあるから大丈夫だよ――』
 おじさんがそう答えた、直後。
 カルロスさんのバンが、タイヤを鳴らしながら弧を描いて急停止した。同じく、TDも急ブレーキを踏む。
 薄暗い街灯の散策路を抜けた先に、森に囲まれた湖畔が広がる。そこに、骨ばった翼の怪物と化したブライアン・ライトと、そして、その悪魔と対峙するジェイが――ブラックスパークがいた。
 ブライアンの翼が九頭の大蛇に変わり、ジェイに攻撃をしかける。けれど、ジェイはまるで遊んでいるかのように、軽やかに攻撃を避けていく――刹那、地面を蹴って空中に消えたジェイは、どこからともなく雷のような閃光の矢を、ブライアンに放った。
 二頭が砕け散って、砂埃と化す。けれど、それを合図にしたかのように、ブライアンの体はなぜかさらに大きくなった。
 攻撃と攻撃が繰り返されて、湖畔の樹木が嵐のように揺れる。暗がりに何度も閃光が走って、漆黒のインクをぶちまけたみたいな湖を波立たせる。
「……なんか……悪魔野郎、わりと強えな」
 TDがつぶやく。ヘンリーが言った。
「数百年もこの世界にのさばっていただけのことはあるんだろう」
「……つっても、こうやって見てるだけってのもなんだかな。けど、下手に出ていったら邪魔になるし……くっそイライラするぜ。なんかできねえもんかな」
「ああ。実はおれもさっきから考えてる。が、考えようとすると洗脳が発動しそうで、ずっとどうでもいいことで気を散らしてる。こんな状況ですまないが、いまのおれは正真正銘のポンコツだ」
「どうでもいいことってなんだよ」
「……洗濯洗剤はどこのメーカーが一番なのか考えてる」
「なるほどな。そいつはくっそどうでもいい」
 メンズ二人のくだらない会話中も、ジェイは必死に攻撃し、攻撃を避けていた。ジェイがうしろにしりぞくたびに心臓がぎゅっとなって、息が苦しくなる。
「は、早くどうにかしたいけど、手も足も出なくて悔しい! せめてちょっとの間だけでも、ブライアンの動きを止められたらいいのに!」
 わたしのなにげない言葉に、TDとヘンリーははっとして顔を見合わせる。
「な、なに?」
 TDがとっさに言った。
「全員スタンガン出せ」
「えっ?……と、これ?」
 わたしは電源の切れた自分のものと、ヘンリーから借りたものを出して見せる。
「一個ダメんなったか。ちょい待ち、まだ予備があったはずだ」
 TDは運転席を離れてうしろに行き、あちこちの箱を開けて三個を見つけた。五個になった小型のスタンガンを、細い針金でぐるぐるにまとめていく。
「なにそれ、どうするの?」
 TDがにやっとした。
「全部の電源をオンにてライアンにぶつけたら、一瞬くらい動きを封じられるかもだ」
 あ、そっか! めちゃくちゃ賢い!……けど?
「誰がぶつけるの?」
「それなんだよな。いまのジェイに声はかけらんねえし――」
 ――ズンッ。
「わっ!」
 いきなり車体に圧がかかって、バランスを崩す。シートの背もたれにしがみついた直後、うしろにいたヘンリーがささやく。
「……マズい」
 運転席に戻ったTDも、まっすぐに前を向いて固まっている。おそるおそる視線を移すと、ブライアンの手下のコルバスが、骸骨姿でボンネットの上にしゃがみ、こちらを覗き込んでいた。
 行方知れずになっていたから、こいつの存在すっかり忘れちゃってた!
 こころなしか、コルバスがにやっとした気がする。いやな気がしたそのとき、どこからともなくヘリコプターの音が近づいてきた。
「来たな、暇人どもめ」
 ヘンリーが舌打ちする。パークの出入り口を封鎖したところで、空は自由だ。どうにもできない――と、コルバスがバンの窓に息を吹きかける。そのたびに、ペシッ、ペシッとヒビが入っていく。
「邪魔くせえ、落っことしてやる!」
 TDがエンジンをまわそうとした矢先だった。まばゆい光がパーク中を包み込み、コルバスが振り返る。その骨ばった身体に光が入り込み、甲高く咆哮したコルバスが飛び退った。
 湖の岩場の上に、杖をかかげるマダム・エヴァがいる。パークにドーム状の透明な天井があらわれたとたん、なぜかヘリコプターの音が聞こえなくなった。
「おばあさまの魔法で、パークの様子を隠してる。でも、十分しかもたないわ」
 突如、バンの後方で聞き覚えのある声がした。飛び上がるほどびっくりして振り返ると、Tシャツとジーンズ姿でうつむくパティが、いつの間にかシートに腰掛けていた。
「パティ!? うそ、どうしたの?」
「パトリシア?」
「おれのプリンセス! どうしたんだよ、隠れてたんじゃねえのか!?」
 一部の呼び方がおかしいけれど、突っ込んでる場合じゃない。
「隠れていたけれど、おばあさまの蝋人形がずっと様子を見せてくれていたの。わたしだけ臆病者みたいで、ただ見ているだけの自分が情けなくて悔しくて」
 ぎゅっと、足の上で拳をにぎる。
「……もう逃げない。ホテルに戻ったおばあさまを説得するのに、こんなに時間がかかってしまった。待たせてしまってごめんなさい。わたしも、おばあさまと一緒に戦うわ。せめて、ジェイの力になれるかもしれないもの」
 そう言うと、長い黒髪をゴムで縛りはじめる。顔をあげ、きりりとした眼差しでわたしたちを見つめ、微笑んだ。
 危険を承知で、それでもパティは来てくれた。心強いし嬉しいけれど、わたしはそれでも彼女を引き止めたかった。きっとそれは、TDも同じだ。けれど、そんなわたしたちの気持ちを察したのか、パティが言う。
「大丈夫、心配しないで。わたし、もうひとりぼっちじゃないもの。いざとなったら助けてくれる友だちがいる。そうでしょ?」
 降参したとでも言うかのように、TDは笑ってうなずいた。
「ああ。天才の王子さまが、いつでもプリンセスを守ってやる」
「あれ? 騎士じゃなかった?」
 わたしの突っ込みに、パティがクスクスと笑う。
「みんなと一緒に、わたしも戦う。だってこれは、そもそもわたしの戦いだもの」
 そう言うと、笑みを消した。
「念のために訊くけれど、なにか作戦があったりする? わたしにできることはある?」
 ヘンリーはスタンガンの針金ボールをつかみ、即答した。
「もちろんだ。早速だが、こいつをブライアンのど真ん中にあてて失神させてくれ」

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