42:ハッピーエンドじゃなくても
翌朝の新聞の一面記事とニュース番組の特集は、もちろん『行方不明となった誘拐魔の実業家、ブライアン・ライト』と『謎のスーパーヒーロー』だった。
ブラックスパークと命名されたヒーローの姿は、針の穴ほどの大きさの写真に残るだけで、正体は不明のまま。リビングに集まっていたわたしたちは、一連の事件に自分たちが関与しまくったことが流れていないことを確認し、心底ホッとしたのだった。
「……というわけで、ハッピーエンドではないにしろ、ひとまず終わったわけだ」
ヘンリーがソファから立ち上がり、わたしを見る。
「帰るぞ、ジーン。おそらくきみのパパやママから、家に電話がきてる。きみのママはなんでも信じるから、俺の母さんのゆるゆるな嘘も鵜呑みにしてくれるだろうが、ミスター・ジャズウィットはそうはいかないだろ」
納得です。
「……そうだね。次にきたパパからの電話には出なくちゃ、キャシーママが嘘をつくストレスで寝込んじゃう」
「そんじゃ、おれも帰るぜ」
TDが大きなあくびをする。パティも伸びをした。
「わたしも。好きにしなさいっておばあさまは言ってくれたけれど、さすがそろそろここにあらわれそう。その前に戻らなくちゃ」
「おれたちも、いったんアップタウンの自宅で落ち着こう、ジェイ」
デイビッドおじさんが、ソファに座っているジェイに言う。うん、とジェイはうなずいた。
スーザンさんもホテルに移るらしく、全員がいったんそこを離れることになった。
スーツケースを引くスーザンさんを見送ったあと、TDがバンのキーを指に引っ掛けて、パティとわたし、ヘンリーを順に見た。
「送ってやっか?」
ほんと? とわたしが聞き返す前に、パティが言う。
「ううん、あなたすごく眠そうだから、みんなはわたしが魔法で送る。あなたはまっすぐ帰って、すぐに眠ったほうがいいと思う」
パティの思いやり深い発言に、TDは瞳をうるうるさせた。
「……マジかよ。なんでおれが眠そうだってわかった? もしかして、それも魔法か? 教えてくれ、おれのプリンセ――」
「――じゃなくても、誰の目にもあきらかなだけだ。魔法じゃない。事故られると困るから、寄り道せずにまっすぐ帰って眠ってくれ」
ヘンリーのざっくりとした返答をもろともせず、TDは夢見心地の鼻歌交じりで去っていった。
「ちょっと待ってね、荷物取ってくる」
お泊りセットを詰めた荷物を抱えて戻ると、パティがヘンリーに言った。
「住所を教えて」
ヘンリーが伝える。うなずいたパティは、両袖をまくり上げた――と、そのとき、こちらを見守っているジェイに向かって、ふいにヘンリーが言った。
「ものすごくいまさらだが、目覚めてよかった」
突然のねぎらいに、ジェイは目を丸くする。
「うん。ありがとう」
すると、ヘンリーが半眼になった。
「目覚めたついでにジーンといちゃついたな。知ってるぞ」
「ええっ!?」
わたしが声を上げると、ヘンリーはものすごく涼しい視線を向けてきた。
「おれが気づかないとでも思ったのか? 彼の身の上に同情して、きみらがこそこそしているのを知らんふりしてやっただけだ」
そう言うと、ジェイを指す。
「どうだ。きみにこんな大人な対応ができるか? おそらくできないだろう。おれのほうがきみよりも上――」
「――いきなりでごめんなさい! ケンカになりそうだから、阻止させて!」
足元で魔法陣が光り、まばたきをする間もなく場面が変わった。ヘンリーと並んで、ボスンッとどこぞのソファに落ちる。いや、ここはヘンリーの家のリビングだ!
「……すっごい。魔法って便利だね」
「そうだな。よろしくないことにいくらでも使えそうだ」
たしかに。それにしても、誰の気配もしない。ヘンリーのパパは例の事件で仕事中だとしても、キャシーママはどこだろう。外出中?
キャシーママがどこにいるのか気になって、ソファから立ち上がろうとした矢先。
「……全然知らなかったぞ」
腕を組んだヘンリーが、わたしを見る。
「え、なにが?」
「きみのパパが、本当のスーパーヒーローだったってことだ」
わたしははっとする。ああ、そのことか。
「デイビッドおじさんとパパの秘密だもの」
ヘンリーが眉をひそめた。
「おれの両親も知ってることか?」
たぶん、とわたしはうなずく。息をついたヘンリーは、前髪をかき上げた。
「それで、きみは平気なのか」
「え? 平気って、なにが?」
「きみにもパワーがあることだ。正直、昨夜は驚いた。まあ、びっくりの連続だったから、きみが元スーパーヒーローの娘だと知らされても、飛び上がるレベルの衝撃ってわけじゃないが……」
それでも驚いたと、ヘンリーは繰り返す。それはそうだろう。
普段は薬でおさえていることを伝えると、ヘンリーは目を見張った。
「……なるほど。ほかに隠してることは?」
「え?」
まるで尋問を受けてる気分になってきた。
「い、いや……。もうないかな?」
「本当か? おれに隠しごとしたって、すぐにバレるぞ」
ヘンリーが顔を近づける。わたしはうしろにのけぞった。
「ほ、本当にもうないってば」
立ち上がって逃亡しようとした寸前、手首をつかまれた。え、なんだろこれ、この態勢!?
「おれは星の王子さまじゃないし、きみのようなパワーもない。ただの人間だ。だが、この惑星で生き抜く能力に誰よりも長けてると自負してる。ジェイのことはムカつくが嫌いじゃない。とはいえ、おれたちの間にきみがいるなら、地球人代表として彼と戦うしかなさそうだ。別の意味で」
「べ、別の意味!?」
「パワーや腕力以外の方法でってことだ」
ヘンリーの顔が近づく!
「だ、だだ、だから! わたしはあなたとつきあうつもりはないんだってば!」
「知るか」
ええええ!? のけぞりすぎて、ソファのシートに後頭部があたりそうになった瞬間、
「――いやだ、あなたたち! もうそんな感じだったの!?」
お買い物袋を落としたキャシーママが、嬉々とした表情で立っていた。
「っていうか、おかえりなさい。無事みたいでよかったわ! さ、ママはどこかに逃亡するから続けてちょうだい!」
いやです!
★ ★ ★
食材の買い出しから戻ったキャシーママは、わたしとヘンリーの二人きりにさせるべく、またもや外出する様子を見せた。それをなんとか阻止したわたしは、ヘンリーとの間柄について正しい情報を伝えたものの、キャシーママはとにかく〝ロボットみたいじゃないヘンリー〟の成長が嬉しいらしく、もはやわたしがそばにいるだけでいいんだと熱弁をふるった。
「とにかく、ケガなんてしていなくてホッとしたわ。アーサーからは少しだけ聞いているけれど、若いころの自分たちを思い出してハラハラしどおしだったもの。でも、これでわたしもニコルとWJに嘘をつかなくてよくなるわね。三回くらい電話がきていて、そのたびになんとかきりぬけてきたのよ?」
オレンジジュースの入ったコップをわたしに差し出しながら、キャシーママが笑った。
「ご、ごめんなさい……」
「ちなみに、どういう嘘をついてた?」
ヘンリーが訊く。一人がけソファに座ったキャシーママは、紅茶を飲んだ。
「一緒にカラオケに行って、ジーンがのどを枯らしたことにしたの。それから、シャワー中で出られないっていうのと、風邪気味で眠ってるってことにしてみたわ。ニコルは信じてくれたけれど、WJは疑ってそうな感じだったの。だから、あなたが戻らなくてあと一回でも電話がきたら、あなたのパパにわたしの嘘が筒抜けになっちゃっていたかもしれないわね……」
そう言って遠い目をした直後、電話が鳴った。
「きっとあなたのママとパパだわ、ジーン。噂をすればね!」
キャシーママが席を立つ。電話に出ると、
「ジーンじゃなくてあなただわ、ヘンリー。新聞部のお友達。あなたの携帯に連絡してもつながらなくて困ってるそうよ?」
ヘンリーが苦い顔をした。
「ああ……TD開発の特別モバイルばかり持ち歩いていて、そっちの電源が切れっぱなしだった……」
面倒そうに息をつき、受話器を耳にあてた。しばらく通話をして受話器を置くと、げっそり顔でキャシーママに言う。
「……学校に行くはめになった」
「そうなの? もうすぐランチタイムだけど、なにか持ってく?」
「いや、てきとうに食べる」
「どうしたの、ヘンリー。部活動?」
ヘンリー曰く、絶賛賑わせ中の事件について、名門校の新聞部として無視するわけにはいかないと、副部長が豪語しているらしい。ヘンリー本人もかなり関与しちゃっているので、絶対に真相が探られないよう工作する必要性に迫られてしまったそうだ。
「ジーン、きみも来るか」
遠慮します……。
丁重にお断りすると、ヘンリーは「そうだよな」と言い残し、出かける用意をすべく自室に引っ込んだ。そんなヘンリーを、キャシーママはにやにやしながら見ていた。
「ほんの数日のことなのに、なんだかずいぶん成長したみたい」
そう言ってわたしを見、にっこりした。
「いい友達ができたのね。それと、一緒に冒険してくれるガールフレンドも」
キャシーママが言ったとき、ふたたび電話が鳴る。また新聞部の副部長かと思っていると、キャシーママがわたしを呼んだ。
「――ジーン、あなたのママとパパよ!」