41:Brand New Day
リビングに集まったわたしたちは、夜更けになっても寝つけなくて、深夜の通販番組を眺めながらダラダラと起きていた。やがて、ヘンリーとTDはデイビッドおじさんに着替えを借り、交互にシャワーを浴びた。執事っぽかったヘンリーも、ぼろぼろの美女姿だったTDも無事にもとの姿に戻り、ソファに座る。と、ほどなくして口数を少なくさせ、眠りはじめた。
「……やれやれ。こうして起きてたって、星の王子さまは目覚めないのよね」
スーザンさんが言う。
「お肌の敵だわ、そろそろ眠らなきゃ」
その言葉を合図に、おじさんたちもそれぞれの部屋に戻る……って、いや待って。カルロスさんがどさくさに紛れて、スーザンさんのうしろにくっついて行ってる! わたしがぎょっとしていると、背後に気づいたスーザンさんが、
「ちょっ、あなたとは寝ないわよ!」
カルロスさんのほっぺをベチンと叩き、部屋に入るとドアを閉めた。バツが悪そうに苦笑したカルロスさんは、わたしに向かって謎なウインクをかまし、そそくさと別のゲストルームに入ったのだった。
ソファを見ると、パティがTDの肩に頭をあずけて寝息をたてている。なんてキュートな場面だろ。わたしは自分にあてがわれているゲストルームに行き、クローゼットにあるブランケットを抱えて戻り、パティとTD、腕を組んで背もたれに頭を寄せているヘンリーにかけてあげた。
眠ってるヘンリーは天使みたいだ。起きて口を開くと堕天使になるけれど。
そんなバカみたいなことを考えつつ、リモコンでテレビを消し、ライトも暗くする。静かで、つい数時間前までの喧騒が嘘みたいだ。
まだシャワーを浴びる気になれず、ショートヘアのカツラを取っただけで、ケータリング会社の制服のまま医務室に行く。ジェイはまだ、まつげを伏せて眠っていた。
スツールに腰をおろし、そんな彼をひたすら見つめる。
どこからどう見ても普通の男の子なのに、この惑星の住人じゃなかったなんて信じられない。でも、宇宙はめちゃくちゃ広いから、この星みたいな星がほかにあったっておかしくないし、人間にそっくりの宇宙人がいたってヘンじゃない。
マダム・エヴァって、やっぱりすごいな。魔女の目にはジェイのことが、いったいどんなふうに見えていたんだろ。
だって、彼のこと――あの子は人じゃないって、出会ってすぐに言ったんだもの。
けれど、いまならわかる。それってつまり、この星の住人じゃないって意味だったんだ。
彼の身にいったいどんなことが起きて、ここまで逃げてくるはめになっちゃったんだろ。わたしには想像もできない。
布団から出ているジェイの左手に、そっと触れる。ちゃんと体温が感じられて、ほっとした。
「……あなたがどこの誰でもいいよ。無事だっただけでいい」
そう声にしたとたん、睡魔がおそってきた。ジェイが横たわっている布団に頬をくっつけた私は、ほどなく眠りに落ちたのだった。
誰かが、わたしの髪をなでてる気がする。
ママ? それとも、パパかな。
うっすらとまぶたを開けたとき、医務室にいたことを思い出す。はっとして顔を上げると、目覚めたらしいジェイが上半身を起き上がらせて、わたしの頭に手を置いていた。ああ、よかった!
「お、起きたんだね」
「うん。ぼくの手になにかの毛の感触があってこそばゆくて、目覚めたらきみの髪だった」
シャワーを浴びていないぐちゃぐちゃの髪に焦り、わたしはとっさに自分の頭を両手でかばった。
「そ、そっか! わたしの頑固なくせ毛があなたを起こしちゃったんだ」
ジェイがクスッとする。そんな彼に、わたしは訊く。
「あの、もう平気?」
ジェイは自分の身体を確かめるかのように、両手を開いたり閉じたりした。
「……うん、たぶん。本調子じゃないけど、普通に動けるくらいは回復してるよ」
デイビッドおじさんに聞いたよって、言いたいのになぜか言えない。教えてもらいたいことがたくさんあるのに、彼の秘密を無理に暴くような気がしてなにも言えなかった。と、勝手に点滴をはずしたジェイは、Tシャツとパジャマのボトム姿でベッドを出る。
「えっ。ジェ、ジェイ?」
慌てるわたしにかまわず、ジェイは医務室のドア口に立った。
「お気に入りの場所があるから、そこで約束を果たすよ」
「え?」
ジェイはわたしを見つめ、笑った。
「もしも無事だったら、ぼくについてのことを話すって約束したから」
「……あ、そっか。でも、その……実はね、ちょっとだけデイビッドおじさんから聞いちゃったんだ」
「知ってる。なんとなく、うっすら意識はあったんだ。でも、これはきみとの約束だし、それに、ぼくもちゃんと自分の口から話したい」
そう言って、右手を差し出してくる。
「来て、ジーン。宇宙に近いところに、きみを連れて行ってあげる」
その手を取ると、ジェイがぎゅっと握った。みんなが眠るリビングをのぞき見てからエントランスに向かい、フロアに出る。わたしの手を握ったまま、ジェイは非常階段に続くスチールドアを開け、上に向かっていく。
そうして、高層階の屋上のドアを開ける。満点の夜空が広がった。
「わ……!」
天然のプラネタリウムを遮るものがない。手を伸ばせば、全部の星がつかめそうだ。
「ここは来たことなかったな! うちにも屋上があるけれど、やっぱり高層階は全然違うね。邪魔になるものがなにもないもの」
「うん。こっちに来て、ジーン。ぼくの特等席があるんだ」
言われるがままに歩いて行くと、アウトドアのテントが張られてあり、折りたたみ椅子とランプ、ブランケットまで用意されていた。
「眠れないとき、ここに来るんだ。座って」
ジェイと並んでテントの入り口に座る。たしかに、宇宙がすごく近い。
「ここで、きみのくれたカセットを聴いたりしてるよ」
「ほんと? それ最高」
ジェイが微笑む。ブランケットをわたしの肩にかけてくれながら、静かに言った。
「ぼくの生まれた世界には、あんな〝音楽〟なんてなかった」
「えっ、そうなの?」
「うん。ただの音ならあるけれど、歌詞があったり、たくさんの楽器を使う〝音楽〟はないよ」
「えええ……そんなのわたし耐えられないかも」
率直な感想に、ジェイは声をあげて笑った。ブランケットでぎゅっとわたしを包むと、横顔を向けて星空を見上げる。
そうして、ゆっくりと口を開き、話しはじめた。
ここよりもずっと遠くて、ここよりも次元の一段高い惑星に生まれた彼は、小さな国の王家の世継ぎとして育てられた。
次元や文明は高くても、文化背景は欧州の近世時代によく似ていた。
違うのは、国家を統治する国王に超能力のような才能が必須条件であることだ。
国王は国の守護を担うので、知性はあって当然。そのうえで、誰よりも強靭なパワーに優れていなくてはならない。そのパワーをコスチュームとして現実化し、ときに騎士をたばね、国を守護しなくてはならないからだ。そのため、ジェイも幼いころから訓練をされてきたのだと言った。
それを聞いて、わたしはとっさに思い出す。
「じゃあ、あのパルクールも訓練のおかげだった……?」
「パルクールって呼び名じゃないけれど、そうだね。あれもその賜物かな。とくに、貴族や王族は小さなころから厳しく訓練されるから、ぼくの背中にはまだ傷がいっぱい残ってる」
前にうっかり見てしまった彼の身体を思い出し、腑に落ちた。
しがない地球人としては残酷なように思えるけれど、それが彼らの世界では身を守る術でもあるし、国を守るためのものでもある。生き抜くために必要なことなのだった。
「ぼくの世界では、想像したものを現実化するパワーがなにより大切で、国王は誰よりもそのパワーに長けていなくてはいけないんだ」
ジェイのパパである国王さまが、そのパワーに衰えと陰りをのぞかせはじめたころ、時期君主の座をめぐる内乱が突如勃発する。二大勢力の貴族らが徒党を組んで争い、ジェイたちの一族――前王族に反旗を翻す勢力が勝者となった。
玉座を奪った者たちは、敗者の復讐をよしとせず、血眼になってジェイの一族を追い詰める。最後に残ったのはジェイと、彼のお姉さんだった。
けっして逃れられないところまで追い詰められたとき、ジェイのお姉さんは自分のパワーのすべてを使って時空の穴を開き、突き飛ばすようにジェイだけを通過させた。
その出口の先が、デイビッドおじさんの自宅のガラージだったのだった。
「姉は、時空の穴の出口を特定して開くパワーに長けていた。それができるのは本当に一握りの者たちで、ぼくにも無理なことだった。さっきの……ブライアン・ライトのあれがいい例だよ。開くことはできても、出口は特定できない」
けれど、お姉さんにはそれができたのだ。
「姉はこっそりいろんな惑星を訪れていて、ここにも来たことがあったんだ」
「そうなの?」
「うん。この星は特別だって。一番楽しかったって言ってた」
時期女王と目されていた彼女は、刺客の攻撃を交わしながら命の全部をパワーに込め、ジェイだけを時空の先に送ったのだった。
次元が低くて重力が重くて、特別で一番楽しかった、音楽のあるこの星に。
ジェイがうつむく。
「ぼくだけが、生き残った。さっき開けた時空の穴のせいで、敵の刺客にぼくの居場所が伝わったかもしれない。こういったパワーは磁石みたいに時空を越えて伝わってしまうことがあるから」
わたしは思わず息をのむ。ジェイが意識を失っていたときにあらわれた幻影。古い英国紳士みたいな服装でステッキを手にした、長い銀髪の男性のことが脳裏を過ぎっ
た。
――これでやっと、あなたを抹殺できましょう。殿下。
そう言った不気味な人物のことをジェイに伝えると、表情を固く険しくさせた。
「……あれが、刺客?」
ジェイが小さくうなずく。いつか、そのときがくると覚悟をしていたと言う。だから、唯一この世界でも使うことのできるパワーが弱くならないよう、毎夜のようにクラークパークでの訓練を欠かさなかったのだと彼は話した。
パティと待ち合わせをした日のことを、わたしは思い出す。はじめて目にしたコスチューム姿の彼におどろいたことが、ずいぶん遠いことのように思えた。
おもむろに右手を開いたジェイは、その手だけをメタリックなグローブに変えて見せた。
「この世界だと、ぼくの現実化させたこれが不具合を起こすことがあるんだ。それで、デイビッドとカルロスが最新の科学をもちいてメンテナンスをしてくれているんだ」
いつか訪れるかもしれない、刺客と対峙するときに備えて――。
わたしは思わず、ジェイのメタリックな右手を握った。
「あなたは一人じゃないって、忘れないでね」
ジェイが目を見張った。
「魔法使いもついてるし、発明家もいる。腹黒い策士だってついてるし――」
ジェイが小さく笑う。
「腹黒いは余計じゃない?」
「ううん、ヘンリーには褒め言葉」
それに、とわたしは言葉を続ける。
「わたしもいる」
ジェイが、わたしの手を握り返した。
「……うん、そうだね。サイキック・ガール」
死ぬのは怖くない。怖いと思ったことは一度もない。そういうふうに訓練されてきたから――と、ジェイは言う。
「でも、いまは怖い。それはきっと、生きたいって思ってるからだ」
夜空が明るくなりはじめ、星々の輪郭が白くなっていく。黄金色の光に包まれて、わたしたちはキスをした。
それから一緒のブランケットにくるまって、わたしは下手な自作の歌を披露する。ジェイは声をあげて笑い、わたしも笑う。
そうして、一緒に朝日がのぼるのを待ったのだった。