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36:ブラックスパークの誕生

 ブライアンがこちらに気づく――寸前、コスチューム姿のジェイは右手を突き出し、彼を吹き飛ばす。不意をつかれたブライアンの身体が壁にあたり、絵画やライトが床に倒れた。
 なにごともなかったかのように談笑し続けていたゲストも、さすがに我に返ったらしい。あちこちで叫び声をあげ、ブライアンとジェイから離れていく。そのすきに、わたしは通路の床に伏せていたTDを揺さぶった。
「TD、生きてる!?」
「……んがー……酔っ払ったみてえにぐらぐらしてっけど、死んでねえよ」
 そう言うとはっとしたように目を開け、突然がばりと起き上がった。
「――ってか、あああ! ばーさんが!」
 マダム・エヴァの蝋人形は、絞首刑になったマリー・アントワネットみたいな状態でくずおれていた。
「ひでえことしやがる!」
 TDが叫ぶ。
「落ち着け、ただの人形だぞ」
 冷静なヘンリーに、わかってるけど夢見が悪いとTDは身悶えた。その直後、通路にいたジェイがリビングに向かった。軽々と起き上がったブライアンも、すぐさま彼のあとを追う。
「ジーン、このすきに早くここから出て、ミスター・メセニのところに行こう。TD、立てるか?」
「ああ、平気だ。つーか、なにがどうなってる?」
「説明はあとだ。ひとまず彼女たちを隠そう」
 二人の女子高生が、意識を失って倒れている。急いで一人ずつ担ぎ、図書室の椅子の影に隠した。
「……大丈夫かな」
「脳しんとうを起こしてるだけだろう。どのみちこの状態じゃ連れていけない。市警が来るだろうからまかせよう――」
 そう言うなり、はたと動きを止める。
「どうしたの、ヘンリー?」
 眉を寄せたヘンリーは、歯ぎしりするようにうめいた。
「……マズい」
「マズいってなにがだ?」
「……マジな洗脳が発動しそうだ。ブライアンの声が頭の中に響いてくる――ジーン、スタンガンを使え!」
 そう叫んだ瞬間、ヘンリーの目が赤く光った。獣のようにうめきながらTDの首に手をかけ、おおいかぶさろうとする。
「うおっ! おい、なんだよ、どーしちまったんだよ!」
 ブライアンの悪魔的な洗脳に、本格的に操られはじめちゃったらしい! 私はとっさにスタンガンを手にし、
「ヘンリー、ごめん!」
 両手を震わせながら、ヘンリーの身体に押しあてた。歯向かう姿勢を見せたものの、高圧電力の魔法に屈したらしく、すぐさまぐったりと意識を失った。
「くっそ、こんなのマジかよ……。優等生も悪魔の洗脳には勝てなかったっつーことか」
「うん。けど、ヘンリーもここに置いていくしかないかな」
「いや、こいつは連れていかないと」
 気を失っているヘンリーを、TDは背中に担いだ。
「友達だからな」
「そうだね。ちょっとでも悪魔化しそうになったら、また電力の魔法に頼ることにする」
「ああ、マジで頼む」
 ヘンリーを背負ったTDが、図書室のドアを開ける。そこはまさしく地獄絵図。さっきまで談笑していたはずのゲスト同士が、今度は髪を引っ張りあい、胸ぐらをつかみあって争っていた。
「……なんなんだ?」
「ジェイに攻撃されたブライアンが、みんなにした悪魔的な洗脳を発動させたのかも。わかんないけど、とにかくここから出ないと!」
「よし。通路を突っ切るぞ」
 ゲストがもみあっている通路を、TDが駆け出す。わたしもそのあとに続いたものの、リビングをうっかり横目に見てしまい、思わず立ち止まった。
 ジェイの攻撃を、ブライアンは軽々とかわす。ジェイが放つ光の弾丸が壁にあたり、ライトが砕ける。ケータリングの料理が散乱し、装飾品も家具も次々と粉々になっていく――。
「――おまえはいったい、なんだ?」
 ブライアンの声が聞こえた。摩天楼のライトで逆光になったジェイは、開放されたバルコニーに向かってしりぞきながら、
「おまえと同じだよ」
「なんだって?」
「おまえと同じ、この世界にいちゃいけない者だ」
 ブライアンの攻撃をかわしながら、ジェイは言った。
「ここでぼくを仕留めないと、永遠におまえを追いつめ続けてやる。おまえの力はこんなものなのか? さあ、もっとがんばれよ」
「なん、だと……?」
 遠目だし、逆光になっていて見えないはずなのに、なぜかジェイがにやりと笑ったように思えた。ブライアンをあおったジェイは、目にも止まらぬ速さでレンガのバルコニーを乗り越え、星屑みたいに輝く街に向かって飛んだ。すると、前かがみになったブライアンの背中から、骨ばった羽が広がった。同時に、ジェイのあとを追うようにバルコニーを飛び越え、姿を消した――。
「――ジーン、なにやってる! 早く来いよ!」
 TDの声にはっとして振り返った瞬間、瞳を赤く光らせた見知らぬゲストが、わたしの首に手をかけようとしていた。
「うわっ――!」
「――ジーン!」
 そう叫んで、ゲストを羽交い締めにしたのはデイビッドおじさんだった。
「お、おじさん!? 無事だったんだね!」
「念のために耳栓と特殊加工の眼鏡を用意してあったからね。まさかきみたちが紛れてるなんて思ってなかった。まったく……こんなことがニコルとWJに知られたら、おじさんは死ぬまでのけものにされるじゃないか!」
 ゲストの首にまわした腕に、ぐっと力を込める。ゲストはほどなく、その場にくずおれた。
「ご、ごめんなさい。でも――」
 デイビッドおじさんは息をつきながら、額にかかった髪をかきあげる。
「謝罪ならあとでたっぷり聞くよ。とにかくここを出よう。スーザン! おい、こっちだ!」
 ばったばったとゲストをなぎ倒しながら、真っ赤なドレスが近づいてきた。
「ちょっ、邪魔なのよどいて! やだ、ドレス引っ張らないで! ったく、感染しないゾンビみたいで弱々しいったらありゃしないわ」
 ベチン! と近づくゲストに平手打ちをし、平然とした態度でわたしたちの前に立った。
「とんだパーティになったものね……って」
 男装しているわたしを見るなり、嬉しそうに笑う。
「ほら、やっぱりいたじゃない! じっとしてるわけないって思ってた!」
 うっ……と息をつめたとき、制服姿の市警が押し寄せた。殴り合うゲストに翻弄されながら、ヘンリーのパパがやっと姿を見せた。
「……なんだ、これは」
「楽しいパーティだよ」
 殴りかかろうとするゲストを押しやりながら、デイビッドおじさんが答える。と、ヘンリーのパパはTDに背負われた息子に気づいた。
「ヘンリー?……って、自分の昔を思えば、なにをしていたか想像がつくな。気を失ってるだけか?」
 TDがうなずく。
「っすね」
「ここで連れて帰って入院でもさせたら、生涯地味に恨まれかねない。なにかあれば、すぐ連絡しなさい。そのほかの判断は、ヘンリー自身にまかせたい」
 うっす! とTDが返事をした、そのとき。
 突如、リビングの中央がほの青く光る。床に大きな魔法陣が浮かび上がった瞬間、その場に杖をかかげる老夫人――マダム・エヴァがあらわれた。
「えっ、また蝋人形……」
「本物ですよ、ミス・ジャズウィット」
 舌打ちせんばかりに言って、杖をおろした。
「罪なき無残な人たちの洗脳を解くには、あの悪魔を消すしか術はない。けれど、わたくしにそれは叶わない。でも、この場をおさめるくらいのことはできる」
 声にならない呪文を唱えながら、床に杖をつく。すると、真っ白い霧がいっきにたちこめ、争い合っているゲストたちを包んでいった。と、彼らが次々に倒れていく。
「眠っているだけです。これで少しは落ちついたでしょう」
 息をつき、わたしたちを見た。
「テレビもラジオも騒いでいることを、きっと知らないでしょうね。スーパーヒーローがあらわれたと、どの番組も速報を流しています」
 わたしは息をのむ。デイビッドおじさんが、険しげに目を細めた。そんなおじさんに向かって、マダム・エヴァは言った。
「すでに――〝ブラックスパーク〟などと呼ばれています。ヘリコプターの中継が手配される前に、なんとかしなくては」
 えっ、とわたしは目を丸くした。
 〝なんとかしなさい〟じゃなくて、〝なんとかしなくては〟と言ったのだ。それは、つまり。
「あなたも協力してくれるんですか、マダム・エヴァ」
 デイビッドおじさんの問いに、エヴァは答えた。
「ええ。あの子なら、あの悪魔を消すことができるかもしれない。そうであれば、邪魔なすべてのものから守ってあげなくては」
「……なんで、ジェイが悪魔を消せるって思うんだ?」
 ヘンリーを背負ったTDが訊く。エヴァは答えず、ただ「ジェイを追う」と告げ、魔法陣の中に姿を消した。
 
 いつかのエヴァの言葉を、わたしはまた思い出した。
 ――あの子は人じゃない。
 そして、ジェイはさっき、ブライアンに言ったのだ。
 おまえと同じ、この世界にいちゃいけない者だ、と。
 この世界にいてはいけない者だからこそ、ブライアンを倒せるかもしれない。エヴァはきっと、そう思っている。
 思っていて、けれど口にはしなかった。わたしは密かに、その思いやりに感謝した。

 

★ ★ ★


 ヘンリーのパパと市警はその場に残り、倒れるFBIを起こし、眠りこけて静かになったゲストを捕獲して保護した。図書室に隠した女子高生も無事に救出されたところで、わたしたちはその場を離れた。
 カルロスさんの運転するバンに、デイビッドおじさんとスーザンさんが乗り込む。そこにわたしたちも加わると人数オーバーになるので、携帯でやりとりをしながらTDのバンで行くことになった。

​ 一路、クラークパークに向かう。
 眠っているヘンリーはシートに横たわらせて、助手席に座ったわたしはラジオの音量をあげた。
『シティの中心街で買物をしていたケイトリンです。やあ、ケイトリン、きみ、空を飛ぶスーパーヒーローを見たんだって?』
『ええ! 大きなコウモリみたいなものが追っていったわ!』
『どっちに向かったかわかる?』
『さあ……港のほうかしら、わからないわ。でも、子どものころを思い出して興奮しちゃった。また、パンサーみたいなヒーローが登場したなら、大歓迎よ!』
『ありがとう、ケイトリン。次はコーディに聞こう。ハイ、コーディ。きみは仕事帰りだったんだって?』
『ああ。地下鉄に入ろうとしたとき、いきなり空から黒く光るなにかが落ちてきて、腰を抜かしそうになったよ』
『それは、どうなったの?』
『黒いバンに向かっていって、すぐに乗ったんだ。で、バンごと人目を避けるようにどこかに行ったけど、しばらく待ってたら今度はまた、どこからともなく、空に向かって飛んでいくのが見えたよ。それは、一ブロック先のあそこのあたりで……』
『高層マンションのあたり?』
『そう、あそこに消えた感じに見えたよ。遠目だったし、たしかじゃないけれどね』
『ありがとう、コーディ。久しぶりのスーパーヒーローの登場だけど、きみ個人としての感想は?』
『ヒーローがいるのはいいことだけど、それってつまり、治安が悪化してる証にもなる気がするね。だから、両手をあげて喜ぶことはできないかな。もちろん、ヒーローに罪はないけれどね』
『なるほど、そういう意見もあるね! ありがとう、コーディ。以上、現場からの中継でした。依然、誰もが空を見上げて〝ブラックスパーク〟を探しています。しばらく聞き込みをしますので、また中継をつなぎます!』
 TDが音量を絞った。
「…いまのは、書斎の窓から飛んだやつだな。騒がれてんのは予想してたけど、やっぱかなり見られてたみてえだ」
 ハンドルを握りながら、TDが言った。
「うん」
 ジェイを守りたいのに、どんどんかけ離れている気がして怖くなってくる。なんにもできない自分が悔しくてたまらない。ぎゅっと両手を握ったとき、TDが言った。
「誰にだって、秘密はあるよな」
「え?」
「俺は、九歳まで寝小便してた。マジで恥ずかしい秘密だ」
 わたしは思わずちょっと笑う。
「しゃべっちゃったら秘密じゃないでしょ」
「そうだけど、とにかくさ。誰にでも秘密はある。だろ?」
「うん……そうだね。そう思うよ」
「あいつの……ジェイの秘密はでかそうだ。けどさ、なにがあっても、どんな秘密でも、おれたちだけは友達でいてやろうぜ」
 TDがにっと笑う。
「うん、もちろんだよ」
 わたしも笑顔でうなずいたとき、うしろで声がした。
「いや、友達にはならないが、味方ではいてやってもいい」
 その声にびっくりして振り向くと、どことなくぼんやりとした顔つきのヘンリーが立っていた。
「頭がぐらぐらして吐きそうだが、正気ではある。で、いまはなにがどうなってる? 説明してくれ」

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