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35:いざ、反撃

「おまえがここにいる方々を人質にしようが、孫を差し出すつもりはない。いい加減、こんな茶番はやめたらどうなの」
 マダム・エヴァが言う。書斎にいるわたしとジェイ、ヘンリーは、通路から聞こえてくる声に耳を澄ました。
 エヴァの語気が強まる。
「何世紀もねばったところで、わたくしたち一族の娘が、おまえの妻になることはない。人の姿に擬態して、まるでハイエナのようにわたくしたちを追ってきた努力は認めましょう。その先々で悪事を働き、名だたる貴族の資産をごっそり横取りしてきた手腕にも、反吐が出るけれど認めざるを得ないわね」
「褒められて光栄だ」
 悪びれるでもなく、まるでエヴァを嘲るようにブライアンは言った。
「この茶番を終わらせたいのなら、孫娘をおれに差し出せ。そうすればいますぐに、なにもかも丸くおさまるぞ」
「差し出すつもりはないと言ったはず――」
 ――ドスンッ!
 エヴァの声が途切れた直後、なにかが壁にあたった振動が伝わってきた。同時に、聞き覚えのある声がした。
「――くっそ、おいっ! 蝋人形かもだけど、ばーさんだぞ? ばーさんになんてことすんだよ! じーさんばーさんには親切にしろって教えられてねえのか!?」
 TDだ。悪魔にそんな教えが通じるわけないのに――と思った瞬間、ふたたび激しい物音と振動がたつ。きっとTDも倒されたんだ! それなのに、ゲストの談笑は続いている。このままでいていいわけないのに、なにをどうすればいいのかさっぱりわからない!
「ど、どうにかしないと!」
「わかってるが、相手は得体のしれない悪魔だ。このあとで市警がきたとしてもFBIの二の舞だろうし、倒すなら魔法使いじゃなきゃ相手にならないぞ。携帯の電波もまだ届かないままだし、八方塞がりだ」
 うう……魔法使い、か。
 マダム・エヴァの本体とパティは、貸し切りのホテルにいるけれど、なんとしてでもブライアンに会わせるわけにはいかない。そのために隠れているんだもの。
「魔法使いに頼らずに、なんとかしないと!」
 わたしの言葉に、ジェイが重ねた。
「あいつを外に連れ出そう」
「えっ?」
 ジェイは両手を重ねあわせて握った。黒い粒子のようなものがみるみるジェイを包んでいき、まばたきをする間もなくメタリックなコスチューム姿に変わる。
「クラークパークまで遠くない。ゲストはひとまずここにいてもらって、ブライアンだけぼくがパークまで連れ出す。市警とカルロスに、広範囲にわたって配備させるよう、きみから手配してもらえると助かる」
 困惑したヘンリーが眉を寄せた。
「それは……いいが。パークまで連れ出してどうするんだ?」
「あそこなら誰のことも気にせずに、思いきりパワーが使える」
 そう言って息をつき、どこか決心したかのように、口もとだけが見えるマスク姿でわたしを見た。
「うすうす予感しているかもしれないけど、このコスチュームは、この世界の科学でつくられたものじゃない」
 ――えっ?
 あ然とするわたしにかまわず、ジェイはヘンリーを向く。
「だから、コスチュームのパワーを総動員して、時空を歪ませることもできる。その時空の穴に、ブライアンを落とす。そうすればもう二度と、この世界には戻れない」
 戸惑いながら、ヘンリーは訊ねた。
「それは、まさか、ブラックホールみたいなものか?」
 ジェイは言った。
「まあ、そうだね」
 その瞬間、数日前にうっかり聞いてしまったデイビッドおじさんとジェイの会話を思い出した。
 おじさんは、ジェイの世界とブライアン・ライトの世界がまったく異なっているとしても、なんらかのパワーが干渉しあうことを恐れてた。意味不明な会話でよくわからなかったけれど、たったいま、嫌な予感がするのはたしかだ。
 やめてほしいと思う。でも、たぶん、いまブライアンを止められるのはジェイしかいない。
 ほら、また。わたしにはパパみたいな天然のパワーがあるのに、なんにもできないでいる。そのことが悔しくてたまらない!
「……や、約束して、ジェイ」
 思わず言ってしまう。
「絶対に、この世界にしがみつくって約束して」
 どこにも行かないって、約束してほしい。その一心で見つめると、ジェイの口もとがかすかにほころんだ。
 でも、答えなかった。
 わかった、そうする――って、言ってくれなかったんだ。
「このドアを開けたら、ブライアンに攻撃する。リビングをつっきってバルコニーからパークまで飛んで、ブライアンを誘い込む。ぼくがそうしたら、きみたちはTDを連れてここから逃げてくれ」
「必ず市警を配備させる。ミスター・メセニにも伝えよう」
 ヘンリーが言うと、ジェイがうなずいた。
「ありがとう」
 そう言って、書斎のドアノブに手をかける。開けようとした矢先、わたしに言った。
「この世界にしがみつくって、約束するよ、ジーン。そうじゃないと、きみの自作した歌を聴けないからね」
「うっ……! お、覚えてたんだね」
「もちろん」
「自作の歌?」とヘンリー。
「あなたには絶対に聴かせられない。おばあちゃんになっても笑われそうだから」
 ヘンリーが鼻で笑う。
「耳が腐りそうな歌だとしても、そんなことはしないぞ」
「いや、あなたならする。わたしにはわかる!」
「オーケー」とジェイ。
「仲良しな会話はそこまでにしてくれるかな。意地でも戻らなくちゃいけなくなった」
 ヘンリーが言った。
「きみがどこに行こうがどうでもいいが、そのコスチュームにはかなり興味がある。教えてもらわなければ、間違いなく死ぬまで後悔するはめになる。だから、ジーンの言ったようにこの世界にしがみつけ。もちろん、ジーンがおれの未来の妻であることに変わりはないがな」
 最後の言葉が余計すぎる! でも、ジェイは微笑んだ。
 無言で微笑み、やがて口元を引き締める。
「――行こう」
 意を決するように、ドアを開けた。

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