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22:魔法大戦争前夜[4]

 悪魔疑惑のあるブライアン・ライトの慈善パーティに、デイビッドおじさんは参加を決めたそうだ。その理由は、市警部長であるヘンリーのパパに強く説得されたからだと話す。それって、もしかして、ようするに?

「おじさん、もしかしてスパイするの?」

 おじさんはこれみよがしにネクタイを指でととのえながら、ニヤッとした。

「タキシードだし、ジェームズ・ボンドみたいで惚れ直すかな?」

 おじさんのタキシード姿は何度も見てるけど、めちゃくちゃかっこいいのは知ってる。そんなことよりも心配なのは、スパイする相手の攻撃能力が未知数だということだ。

「えっ、それ大丈夫?」

「会話からなんらかの情報を引き出したり、ちょっとした探りをいれるだけだから平気だよ」

 そう言われても、不安はぬぐえない。

「無茶しないでね。それにタキシードなんか着てなくても、おじさんはいつもかっこいいよ」

 わたしの言葉に、おじさんは興奮気味に青い瞳を輝かせた。

「ジーン! おれを喜ばせてなにを買わせるつもりなんだ!?」

 なんでそうなるの!

「な、なにもいらないよ!」

 本当になにか購入しそうだから困る。慌ててきっぱり断ると、おじさんは憂いのあるため息をついた。

「まあ……なにはともあれパーティであることは間違いないし、できることならきみのママを連れて行きたいところだけれど、WJに本気で殺されるから遠慮するしかない。それにしても、きみのママとパパはどこぞの山小屋からいつ戻るんだい?」

 うっ、と返答につまる。そうだった。まだおじさんには伝えていないんだった。心配そうなカルロスさんと目があったとき、ヘンリーのパパが眉をひそめた。

「山小屋? イタリアだぞ」

 あっさり先に言われた! デイビッドおじさんはけげんそうに目を細め、わたしを見る。とうとう告白するときがきてしまった。覚悟を決めよう。

「う……嘘をつくつもりはなかったんだけど、せっかく旅行を楽しんでるママとパパを巻き込みたくなかったんだ。本当にごめんなさい」

 おじさんが理由をつけて自家用ジェットで追いかけないように嘘をついたなんて言えないし、これはこれで真実でもある。気まずい思いで打ち明けると、デイビッドおじさんはふっと目を伏せ、哀愁ただよう笑みを浮かべた。

「きみは本当にいい子だよ。きみが親思いだったおかげで、おれはまだここにいられた。もしも耳にしていたら理由をつけて速攻でイタリアに飛んで、いまごろは二人の邪魔をしているところだった」

 やっぱり! 危なかった……。思わず安堵の息をつくと、ヘンリーが言う。

「父さんの部下もパーティに潜入するのでは?」

 ヘンリーそっくりのヘンリーのパパは、眼鏡を指であげながら答えた。

「ブライアン・ライトのパーティは、想像以上に厳重なセキュリティでおこなわれるという情報だ。デイビッドのパートナーとしてFBIの女性が同伴することになると思うが、入れるのはそのひとりだけで、ほかの者は入れない」

「それでは、父さんの部下は?」

「もちろんいるぞ」

 ヘンリーのパパがデイビッドおじさんを指さした。すると、おじさんはその手をペチンとはねのける。

「おれがいつおまえの部下になった?」

「いまさらなにを言ってるんだ。おまえはずっとおれの部下じゃないか」

 いい大人が、おでこをつけんばかりににらみ合う。まるで高校生……っていうか、小学生みたい。と、ジェイが口を開いた。

「その、デイビッドと同伴する人物は、信用できますか?」

 全員が彼を見る。ジェイは言葉を続けた。

「向こうの攻撃能力は未知数です。デイビッドを攻撃することはなくてもデイビッドの同伴者に取り憑いて、いざというときになって裏切ったり、ブライアン・ライトの秘密を守るような動きをするかもしれない」

 ヘンリーが舌打ち混じりに腕を組んだ。

「まさしくおれが言おうとしたことだが、まあいい。とにかく、下手をすれば取り憑かれたままになって、逆にこちらの動きがスパイされる可能性もあるということを、付け加えさせていただく」

 メイソンのことが脳裏を過り、わたしははっとした。デイビッドおじさんとヘンリーのパパも息をのむ。学校での出来事を、カルロスさんから聞いていたらしい。

「たしかに、どれもありえる」

 そう言って、ヘンリーのパパは少しの間沈黙し、真顔になった。

「……いいだろう、しかたがない。おれが女装しておまえの同伴者になろう」

 デイビッドおじさんの顔が青ざめる。ヘンリーが笑った。

「ははは! 冗談はやめてくれよ、父さん」

 いや、雰囲気からしてたぶん冗談じゃない。ヘンリーのパパは超然とした眼差しを彼にそそいだ。

「冗談を言ってる場合じゃない。父さんはマジだぞ」

 ヘンリーがあ然とした。ものすごく意外だけれど、なかなかな破天荒っぷり……じゃなくて、わたしのママと仲良しな理由がわかった気がする。っていうか!

「ほ、ほかにいない? 悪魔とかを蹴散らせられるほどハートがめちゃくちゃ強くておっかなくて、でもデイビッドおじさんが信頼できそうな女性っていうか、おじさんを絶対に裏切らない女性っていうか……!」

 ふう、とおじさんは息をつき、乱れた前髪をかきあげた。

「強いて言うなら、きみのママかな。おっかなくはないけれど」

「いや、ニコルはダメだ。絶対にどこかでドジるし、それ以前にいろんな意味で危険すぎる。すまない、ジーン。これは事実であって悪口じゃない」

 苦い顔つきのヘンリーのパパに、わたしはうなずいて見せる。わたしもたいがいドジだけど、なにもないところで転ぶようなママほどじゃない。

「痛いほどわかるから大丈夫です。でも、そっか……」

 いないのなら、しょうがない。

「あなたのパパに女装してもらうしかないみたい」

 本気でヘンリーに告げると、彼は無言で固まった。そのとき、カルロスさんがおもむろに携帯電話を操作しはじめた。

「ひとり思いついたよ。ハートがめちゃくちゃ強くておっかないうえ、絶対に裏切らないし信頼できる女性がやってくれるかもしれない。もっとも、ギャラ次第ではあるけれど」

「誰ですか?」

 わたしが訊くと、カルロスさんが唐突に言う。

「『わたしの愛した大富豪』ってドラマ、知ってる?」

「えっ? もちろん!」

 わたしのママとキャシーママが夢中で見ている、大ヒット中の昼メロだ。録画しておいてくれるから、わたしも週末や休日にまとめて見たりする。まだ完結していない大長編の原作小説もあって、そっちも全世界で売れまくっているドラマだ。

「大富豪がとんでもないわがままで、あっちやこっちで死んだり生き返ったり姉弟だったりして、とにかく主人公や周囲が大富豪と運命に翻弄されるのがめちゃくちゃ面白いの!」

「それ、ほんとに面白いの?」

 ジェイが苦笑する。すると、ヘンリーのパパがニヤリと笑った。

「あの大富豪には明確なモデルがいる。原作者の日々の恨み節が素晴らしい形に昇華した作品だ」

「そうなんですか?」

 なぜかデイビッドおじさんは、気まずそうに顔をそむけた。

「……たしかに、彼女には苦労させたかもしれないけど、高額なギャラを支払ってたはずだし、おれはあんなわがままじゃなかったはずだ」

「いや、内容は違えど――」

「――ほぼ忠実だ」

 カルロスさんとヘンリーのパパの声が重なる。っていうか?

「えっ? モデルって、デイビッドおじさんなの!?」

 携帯を耳にあてたカルロスさんは、目を丸くしたわたしに笑みを向けた。

「原作のロマンス小説の作者は、デイビッドの元秘書なんだ――やあ、スーザン。久しぶりだね、ぼくだよ。ちょっとお願いしたいことがあるんだけれど、いまいいかな? えっ、ギャラ? もちろん支払うさ――って、そんなにかい!?」

 どんな値段のギャラが提示されたんだろ……?

 

★ ★ ★

 

 デイビッドおじさんのパートナーは、元秘書でいまは超売れっ子のロマンス小説作者に決定した。西海岸に暮らしている彼女は、明日ジェット機を飛ばして来てくれるらしい。

 ヘンリーのパパはひとまず去り、カルロスさんとデイビッドおじさんは書斎に引きこもる。わたしとジェイ、ヘンリーは、リビングの窓から望める摩天楼の光景に照らされながら、デリバリーの中華料理をひたすら食べているところだ。

「TDが戻らないね」

 ソファに座っているジェイが言う。オットマンに腰掛けたヘンリーは、お箸を器用に使いながらヌードルを頬張った。

「自宅に帰ったんだろ。というか、パットの魔法で帰らされたかもだが」

「それならいいけど、もしも彼女のペントハウスに居座っているとしたら……」

 二人の様子がものすごく気になる。同じことを考えたのか、三人同時に一瞬沈黙してしまった。携帯はうんともすんとも言わないし、もしかすると自宅に戻ったお祖母さまとなにか話している最中かもしれない。あとで様子をうかがうメッセージを送っておこう。

 ラグであぐらをかきながら小籠包を口に運ぶと、ふいにヘンリーがジェイを見た。

「波乱万丈な今週だが、明日は土曜日だ。約束を忘れていないだろうな」

「約束?」

 思わずわたしが訊ねると、ジェイは合点がいったらしく苦笑する。

「この状況だし忘れていると思っていたのに、さすがだね。ぼくへのインタビュー?」

 ぎょっとして目を丸くするわたしを尻目に、ヘンリーは「そうだ」と断言する。すると、ジェイはどこか呆れたような笑みを浮かべた。

「言っておくけど、たいした人生じゃない。孤児になって、デイビッドに拾ってもらった。それだけだよ」

「そうか?」

 ヘンリーは意味深な視線をジェイに向ける。

「残念ながら、おれの勘はわりとあたる。転校初日のパルクールは、特別な訓練を受けてきた証拠に思える。そのうえ、常軌を逸したテクノロジーによる変身とコスチューム。キャシディ・グループがさまざまなことに手を広げているのは事実だが、もしも軍事産業に片足をつっこんでいるのだとしたら、もともとの有力企業が黙っているわけがない。デイビッド・キャシディがそれらの圧力に屈しなかったとすれば、おそらくいまごろはこの世にいないだろう。だが、存在してる。ということは、あのコスチュームはキャシディ・グループが開発しているものじゃない」

 ヘンリーの言ってる意味が、全然わからない。あ然とするわたしをよそに、ヘンリーはジェイにたたみかけた。

「あのコスチュームは、そもそもきみの、きみだけのものだ。だが、なにかがあって故障した。それを、デイビッド・キャシディは『開発』と称して修理し、サポートしているのだろうとおれは仮定している」

 ジェイの顔から笑みが消える。ヘンリーは眉をひそめ、ジェイを見すえた。

「……きみは誰なんだ? 密かにテクノロジーを発達させている国の……まさか軍人か?」

 ジェイの背中の傷が、わたしの頭にとっさに浮かぶ。お箸を握りしめたわたしは、ヘンリーの膝を力いっぱいにつついてやった。

「もういいってば! 黙らないならこうしてやる!」

「いきなりなんだ? 痛くないぞ」

「じゃあ、つねってやるもんね! あなたにだって、誰にも知られたくないことぐらいあるでしょ!? 友達ならインタビューなんて忘れて、話してくれるのを待たなきゃダメじゃない!」

「友達じゃない」

「わたしはそうなの!」

 ジェイがはっとし、息をのんだ。ヘンリーも目を見張る。ちょうどそのとき、カルロスさんが姿を見せた。

「ジェイ、ちょっといいかい?」

 うなずいたジェイは、ソファから立ってリビングを去った。残されたわたしは、ヘンリーとしゃべらなくてもいいように大口を開け、春巻きを頬張った。そうして食べていると、なぜだか目に涙が浮かんでくる。

 予感がある。ジェイは普通の男の子じゃない。もっとも、わたしやパティも普通じゃないけど、そういうことじゃなくて。

 いまさら、棺の魔女――パットの祖母であるエヴァの言葉が蘇った。

 ――あの子は人じゃない。

 ジェイにはきっと、底なしの秘密がある。その秘密の扉は、開けないほうがいい気がする。一度でも開けてしまったら、知りたくないことを知らされそうな予感があるから。

「泣いてるのか」

 春巻きを飲み込んだわたしは、ぐずりながら涙をぬぐい、ヌードルをぐるぐるとお箸に巻きつけた。

「あなたのデリカシーのなさに泣いてるの!」

 ヘンリーがわたしを見ている。それにもかまわず、わたしはヌードルを食べつくす。と、オットマンから腰をあげたヘンリーは、わたしの隣であぐらをかいた。

「あいつに興味があるだろ。なにもかも知りたくないのか?」

「興味があっても、なんでもかんでも知りたいわけじゃない」

 少しの沈黙のあと、ヘンリーが言う。

「怖いのか」

 図星をつかれた。ヌードルごと息をのみ、目を丸くしてヘンリーを見る。

「あいつの真実の正体を知るのが怖いんだろ。悪魔疑惑のブライアン・ライトもたいがいだが、あいつの闇もおそらく深い」

 わかってる。思わず、そう言いそうになる。だけど。

「ジェイの正体がどうであっても、わたしはこの目で見て、実際におしゃべりしてる彼を信じる。彼の過去がどうでも関係ない。大切なのは『いま』だも――」

 ――の。

 そう言い終える前、ヘンリーにキスをされて言葉が途絶えた。っていうか、うっそ、うっそ! なんで? なんでこうなるの!? 

 びっくりしてとっさにのけぞると、にこりともせずにヘンリーが言う。

「ソースの味がした」

 驚きすぎて声がでない。呆然として固まるわたしを、ヘンリーは真顔で見つめてくる。

「想定外のスキンシップをしてみたが、なるほどな」

 わたしから視線をそらすことなく、なぜか不機嫌そうにつぶやく。

「どうやらおれは、母の言ったとおりらしい」

 ……えっ。

 混乱しすぎて頭が働かない。蝋人形みたいになってヘンリーを凝視していると、ふいに彼の視線がわたしの背後に移る。つられてゆっくり振り返ると、そこにはジェイが立っていた。

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