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21:魔法大戦争前夜[3]

 悪魔は何世紀にもわたり、そのときどきの世相をゆるがす存在になりすまし、グッテンバーグ家に生まれた女の子を妻としてきたのだと語って、パットは涙する。わたしはパットの肩を撫でながら励ました。

「とにかく、誕生日までなんとかやり過ごそうよ。いっそ、どこかにじっとして隠れているのはどうかな?」

「何度か試したこともあるの。学校に通わないでずっと家の秘密部屋にいて、家庭教師とだけ接するみたいな暮らしもしたわ。でも、多くの人の目がない分、悪魔にすきをつくってしまうこともあるって、お祖母さまが助言してくださったの。それでこうして海を渡って来たのだけれど……」

 言葉をきると、目に涙を浮かべた。

「結局はどこへ行ってもなにをしても無駄なんだわ。どうしたって悪魔はわたしの気配を追って、必ず近づいて来るんだもの……!」

「あなたには申し訳ないけれど、あなたのご先祖さまを恨みたくなってきた」

 わたしが言うと、パットはちょっとだけクスッとする。

「わたしはずっと恨んでる。それ以上に、たぶん祖母も」

 顔を見合わせて力なく笑いあったとき、TDが困惑をあらわにした。

「なあ、ちょっといいか? そっちのちっこいのは妻じゃなくてめちゃ強い魔法使いだから、なんつーか闇側に命を狙われてんじゃねえの?」

 ヘンリーの嘘の弊害がでてきた。

「いきなりいろんなことを脳みそに詰め込んだら、さすがのあなたもパニクるでしょ? だから、ヘンリーがそう説明しただけで、真実は違うの」

 TDはさらに戸惑い、眉を寄せる。

「……っつーことは、おまえはめちゃ強い魔法使いじゃねーのか?」

 うなずいたパットは、くるんと指をまわす。すると、星のまたたきのような螺旋の煙がたちのぼり、見るみるパットを覆い隠していく――かと思われた次の瞬間、神秘的な黒髪のパティが姿を見せた。ただし、洋服はパットのままだから、ボトムの裾からくるぶしが出ちゃってる。

「人間の慣れとは恐ろしいものだな。こんな超常現象を目の当たりにしても、まったく驚かなくなってきたぞ」

 ソファに座っているヘンリーが、ゆったりとした態度で足を組みながらつぶやいた。ジェイもびっくりしている様子はない。まあ、彼は彼で魔法みたいな変身技を持っているから、ある意味パティと立場は一緒ともいえる。そう思えば、彼にとってはたいして驚くほどのことでもないのかも?

 平然としている二人とは対照的に、TDは壊れたロボットみたいに立ちつくし、フリーズしていた。あんぐりと口を開けてパティを凝視したまま、まばたきもしない。どうしよう、心配になってきた。

「……TD、平気?」

 おそるおそる近づきながら、そっと声をかけてみる。ピクリとも動かないうえ、うんともすんとも言わない。

「た、大変。TDが壊れちゃった」

「スイッチを探して押すんだ。どこかにある」

 ヘンリーが真顔で言う。

「そのジョーク、全然笑えない」

 わたしがそう言うと、ジェイがそばに来る。TDの目の前でパチンパチンと指を弾いた。

「TD?……ダメだ、意識が飛んでる」

「目を開けたまま?」

「理解できない情報を整理するため、ある種の瞑想状態に陥ったんだろう」

 ヘンリーが言う。

「そんなことあるの?」

「いいや、ただのでまかせだ」

「あなたの言うこと、これから絶対信じない」

 半眼でヘンリーを見すえた直後、パティが不安そうにTDをのぞき込んだ。

「だ、大丈夫……?」

 パティが声をかけた瞬間、TDの瞳がきらりと光り、瞳孔がパカンと開いた。

「あ、起きたね」

 ジェイが言う。直後、TDはパティから目をそらすことなく、

「……お姫さまだ」

 言った。とたんにパティの顔が真っ赤になる。それにもかまわず、TDは満面の笑みで言葉を続けた。

「魔法の国のお姫さまだ。そうだろ?」

「い、いいえ。そういうのじゃないわ」

 否定するパティに、TDはぐっと顔を近づけた。

「大丈夫だ。おれがおまえのナイトになって守ってやる」

 真っ赤になったパティが、くるんと指を動かした。すると、ボンッという音ともにあらわれた煙に包まれる。男の子のパットの姿に戻ったものの、TDの瞳孔は開いたままだ。

「野郎に変身してるちっこいおまえも、マジでイケてる」

 うっそ。すんごい。女の子になんてまったく興味がなさそうだったTDが、パティに恋しちゃった! 思わずあんぐりと口を開けたとき、ヘンリーがしみじみとつぶやいた。

「興味深い展開だ」

 たしかに、目が離せなくなってきた……って、そうじゃなくて! この展開も気になるけれど、いまはそれ以上に訊かなくちゃいけないことがあるでしょ! わたしの気持ちを察したかのように、ジェイが言った。

「TD、ちょっと失礼するよ。あのさ、パット。きみのお祖母さんは、ブライアン・ライトの慈善パーティに出席するの?」

「た、たぶん出席することになると思うわ。成りあがりでも彼は有力者だし、そんな彼のパーティを欠席したとなれば、いらない憶測の的になるのはお祖母さまだもの。それでなくとも、『棺の魔女』なんて呼ばれて怖がられているのだし。まあ……無理もないけれど」

「うっ……と、わたしもそう呼んじゃってた。ごめんなさい」

 パットが微笑む。

「いいの。実際、お祖母さまを手ひどく裏切った人たちは、みんな他界してしまっているもの。お祖母さまだって、きっとそれなりなことはしているはずだわ。優しい表現をすれば、おまじないとかそういう類のことだけれど」

「つまり、呪いか」

 ヘンリーのざっくりとした突っ込みに、パットは苦笑いで応えた。な、なるほど。おっかない人であることは間違いないらしい。絶対、恨まれないようにしなくちゃ。

 わたしたちが話している間も、TDの視線はパットからまったく動かなかった。そんな眼差しにもじもじしたパットは、顔を赤くしたまま言った。

「と、とにかく、みんなありがとう……というか、そろそろ帰るわ。お祖母さまもお仕事から戻るころだし、心配させちゃいけないから」

 じりじりとあとずさるパットに、TDが訊いた。

「こっちの世界に、おまえを守ってくれる魔法の国のナイトはいるのか?」

「だ、だから、魔法の国とかそういうのじゃないし、ナイトなんていないわ。でも、お祖母さまのペントハウスにある甲冑やいろんな彫像が、魔法で動いて守ってくれるの」

 クラークパークでの場面を思い出した。でも?

「人はいないの?」

 わたしが訊くと、パットは小さくうなずいた。

「人はダメなの。とくに、ネガティブな感情になりやすい大人は。どんなに信頼できそうな人でも、お祖母さまの裕福な生活をちょっとでも羨んだりしたら、その心のすきが悪魔の気配を引き寄せてしまうことになりかねないから」

「つまり、今日のメイソンみたいなことになるってことだね?」

 ジェイの言葉に、パットはふたたびうなずいた。

「突然来てごめんなさい。でも、みんなの顔を見たら少しホッとできたみたい。とにかく、いったん帰るわ」

「いまみたいに魔法で来られるのなら、いつでも来て?」

 むしろ、ずっとここにいてほしい。でも、ここはジェイの家だし、勝手に招くのははばかられる。すると、まるでわたしの気持ちを見透かしたように、ジェイが言った。

「お祖母さんが許してくれてきみさえよければ、しばらくここで暮らしてもいいよ。部屋もバスルームもたくさんあるし、ジーンもいるしね」

 わたしを見て、にやっとする。あーあ、まったくいやになっちゃうな。そんな最高な提案されたら、ぎりぎりのところで理性を働かせて耐えてるのに、本気で好きになりそうだからやめてほしい!……けど、これだけはちゃんと言いたい。

「あなた最高」

 ジェイは肩をすくめておどけた。

「知ってるよ」

 背中にヒリヒリと刺さるヘンリーの視線は無視した。振り返ったら負けな気がするから、いまは絶対にそうしないよう必死に踏ん張る。

「そうだよ、ぜひそうして。そうしたら、あなたはもうひとりじゃないもの」

「そうね。ええ、考えてみる。ありがとう、そうなったらすごく嬉しいわ! とにかく、また来るわ。きっとすぐに!」

 そう言って、床に魔法陣を浮かびあがらせた、瞬間――。

「――おれがおまえのナイトだ!」

 パットと魔法陣めがけて、TDが突撃する。パットがはっとして目を丸くした刹那、彼女と魔法陣とともにTDも姿を消した。えっ……えええええ!?

 魔法陣が消えたあたりを見下ろす。

「……う、うっそ。TDも消えちゃった」

「たぶん、彼女と一緒にお祖母さんのペントハウスにいると思うから、心配はいらないよ」

「そ、そうだけど……」

「ああいうタイプは前しか見えていないから、彼女が「あなたはわたしのナイトよ」と言ってくれるまで離れないだろう」

 ヘンリーが言う。すると、ジェイが笑った。

「ナイトだって言われたあとも、離れないんじゃないかな。ナイトだからね」

 ヘンリーは冷ややかな態度で眼鏡を押しあげた。

「まあな。ようするに、どちらにしても離れないということだ。おれのように」

 ヘンリーが意味深な視線向けてきた。それにつられるかのように、ジェイもわたしを見る。こんなに気まずい事態になったのって、人生ではじめてかもしれない。というか、ものすごくヘンな感じ。だって、わたしなんていままでひとりも友達がいなかったうえに、こんなふうに男の子に挟まれるなんてこともなかったんだもの。

 ほんと、人生って不思議。どこでどうなるかわかったものじゃないな……なんて、わたしまで現実逃避の脳観察をはじめちゃってる!

 ヘンリーにはあとできっぱりと、そんなつもりはないって伝えなければ。そんなつもりってどんなつもりか自分でもわけがわからないけれど、とにかく断固とした態度で挑まないと! 

 問題はジェイだ。たぶんわたし、たぶんだけど、ジェイのことわりと好きだと思う。いや、わりとじゃなくてかなり好きかも。だけど彼は「誰のことも好きにならない」って言っていたから、それならいままでのあれやこれやはどういうことなのか、せめて理由を訊かなくちゃ。そうじゃないと、この胸のもやもやを晴らせないままおばあちゃんになってしまいそうだもの!

 どうしよう。やらなくちゃいけないことがありすぎて、頭がぐるぐるしてきた。

「TDみたいに動かなくなったな」

 ヘンリーが言う。すると、ジェイがわたしをのぞき込んだ。

「……もしかして、フリーズしてる?」

「し、してないよ。脳みそをフル回転させてただけ」

「どうしてフル回転させたの。パットとTDのこと?」

「ち、違うよ」

 好きかもってじんわり自覚すると、ドツボにハマる。ジェイって物腰が柔らかいし、声も言葉も品がいいというか、なにが起きてもとにかく優しい感じがする。少なくとも、デイビッドおじさんの言っていたようなぶっ壊れ感はまだ目の当たりにしていないから、それこそどこかの国の王子さまみたいに思えてきた。

 マズい。顔が赤くなるのがわかる。ジェイから目をそらそうとした瞬間、

「そろそろ放課後の続きをしようじゃないか」

 ジェイとわたしの間に、ヘンリーが割り込んできた。

「えっ、続き?」

「そうだ」

 ヘンリーがジェイを押しのけそうになったとき、エントランスから数人の男性の声が聞こえてくる。デイビッドおじさんとカルロスさんのほかに、もうひとり誰かいそうだ。なんにせよ、一時的とはいえとりあえず助かったかも!

 デイビッドおじさんとカルロスさんがリビングにあらわれると、そのうしろからヘンリーそっくりなヘンリーのパパが姿を見せる。と、わたしたちを見ると苦笑した。

「こうしてあらためて見ると、既視感がすごいな。やっとジーンと仲良くなったのか、ヘンリー?」

 ヘンリーはニヤリと笑って答えた。

「ええ、父さん。ものすごく仲良くなっている最中です」

 もしかしてだけど、脳観察の範疇を超えはじめてる? まさか、そんなことあるわけないか。でも、なんでだろ。ヘンリーになにを伝えても、もう逃げられない気がしてきた。

 こんなよろしくない予感、どうか当たったりしませんように!

 

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