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17:ファンタスティック・ファイブ?

 パティ疑惑のある転校生らしき男の子は、案の定パティだった。

 わたしにメールをしようかと思ったものの、疲れのせいで眠ってしまい連絡ができなかっったのだと言う。むしろよかった。だって、わたしの携帯も充電がきれていて、今朝まで使えなかったから。そう告げると、男の子に変身しているパティが言った。

「パトリック・ブレアの名前で、お祖母さまが細工したみたいなの。そういうわけで、今日からはパットって呼んでくれると助かるわ!」

 斜めがけした革鞄のストラップを握りしめ、パティならぬパットはにっこり微笑んだ。

「わたしの設定は男の子だし、この見た目にも一応細工をしているんだけれど、実はこの外見って男の子の格好をしているだけなの。運動やなんかは、虚弱な体質ってことになっているから避けられるし、万が一着替える必要があった場合だけ、『完全な男の子』に見えるようにするつもりなの」

 そう言うと、どことなく顔を赤くした。つまり、パットの体格は、いまのところ中性的な女の子のままってことらしい。それ、すごくわかる気がする。だって、魔法でどうにかできるとはいえ、男の子になった自分の体格でシャワーなんて浴びられないし、トイレだって大変だ。そんなの、絶対に照れるし気まずい思いをするのは目に見えてるもの。

 なんにせよ、外見や設定がどうであろうとも、一緒にいられてすごく嬉しい! パットにそう言おうとした矢先、ヘンリーが割り込んだ。

「確認するのもはばかれるが、『細工』というのは……例のアレだな?」

 魔法のことだ。パットがうなずくと、ジェイが控えめな声音を放つ。

「余計なお世話だったらごめん。設定が女の子じゃないのなら、その……内股気味は危険だよ。またメイソンみたいなやつがつっかかってくるかもしれない」

 はっとしたパットは、さっと内股を解消する。そのとたん、ヘンリーが鋭い助言を投げた。

「ほかに誰かいるときは、口調にも気をつけたほうがいいかもな」

 男の子チームの指摘が鋭すぎてついていけない。パットが息をのんだ。

「そ、そうよね……じゃなくて、そうだね。気をつけます。あっ、敬語がいいみたい!」

「でも、わたしと二人きりのときは自然でいいからね」

 パットが笑みを浮かべてうなずいた。直後、ヘンリーとジェイの間から、忘れかけていた第三者がぬっと姿を見せる。パットがけげんな顔をした。

「さっき爆笑していた人だわ……ですね」

 そっか。TDが校内の助っ人だってこと、まだ知らないんだ。とはいえ、本当に助っ人になってくれるのか、おおいに不安ではあるけれども。

「パット。彼は一学年上のTD。胡椒爆弾の犯人だけど、カルロスさんが頼んでくれた校内の助っ人なの」

 わたしが言うと、パットは目を丸くした。

「えっ?」

「あのおかげで、メイソン・ヤングから逃げられただろ?」

 TDが言う。まあ……そうだけれども。言葉につまっていると、TDが続ける。

「おまえらのしゃべってることはわかんねーし、事情にも興味ねえけど、叔父貴たちに頼まれちまったから助けてやる。っつーことで、さっきの胡椒爆弾は軽いジャブだ」

 前髪をかきあげるとバックパックをまさぐり、厚みのあるカードのようなものと、その充電器らしきものを四つ出す。

「こいつは、叔父貴たちとおれが別会社で開発してる新しいタイプの携帯電話だ。充電してあるから、スイッチですぐに起動できる。しばらくはこっちをメインに使ってみてくれ。操作はめちゃ簡単。あとで試してみればいい。トークルームってのを押せば、おれたち五人が自由に話せるチャットになるし、特定の相手を選んでやりとりもできる。グループの通話も可能だ」

「便利だな」

 ヘンリーが珍しく感嘆した。TDは手のひらにおさまるサイズのそれを、わたしたちに一つずつ配りはじめる。

「おれたちにしか使えない周波数の電波を、他所からちょこっと借りてる。機能はあえてシンプルだ。画面のボタンで通話とメッセージが選べるし、お互いの位置情報も地図でたしかめられる。それと、校内におれしか知らない憩いの場があるから、そこを拠点にすればいい。あとでグループチャットに入れといてやる。っつーことで、オーケー?」

 わたしを含む全員が、ぽかんとした顔でTDを見つめてしまった。

 あれ? 信じられないけれど、わりと……っていうか、めちゃくちゃ頼れそうじゃない?

「オーケー」

 口を揃えて告げると、始業のベルが鳴る。バックパックを背負ったTDは、壁にたてかけてあるスケートボードに乗り、颯爽と廊下を突っ走ったものの先生に叱られ、丸めたノートでベチンと頭を叩かれていた。

 うーん……。やっぱり不安がぬぐえない。

 

★ ★ ★

 

 授業中、TDに借りた携帯電話のスイッチを押してみる。なにこれ、すっごい。どうなってるの? あの人、もしかして億万長者になっちゃうんじゃない?……って、そんなこといまはどうでもいっか。

 画面上にあらわれたボタンを押して、指示されるがまま入力していく。設定が終わった瞬間、グループチャットのアイコンが点滅していて、指で押してみる。TDから例の憩いの場についての見取り図画像が届いていた。

 別棟の図書館に星印がついているけれど、これって図書館のテラスが憩いの場ってことなのかな。だけど、それだと「おれしか知らない憩いの場」とは呼べないし、どうなってるんだろ。

 TDに訊いてみようかな。ためしにこのまま返信したら、全員が見られるメッセージになるかも。

 

《ジーン:星印が図書館になってるけど、テラスってこと? わたし、今日の午前は三科目だけだから、次の空き時間に行ってみる》

 

 メッセージがない。みんな、この携帯を試せないでいるらしい。実験だとかディベートなんかの多い授業ならしかたがないかも。あきらめてポケットに入れ、窓の外になにげなく顔を向ける――と、庭園の樹木にカラスがいて、微動だにせずこちらを見ていた。

 ただのカラスだ。そう思うのに、昨夜のことがくっきりと脳裏に浮かぶ。

 いろんなことがありすぎて忘れそうになるものの、悪魔がらみの事件はまだ解決していないんだった。しかも、パティというかパットは絶賛狙われ中。男の子に変身しているからきっと大丈夫だろうけれど、油断しないように気をつけなくちゃ。

 とにかくいまは、失踪している女子高生が早く救出されることを願うばかりだ。でも、こんなふうに願うだけでいいのかな……なんて、とんでもない思考はすぐに封印する。そんなこと考えたところでわたしにできるのは、せいぜい捜査の邪魔をすることくらいだもの。

 ブライアン・ライトって、いったいどんな人なんだろ。本当に悪魔なのかな。放課後、彼が掲載されている雑誌を探してみようかな。

「ジーン・ジャズウィット。窓の外に愛しいロミオさまでもいるの?」

 先生の言葉に、みんなが笑った。わたしも肩をすくめて見せる。

「うっ……と、いいえ」

 次の章を読んでと先生に言われる。教科書を開きながらもう一度窓の外を見ると、カラスはもうどこにもいなかった。

 

★ ★ ★

 

 次の授業まで、一時間ある。こんなとき、みんな図書館や自習室、ときにはカフェテリアのテラスで自習をするから、わたしも堂々と図書館に行ける。

 由緒正しい我が校の図書館は、赤レンガ造りの三階建て。中央棟から続く長い廊下を渡った先にあり、吹き抜けの壁一面が書架になっていて、重厚な英国っぽい雰囲気だ。わたしのお気に入りはテラスに続く窓際だけれど、TDしか知らない憩いの場じゃないのはあきらかだ。だって、すでに数人の生徒が居座っちゃってるもの。

「どこなんだろ」

 ざっくりしすぎな見取り図を見てもわかるわけがない。授業が終わったのに誰のメッセージも入らないし、もしかしてわたしの携帯だけつながってなかったりして? ありえそう。でも、探偵気分で探るのも悪くない……と、奥まった書架の手前で思わず足を止めた。

 映画のセットみたいな図書館だからこそ、危険なエリアもあったりする。たとえばこの先の古ぼけた百科事典エリアは、ほとんど誰も寄りつかない。それに加えて、高い書架が壁みたいにそびえていて死角になるため、カップルの絶好ないちゃつきスペースと化しているのだ。

 ああ、そっか。なるほど……。もしかすると、いちゃつきスペースのさらに奥にあるのかも。だとすると、通過するのはかなり難しい。いちゃつくのに夢中になっているカップルに気づかれないよう、狭苦しい書架の間を通らなくちゃいけないもの。でも、可能性があるのはそこくらいだし、試しに行ってみるしかない。

 息を殺し、本を探しているふりをしながらゆっくりと奥の書架に向かった。と、案の定こそこそしている話し声が聞こえてきた。わたしは態勢を低くして、書架に並ぶ百科事典の隙間から奥をのぞく――って、うわ、最悪。

「くっそ。さっきから頭がめちゃくちゃ痛てえ……」

 しかめ面のメイソンが言う。すると、

「医務室で薬もらったら?」

 ミラが言った。会いたくない相手にやたら会うことってある。わたし、もしかするとこういうところで運を使ってるのかな。だとしたら、全然嬉しくない使い方だけど!

「おまえの天敵、なんでかTDを味方につけたみたいだぜ」

 はあ? とミラが顔をしかめた。味方かな? まあ、一応そうかも。

「ジーンが? なによそれ、どういうことなの」

「TDは一匹狼の変人オタク野郎だけど、あいつに目をつけられたらなにされるかわかんねえ。あいつ、相手が誰であろうが携帯に入ってる写真データだって、ごっそり盗んじまうんだぜ?」

 知らなかった。それはすごい。ミラは悔しげに親指を噛みはじめた。

「……ジーンってば、ジェイコブ・キャシディとつきあってるくせに、今朝はヘンリーと手をつないで登校してるの見たの。天パのちんちくりんのくせにいきなりモテだしていったいなんなの。ただでさえムカつくのに、見れば見るほどさらにムカついてしょうがないわ。どうすればいいわけ?」

 ちんちくりんって表現、久しぶりに聞いた気がする。モテてはいないし、ただでさえムカつくのなら見ないようにすればいいのに。呆れて息をつきそうになった矢先、メイソンがミラの頬をさも愛しそうに片手で包む。

「おれがなんとかしてやる」

「マジで早くそうして」

 大変だ。いまにも不快なシーンに移行しそう。このままじゃ、わたしの目が腐ってしまう! でも、怖いもの見たさで視線は釘付け……ああ、メイソンの顔がミラと重なって――。

 ――ピローン。

 静まり返る空間に、間抜けな着信音がこだました。動きを止めたメイソンとミラが、悪魔の形相で書架を見まわす。音量の距離感で、近くにいるのはバレバレだ。なにしろ音を鳴らしたのは、ここにいるこのわたしだから。っていうか、わたしのバカ! 携帯の音を消してなかったなんて!

 メイソンとミラがこっちに来る。ここからダッシュで逃げたとしても、髪型とうしろ姿でわたしだってバレるかも。けど、バレてもいっか。いや、それはそれで面倒だ。とにかくどこかに隠れよう!

 うしろにしりぞいた直後、誰かに腕をつかまれた。びっくりして振り返ると、ジェイだった。ジェイは黒いパーカのフードをかぶると、わたしの腕を取って書架のすみに行き、わたしを壁際に押し込めた。と、唇に指をあて、二人からわたしを隠すようにおおいかぶさり、抱きしめてくる……って、ジェイの唇が、わたしの額にあたってる。誰だってときめいちゃうようなこの絶妙な身長差もさることながら、記憶にない昨夜のことを思い出しちゃうし、心臓バクバクでなんか吐きそう!

「……なんだ。わたしたちのお仲間みたいよ、メイソン」

 いちゃつくカップルって意味らしい。息をついたメイソンは、

「気がそがれたな。腹も減ったし、カフェテリアに行こうぜ」

 二人の足音が遠ざかっていく。た、助かった。でも、ジェイはまだわたしを抱きしめている。とにかく、なんとか声にした。

「あ、ありがとう……」

「メッセージを見たから、ここかなと思って」

「そ、そっか。あなたも次の授業ないの?」

「サボった……ことになるかもね」

 思わず笑うと、ジェイもクスッとした。だけど、そろそろわたしの背中にまわされている腕をなんとかしてもらわないと、心肺停止で倒れかねない。

 いや、待って。そっか。きっと、懐かしさにおそわれたのかも!

「ジェイ、もしかして犬飼ってなかった? わたしのセット前の髪の毛みたいな、もじゃもじゃで大きいタイプ」

「え?……いや、飼ったことはないよ」

「えっ!?」

 わたしの推理がはずれた! じゃあ、なにもかも丸ごとどういうこと? あまりの衝撃に固まった瞬間、またもやピローンと着信音が鳴った。それを合図にしたかのように、フードをはらったジェイは息をつき、やっと腕をゆるめてくれた。直後、

「うおっと、二人発見。なんだよ、いちゃついてたのか?」

 携帯を手にしたTDが苦笑する。どこまでもマイペースなTDのおかげで、照れくさい空気が一変した。とっさにわたしから離れたジェイの耳が赤いことに気づいて、なんだかわたしの顔も赤くなっていく。いちゃついてたわけじゃないと否定するより先に、TDはどうでもいいと言わんばかりな調子で言った。

「ま、なんでもいいぜ。見つけられたから、おれのメッセージはスルーしてくれ」

 わたしのメッセージを見て、来てくれたようだ。気を取り直すように、ジェイが髪をかきあげる。そうしてTDに近づきながら訊ねた。

「あの見取り図だとわからないよ。例の場所はどこ?」

「だよな、知ってる。教えてやるから、フランクルとボクちゃんにもあとで伝えてやってくれ」

「ボクちゃん?」

「蝶ネクタイのちっこいやつ。名前忘れた」

「パットだよ」

「そっか。まあ、どうでもいいぜ」

 話しながら前を歩く二人を尻目に、わたしの頭の中はクエッションマークでいっぱい。

 うーん……ジェイの行動の理由がさっぱりわからない。首をかしげてる場合じゃないのに、適切な答えが見つからなくて困る。いっそのこと、直接ジェイに訊いたほうがさっぱりするかも? ぐるぐるとそんなことを考えている間、TDは書架のさらに奥へと歩みを進めていく。やがて、絨毯ぐらいある花柄模様のタペストリーの前で、TDが立ち止まった。

 壁にかかるタペストリーをめくると、なんと。窓のない木製の古いドアが隠れていた。

 びっくりして目を丸くすると、TDがその場にしゃがむ。ドアと床の隙間のくぼみに指先を入れ、鍵を取る。人の気配がない背後の書架を見渡してから、ドアの鍵穴に差し込んで開ける。TDはわたしとジェイを先に入れ、タペストリーをもとに戻してドアを閉め、壁のスイッチをあげた。そのとたん、薄暗い電球があたりを照らし、レンガの壁の広い通路が視界に飛び込んだ。

 なにここ、びっくり!

「こんなところ、知らなかった」

「この通路は大昔の石炭倉庫だったらしい。知ってるだろうが、この学校は繊維工場の跡地に建てられてる。一番頑丈な建物をそのまま残して、いまみたいな図書館にしたんだ。この場所を知ってるのは、もう退職した掃除のじーさんとおれだけだ」

 ずっと奥に、階段がある。先に歩きはじめたTDに、ジェイが訊ねた。

「どうやってここが?」

「入学したてのころ、休憩時間に一人でチェスしてる掃除のじーさんがいたんだ。片目をケガしてるじーさんで、おれがチェスクラブのやつらは弱すぎてつまんないってあるとき言ったら、誘ってくれた。そのじーさんとやりはじめたらめちゃくちゃ強くて面白くて、向こうもおれを気に入ってくれて、ほぼ毎日チェスをした。そんで、退職する前にここを教えてくれた。長年掃除をしてて、見つけたんだとさ」

「じゃあ、その鍵もおじいさんが持ってたの?」

「ああ。さっきのところに隠されてたそうだ。っつーことで、おれが受け継いだ。これからもさっきのところに隠しておくから、好きに使ってくれ」

 通路を進む。つきあたりまで行き、階段をのぼる。踊り場で右に曲がり、さらに階段をのぼった。なんだか非常階段っぽい。石造りの壁がただただ続いていくだけで、どこにもつかない。いったいどこまでのぼるんだろ。そう思ったとき、やっと明るい空間に出られた。

「えっ……えええ?」

 なにここ、なにこれ!

 ものすごく広くて、傾斜のある天井の窓から日差しがふりそそいでいる。まるで、有名アーティストの暮らすロフトみたい。

 もともとここにあったものなのか、年代物のソファがL字型に配されてある。大きなテーブルはTDの作業台と化していて、ラジカセに加えて工具が散乱していた。そのうえ、床にはボードゲームにさまざまなラジコンカー、ボール、スケートボードやローラーブレードが転がっている。

 子どもが見たら、きっと興奮しすぎて眠れなくなる。まるでおもちゃの国だ。

「……すごい。屋根裏部屋?」

 ジェイが言う。

「ああ。工場だったときは、家のない下っ端のやつらが寝起きしてたところかもな」

 コの字型の空間を見渡しながら歩いていると、布にくるまれた物体が視界に飛び込んだ。

「それなに?」

 わたしが訊ねると、TDが布をつかむ。バサリとそれを取ると、ありえないものがあらわれた。わたしは思わず、あんぐりと口を開けてしまう。ジェイもさすがに動きを止めた。

 簡易的に組まれた骨組みから察するに、ぎりぎり一人乗り。左右に翼があり、外側の様子だとほとんどできあがっていた。

「な、なんでこんなところに、これがあるの……?」

 どこからどう見ても空を飛べそうな代物が、そこにあったのだ。

「……っていうか、そもそもどうやって、ここまで運んだの?」

「運んだわけじゃない。半年だけ図書委員をやってたときがあって、本の搬入やら整理やらに紛れて、材料とか道具なんかをこつこつ持ち込んだんだよ。家にも作業のできる倉庫があるけど、すでにいろんなもんでぎゅうぎゅうだったし、ここがめちゃちょうどよかったんだ。ここをぐるっと向かった先に、シャッターで閉じられたでっかい両開き扉があるから、そこから外に出られるしな」

 まさか……と思いながら、TDを見る。すると、ジェイが苦笑した。

「まさかと思うけど、念のために訊くよ。きみがこれをつくったってこと?」

 肩をすくめたTDは、

「だって、ラジコンのでっかいやつ、飛ばしてみたいだろ? なんかふとそう思っちまったから」

 あっさり言った。

 この人、絶対どうかしてる。もちろん、いい意味で!

 

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