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16:わたしと奇妙な四銃士

 フランクル家に到着するなり、血相を変えたキャシーママが玄関にあらわれた。
 デイビッドおじさんからすでに事情を聞いたらしく、いまにも倒れんばかりに胸に手をそえ、動揺している様子でわたしとヘンリーを交互に見た。
「今朝早くデイビッドに聞いたわ。きっとアーサーも聞いていると思うけれど、あなたがたは大丈夫? どこもケガはないの?」
「平気だし大丈夫だ、母さん」
 アーサーが言う。わたしはこっそり家を出てしまったことを謝罪した。
「キャシーママ、本当にごめんなさい。でも、どうしても友達に会いたくて……。もちろん、すぐに戻るつもりだったの。でも、その……」
 キャシーママの瞳が輝き、みるみる頬が紅潮しはじめる。
「悪魔と魔法よね! ええ、わかってる。なんてこと……なんてことなの! 魔法使いがいたなんて!」
 違う方向で興奮していた。そんなキャシーママを、ヘンリーがいさめた。
「母さん、十代じゃないんだから落ち着いてくれ」
 ふう、とキャシーママは目を閉じ、息をととのえた。
「そうね、大人げがなかったわ。女の子が二人失踪しているし、危険なことに変わりはないもの。でも、魔法の世界だなんて、まるで若いころに夢見た物語みたい……!」
 付き合いきれないと言わんばかりに、ヘンリーはキャシーママの横を通り過ぎ、制服に着替えるため自室へ行こうとする。
「ヘンリー、ちょっと待って」
 階段をのぼりはじめた彼を、キャシーママが引き止めた。
「ちなみにだけれど、あなたはどうしてそこにいたの? だって、ジーンのお友達はあなたのお友達ではないのでしょ?」
 ヘンリーが振り返った。と、意味深な眼差しをわたしにそそぐ。
「ジーンの動きが怪しいから、なんとなく追いかけてみた」
「追いかけた?」
 さすが、市警部長の奥さま。突っ込みが鋭い。やれやれといった様子で、ヘンリーは眼鏡を押しあげる。
「夜食を持っていったとき、いまにも外に出そうな格好だった。いったんは無視したが、カーテンを閉めようとした矢先、外に出たジーンが見えた。おれが記事にしたいターゲットと会うのではないかと考えて、あとを追った。その結果、さまざまなハプニング要因によっておれの脳に変化が生じ、現在は彼女を非常に好ましく思っているというわけだ。以上。ほかに質問は? ないなら早く準備をしないと遅刻する」
 うっ。わたしが息をつめたのと同時に、キャシーママがあ然とした。
「なんですって? 非常に好ましい?」
「フェニルエチルアミンが分泌され、快楽物質のドーパミンの濃度が上昇。その心地よさを脳が持続させたがっている最中ってだけのことだ」
 何度も同じせりふを告げているせいか、ヘンリーはげんなりした顔つきで階段をのぼりはじめた。そんな彼を見上げたキャシーママは、嬉々として微笑んだ。
「ヘンリー、なにを言ってるの。あなた、ジーンに恋してるのよ!」
 ズバリ、言ってしまった。でも、ヘンリーは清々しく鼻で笑った。
「ハハハ! たしかにそれに似た感覚におそわれているところだが、すべては脳が見せているまやかしにすぎない」
 そう断言し、自室に向かってしまった。
 よかった。ヘンリーはどこまでもヘンリーだ。いまのところは予想外の過剰なスキンシップもないし、このまま静かに収束してくれることを祈ろう。
 キャシーママが嬉しそうにわたしを見た。
「ああ、ジーン! お礼を言わせて?」
「えっ」
「よくわからないけれど、あの子はやっとあなたのおかげで、人間の男の子になろうとしてるみたい。母親としては、あの子の成長を応援したいの。もちろん、あなたの気持ちも尊重するわ。あなたたちがいい関係になれるのならそれでいいし、あの子の片思いなら、それでもいいの。どちらにしても、あの子にとっては素晴らしい経験になるもの」
 ふう、と息をつく。
「デイビッドが、あなたもヘンリーも危険かもしれないって言ってたの。事件が一段落するまでは、護衛付きで自分があずかるって言ってくれたわ。わたしもそれが最善かなと思っているの。それでね、できるかぎりあの子と一緒に行動してくれると嬉しいのよ、ジーン。もちろん、無理にあの子のことを好きにならなくてもいいから」
 わたしはうなずいた。ヘンリーのことはびっくりしたものの、きっとだんだん冷めてきて、今日中にでも脳観察は終了するだろう。根拠はないけれど、そんな気がする。
 とにかく、こういうときは、ボーイスカウトのキャンプ体験を思い出して、一人にならないように行動したほうがいい。
「うん、大丈夫。固まって行動するね」
「ありがとう。本当は、あなたのパパとママの旅行中、ここに暮らしてもらいたかったんだけれど、もしもここに悪魔があらわれたら――見てみたい気もするけれど、そんなの危険だしよくないことね。とにかく、わたしは魔法なんて使えないし、あなたやヘンリーを守りきれないわ。きっとアーサーも同じ意見よ。でも、問題はイタリアにいるあなたのパパとママね」
 そうなのだ。今日あたりフランクル家に、国際電話が来るかもしれない。
「あの……わたしはできれば、内緒にしておきたいな。事情を伝えたら、さっさと旅行をきりあげて戻って来そうだもの。そんな邪魔はしたくないんです。ずっと前から計画していた旅行だし、パパとママには思いきり楽しんでもらいたいから、帰って来てから全部伝えてもいいかなって。きっとめちゃくちゃ怒られると思うけど……」
 わたしの肩をそっと抱いて、キャシーママがうなずいた。
「そうよね、いいわ。わたしもニコルとWJに叱られるかもしれないけれど、あなたの嘘に加担しちゃう。なにしろあなたは恩人だもの」
「えっ、恩人?」
 キャシーママが笑った。
「我が家のロボットを、人間にしてくれそうな恩人ってこと。少なくとも、一体をね」

★ ★ ★

 パパとママからの電話があったら、キャシーママがうまく取り合ってくれることになった。
 嘘をつく罪悪感はめちゃくちゃあるけれど、ずっとつき続けるわけじゃない。それに、二人が帰るころには事件だって解決してるかもしれないもの。無駄に心配をさせて邪魔をするより、いまはそっとしておくのが賢明だ。そう自分に言い聞かせながら、カルロスさんの運転する車にふたたび乗り込み、ヘンリーとともに校門をくぐった。
 ジェイは先に着いているはず。もう教室に入ってるかもしれない。そう思う一方で、姿を探してしまう。
 それにしても、おかしなことになっちゃったな。いまさらだけれど、冷静に考えたらものすごくヘンな感じ。だって、わけありとはいえ、ヘンリーとジェイと暮らすわけでしょ?……と思ったところで、思い出す。
 そうだ。わたし、ジェイにキスされたんだった。おでこにだけど。
 でも、自意識過剰になる必要なんてない。とにかく、犬を飼ってたか訊いてみなくちゃ。そんなことを考えていたとき、バスケットボールを取りあいながら校舎に入ろうとする下級生が視界に飛び込んだ。と、数人がそれに加わって、やがてバスケがフットボールになってしまった。
 朝から元気だななんて思いながら通り過ぎようとした矢先、キックされた剛速球のボールが突如こっちに向かってきた――と、ヘンリーがわたしの腕を引っ張り、拳でボールを地面に叩きつけた。
「す、すみません……!」
 私服姿の下級生が、制服姿のヘンリーに顔をこわばらせる。ヘンリーは「気をつけろ」とだけ言って、下級生を追いやった。
「あ、ありがとう……」
 助けられてしまった。これ、どういうことだろ。昨日までのヘンリーなら、きっとわたしを置いてさっさと校舎に入ったはず。たとえ、わたしの顔面にボールが直撃したとしても。それに、昨日と違うポイントはまだある。
「そ、そろそろ腕を放してもらえないかな?」
「そうしたいんだが、おれの手が言うことをきかない」
 そう言うと、わたしを見つめてきた。それはもう、まじまじと。もしかして、自分の脳の反応を観察しているのかも。なんにせよ……本当に気まずい。
 自慢じゃないけど、わたしはパパじゃなくてママに似てる。つまり、とりたててかわいくも美人でもない容姿ってこと。もちろん、わたしはわたしが大好きだけれど、哀しいかな、ほかの人もそうだとはかぎらない。
 ヘンリーに特定のガールフレンドはいなかった。でも、物心ついたときから噂になった女の子は山ほどいた。みんなかわいかったり、美人だったり、読者モデルからハイブランドのモデルになった子もいる。それなのに、どの子も本命にならなかった。それはおそらく、ヘンリーの言葉を借りれば「想像の範疇を超えない女子に興味はない」ってことだったんだろう。
 ということは、わたしは想像の範疇を超えたのかな。でも待って。だったらパティのほうが百万倍は超えてるはず。でも、超えすぎても現実離れしすぎてダメなのかも?
 ああ……。そうかもしれない……。
「へ、ヘンリー? わたしの顔にはなにもついてないはずだけど?」
「ほくろを見つけた。こめかみのあたりと、ここと、ここにもある。小さいのが」
 いきなり、わたしの顔を指でつつきだす。そのたびにのけぞるものの、がっしりと腕をつかまれているから離れられない。えええ……なにこれ。なんなのこれ!
「の、脳観察に必要なら、わたしの写真あげようか?」
 ジョークのつもりで言ったのに、ヘンリーは真に受けた。
「なるほどな。もらってやる」
 なんで上から目線なんだろ……っていうか!
「あなたの脳観察、いつ終わるの?」
「さあな。いまのところは終わりそうもない」
 それは残念だ。
「何度も言うけど、わたしはあなたの観察日記につきあうつもりはないからね!」
 腕をつかまれたまま校舎に入る。ヘンリーはにやっとした。
「観察日記とは、いいアイディアじゃないか。さっそくつけてみよう」
 うまいことスルーされた気がする。これじゃ、前のいけすかないヘンリーのほうが全然マシだ。どうしたら戻ってくれるんだろ。せっかくセットしておさまった自分の髪を、ぐしゃぐしゃとかきまわしたい衝動にかられた直後、ロッカーの前でコーヒーを飲んでいるジェイを見つけた。そのとたん、どくんと鼓動が高鳴る。
 ジェイがわたしとヘンリーに気づいた。コーヒーを飲み干すと、教科書とノートをつかんでロッカーを閉じ、こちらに近づきながら紙コップをゴミ箱に投げ捨てる――と、ふいに足を止めると、けげんそうに目を細めた。彼の視線はわたしの奥にそそがれていて、ヘンリーと同時に振り返る。すると、束になったプリント用紙を見ながら、右往左往している小柄な男の子がいた。
 斜めがけにしている革の鞄が重そうだ。ボタンダウンシャツに蝶ネクタイ、ニットベストという前世紀に流行ったみたいなスタイルで、くしゃくしゃなブラウンの髪に分厚い眼鏡をかけていた。
 うーん……なんでだろ。
「彼のこと、すごく知ってる気がする……」
 ものすごい既視感だけれど、他人の空似ってこともある。わたしが戸惑っていると、ヘンリーの眼鏡がきらりと光った。
「どうやらおれのアイディアが採用されたらしいな」
「えっ」
「どうせ変身するなら、いっそ男子になるというアイディアだ」
「えっ!」
 そういえば、そんな会話をした覚えもあるけど、ほんとに?
 ヘンリーの手の力がゆるんだすきに、腕を放す。瞬間、男の子がこちらを見た。そのとたんに満面の笑みで駆け出すも、あろうことか男子トイレから出てきたメイソンに思いきり体当りし、その反動でうしろに転んで尻もちをついた。
 うっ……。もしも彼がパティだとしたら、首をかしげてしまう。だって、昨夜のパティはすごく凛々しかったのに、今朝は転校初日のドジなパティに戻っちゃってるんだもの。
 もしかして、むりやり度入りの眼鏡をかけてるのかな。そのせいで周りが見えなくなってるのかも。それとも、姿だけじゃなくて性格にも魔法かけちゃってるとか?
「なんなんだよ、邪魔くせえな。この学校のルールを教えてやる」
 メイソンが彼の胸ぐらをつかんで立たせた。あっという間に人だかりができたとき、わたしのうしろでジェイが言った。
「彼、もしかして?」
「う、うん……たぶん。とにかく、助けなくちゃ」
「また賭けをしようか」
「うっ……と、ありがとう。そうして欲しいけど、でも、あなたが目立っちゃうともっとややこしくなりそうだから、ちょっと待って。ほかの方法考える」
 とはいえ、なにも思い浮かばない。ええい、こうなったらわたしが突撃してやる! 鼻息荒く前に躍り出ようとするわたしを尻目に、ヘンリーはのん気にメールをしていた。
「ヘンリー、誰にメールしてるの?」
「助っ人だ」
「は?」
 ヘンリーが携帯を閉じる。その数秒後、どこからともなく妙なエンジン音が聞こえてきた。見るみるうちに人だかりに空間ができ、麻袋を積んだトラック型のラジコンカーが、ギューンと猛スピードでそこを通ってくる。と、メイソンと、彼に胸ぐらをつかまれたパティ疑惑の男の子の間でピタリと止まった。
「……なんだ?」
 メイソンが眉根を寄せた瞬間、トラックの荷台がじりじりと上昇した。誰もが見守る中、トラックのナンバープレートがタイマーにきりかわり、カウントダウンをはじめる。
 嫌な予感がしたときには、遅かった。タイマーがゼロになり、麻袋がクラッカーみたいに爆発し、花吹雪とともに大量の胡椒が生徒たちにふりかかった。
「――なんなんだよ! くっそ!」
 目を赤くしてくしゃみをしはじめたメイソンが、パティ疑惑の子を放した。わたしもくしゃみをしつつ、連続でくしゃみをしている彼の手を取り、人だかりから急いで去った。
「あ、あ、あなたは――クシュン!」
 パティなのか訊きたいのに、くしゃみがすごくて声にならない。彼もくしゃみで答えられずにいる。
 まったくもう! こんなことをするのは一人しかいない。きっとヘンリーは、新聞部に面白ネタを提供してくれる彼と、連絡先を交換済みだったんだ。
「と、とにかく――クシュン!」
 落ち着かなくちゃ! くしゃみをしながらロッカーのあるところまで行くと、リモコンを手にしたままお腹を抱えて笑い転げている張本人がそこにいた。
 肩に届く無造作ヘア、アニメプリントのTシャツにチェックのシャツ、チノパン。方向が違えばイケてるロックミュージシャンに間違えられそうな風貌なのに、いろんな意味で残念な超絶イケメン上級生。
「めっちゃ笑える! 憂鬱な朝が吹っ飛んだぜ!」
 カルロスさんの言っていた助っ人のTDが、嬉しそうに言った。いままできちんと接したことがなかったけれど、この人の中身はおそらく十歳で止まってる。たとえ、ヘンリーと同等のIQだとしても。
 ああ……ほんとに頼れるんだろうか。わかんないけど、いまのところは不安しかない。

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