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03:ジャズウィット家の真実

 子どものころ、いろんなことを想像した。実はママとパパは人間の世界を楽しむためにやってきた妖精の国の王さまとお妃さまで、わたしはお姫さまなんじゃないかとか。このくせ毛交じりのブラウンの髪も、大きくなったらキャシーママみたいなストレートのブロンドになるかもしれないとか。

 大きくなるにつれ妖精の国なんてないってわかったし、わたしの髪もブロンドになんてならなかったけど、想像と違ったからってがっかりはしなかった。だって、わたしがポップスターやスーパーモデルになれるわけがないのと同じで、ほとんどの人にとって人生は平凡なものだから。もちろん、その『ほとんど』にはわたしも入ってる。

 ……というか、入ってるって信じてた。自室のベッドで目が覚めるまでは。

 身体が重い。寝返りながらまぶたを開けると、わたしを抱きしめて眠っているママの顔がすぐそばにあった。暗い窓辺に視線を向けると、着崩したタキシード姿のパパがいて、椅子に座って本を読んでいる。と、わたしの気配に気づいたのか、こちらを見た。

 本を閉じて腰をあげ、近づいてくる。

「ジーン、気分は?」

「……平気」

 わたし、どうしたんだっけ。デイビッドおじさんの豪邸に行って、それから……なんて、考えなくても簡単に思い出せる。おじさんのプールサイドを料理で汚しまくったうえに、ママとパパの結婚記念日を台無しにしてしまったんだ。

 わたしのおかしなサイキックパワーが、目覚めたせいで。

「迎えに来てくれたの?」

 わたしが言うと、ママが起きた。

「……オペラの途中だったでしょ。ごめんなさい」

「ジーン、そんなこと言わないで。謝るのはわたしとパパだもの。内緒にしていてごめんなさい。本当に」

 額にキスをされ、泣けてきた。どうしよう。わたしって、もしかして。

「……普通じゃないの?」

 ベッドに座ったパパが、驚いたように息をのんだ。ママも言葉につまってる。

 考えてみたらわかることだ。だって、元スーパーヒーローが親戚のおじさんなんだもの。デイビッドおじさんの血を、わたしが受け継いだってことなのかもしれない。もしもそうだとしたら。

「わたしみたいな人、おじさんのほかにまだいる? そういう一族なんでしょ?」

 ママとパパが意味ありげに視線を交わした。

「実はね、あなたが成人したら話そうと思っていたの」

 そう言って上半身を起きあがらせたママは、わたしの頭を優しくなでてくれる。すると、パパが言った。

「ジーン、パパと二人で話そう。とにかく、まずはなにか食べて。パパと話したくなったら、屋上においで」

 

★ ★ ★

 

 軽くシャワーを浴びてから、テイクアウトの中華料理を少し食べた。お守りだったペンダントはチェーンが壊れてしまったため、トルマリンの『J』だけをルームパンツのポケットに入れる。

 サプリメントはただのサプリじゃなくて、サイキックパワーをおさえる薬なのだとママに教えられた。

「鎮静剤みたいなもの?」

 ママがうなずく。

「あなたの力は感情に左右されるみたい。だから、それを穏やかにする薬なの。どちらかというと安定剤みたいなものかな」

 なるほど。もっと早くそう言ってくれたら、間違いなく飲み続けたのに。そう思う一方で、ママもパパもどうやって伝えるべきか悩んでいたことも、簡単に想像できてしまう。早く伝えようか、大人になるのを待とうか。迷って相談して決めて。それでもやっぱり迷ったり。きっとその繰り返しだったんじゃないかな。

 それは全部、わたしが傷つかないように、わたしのことを思うからこその迷いだ。

「そっか……」 

 ぼんやりとした気分で返答し、屋上に向かおうとしたとき、

「ジーン。さっきの答えだけれど、たしかにあなたは普通じゃない」

 そう言ったママは、驚くわたしをまっすぐに見つめた。

「それに、わたしもパパも、ヘンリーのママとパパもデイビッドも、みんな普通じゃない。この世界中の誰もが、この世界でひとりきりの特別な存在だとママは思ってる。特別ってことは、普通じゃないってことでしょ? だから、あなたは普通じゃない」

 わたしに近づいて両腕を広げると、ぎゅっと抱きしめてくれる。

「わたしたちは普通じゃないチーム。なにがあってもあなたの味方だし、あなたを心から愛してる。だからなにも心配しないで」

 なんだか、どうしてママがモテるのかわかった気がする。こんなふうに言ってくれる人がそばにいたら、へこむことがあっても元気になれるもの。

「わたしもママみたいになれたらいいのにな」

 思わずつぶやくと、クスクスと笑われた。

「それをヘンリーのパパの前で言わないでね。フリーズした携帯電話みたいになっちゃうから」

 

★ ★ ★

 

 アパートメントハウスの屋上にいたパパは、アウトドア用の椅子に腰かけて夜空を見上げていた。足元には、明かりの消えた電球式のランタンがある。

 もう一脚の椅子にわたしが座ると、パパはにっこり微笑み、ランタンを無言で指差した。と、パパが軽く右手をかかげる。すると、電球が明滅しはじめる。薄暗く点灯した二十ワットの電球は、やがて太陽光かと思うほどの明るさを放ち、瞬時に割れた。

 すっごい手品……だなんて、とぼけられたらすごくいいのに、このシチュエーションでそれはない。どうしよう。まさか、うそでしょ。

「パ……パパ?」

 心臓がバクバクしすぎて、いまにも口から飛び出しそう!

「い、いまのって、手品じゃないよね。ってことは、つまり……?」

「つまり、きみは紛れもなくぼくの娘だってことかな」

 立ちあがると、右手をスナップさせる。勝手に折りたたまっていく椅子が宙に浮いた刹那、屋上のすみまで飛びすさると、ベンチの上にそっと落ち着いた。

 うっ……うそでしょ!?

「そ、掃除がはかどりそう……だね」

 わたしの間抜けな言葉に、パパは笑った。

「こういったことは、十代がピークらしい。いまのぼくにはこれが精一杯だ」

「じゃあ……パパもデイビッドおじさんみたいなパワーがあったの?」

 パパがわたしを見た。

「というより、ぼくがおじさんのふりをしていたんだ」

 ――えっ。

「え?」

「摩天楼の空を飛んでいたのは、ぼくなんだよ。ジーン」

 パパははっきりと、そう告げた。

 

★ ★ ★

 

 二時間にわたるパパとの会話を終えて部屋に戻ったものの、ものすごい真実に頭がギラギラして全然眠れない。いまわたしの脳みそをX線で撮影したら、『うそでしょ!』って文字でいっぱいだと思う。っていうか、うそでしょ。

 ――『パンサー』がパパだったとか、うそでしょ!!

 妖精の国の王さまよりもインパクトが大きすぎる。いや、どうかな。同じくらい?……って、そんなこといまはどうでもいいの!

 うっそ、うっそ! しかも最悪なのはこの衝撃をわかちあえる友達が、わたしにはひとりもいないってことだ。だって、わたしの通っている私立の高校には、わたしの古着趣味をバカにするような鼻持ちならないお金持ちの子しかいないんだもの。でも、我慢してつくっておくべきだったのかもしれない。

 こういうときのために!

「しゃ、しゃべれる相手がいないなんて……っ」

 苦しい。頭をわしづかみながらベッドで身もだえ、何度も寝返りをうつ。深夜二時にもかかわらず、睡魔はいっこうに訪れてくれない。あきらめて起きあがると、パパの告白が頭の中を勝手に駆け巡っていった。

 生まれつきのパワーを、デイビッドおじさんのパパに発掘され、目立つことの好きなデイビッドおじさんに成り代わってスーパーヒーローになったこと。かつて活躍したヒーローがギャングと手を組んで悪党化し、ママやヘンリーのパパとママ、デイビッドおじさんと手を組んでやっつけたことも、教えられた。

 お金持ちで孤独なスーパーヒーロー(デイビッドおじさん)が、いろんな女性と浮名を流しながら悪党を倒していく映画やコミックの渋い内容と違いすぎて、ものすごく驚いた。

「どうして映画もコミックも内容が違うの?」

「高校の同級生と悪党を一網打尽にしただなんて荒唐無稽だし、物語にしたって大人に受けないからね。そう思わない?」

 ……否定できない。

「パパたちのほかに、ほんとのことを知ってる人っている?」

「当事者以外は知らないはずだよ」

「そっか……」

 今夜はすごいことばかり。情報量が多すぎて、処理するのに百年くらいかかりそう。

 びっくりしすぎてなにも言えずにいるわたしに、パパは言った。

「ぼくは正義の味方になりたかったわけじゃない。ただ、自分の好きな人や大切な人を守るために、自分の力を使ったんだ。それだけのことだよ」

 ママを好きになってママと結婚し、わたしが生まれた。生まれてすぐ、泣くたびに時計が壊れたりコップが割れたりすることに気づき、パパとママはデイビッドおじさんに相談し、特殊な検査でわたしを調べてもらったそうだ。

 パパのサイキックなパワーを受け継いだわたしは、毎日一錠の薬と『J』のトルマリンが必要になった。

「これ?」

 ポケットから石を出して見せると、パパがうなずく。

「トルマリンには電磁波を吸い取る作用があるって、本で読んだことがあってね。根拠もないし迷信じみてると思ったけれど、どうしても信じたくなった。だからこっちは、ほとんどただのお守りだよ。愛する娘が、いつも無事でいられるように」

 そう言って、パパはわたしを抱きしめてくれたのだった。

 自室のベッドに座りながら、ぼんやりとパパの言葉を反芻する。そうして、愛がいっぱいつまってる石を握り、腰をあげた。

 べつにどうってことないって、思いなおす。だって、薬を飲んでいたらいままでどおり、わたしは目立たないただの高校生だもの。ただ、わたしのまわりにいる大人がド派手だったってだけ。

「……まあ、たしかに普通じゃないよね」

 ママの言葉を思い出して、ちょっと笑った。のどが乾いてキッチンに行くため、廊下にでる。すると、リビングからママとパパの声が聞こえた。立ち止まって耳をすませると、結婚二十周年を記念するイタリア旅行について話している。わたしが心配だからとかなんとか、ママが言う。パパも同意して、明日旅行会社に連絡するなんて言いだした。ストップ、そこまで!

「なに言ってるの、行かないとダメだよ」

 思わずリビングに足を踏み入れると、二人は目を丸くした。

「ジーン、まだ起きてたの?」とママ。

「うん、情報量の多さに脳みそが追いつかなくて。それよりも、行かなくちゃダメだよ。去年からずっと楽しみにしてたじゃない。わたしなら平気だし、もう絶対に絶対に薬を忘れたりなんてしないって誓うから、お願いだから行って?」

 二人が顔を見合わせた。「でも」とか「だって」とか言い出さないうちに、先回りしよう。

「べつにずっといないわけじゃないし、たったの十日でしょ? キャシーママだって二ブロック先にいるんだし、お隣のブラウンさんは元バスケ選手の消防士だよ?」

 つまり、現代のヒーローだ。

「だから、安心して行って来て。お土産は色んな場所のキーホルダーがいいな。携帯電話にいっぱいつけたいから。それか、珍しい切手とかシールね」

 ママが息をつく。心配するのはわかるしありがたいけれど、すでにオペラの邪魔をしちゃってるんだもの。これ以上お邪魔虫になるのは願い下げだ。

 しかたがないな。煮え切らない二人に向かって、わたしは鼻息荒く最後のとどめをさした。

「もしも二人がこの旅行をやめたら、わたし、腕におっかないタトゥーとか入れて、ゴスなクラブに出入りするみたいな女の子になるからね!」

 

★ ★ ★

 

 わたしの脅しが効いたのか、二人は無事、明日旅立つことになった。

 いろんなことがありすぎた翌朝。寝不足のまま身支度をととのえてダイニングテーブルにつく。オレンジジュースを飲もうとしたとき、

「ねえ、ジーン。学校までヘンリーに送ってもらう?」

 思わずジュースを吹きそうになった。

「ママ、ヘンなこと言わないで。ヘンリーとわたしが二言以上しゃべった場面、いまだかつて見たことないでしょ?」

 ヘンリーと二人きりの車内なんて、想像しただけでそれこそ魔界だ。耐えられる自信ゼロ。

「そうだけど、ヘンリーはたぶんいい子よ。アーサーにそっくりだもの」

 アーサーはヘンリーのパパの名前だ。

「なにそれ」

 なぜかパパは、さも楽しげにクスクス笑った。

「いいさ、ぼくが送っていってあげるよ」

「ありがとう。でも、荷造りぜんぜんできてないでしょ? わたしはほんとに大丈夫だから、明日からの旅行のことで頭をいっぱいにして」

 パパの頬にキスをしてリュックを背負い、ママの頬にもキスをする。と、いきなりベルが鳴り響く。こんな朝から誰だろ。不思議に思いながらのぞき穴を見て、はっとした。

「ジーン、どうした?」

 パパが近づいて来た。ドアの前で突っ立っているわたしを不審げに見てから、のぞき穴に顔を寄せる。

「……誰かな」

 パパがドアを開けた。ヘッドフォンを首にかけて、リュックを背負っている男の子が微笑んだ。

「おはようございます。彼女を送るように、デイビッドに言われて来ました」

 ジェイが微笑む……っていうか、わたしってば昨夜の情報量の多さにすっかり忘れてた。

 ――この人のこと!

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