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02:ジェリービーンズだらけの夜

 食事をする前にあちこち連れて行かれ、全身ハイブランドでかためたどこぞのお嬢様に変身させられてしまった。デイビッドおじさんは歓喜と涙目を繰り返し、わたしが持ちきれないほどの贈り物をしようとするからさすがに引き留める。だって、タグも見ないで『ここからここまで』みたいな買い物をするんだもの。
 同じ金額を費やすのなら、もっと有意義なことに使っていただきたい!
「お、おじさん。プレゼントはすっごく嬉しいんだけど、だったらその……かわいそうな動物とか困っている人のために寄付してもらえたら、もっと嬉しいな」
「慈善事業ならとっくにしてるよ」
「わ、わたしとおじさんの連名で……とか?」
 おじさんはブルーの目を輝かせた。
「なんて素敵な子なんだ! さすがはニコルの娘だね。彼女はきみを本当にいい子に育てたんだな」
「パパもね」
 おじさんはふと目を伏せる。
「……まあ、そうだね。認めたくはないけれど、たしかにそうだ」
 いとこ同士のパパとおじさんは、仲がいいのか悪いのかいまいちよくわからない。もともとは気があったのかもしれないけれど、間にママが入っちゃって関係がこじれたんだろうって、わたしは密かに予想してる。ま、大人だろうといろいろあるよね。わたしと同じ人間だもの。
 おじさんはわたしの名前での寄付を約束してくれたうえ、結局靴とバッグも買ってくれた。さらにお金を使わせてしまったと後悔するわたしに、デイビッドおじさんは爽やかな笑顔を向けてきた。
「三秒で取り戻せるから、気にしないで」
 おじさんの世界ってどうなってるの? ほんとおっかない……。

★ ★ ★

 今年の食事はレストランじゃなく、デイビッドおじさんの豪邸でとるらしい。半年先まで予約で埋まっている有名レストランのトップシェフが、腕をふるってくれるのだそうだ。
 クレセントシティのアップタウンは、お金持ちだらけの住宅街だ。中流のジャズウィット家だって十分裕福だけれど、このエリアに自宅があるのは桁違いの一族ばかり。しかもデイビッドおじさんは、シティの中心部にもいくつか自宅を所有していた。もちろん、世界のいたるところにもそれはある。
 青く輝くプールサイドに、テーブルと椅子がすでにセットされていた。細やかにライトアップされた豪邸から夜空を見上げると、静かな闇夜に星がまたたいている。
「すごい。きれいだね!」
「喜んでもらえてよかったよ。さあ、こっちだ」
「そうだ。ヘンリーのママが焼いてくれたこのクッキーを、デザートに一緒に食べない?」
「キャシーのクッキーか。いいね、もちろんだよ。その紙袋をシェフにあずけよう」
 今夜のためだけに雇ったらしいウエイターに、紙袋を渡す。案内されてテーブルにつこうとしたとき、三人分の椅子とテーブルセットに気づいた。
「誰か来るの?」
 おじさんはにやっとした。
「サプライズだ。少し遅れているみたいだから、先にはじめよう」
 オレンジジュースとシャンパンで乾杯する。ジュースを飲んでグラスを置こうとした矢先、なぜか一瞬、見知らぬ青い車が脳裏に浮かんだ。その車が、この豪邸の駐車場に停まる。運転席のドアが開いて――。

 ――誰か来る?

 そう予感した直後、わたしのグラスが割れた。オレンジジュースが飛び散ってドレスを濡らす。
「ジーン、大丈夫かい!?」
 おじさんが立ちあがる。まばたきをすると、白昼夢みたいな奇妙なその感覚は消えた。
「う、うん。ごめんなさい」
 いまのなに? それに、どうしてこんなふうにグラスが割れたのかな。ヒビでも入ってたとか? まさか、おじさんの家のグラスだもの。そんなこと絶対ありえない。
「ケガは?」
 おじさんがわたしの両手をとった――瞬間、ぞわりと髪の毛が逆立つ。全身に電流が走るような感覚がおそってきて、おじさんの手をとっさに離した。
「ジーン?」
 突如、視界に七色の光が満ちる。なにこれ。なんなのこれ。まるで色とりどりのジェリービーンズが空に舞いあがっていくみたいな光景が、勝手にどんどん広がって――。

 ――バチン!


 豪邸の電気がいっせいに消え、ペンダントのチェーンが砕け散る。『J』をかたどったトルマリンが床に落ちた。拾いたいけれど、身体が全然動かない。
「デイビッド様、停電です」
 ウエイターがプールサイドに顔を出した。そのお皿も粉々になって、
「うわっ!」
 せっかくの料理が床を汚す。
「きみ、こっちに来ちゃだめだ」
 そう命じたおじさんは、プールサイドに面した防弾ガラスの窓を全部閉めるように伝えると、両手をかかげながらわたしを見る。
「……落ち着いて、ジーン。おじさんに教えてくれ。いつもの薬は飲んだかい?」
 獰猛なライオンをあやすかのような声音だ。
「く、薬なんて知らない。けど、いつものサプリなら……飲んでない」
「なんだって?」
「忘れちゃったの。だって、サプリだもん。一度くらいべつにいいかなって……」
 ああ、視界のジェリービーンズが消えてくれない。おじさんの姿が、ソーダ水の泡に溺れてるみたいに揺れて見える。だんだん息苦しくなって、うまく呼吸ができなくなってきた。頭がガンガンする。わけがわからない。なにが起きてるの。なんでこんなことになってるの。

 ――誰か教えて!

 窓という窓が、ガタガタと大きく震えた。グラスを割ったのも、お皿を割ったのも、窓を揺らしているのももしかしてわたし?
「ジーン、落ち着くんだ。大きく息を吸って、吐いて……」
「で、できないの。ごめんなさい。よくわかんない。息ができない、苦しい……!」
 混乱で涙が目に浮かぶ。そのとき、窓を開けてこちらに来る人影が、極彩色にまたたく視界に飛び込む。でも、顔はよく見えない。
 床に落ちたペンダントの『J』を拾うと、デイビッドおじさんの横を通り過ぎ、わたしの目の前に立った。
 やっぱり顔はよく見えない――と思った刹那、わたしの手をそっととる。手のひらに『J』を握らせてくれると、
「目を閉じて、大好きなものを思い出してみて」
 優しい声。言われるがまま、目を閉じる。パパとママ、チョコミントのアイスクリーム、チューリップ、レコードショップと本屋の匂い、シャーベット柄のノート、真っ赤なコンバース……。
 ジェリービーンズの海に溺れる寸前、肺に空気が入っていく。
「そう、いい調子」
 やがて、いっきに海面にあがったかのように呼吸ができた。大きく息を吸って、吐く。深呼吸を繰り返しながら、ゆっくりとまぶたを開けたとき、
「ほら、できた」
 そう言って微笑んだ男の子が、わたしの視界に飛び込んだ。

 うわ、モデル? 繊細さを漂わせた端正な顔立ち。どこかさびしげで神秘的な瞳に釘付けになる。
「あ、あなた……」
 誰? そう訊ねるより早く、デイビッドおじさんが言う。
「今夜のサプライズだよ、ジーン。彼はジェイコブ。おれの養子だ」
 えっ。わたしが目を丸くすると、ジェイコブははわたしの握っている『J』を指した。
「それと同じ、ジェイでいいよ。よろしく、サイキック・ガール」


 ――サイキック・ガール?


 怖がりもせず驚くでもなく、平然とそう言った。

 サイキック・ガールって、まさかわたしのこと? なにそれ。どうしてそんなこと言うの。わけがわからない。なにもかもわかんないことだらけ。頭の中がぐちゃぐちゃなせいで、言いたいことがたくさんあるのに言葉が出ない。
 デイビッドおじさんを見る。わたし、サイキック・ガールなの? そう訊ねるより早く、全身の力が抜けていく。ジェイの腕に支えられた直後、わたしは意識を失ったのだった。

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