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終ノ章
把手共行
其ノ101

 猛烈ないきおいで、さまざまな場面が脳裏を駆け巡っていった。

 初江王の開けた扉の先の、真っ暗なトンネル。閻魔大王に、桜色の蝶が象った巨大な阿弥陀如来。秦広王、遠野さん、ハイコウに玉瀾ちゃんに礼鈴さん。朱色に染まった空の下の宮殿、炎の川。

 そして、そこに行き着く前に見たのが、ハシさんの花火だった。

 ハシさんと、竹蔵と、わたしと。それから。

「雨市と、見た――!」

 思わず叫ぶと、そばに立っていたカップルがぎょっとする。

 まだ上がっている花火にかまわず、わたしはきびすを返す。駆け出して橋のたもとから離れながら、興奮した。

 やった! これ、賭けに勝ったってことになるんじゃないのか?

 だって、わたし、なにもかも全部思い出したんだから!

 きっと間に合った。賭けの期限ぎりぎりで思い出した。

 興奮しすぎて落ち着かない! だってさ!

 雨市なのだ。雨市がずっと一緒にいたのだ。もう絶対、二度と会えないって思ってたのに、雨市はわたしの寿命の半分を喰ってくれていたのだ。

 喰って、そんでこの世界にあらわれたなんて……本気の本気ですごすぎる!

「う……雨市を探さないと!」

 花火はまだ終わっていない。いまが何時かはわからないけれど、八時に近いのはたしかだ。

 雨市がどうやって抜け出すつもりなのかは謎だけど、もしかしたらすでにこの場にいるかもしれない。この歓喜を、いますぐ雨市とわかちあいたい!

 鼻息を荒くさせ、全速力で露店の通りを走っていたときだ。

「あ、いた! ツバキ!」

 突然、うしろから呼び止められる。振り返ると、綿あめを売っている露店の前に、カガミちゃんと岩佐くんが立っていた。

「あっ、カガミちゃん!?」

 岩佐くんはTシャツにデニムというなんの変哲もない私服だけれど、カガミちゃんは水色の浴衣姿でめちゃくちゃかわいい! 

「ちょっと遅れてごめんだけど、鳥居んとこに行ったらあんたいなくて、けっこう探したんだよ? 来なかったのかと思ったけど、よかった! ってか、元ヤンの坊さんは?」

「仕事入っちゃって遅れることになって」

「あー……やっぱそっか」

「え?」

「近所のおじいさんが亡くなったってパパが言っててさ。そこもうちとおんなじ、あんたのお寺の檀家だから、忙しくなるよなーと思って」

 カガミちゃんが遅れたのには、わけがあった。そう予想をしたカガミちゃんは、岩佐くんのお姉さんカップルの車で、わざわざ遠回りをして迎えに来てくれていたのだった。

「うわ、そうだったんだ!」

「あんた一人なら乗れるから、一緒のほうがいいかなと思ってさ。途中で電話したんだけど遅かったっぽくて誰も出ないし、お寺も真っ暗だったし、しょうがないから通り過ぎて来たんだけどね」

 気を利かせてくれたんだ……!

「ごめん! ありがとう!」

 不便だから早くスマホ買ってと、カガミちゃんは苦笑する。そのとおりすぎてなにも言えない。

「と、とにかくさ。うい……鷹水さん、もしかしたらもうここのどこかにいるかもだから、わたし、探しに行くね!」

 背中を向けようとした、矢先。

「ってかさ、あんたのお寺は真っ暗だったんだけど、そのまわりでなんかしてんの?」 

 ……はい?

「なんかしてるって、なに?」

「や、あんたんとこのお寺のまわりに、首にごっつい数珠下げた坊さんがいっぱいいて囲んでるっぽかったんだけど……あの人らも葬式の手伝いとかで来た人なのかなって」

「……は?」

 カガミちゃんがわたしを見る。すると、岩佐くんも口を開いた。

「あと、赤い車も停まってたよね?」

「ああ、そうそう! それとさ、たぶんあたしの見間違いだと思うけど、なーんか村井っぽいやつも、坊さんに混じってうろちょろしてるみたいに見えたんだよね。もしかして村井の寺と合同でお葬式とかすんの? そんなのあるのか知らないけどさ」

 血の気が引いていく。赤い車って、たぶん絶対、リョーちゃんの車だ。

「そ、それ見たの、何時くらい?」

「うーん……六時半は過ぎてたか――」

 カガミちゃんが言い終えないうちに、わたしは駆け出した。

「ちょっ、どーしたの、椿!?」

 返事をする余裕もなくて、とにかく「ごめん!」とだけ叫びながら走った。

 

 ――雨市を、追い払うつもりなんだ。

 

 地獄から来た雨市を、地獄に戻すつもりなんだ。

 いや、もしかしたら雨市の存在自体を消すつもりで、リョーちゃんの集めた坊さんたちは、寺のまわりをうろついているのかもしれない。

 なにをするつもりなのかはわからないけど、まさか、お寺に誰もいない――父さんもいないこんなタイミングを狙ってくるなんて、マジでムカつく!

 リョーちゃんが言っていたのは、これだったんだ。お祭りの日を楽しみにしておけといったのは、このことだったんだ!

 でも、わたしはなにもかも思い出した。もしも賭けに勝ったのなら、雨市は魔物じゃなくなる。魔物じゃなくなれば、リョーちゃんたちがなにをしようが、きっと関係なくなるはず……だよね?

 え、待って。わたし、間に合った? それとも、間に合ってない?

「どっちだ?」

 人混みをかきわけながら、露店に挟まれた狭い通りを全速力で走る。わたしが思い出したほうが早かったのか、それとも――。

 ――それとも、遅かったのか。どっちなんだ!?

 露店の通りを抜け、住宅街に入る。ここにいるのかもわからない雨市を探すより先に、いまはとにかくお寺に戻ろう。

 戻って、リョーちゃんたちを蹴散らさないと!

 ずらりと車が駐車された場所を過ぎ、人波を逆走しながらバス停を目指す。バスは一時間に三本しか通らない。乗ったところで、家までは三十分以上かかる。タクシーって手もあるけれど、手持ちの三千円じゃギリギリだ。

「……高いし遠すぎる……!」

 誰もいないバス停に立ち、途方に暮れる。

 きっとリョーちゃんたちは、境内の中に隠れてなにかしているんだ。それで、いったいなにをするつもりなんだろう。

 ふと気づくと、花火の音が消えている。

「……父さん、もう帰ってるころかな」

 雨市はうまいこと抜け出して、もうここのどこかにいるのかな。だけど、ここにいるから安全ってわけじゃないかもしれない。

 ああ、焦る、どうしよう!?

「……か、考えろ、山内。とにかく、いったん帰らないと!」

 よし、いっそ走ってやる! 覚悟を決めたときだ。突然、両足首にひやりとした感覚が走った。

「ひっ!」

 目をむいて飛び上がる。とっさに見下ろした足首に、透けた両手ががっちりとつかまっていた。それは、鏡みたいにてらてらと輝く水たまりから伸びていた。

「うっ……おおおおっ!?」

 怯えてうしろにしりぞくと、足首につかまった両手の主が、水たまりから地上へと這い上がってきた。

 透けた手から腕、そして頭髪らしきもの、上半身。そこでやっと手が離れる。その透けている存在は、まるで穴からやっと出られたかのように地面に上がると、その場にしゃがんで頭を垂れた。

 和服。耳の下で切り揃えられた髪の主は――間違いなく。

「……な、なな、なんで。た、たた、」

 頭を上げ、前髪から顔をのぞかせると、わたしを見てにやっとした。

 ――おや、思い出したのかい?

 竹蔵、だった。

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