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終ノ章
把手共行
其ノ98

 父さんに起こされて目が覚めた。自分で起きられないほどたっぷり眠ったみたいだ……。

 ……って、いうか?

「ほれ、早く起きなさい。おまえが七時まで寝るなんて珍しい。具合でも悪いのか?」

「い、いや……体調は絶好調……」

「そうか。早くしないと遅刻するぞ?」

 父さんはぽすんと布団をたたいてから、障子を開け放って出て行く。布団の中でぱっちりと目を開けたわたしは、呆然とする。

 おかしい。なんで自分の部屋で寝てる? だって、昨日鷹水さんを見張るために、鷹水さんの部屋に布団を移動したはずなのに……と思い返したとたん、強烈な恥ずかしさがおそってきて身悶えるはめになった。

 えええええ……あれはない。いくら寝不足プラス情緒不安定っぽいメンタルだったとかいっても、さすがにあれはないって……。だってさ、見張る方法なんてほかにもあったじゃん。部屋じゃなくて廊下に布団を敷くとかさ!

「うわああ……女子にあるまじきなんということを……」

 布団の上で頭を抱えていると、廊下を歩いてきた鷹水さんと目が合った。

「おう」

 心なしかにやけているように見えるのは……わたしの気のせいでしょうか。

「ど、どうもです。ってか、昨日のアレは……夢ですよね?」

 むしろ夢であって欲しい! 鷹水さんは意地悪そうにほくそ笑み、腕を組む。

「へえ、たっぷり眠って冷静になったか」

「……はい。とても」

「夢じゃねえよ」

 ですよね。訊いてみただけです。

「……す、すんませんでした……」

 肩を落とすと、鷹水さんが言う。

「あんたがすっかり眠ったあとで、この部屋まで引っ張ってやったんだ。まあ、ちっとばかし迷ったけどよ」

 迷った?

「え?」

 鷹水さんは軽くうつむき、照れくさそうに自分の坊主頭を撫でた。

「なんでもねえよ」

 そう言い残し、本堂に向かっていく。その姿を追いかけて廊下に出る。鷹水さんの背中を見つめながら、心の中で何度も繰り返した。

 ――鷹水さん。わたし、なんにも思い出せなくて、ほんとにごめん。

 

 

♨ ♨ ♨

 

 

 学校へ行くと衣心がいなかった。どうせ昼ごろには来るんだろうと思っていたけれど、結局ずっとあらわれなかった。イラつくようなことを言われなくてすむからいいけれど、なんとなくいやな予感もする。その予感が当たらないように祈っていた放課後、部活のジャージを抱えたカガミちゃんが言った。

「いよいよ明日、お祭りだね! 元ヤンの坊さん、あんたと一緒に行ってくれんでしょ?」

「あ、うん」

「よかったじゃん!」

「う、うん、まあ……」

 鷹水さんが、どこぞに姿を消さなければいいのだけれどもね……。

「けどさ、車五人で定員オーバーだから、元ヤン坊さんも一緒だと乗りきれないかも。どうしようか?」

「あ、そっか」

 たしかにそうだ。岩佐くんのお姉さんと彼氏、カガミちゃんと岩佐くんですでに四人。わたしが一人の予定だったからカガミちゃんも誘ってくれたわけで、鷹水さんもとなると六人になってしまう。

「じゃあ、わたしは鷹水さんとバスで行くよ」

「そっか。じゃあさ、どっかで待ち合わせしない? あたしたちは六時に出発する予定だから……そうだな。六時半に川見神社の鳥居の前にしようよ」

「いいよ、わかった!」

 なぜかカガミちゃんは不安そうな顔つきをして、わたしの肩に手を置いた。

「あんたスマホ持ってないから、行き違ったら終わりなんだよね……。ま、どっかで会えるとは思うけどさ」

「……だよね、ほんとすまない」

 絶対に夏休みにはバイトをする。そして、なんとしてでもスマホを入手する!

 カガミちゃんと廊下に出たとたん、二組の教室から岩佐くんが姿を見せた。すると、

「じゃね、椿!」

 カガミちゃんはそう言って、飼い主を見つけた仔犬のように岩佐くんめがけて駆け出した。 

 ああ……いいな。ものすごくうらやましい。

 せめて鷹水さんが、普通の人だったらなあ。っていうか、いっそこの学校の先生とかだったらいいな。いや、さらに欲張ってもっと若くて先輩とかだったら……。

「いや、ダメだ。モテすぎてライバル多そう」

 いまのままの見習いのお坊さんでいいや。

 っていうか――魔物じゃなければなんだっていいんだけどな。

 どうしたって叶わない願いをため息交じりに反芻しながら、わたしは玄関で靴を履き替えた。

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