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玖ノ章

サクラ散ル、サクラ咲ク

其ノ75

 邪魔してくれるなにか……って?

「それ、どういうこと?」

 わけがわからなくて、首を傾げたときだった。突然扉が叩かれて、和やかだった空気が一変する。雨市はすぐに窓を開け、外に飛び出した。ほんの少しすき間を残して窓を閉めたのは、きっと会話を聞くためだ。

 ふたたび扉が叩かれる前に、さっさと開ける。廊下に立っていたのは、クローンチームだった。

「……なんでございましょか?」

「ヤマさまがあなたとお話したいそうです」

 お話……なんて怖すぎる。昨日されたことへの報復かなにかかもしれない。無意識とはいえ嫌がっている顔つきをしたらしく、女校長クローンの片方が強調した。

「お・話・だ・け・したいそうです」

 どうせ説教だろう。嫌がったところで逃げられるわけでもないし、しかたがない。そう思うものの、ふと不安になる。もしかしてやっぱり、雨市の予想は華麗にはずれて、宋帝王はヤマどのに告げ口したんじゃないんだろうか。それで、水桶をのぞいたのがバレたのかもしれない。

 いいさ。バレたとしても、わたしはみんなをかばうもんね!

「了解っす。どんと来い!」

 鼻息荒く答えると、二人にけげんな顔をされた。

 部屋を出る間際、一瞬だけ窓を振り返る。窓に下がるカーテンが、かすかに入り込む夜風に揺れていた。

 

♨ ♨ ♨

 

 外はすっかり暗くなっていて、闇夜に月が浮かんでいた。もしかするとこのまったりとした空が、またもやわたしのせいで嵐になるかもしれないなんて考えているうちに、ヤマどののプライベートエリアに着いてしまった。

 すでに見飽きた感のある鬼の顔が彫られた両開き扉が、真ん中からぱっくりと割れるようにして開く。そのとたん、わたしは見てしまった。

 中庭ではしゃぎまわるヤマどのと、五人の美女たちを。

 ヤマどのは右手に筆(筆軸からして、普通の筆)、左手に小さな壷を持っていて、美女的な女子たちを追いかけまわしているところだった。

 はしゃぎまわっている女子の中には、もちろん礼鈴さんの姿もある。それにしても、すごい絵面だ。ゲームをしているらしく、女子の顔には○やら×やらが描かれていて、キャッキャと楽しげに声を上げている女子たちの女官制服は、目もあてられないほど乱れていた。

 すごい……。なんかこういう場面、深夜やってる海外ドラマで見たことある気がする。ああ、わかった。女子を囲って大はしゃぎするどこぞの国の王様……って、まさしくそのまんまだった。

「それでは、中へ」

 そう言ったクローンチームが、わたしの背中を押した。中庭に足を踏み入れたとたん、背後で扉が閉ざされる。ヤマどのと女子たちはわたしに気づくと、いっせいにピタリと動きを止めた。同時にわたしも、思わず固まる。

 ヤマどのに呼ばれたとはいえ、この空気感は気まずすぎる。できることなら「失礼しました!」と告げて、いますぐここから去ってしまいたい。

 固まったままそんなことを考えていると、ヤマどのがこれみよがしに息をついた。

 ヤマどのは、例の木彫りの地蔵がある棚に筆と墨の壺を置くと、おもむろに手を叩いた。それは撤収の合図らしく、乱れた制服をととのえた女子たちは、顔に○やら×やらを描かれたまま、ぞろぞろとこちらに向かって来た。

 礼鈴さん以外は、はじめて目にする女子だった。みんな、わたしと同年代に思える外見で、礼鈴さんが一番の先輩に見えた。女子たちはどことなく意地悪そうな目つきでわたしを見ると、クスクスと笑いながら横を過ぎていく。そして礼鈴さんも、ちらりとわたしを流し見すると苦く笑み、耳打ちしてきた。

「……ネズミ」

「うっ……」

 胸に刺さる! 肩を落としながら振り返ると、横一列に並んだ女子たちは、両手を合わせた格好でお辞儀をし、あっさり立ち去ってしまった。そういうわけで、わたしとヤマどのだけになる。

 ……で?

 おそるおそる前を向くと、ヤマどのはわたしを見すえていた。その鋭い眼差しに対抗すべく、わたしもできる限り威圧的な表情でにらみ返してみる。すると、ヤマどのはゆっくりと腕を組み、言った。

「椿なる人間界の娘。余はたいそう、憤慨しておる」

 まあ……ですよね。わざわざ言わなくても、昨日の嵐であきらかですよ。

 ヤマどのは一歩足前に出て、続けた。

「言っておくが、余に進言できる者などここには皆無。ここは余の世界。余がすべての頂点である――」

 にんまりと笑みを浮かべると、組んでいた腕を広げて叫んだ。

「――地獄!」

 わたしに指をさしながら、大股で歩み寄って来る。目の前で足を止めると、よほど鬱憤がたまっていたのか、いっきにたたみかけてきた。

「生きている間に行われた、すべての罪を裁くは余。よいか、娘。ようく考えよ。極楽へ行くか地獄へ留まるかは、この余の胸三寸によるのだ。本日も百人裁いたが、極楽へ行けた者はたったの一人!」

 百人中一人とか、確率が厳しすぎる。っていうか、いつの間に百人も裁いたんだろ。どっちしても、いろんな意味でわたしの想像を超えまくってる!

 でも、ちょっと安心した。やっぱりヤマどのは、わたしたちがここの水桶をのぞいたことを知らないっぽい。だって、もしも知ってたら、裁判自慢よりそっちの説教を先にする気がするからさ。

 ってことは、雨市の予想は当たってるのか? 当たっていたとしても、わたしにはわかんないことだらけだけど。そんなわたしの思考をよそに、ヤマどのは言葉を続けた。

「欲にまみれた者には反吐が出る。己の身を案ずるあまり、嘘をつく者には虫酸が走るわ。まともな者などひとりもおらぬ。みな、必ずなにかの欲におぼれておる。情けないことよ。本当に情けない」

 情けないと繰り返しつつも、表情はなんでか嬉しそうだ。どっちかっていうとその情けない人間に出会うのが、このお方は楽しいのかもしれない。たしかにその方が、思いきり裁けるもんね……って、ちょっと待てよ。

 人間を裁いてるこの大王を、さらに裁く人っていないのかな。

 ってか、いないんだろうな。なにせ自分で「余がすべての頂点」って自慢してるぐらいだもんね。だけどそれってどうなんだろ。だってさ、死んだ人たちを裁くわけだし、だったら裁く方だっていろんなことを超越してる存在じゃないと、ダメなんじゃないんだろーか? いろんなことを超越してるっていうのは、例えばなんていうか、悟りきってます! みたいな?

 でも、どう考えてもヤマどのは、悟りきってる感じゼロだもんなあ……。

「……あのう~」

 自慢げにしゃべっているヤマどのをぶったぎり、挙手する。ヤマどのはあからさまに不機嫌な表情で、むっとした。

「なんじゃ」 

「いや、あのですね。勝手に人間界の代表とさせていただきまして、ちょっと疑問があるっていうか……」

 ヤマどのの眉間の皺が、みるみる深くなっていく。

「なんじゃ」

 わたしはごくりとつばを飲み、やけくそ気味で言い放つ。

「わ、わたしら人間にはですね、生きるためにはほどほどの欲って大事なんすよ。ってか、それがないとやっていけない場合もありましてですね。お金がないと暮らせないし、誰かを好きになるから思いやりっぽい気持ちも生まれると、わたしは思うわけです。だから、全部が全部悪いことじゃないんじゃないかなあと思うわけです!」

 変身ドリンクを飲んでるわけじゃないのに、きれいなヤマどのの顔が素で、巨人大王みたいになってきた。

「だから、なんじゃ」

「だ、だからですね。それはそれとしておいておきましても、じゃあ、ご自分はどうなんですかってハナシなわけです。つまり、アナタさまはどうなんですかってことなんですよ!」

 しゃべっているうちに、興奮してきた。よーし、もうどうにでもなってしまえ!!

「ほら、金ピカキラキラなこの場所をよく見てくださいよ! 欲に虫酸が走るとか言ってるんだったら、自分だってもっと質素なところに住めばいいじゃないすか。それなのに女子をいっぱい住まわせて、さっきもなんかキャッキャしてたし、こんな豪華な宮殿に住んでて誰にも文句言われなくて、気に入らなければみーんな地獄行きにすればいいとか、正直どうなんですかってことですよ! それって不公平だしおかしくないですかって、人間界代表として訴えたいわけです。以上!」

 なぜか敬礼してしまった。そんなわたしを、ヤマどのはお面不要の鬼さながらな表情でにらんでいる。嵐が来るかと身構えたけれど、すうっと風が通り過ぎただけだった。それがなおさら不気味すぎる。

 ただでさえ物音ひとつしない辺りが、耳鳴りが聞こえそうなほど静まり返った瞬間。

「……なんと面倒な娘であろうか」

 ヤマどののつぶやきが、その静寂をやぶった。と、なぜか含み笑いを浮かべて見せる。

「余が気に入ってやったというのに、それらすべてをぶち壊す。もはや、そなたの顔を見たくもないわ」

 やった……ってか、願ったりだし! と、喜んだのもつかの間、

「しかし、その前に」

 ヤマどのはわたしの手をぐいとつかむと、強引に中庭を歩き出す。

「余の本当の恐ろしさを教えてやろう。来い!」

 いよいよそうきたかー!

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