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漆ノ章

独占欲に勝る業なし?

其ノ54

 朝ご飯を頬張りながら、初江王からの手紙について考える。
「あれ、なんだったんだろ……」
 ハシさんに聞くと言って雨市が持って行っちゃったけど、だんだん内容が気になってきた。ハシさんからの返事を待つべきか否か。考えあぐねながら漬物をかじった瞬間、めっちゃいいことを思いついてしまった。
 手紙の内容を、初江王に直接訊けばいいんじゃん! 
 そもそも探すつもりだったんだから、ついでに阿弥陀如来さまからのありがたいお返事はいつごろ来るのかとか、男子ゾーンに簡単に行ける抜け道とかさ、いっぱい聞けるかもだしちょうどいい。
「マジ天才」
 大王に花を届けるとかいう謎なお仕事がはじまるまでは暇だし、初江王捜索にのりだすならいましかない。
「よし、そうしよう」
 お盆の上に箸を置き、きれいに平らげたお皿に「ごちそうさまでした」と手をあわせる。そうと決まれば急がないと。椅子から立ち上がって部屋を出ようとしたものの、女官制服で動きまわれる範囲はかぎられてるんじゃないかと、ふと思う。しかも、迎えが来るまでは部屋から一歩も出てはいけないと、養斎さんに言われたことをいまさら思い出した。
 大王に花を届けるのは夜だ。ってことは、お迎えが来るまであと何時間? いやいやいやいや、それまでここでじっとしてるなんて耐えられないって! なんかいい方法考えないと!
 どうやってここを出て、自由に初江王を捜索すべきか……。鼻息荒く部屋を見回したとき、片手型燭台が視界に飛び込んだ。相変わらず不気味な手だ。よく見ると爪も伸びてて、どことなく鬼の手っぽい。待てよ。鬼……?
「そうだ、いいこと思いついた! 鬼コスプレすればいいんじゃん!」
 賢さが神がかってきてない? いまならどんなテストも満点とれそうな気がするよ!

 

♨ ♨ ♨
 

 鈴を鳴らしてしばらくすると、玉瀾ちゃんがあらわれた。平らげた朝食のお盆を渡しつつ、鬼のカツラとか衣装はどこで手に入れられるのかと訊ねてみる。
「え? 鬼と言いますと、極卒の……ということでございますか?」
 けげんそうに首を傾げる玉蘭ちゃんに、あっさりと聞き返された。
「なぜゆえ?」
 ですよね。ヤバい。言い訳まったく考えてなかった。
「そ、それはですね……。お、お花の仕事って夜だし、それまで暇だなあって思ちゃったもんで。ここでひとりでじっとしてるのもなんだかなあ……っていう? そうそう、それでだからその、いっそ鬼の恰好でもして、軽く……ほんとに軽く! こう、いろいろ観光みたいな? せっかく来たんだし、眺めておきたいなって思っちゃったっていうか……」
 苦しい。めっちゃ苦しい言い訳に、玉蘭ちゃんはきゅっと眉をきつく寄せた。あきらかに不審がられてる。自力でなんとかしたほうがいいかも。ここは引き下がろう。
「……って思ったんだけど、なんでもないです忘れてください……」
 がっくりとうなだれながらそう言った直後、
「手に入りますわよ?」
 え。顔を上げると、わたしの両手を玉蘭ちゃんがぎゅっと握った。
「そうですわよね、わかります! このお部屋におひとりでいるのも、なかなかにお辛いですわよね。せめてわたくしがおしゃべり相手になれたらよいのですけれど、大王さまの裁判がはじまる本日はそうもいきませんし……。けれども、観光とかしてみたいですわよね? わたくしだってもしも人間界へ行きましたら、いろんなところを観光してみたいと思いますもの……!」
 玉蘭ちゃんの目がきらりと光る。
「完璧な極卒のお面に衣というわけではないのですが、大王さまが礼鈴さまたちとのお戯れにお使いになるものがございますから、ご用意できますわ。それに、もしかするといまから練習なさっていると、あとあとよろしいかもしれませんし……。そうですわよね、そういうこともあるかもしれませんもの……!!」
 待って。練習? 戯れ? あるかもしれない? わたしの意図と玉瀾ちゃんの言葉の意味に、ものすごい食い違いがありそうだけど、調達できそうだからこの不安は無視しよう。
「とはいえ、ご注意願いたいことがございます」
 玉蘭ちゃんがぐいと顔を近づけてきた。
「な、なにかな?」
「そのお面と衣の件について知っているのは、一部の女官と大王さまだけでございます。ですので、お貸しすることはできますが、どうかどうかどたなにもご内密になさってくださいませ」
 秘密なのか。よくわかんないけど、手に入れられるのならなんだっていいさ!
「了解す!」
 わたしの返答に、玉蘭ちゃんはきりりと表情を引き締めた。
「椿さんのお力になれるのでしたらなんでもいたしますので、気兼ねなくお申しつけくださいませ。本当にありがとうございます!」
 お盆を手にした玉瀾ちゃんは、嬉々として去って行った。残されたわたしは、思わず首を傾げてしまった。
「……ってか、ありがとうってなんだろ。なにかしたっけ……?」
 また謎が深まってしまった。

♨ ♨ ♨

 玉瀾ちゃんの持って来てくれた鬼の衣装は、わたしの知っているそれとは真逆の方向だった。
 初江王が着ていたような灰色ボロボロワンピースじゃなく、うっとりするような肌触りのうえに、光り輝くラメ付きの墨色ワンピースで、ベルトはぎらぎらの金色だった。
「なんか……アイドルの舞台衣装っぽいぞ」
 そんな衣装に反して、お面はどこからどう見てもおっかない鬼の顔。それなのに、お面にくっついているカツラには、華やかなリボンがいくつも結ばれてあった。このバランスの悪さはなんなんだ。
「すごいセンスだよ」
 わたし以上に意味不明なセンスの持ち主がいるなんて、恐るべし閻魔大王の宮殿。まあいいか。なんにせよ手には入ったんだし、お面はじゅうぶん本物の獄卒っぽい。カツラのリボンを取って金のベルトをしなければ、衣装がおかしい新人獄卒みたいな感じで突き通せる……。
「……かもだし?」
 いや、どうだろ。すっごい不安。けど、顔は隠れるんだし、誰かに出くわしたら「衣装がこれしかないって言われた新人でっす」とかなんとか言って逃げればいいか。うん、なんかそれでいけそうな気がしてきた!
 髪をほどいて衣装に着替え、カツラ付きの鬼のお面をかぶる。
「いざ、初江王を探せ!」
 窓から外に飛び出した。
 不気味すぎる真っ赤な空には、雲ひとつない。昨夜はあんなに美しかった庭園も、いまは枯れ木まみれで荒廃しまくり。ぬるい風が吹くたびに、しょんぼりとした草木がかさかさと乾いた音をたてて揺れた。
「マジ不気味」
 だんだん枯れ木が天に向かって両手を広げる、ガイコツっぽく見えてきた。でも、木々が枯れているおかげで枝葉が邪魔にならず、庭園の向こうに連なっている男子ゾーンの建物が、昨夜よりもよく見えた。
 ふと左に顔を向けると、ゴージャスな建築物が目に飛び込んだ。
「ん? あれってなんだろ」
 思わず立ち止まる。とりあえずこのへんで、自分のいる場所を把握しとこう。
 枯れ枝を探して拾い、木の幹に隠れるみたいにしてしゃがんだ。土ぼこりの舞う地面に線を描きながら、位置を整理してみる。
 庭園を挟んで、上下に男子ゾーンと女子ゾーン。そんで、左側にあの建物だ。
 ほかの建物の壁は真っ赤なのに、あの建物だけ白い壁に黄金の屋根。どう考えても、ほかの建物とはあきらかに違う
「……もしかして、大王のお家か?」
 そうかも、ありえる。ってことは、光明院(裁判所)じゃない。じゃあ、それってどこにあるんだろ。やっぱ大王のお家から見て、庭園を挟んだ反対側?
「今日のわたし、冴えまくりだよ」
 めっちゃ刑事っぽい。自分のかっこよさに酔いしれた直後、世にも恐怖な絶叫が、まさにその反対側からとどろいた。断末魔の雄叫びが、ごうごうと真っ赤な空にこだまする。あまりの恐ろしさに背筋が凍り、しゃがんだまま身動きを忘れそうになった矢先。
「なにをしておる」
 まったく聞いたことのない、低音の美声が頭上からそそがれた。
 マズい!……けど、待てよ。ここって地獄のイリュージョン・ワールドだもんね。だからさ、もしかしてこのまま固まって息を止めてたら、自分の姿が空気にとけて見えなくなるかも? そういうアニメ見たことあるし、ありえるかもだよ!
 よし、試そう。息を殺して無言を貫いたものの、
「なにをしておるのかと訊いている」
 あっけなく夢に散った。まあ……ですよね。わかってたよ。
 こうなったら、想定していた言い訳に頼るしかない。おそるおそる見上げると、初江王を若くしたかのような涼しげな面立ちのイケメンが、濃紺の衣服を身にまとったお姿で立っていた。
「……し、新人でして、その……ま、迷いまして……」
 しゅっとした男子はいぶかしげに、これ以上ないほど目を細めた。と、わたしの襟首をつかみ上げて立たせると、そのままずるずると引きずるようにして歩きはじめてしまった。
「ひっ……!」
 ダメだった? あの言い訳じゃ、やっぱりダメだったんだ! あうあうと違う言い訳をひねりだそうとしたとき、男子が言った。
「少々変わった極卒であるな。新人で迷ったと申すところを見れば、どうせ裁判再開のために、どこぞの役所からかき集められて来たのであろう。いつから極卒の衣装がこのようなきらびやかなものとなったのか、衣装担当の伍官王(ごかんおう)に訊かねばならぬ。このような立派な衣、極卒の威厳がないではないか。まったく、ただでさえ忙しいのに勝手なことを!」
 あれ? なんか衣装に文句つけてるけど、それを除けばあの言い訳でいけたっぽい!
 男子はずんずんと庭園をつっきり、大王のお家かもしれない建物の反対側へと向かっていく。やがて、鬼型の柱が屋根を支える、三棟がつらなった建築物が見えてきた。
 もしかして、あれが光明院かな。なんにしても、この男子に黙ってついていけば、初江王に会えそうな気がする。自分の予感に歓喜しそうになったとき、いきなり小柄な人影が、前方にある建物から飛び出してきた。
「宋帝王(そうていおう)さま~! 宋帝王さま~!!」
 そう叫びながら近づいて来た人物には、見覚えがありすぎた。柄のない真っ黒な着物に袴じゃなくて、光沢のある灰色の上衣に裾の絞られたズボン姿だったけど、女子みたいなかわいらしい顔立ちを忘れるわけがない。
 役人のハイコウじゃん! なんでハイコウがここにいんの?
 鬼のお面に隠れつつ目を見張っていると、涙目のハイコウが男子に訴えた。
「宋帝王さま、大変でございます! 大王さまが!」
 うっうっと嗚咽をもらしながら、ふとわたしを見る。
「……あれ? 極卒がなぜここに?」
「どこぞの役所からまわされた新入りだそうだ。迷ったらしいが、すぐに配置させる。それよりも大王がどうしたのだ、覇甲」
 いまだわたしの襟首をつかんだまま、男子が訊ねる。
「さ、裁判があまりにお久しぶりすぎたようで……」
 息をととのえたハイコウは、意を決するかのように告げた。
「お仕事中に光明院にて絶叫し、倒れられました!」
 さっきの雄叫びの犯人は、巨人大王か!

♨ ♨ ♨

 開け放たれてある両開き扉から、宋帝王が足を踏み入れた。そのうしろから、鬼型の柱が天井を支える薄暗い室内に入る。四方の壁は、天井までとどく書架になっていた。
 図書館みたいに机がずらりと並ぶ中、ハイコウと同じ恰好の男子たちが、山と積まれた書類を抱えて忙しなく行き交っている。果たしてここが光明院かはわかんないけど、とりあえず初江王の姿を探した。それにしても、この鬼の面がほんと邪魔だよ。小さい穴越しに視線を動かしていると、ひとりの男子が宋帝王に近づいてきた。
「宋帝王さま!」
「どうしたというのだ」
「はい。大王さまは裁判再開の記念すべきひとりめ、大柳雄一郎なる男の裁判中に、ばったりとうしろに倒れられたのでございます」
 ふう……と息をついた宋帝王は、苦い顔つきで視線を落とした。
「そうか。もしやわたしの調合が過激すぎたのかもしれぬ。昨日も調合したのだが、あれよりも濃いめな茶を入れたのだ。本日からはなるべくあのお姿で、長い刻を過ごしていただかなければと少々意気込みすぎた……というよりも」
 息をつき、気まずげに顔をそむける。
「久しぶりすぎて、絶妙な調合を忘れた」
 そうつぶやいて深く嘆息すると、男子を見た。
「……ともかく、それで? その男はどうした?」
「はい。大柳なる日本国出身の男は、秦広王さまが東の寝殿へ連れて行かれました。明日ふたたび、はじめからやり直すそうです」
 やれやれと、宋帝王はため息をついた。
 大王が倒れたせいで、裁判が延期になったらしい。そのおかげで、大王の本物の筆を見つけた大柳雄一郎のご褒美も、明日に持ち越しだ。しかも、雨市たちのいる男子ゾーンに連れて行かれたこととか、新情報てんこ盛りだよ。みんなに知らせたほうがいいのかな。
 一生分の思考を使って考えていると、宋帝王が言った。
「なにはともあれ、倒れた大王を光明院より出さねばならぬな」
 さも面倒そうに両手を掲げ、パンッと素晴らしく響きのいい音を鳴らした。
 すると、それまで動きまわっていた男子たちが、いっせいに書架に身体を寄せて並ぶ。それとともに銅鑼の音が響きわたった。その音がこだまになりながら、ゆっくりと遠くに吸い込まれて消えた瞬間、宋帝王は重ね合わせた両手を前に突き出した。
 やがて、その手を離す。無数の机もすすすと動いて、左右に離れた。そうして宋帝王が両手を大きく広げ終えたとき、真正面の両開き扉まで広い通路ができていた。
 うっそ、すんごい!
 これぞ魔法だよ、魔術だよ、イリュージョンだよ!!
 真正面の鬼の顔が彫られた両開き扉が、ぎりぎりときしみながら開いた。そこからあらわれたのは、倒れた巨人大王をのせた巨大な担架だ。
 たくさんの男子たちが、息も絶え絶えに担架を担いで通路を歩く。なんか、こういうイラストの絵本見たことある気がする……って、あれだ。ガリバーだ! そう思ったら笑いそうになったけど、どうしても突っ込みたい。
 なんでそこはイリュージョンなしなの!?
 机の寄せられた通路から、重そうな担架がのしのしと運ばれて来る。それにしても、初江王の姿が見当たらない。大王が倒れたんだからいてもよさそうなのになあ。
 通路のすみで、あちこち見まわす。担架の巨人大王が、じりじりとこちらに近づいて来た。いましも外に出る直後、大王の大きなお顔がぐいとこちらに向けられた。苦しげにうめきながら薄目を開けた大王は、はたとわたしを視界に入れると、すぐさま声を振り絞った。
「と……止れ」
 ギョロ目の眼差しが、鬼コスプレのわたしに集中する。
「止まれいっ!」
 担架が止まる。大王の太い指先が、わたしに向けられた。その瞬間大王の大きな身体が、まるで風船がしぼむかのようにしゅるしゅると音をたてて、シワシワになりはじめた。
「うえええええ!?」
 男子たちは担架を床に置くと、いっせいにその場を離れた。
 ――シュボンッ!
 ラムネを開けたときみたいな音とともに、しぼんだ大王の身体から赤いシャボン玉が飛び出した。なんだか炭酸の泡に似てる。なにが起きてるのかわかんないけど、すごくきれいだ。
 次から次へと弾けて消えたとき、背中をまるめた普通サイズの人物が、両手で顔をおおった姿で巨大担架にうずくまっていた。 
 息をついた宋帝王は、ずるずるとわたしを引きずりながら担架に近づく。
「申しわけございません。今朝のお飲物、私の調合がよろしくなかったのですね」
「……そのようだ。そのようだが、それはいい。咎めぬ。それよりも……」
 両手を顔から離し、わたしを見た。
 うっそ!? この人、知ってる! 虫嫌ってたあの人じゃん!!
 えっ、じゃあ、この人が巨大大王に変身してたってこと!?
「そなたは、誰じゃ?」
 暗がりの庭園よりも、姿があらためてはっきりと目に映る。
 お上品にゆるく編まれた黒髪を、深紅の衣の背に流していた。くっきりとした二重の黒い瞳、形のよい鼻筋にほどよい厚みの唇。肌の色はほんのりとした小麦色で、それらすべてのバランスが絶妙に混ざりあった超絶美形。でも、まあ、たいしたことはないよ。
 だって、雨市のが百万倍きれいでカッコいいもんね!
「……答えよ。誰じゃと訊ねておる!」
 普通サイズの大王が、わたしをにらみすえた。室内にいるすべての人が、わたしを見ている。そのときになってやっと、自分の衣装に思いあたった。
 あ、ヤバい。このアイドル風な鬼の衣装……大王は知ってるんだった!


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