top of page
cider_logo.png

陸ノ章

唯一無二の裁判官

其ノ52

 素手で花壇の面倒をみなくちゃいけないなんて、さすが下っ端の仕事だよ。それはいいとしても、花をチョイスするセンスはわたしにはないんだよなあ。誰かに教えてらわないととんでもない花束になりそうだし、それじゃ大王だって癒されないんじゃないのか?
 そう女官頭の養斎さんへ伝えると、なぜかけげんな顔をされてしまった。
「そういうお仕事ではございません」
「え。じゃあ、一体どういう……?」
 肩に頬がくっつくほど首を傾げると、養斎さんは呆れたようにため息をついた。
「お仕事の刻となったら、玉瀾を迎えに行かせます。それまでは一歩も部屋から出ぬように」
 扉まで歩きなら、養斎さんは続ける。
「あなたになにかあったら、大王の叱責を受けるのはこのわたくしなのです。よいですね?」
 よいですね? とか言われても、そのお仕事の詳細がミステリーすぎてうなずけない。それに、玉瀾ちゃんが迎えに来るまで、わたしは暇だってことになる。せっかく女官コスプレまでしたんだから、せめてトイレ掃除くらいさせてほしい。っていうか、むしろさせて!
「あの! すんません、暇なのは避けたいです!」
 部屋に軟禁状態でじっとしているなんて、わたしに一番向いてないことなんで!
 のっそりと振り返った養斎さんは、眉をひそめてわたしを見る。かなりお疲れのご様子でまたもや息をつくと、無言のまま扉を手でしめす。帰りなさいということらしい。
 沈黙の圧が強すぎて、わたしもそれ以上なにも言えない。諦めて扉の前に立つと、手も触れていないのに勝手に開いた。廊下で待っていてくれた玉蘭ちゃんが、養斎さんに一礼する。すると、養斎さんが言った。
「玉瀾、お部屋までお連れしなさい。ほかの者たちと会わぬよう、食事も部屋でとってもらいます。彼女には今夜、花を届けていただきます。わかりましたね?」
 え。と玉瀾ちゃんは、ただでさえ丸い瞳をさらに丸める。有無を言わせぬ養斎さんは、わたしの背中を廊下へ押し出し、自動で閉まる扉の向こうに姿を消した。
「ってことで、わけわかんないけど、とにかくよろしくです」
 そう言って頭を下げようとした瞬間、玉瀾ちゃんの耳と頬が真っ赤になっていく。
「どしたの?」
「い、いえっ」
 玉蘭ちゃんはくるりとわたしに背を向けると、来た方向を歩きはじめた。
「……でもさ、なんかわたしすごい暇らしいんだ。でも、きっと皆さん忙しいよね? もしよければせっかくだからなにか手伝いた」
 い、と言いきる前に、玉瀾ちゃんが慌て出す。
「めめめ、めっそうもございません! 指が汚れてしまったりなにかお怪我でもされましたら、大変ですから!」
 もしかしてお花係って、かなり重要な仕事なのかな。急に緊張してきた!
 いきなり立ち止まった玉瀾ちゃんは、まだ真っ赤な顔でわたしの両手を握りしめた。
「だって、とってもとっても大切なお仕事なのですもの!」
 やっぱりか! 玉蘭ちゃんはわたしに顔を近づけると、真剣な眼差しで訴える。
「ですから、お願いです、椿さん。なにがあってもけっしてけっして、大王さまを……ヤマさまを怒らせないでくださいませっ」
 思わずひるむ。大王がそんなに花にうるさいなんて、聞いてないぞ。ますますわたしじゃ役不足じゃないすか、養斎先生!
「だ、だけどさ、ただ花を持ってくだけなんだから、そんなんで怒らせることはないと思うん……ですけども?」
 ぎゅっとまぶたを閉じた玉瀾ちゃんは、「そんなことはございません」と言いながら、小さな手でわたしのごっつい両手を力いっぱいに包み込んだ。
「とても大変なお仕事だとわかってはおりますし、このような懇願をすべきでないこともわかっております。けれども、どうかご理解くださいませ。明日のわたくしたちの平和が、すべて椿さんにかかっているのです!」
「えええ……?」
 センスゼロの下っ端の女官に、地獄の平和を託さないでほしい!

♨ ♨ ♨

 お花選びを手伝ってほしいと頼むと、地獄の空並みに顔を赤くした玉蘭ちゃんに「なにを言っているのですか」と拒否られてしまった。かと思うと照れたようにうつむき、口をつぐむ。その口をなんとか割らせようとしているうちに、残念ながら部屋に着いてしまった。
 ここに戻るまでの間、いっさい誰にも出くわさなかった。不思議なことに男子はもちろん女子ですら、まったく見かけることがなかったのだ。玉瀾ちゃんにそのことを伝えると、みんな裁判のはじまる大王の世話におおわらわなのだそうだ。そういうわけで早々に仕事についているため、この建物内にはほかの誰も残っていないらしい。
「今夜が無事に過ぎるまで、椿さんはここでじっとしていてくださいませね。刻となりましたら、わたくしが迎えに参ります。のちほどお食事もお持ちいたします」
 廊下でペコリと頭を下げ、去ろうとする。その瞬間、忘れかけていた質問を思い出した。
「あっ! あのさ、玉蘭ちゃん。初江王さまってどこにいるのかな?」
 危なかった。お花係になった緊張と大王に気をとられて、すっかり忘れるところだった。
「いまごろは、光明院におられますよ」
「コーミョウイン?」
「裁判を行う場所です」
 もしかして、変身後の巨人大王を見たあそこかな。あそこって、こっからどうやって行けばいいんだろ。眉間に皺を寄せつつ考えを巡らせていると、そんなわたしの不穏な気配に気づいたのか、玉瀾ちゃんが念を押してきた。
「ど、どこにも行かないでくださいませ。お部屋から出てはなりませぬ。もちろん、お知り合いのいる東の寝殿へもです!」
 どうかどうかお願いいたしますと、深々と頭を下げられてしまったら、さすがに抜け道とか訊けなくなってしまった。
 扉の前に立ちながら、玉蘭ちゃんの背中を見送る。こうなったらもうしょうがない。わたしの残念な花束に大王が怒る前に、センスがないんだって伝えて必死に謝ろう。もちろん、土下座だってしてやる!  よし、いいね。それがいいぞと思ったものの、一つの疑問が湧いてきた。
「あれ?」
 迎えがあるまでここにいるしかないとしたら、わたしはいつ、花壇で花を摘めばいいのだ? それとも迎えがあったあとで、速攻で摘む感じ? たしかにそのほうが鮮度的にいいもんね。そっか、そういうことか。
 納得して部屋に入った瞬間、固まる。開けておいたはずの窓のカーテンが、しっかりと引かれていたからだ。分厚いカーテンに外の景色は遮断され、片手型燭台の炎がゆらりゆらりと揺れているのが、暗い部屋でやけに目立つ。
 え、なにこれ。これもなにかのイリュージョン?
 しかも、お姫さま系のベッドのカーテンも、きっちりと閉じられてあった。ここだって、起きたときに開けたはず。
 もしかして、誰かいる? とっさにつま先立ちのボクシングスタイルをとり、そうっとベッドに近づいた。息を殺しつつきらびやかな布に手をかけ、いっきに開け放つ。
「え」
 なぜか、雨市が眠っていた。
 壁を向いた格好でこっちに背中を見せ、腕を組んで横たわっている。のぞき込もうとして近づくと、雨市が肩越しに顔を向けた。眠そうに目を細く開け、わたしを視界に入れたとたん、その目を大きく見開いた。どうやらわたしの女官コスプレに驚いているらしい。無理もない。髪も伸びてるわけだしね!
「いやー、これズラ……じゃなくてカツラじゃないからね。なんかさ、ここの人たち、髪の伸びる櫛とか持ってるんだよ。すごいよね」
 似合う? 的な意味をこめて、ジャジャーンと両手を広げたポーズをとって見せる。のっそりと起き上がった雨市は、ベッドの上にあぐらをかくと、わたしのつま先から頭のてっぺんまで、無言で視線を動かした。
 女官コスプレをお気に召してない雰囲気がじんわり伝わってきて、かなり気まずい。「ど、どうやって入ったの。ってか、どうやってここだってわかった?」
「今日から閻魔の裁判だ。みんな俺どころの騒ぎじゃねえし、すんなり外に出られたぜ。昨日、おまえが帰った方向はわかってたから、このあたりをうろついてたら窓からそいつが」
 椅子の背もたれに山積みされた、スーツ一式を雨市は指す。
「見えたからわかった。ってなわけで、窓から入っただけだ。ここの窓に鍵もねえしな」
 寝起きのせいか雨市の声は低くしゃがれていて、あきらかに不機嫌っぽい。あぐらをやめてベッドに腰掛けると、あくび交じりに自分の顔を両手で撫でた。
 うーん。やっぱりどこからどう見ても機嫌悪そう。
「雨市、もしかしてなんか怒ってる……みたいな?」
「……みたいな、じゃねえ。その恰好でなんでちょっと浮かれてるみたいになってんだよ。しかも似合っちまってるし。泣きてえよ、俺は」
 べろんと顔を撫で終えると、わたしを上目遣いに見た。その眼差しは、微妙に険しい。
「べつに浮かれてるわけじゃないけど、そんでなんで、雨市が泣きたくなんの?」
 ため息をついた雨市は、いぶかるように片目を細める。
「……おまえ。ほんとに便所係なのか?」
 残念ながら、お花係です。そう答えようと思ったものの、なにやら重大な責任を伴う役目だし、妙な心配をかけたくなくて、「そうだよ」と嘘をつくことにした。ただし、相手は嘘を生業とした詐欺師だったわけで、ちょっとでもすきを見せたら速攻でバレるかもしれない。真正面を向いて答えるのは避けよう。ってことで、椅子の背もたれで乱れまくっているスーツ一式をたたむふりをすべく、雨市に背中を向けつつ、できるだけきっぱりした声音を発した。
「うん。そうだよ。掃除、掃除!」
 どうかバレませんように。嘘だってバレませんように!
 そう祈りながらシャツを手にして広げたとたん、背後から雨市の両手が伸びてくる。あれ? と思った直後、うしろから抱きすくめられた。
 びっくりして、持っていたシャツを思わず落とす。やっぱ嘘だってバレたのかと震える反面、この体勢に心臓が破裂しそうになって頭が真っ白になってきた。
 ううおおお……緊張する。緊張する!
「おまえは知らねえだろうけどよ」
 わたしの肩に、雨市の顔がのっかった! しかもほっぺに、雨市の頬がくっついてるし!
「し、ししし、知らないって、なにをさ?」
「俺は女を追いかけたことなんか、一度たりともねえんだぞ」
 そうなの? まあ、そうだろうね。モテモテみたいだったもんね。
「う、うん。……で?」
 だんだん、雨市の腕の力が増していく。いやちょっと、それ以上締められたら、食べすぎて微妙にたぷたぷしている下腹の具合がバレる……とか、考えるのはそこじゃない!
「だからな、ひと晩中おまえを心配して、切羽詰まってこの部屋まで来ちまった自分に、俺もびっくりしてるってことだ。それなのにおまえはのん気っつうか、なんにも心配してねえみたいだ」
 心配した俺のほうがアホみたいだ。だから泣きてえって言ってんだ。
 そう言って、わたしの首根に顔を埋めた。
「そ、そか……」
 動けない……。
「ま、まあさ。そんな心配しなくても、だだ、大丈夫だからね」
 なにが大丈夫なのかわかんないけど、とりあえず言っておく。ちょうどそのとき、部屋のドアが叩かれた。きっと玉瀾ちゃんが、ご飯を持って来てくれたのだ。さて、ご飯んだぞ……とドアを見たものの、雨市の腕がまったくゆるまない。
 またノックされる。返事をしたいけれどできない。もしも返事をしたらドアが開けられて、この状況を見られるからだ!
「は、離れて隠れてっ」
 必死にささやく。すると、雨市が耳元でささやいた。
「いやだ」
 えええ……?
 耳を澄ましていると人の気配がドアから離れるのがわかった。おかしいぞ。ここにいるように念を押していた玉蘭ちゃんなら、返事があるまでノックをするはず。もしくは、勝手に入ってくるか。それはそれで困るけれども。
 玉蘭ちゃんじゃなかったのかな。誰かが部屋を間違えた? だとしたら、いったい誰が……? そんなミステリーを解きあかす前に、まずはこの体勢をなんとかしないと!
「お、おおお、落ち着こうか、雨市」
「俺は落ち着いてるぜ」
 あ、そうですか。いや、わたしが落ち着かないんです。
「ま、まずはこの体勢をなんとかしようか。こ、こういうのはさ、彼女的には嬉しいけどさ、わたしとしては心臓がもたない系なんだよ。雨市のことは好きだけど、いろいろ追いつかな」
 い、と言いたかったのに。
「……椿。おまえと一緒に、俺も娑婆に行きてえよ」
 しゃがれ声の雨市の言葉が重なって、なにも言えなくなってしまった。離れたくないって意味だってことは、わたしにだってわかる。だって、わたしもそうだから。
「……じゃ、じゃあさ。じゃあ……わたしの寿命、半分あげようか」
 首根に押し付けられた雨市の唇は、動かない。ずいぶん経ってから、雨市はやっと腕をゆるめた。
「……バカ言うな。いらねえよ」
 そう言って両腕を解くと、わたしから離れていく。振り返ると、雨市はそのきれいな瞳にわたしを映しながら、苦く笑った。
「おまえの寿命が二百年あるなら、べつだけどな」
 ああ、うん。それは絶対、ありえない。

<<もどる 目次 続きを読む >>

bottom of page