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陸ノ章

唯一無二の裁判官

其ノ48

「さあ、こちらへ」
 そう言ってわたしをうながしたのは、黒髪をきっちりと結い上げている玉瀾ちゃんだ。
 膝下丈の紫色の衣の袖には、炎を象った模様が金糸で刺繍されている。朱色の帯、裾のしぼられたズボンにも炎の刺繍があって、地獄感たっぷりだ。わたしに歩幅を合わせてくれながら、自分たちが入って来た扉に向かっていく。
 一方、ハシさんと竹蔵、雨市たちは、反対側の扉に案内されていた。
「あれ? ちょと待ってください。みんなとわたしの行くところは別なんですか?」
 振り返った玉瀾ちゃんは、にっこりとうなずいた。
「はい。あちらは男性の方々のための寝殿へ、こちらは女性の方々のための寝殿へ参ります」
 そういうことか。
 雨市の背中を見ていると、わたしの視線に気づいたかのように肩越しに振り返る。そうして立ち止まり、もの言いたげな顔つきでこちらを向いた。そんな雨市の腕を、礼鈴という名の美女がそっとつかむ。そうして礼鈴さんはわたしを見ると、まるであざ笑うかのような表情を浮かべた……ような気がしたけど、それはわたしの妄想かもしれない。ってか、その腕! その腕を離して、美人女子!
 雨市たちをのみこんだ向こうの扉が、あっさりと閉まってしまった。なんだかもうこれで一生会えないような予感がおそってくる。いやいや、大丈夫。同じ敷地内にはいるんだから、まだ会えるって!
「椿さま、どうなさいましたか?」
 玉蘭ちゃんが訊いた。
「い、いいえ。なんでもないです」
 雨市と美人女子のことが頭から離れないまま、玉蘭ちゃんについていく。そのせいで、どこをどう歩いたのかさっぱり記憶にない。雨市を疑っているわけじゃないけれど、あれ系の女子は間違いなく雨市の好みな気がする。激しくそんな気がする。ってかさ、むしろわたしがイレギュラーなんだよなあ。全方位的に。
 なんにしてもわたしは裟婆に戻る運命なわけで、だからいまさらこんなことをぐじぐじ悩むのもバカみたいだってわかってるんだけど、嫌な予感がするんだからどうしようもないもんね。
 うーん……どうしよう。考えれば考えるほどドツボにはまるネタだよ、これ。
「こちらでございます」
 うなだれながら歩いているうちに、どこかわからない廊下の一角に着いてしまった。ここがわたしにあてがわれた部屋らしい。
 薄暗い周囲を照らしているのは案の定、壁から突き出している片手型燭台だ。ホラーな燭台のろうそくが、風もないのに不気味に揺れる。そんなポジティブ要素ゼロな雰囲気の中、重々しい木製の扉を玉蘭ちゃんが開けてくれた。
「さあ、どうぞお入りください」
 言われるがままに足を踏み入れる。広さは八畳ほどだけれど、天井が高いからもっと広く見える。
 紫色の壁一面を、影絵のような花模様が舞っていた。
 深紅色のカーテンが下がった窓、シングルサイズのベッドはお姫さまベッドで、ふんわりした布が柱に巻き付けられてあった。しかもふかふかのカバーの上には、さまざまな色合いと形のクッションがこんもりと置かれてある。家具は小さめのテーブルと椅子、タンスだけだけれど、どれもかわいらしいデザインで高価そうだった。こんなにかわいいところで眠れるなんてちょっと嬉しいかもと思いそうになった矢先、ここでも活躍している片手型燭台を目にし、いっきに冷静になってしまった。
 ただのかわいい部屋でいいのに、なんでホラー方向の要素入れるかな。
「うーん……このセンスと仲良くなれる気がしない……」
 思わずつぶやく。なんですかと玉蘭ちゃんに訊かれ、焦って首を左右に振った。
「や、なんでもないです」
「そうですか。それでは、あらためまして!」
 その場を仕切り直すかのように、パンッと玉瀾ちゃんは手をたたいた。
「ようこそいらっしゃいました! とってもとっても歓迎いたします! なにしろお客さまといったら、もうずいぶんといらっしゃいませんでしたし、とにかく毎日毎日毎日……」
 玉瀾ちゃんはかわいらしい顔を曇らせ、半眼の視線を斜めに落した。
「……大王さまのお世話ばかり」
 げんなりとした顔つきでささやく。
「……正直、飽きました」
 心底嫌そうだ。
「は、はあ」
 たしかに大変そうだ。なにしろあの巨人の世話をするわけだから、食べ物の用意だけでも汗だくの重労働になる。そのくらいはわたしにだって想像がつく。
「まあ、ですよね……」 
 ええ、と玉蘭ちゃんは遠い目でうなずく。
「とは言っても、わたくしのような下っ端は、直接大王さまと関係があるわけではないのですけどね。大王さまにはお気に入りの方がいらっしゃいますし、わたくしのような地位の者は、もともと彼女たちのお世話をするお役目なのです」
「へえ、そうなんですか」
「はい、そうなのです」
 そう言ってわたしを見ると、表情を明るくさせた。
「でも! いまはこうしてあなたさまのお世話係です! もう本当に、とってもとってもうれしいのです!」
 わたしの両手をぎゅっと握ると、玉瀾ちゃんは興奮気味にたたみかけた。
「人間界ってどのようなところなのですか? やはり大王さまのような方がいらっしゃる? 季節があるって本当でございますか!」
 いきなりの質問攻めに圧倒されていると、はっとした玉瀾ちゃんは顔を真っ赤にし、着物の両袖で顔をおおった。
「わ、わたくしったら! 申しわけございません。お疲れだというのに、たくさん訊いてしまって!」
「えっ? いえいえ、なんでも訊いてください!」
 おしゃべり好きみたいでとってもかわいらしい女子だ。ちょっとだけカガミちゃんを思い出す。
 おずおずと袖から顔を出した玉蘭ちゃんは、安心したように微笑んだ。
「ありがとうございます。そのお言葉に甘えたいところですが、きっとお疲れでしょうから、明日あらためてゆっくり訊ねることにいたします」
 そう言ってから、テーブルの上にある小さな鈴を指した。
「なにかご用がおありになりましたら、その鈴を鳴らしてくださいませ。わたくしにだけ聞こえる鈴ですから、すぐに飛んで参ります。着替えは明日、ご用意いたしますね。眠る際にはこちらの」
 タンスの引き出しを開ける。中には白い着物がたたまれてあった。
「この寝間着をご使用くださいませ。では、本日のところはこれで失礼いたします」
 両袖を上に掲げてお辞儀をし、去ろうとする。いや、ちょっと待って。雨市たちがどこにいるのか訊かないと!
「うおっと、待って!」
 はい? と顔を上げた玉瀾ちゃんに、雨市たちのいる寝殿の方向を訊ねた。玉瀾ちゃんによると外には庭園があって、それを挟んだ反対側に男子ゾーンがあるらしい。とくに見張りがいるわけではないものの、女子がそっちのゾーンに入るのははしたないこととされているので、誰かに見つかったら最後。女官をまとめる偉い感じの女子に、こっぴどく叱られるはめになるのだそうだ。
「ですので、あなたさまとご一緒だった殿方たちのお世話するのは、かなり厳格な方ばかりでございます。ご安心くださいませ」
 たしかに、厳格そうではあった。約一名をのぞいては。
「でも、なんて言うか……一人だけちょっと方向性の違う感じのお方が……」
 雨市のお世話係になっちゃってるんですけども? 言葉を濁しながら声にすると、玉瀾ちゃんは神妙な面持ちでうなずいた。
「そうなのですよね。わたくしも不思議でした。どうして礼鈴さまが、わたくしたちみたいなお役目にあてられたのか、とっても謎なのです。まあ、たしかに」
 今度は、ほうっと頬を赤らめる。 
「あの殿方、素敵でございますわよねえ。扉の向こうでお声を聞いておりましたけれど、あんなに堂々と大王さまと言葉を交わす方ははじめてだと思いますわ。なにしろたいがいの方は、あの大王さまのお姿を見ただけで失神するか、気絶するかですもの。そのたびにわたくしたちは、壷に入れたお水を運んで、その方たちを起こさなくてはならないのでございますよ」
 たしかにわたしは気絶か失神しそうだった。
「は、はあ……」
「とにかく、度胸があるうえにお若くて、お姿もとっても素敵ですし、礼鈴さまがちょっぴりうらやましいですわ! でも、大王さまはよいのかしら? 誰が誰のお世話をするのか、お決めになったのは秦広王さまと、女官頭の葉斎(ようさい)さまなのですが、礼鈴さまは」
 言葉をきって、玉瀾ちゃんは首を傾げる。
「大王さまのお気に入りの方ですのに?」
 えええ?

♨️  ♨️  ♨️

 玉瀾ちゃんが去ったあと、ベッドに腰掛けたわたしは、つぶれたおにぎりを完食した。きれいに平らげたのち、頭を抱えて悶々とするはめになる。
「どういうことなんだ……?」
 大王のお気に入り女子が、なんで雨市のお世話をすることになっちゃんたんだろ。大王はそれでいいんだろうか……って、大王のお気持ちなんてどうでもいいし。いま考えるべきはそれじゃないから!
「うーん、もやもやする!」 
 まぶたを閉じると、あらぬ映像が勝手に思い浮かんでくる。いつまでも部屋に居座るセクシー女子を眺め、眺めているうちに「やっぱ大人の女はいいぜ?」とか思ってしまった雨市が、自分のシャツのボタンに指をかけてはずしてい……。
「ノー! それはダメー!!!」
 よし、わかった。いますぐここを出よう。ここを出て、玉瀾ちゃんに教えられた男子ゾーンに突撃してやれ。
「そんで、邪魔してやる!」
 実際にそんな場面になっているのかはわかんないけど、雨市の様子を確認するだけでも安心できるしね。思いたったら即行動だ。身軽になるためにジャケットを脱ぎ捨てて、窓のカーテンを開ける。どうせ窓の外は真っ赤な空だろうって思っていたから、満天の星空にびっくりする。しかも、満天も満天。天の川すらくっきりと見える、プラネタリウムもびっくりな空だったのだ。
「なんなんだろ、ここ。どーなっちゃってんの?」
 まあいい。わかんないことは明日、玉瀾ちゃんに訊いてみよう。
 ちょっとした公園を連想させるだだっ広い芝生の庭園には、極楽かと思えるほどお花が咲き乱れていた。わっさわっさと葉をつけた大木もそこかしこに植えられていて、向こう側にあるという男子ゾーンの建物なんてまったく見えない。
「森を抜けるぐらいの気合いがいるなあ。ま、いっか。まっすぐ行ってみよ」
 それにしても、本気で謎だよ。あの鬼だらけの建物から離れたら、こんなにきれいな場所になっちゃってるんだから。ここが閻魔大王の宮殿だって、うっかり忘れそうなる。しかもさ、あの空はどうなってんの? あの真っ赤な地獄のお空は、いったいどこへ消えたわけ!?
 気になる。めちゃくちゃ気になるけど、それよかいまは雨市だよ!
「急がないとっ」
 鼻息荒くズボンの裾を膝までたくし上げ、シャツの袖もまくる。窓を開けて窓枠に足をかけ、地面に着地した。
 満点の星空の下、一直線に走る。木々の間を抜け、咲き乱れる花を踏まないようにして走っていると、やがて空を見上げる人影が見えてきた。誰だろ。
 見つからないように速度を落とし、そっと幹の影に隠れる。そうしながら目を凝らすと、鬼コスプレをしていない初江王の輪郭に似ていた。ってか、背格好も同じだし、きっと間違いなくそうだ。
 もしも初江王なら、男子ゾーンまで親切に案内してくれるかもしない。期待してそろそろと近寄る。近寄って、もうすぐそこに……。
「あっ」
 なぜかぐらりとよろめいた初江王が、うしろに倒れそうになる。きっと疲労からくるめまいだ。とっさに両手で初江王の背中を支えると、初江王が振り返った。
「……誰じゃ?」
 うっそ。初江王じゃなかった!

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