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真夏の面積戦争  07

おそるべき面積についての結論

 空腹すぎて、噛みきれない量を頬張ってしまったようだ。

 なんとか飲み込もうとしたけれど、のどにつかえて咳き込むという、間抜けなことをやらかした。「落ち着いて」と笑ったキャシーは、カップにそそいだジュースを差し出し、飲むようにすすめてくれる。そのおかげで、口の中のお肉をなんとか飲み込めた。

 キャシーのいうとおり、目の前のバーベキューがどんなにおいしそうでも、落ち着いて食べるべきだ。まだまだたくさんあるのだし、飢えた野獣みたいになって焦って食べる必要なんてないのだから。

「約一名、食事を放棄してる人物がいるから、そいつのぶんまでたっぷり食べるんだな、ニコル」

 コンロの上の食材をトングでひっくり返しながら、アーサーが苦笑する。アーサーの横で、ミトンをはめた片手を動かしながら、くるくると串刺しのお肉をまわすキャシーは、いい具合に焦げたそれをかかげ、ビーチをくいとしめす。

「……すねちゃったのかしら」

 お肉の刺さった串でしめされた方向には、ハーフパンツのポケットに手を入れた格好で、砂浜を歩く人物の姿がある。それはあきらかに……デイビッドだ。デイビッドは、サングラスをかけた顔を、ちらりとこちらに向けるやいなや、これみよがしに髪をかき上げてそっぽを向く。

「……アレは、アピールだ」

 アーサーがいった。

「アピール?」

 わたしが訊くと、アーサーはにやっと口角を上げる。

「孤独アピールだ。ようするに、かまって欲しくて仕方がないんだろう。みんなに、というよりも、とくに」

 トングでつまんだコーンをわたしに向ける。

「きみにな」

「あなたとWJが仲良しすぎて、間に割って入れないものだから、すねちゃったのよきっと」

 焼けたわ、とわたしに串を差し出して、キャシーは肩をすくめた。考えてみたら、わたしとWJ、キャシーとアーサーで、カップルになってしまっていて、追っかけがいるほどの人気者であるデイビッドが、なぜかひとり、なのだった。これって、とってもおかしいことだけれど、事実なのだからどうしようもない。というか、であればそうならないための方法もあったはず? うううーむ。

「……ジェニファーも誘うべきだったと思う?」

「プロムでいい雰囲気だったからな。だが、それは雰囲気に流されただけで、実際に誘っていたら末代まで呪われていたぞ、キャシディに」

 デイビッドの呪いは、すごそうだ。

「あいつがひとりなのは、いつまでもきみにこだわってるからだろう。自業自得だ」

 わたしを見たアーサーは、とたんにげんなりした。

「……こだわる理由が、おれにはなにひとつ見つからないが」

 この意見には完璧に同意できる。わたしもだ。

 焼けた野菜をお皿に載せたアーサーは、それをWJに渡した。WJは、遠くにいるデイビッドを見つめたまま、やれやれといいたげにため息をつくと、おもむろに歩き出す。向かった先にいるのはもちろん、砂浜にしゃがんで、ひとりさみしげに海を眺めるデイビッドだ。デイビッドのそばに立ったWJは、お皿を差し出す。見上げたデイビッドはそれを受け取って、またもやこちらを振り返った。

「それにしても、あの二人は仲がいいのかよくないのか、いまいち謎だな」

「あなたとデイビッドも、仲がいいのかよくないのか、わけがわからない時があるよ?」

 わたしの問いかけに、アーサーはぐったりした顔を向ける。

「面倒なことに巻き込まれないように、見張ってるという表現が近いな」

 その言葉に反応して、クスッと笑ったのはキャシーだ。

「嘘よ。アーサーったら格好つけてそういってるだけでしょ? あなたがデイビッドのことを、けっこう気に入ってるの、わかってるわ。だってあなたも、いままで学校でいつもひとりで、仲良しな友達ってあまりいなかったじゃない? なんとなくだけれど、あなたとデイビッドって、境遇がちょっぴり似ている気がするの。ほら、お父さんが強烈なところとか」 

 さらりとキャシーにつっこまれたアーサーの顔が、みるみる赤くなるのをはじめて見ちゃった!

「……そ、それはそうかもしれないが、お、おれがひとりでいたのは、ほかの生徒の会話のレベルが低すぎて、呆れていたからであって」

 大好きなキャシーに内面を見透かされた照れくささのせいか、アーサーがどもった。トングを持つ手から落ち着きが消える。うつむいたアーサーは、冷静になるためか大きく息を吐いて、トングを持っていない手で眼鏡を押し上げた。

「……と、とにかく、だ。とくに気に入っているというわけじゃないぞ。ジャズウィットとは話が合うが、キャシディは……勉強はできてもただのオシャレバカだ」

 アーサーの苦しい理屈が、面白すぎる。声を出して笑わないように、口の中へお肉を詰め込んだら、ミトンを脱いだキャシーが、アーサーの背中に手を添えた。

「あなたって、優しいのね。みんながヘンなことに巻き込まれないように、影ながら心配してくれているなんて。そんなの……そんなのまるで……」

 ぴょんとその場で飛び上がり、嬉々として叫ぶ。

「まるでロルダー騎士じゃない、素敵! あなた、どんどんロルダー騎士に近づいてるわ!」

 さすが、キャシー。どうしても比較対象は、お気に入りコミックのお気に入りキャラクターらしい。実在しない二次元のキャラクターに似ているといわれて、まんざらでもなさそうに微笑むアーサーを見ていたら、この場にいる自分がちょっぴりだけど、邪魔な気がしてきた。心置きなく、二人きりの時間を楽しんでいただきたい。というわけで、串を両手にかかげて食べながら、砂浜にしゃがんでいるデイビッドとWJのそばへ行くことにする。

 思い返せばたしかに、キャシーのいうとおり、こんなふうにみんなで遊ぶようになるまでは(というか、わたしがギャングに追いかけられるはめになるまでは)、デイビッドにもアーサーにも、取り巻きみたいな人たちがいただけで、しょっちゅう一緒にいるような友達はいなかったはずだ。その取り巻きを、わたしとキャシーとWJは、遠目で見ていただけだったのに、数ヶ月後にはこんなことになっているのだから、人生って不思議だし、とっても面白い。もちろん、あんなハプニングは二度とごめんだけれども。

 デイビッドとWJは、無言で海を眺めていた。背後から静かに近づいて、わっ! と驚かすつもりだったのに、こんもりと盛り上がった砂につまづき、ずるりと前のめりにすべって思いきり転んだ。ただし、食べ物だけは死守した。両手に持った串刺しのお肉を上に向けたまま、転んだわたしに気づいたのか、二人の笑い声がこだまする。それで、砂から顔を上げたらさらに笑われた。

「顔が砂だらけだよ」

 笑いながら、デイビッドがいった。

「驚かそうと思ったのに、サンダルがすべっちゃった」

 間抜けすぎる。起き上がって無駄ないい訳をすると、立ち上がったデイビッドとWJは顔を見合わせて、同時に肩をすくめた。それから、WJはわたしの顔にくっついた砂をはらってくれる。

「食べる?」

 串を差し出すと、WJはまたクスクスと笑った。

「ヘンなの。食べ物は守るのに、自分は転んじゃうなんて」

 WJがつかむ前に、横から手を伸ばしたデイビッドによって、串刺しのお肉が奪われる。デイビッドは大きく口を開け、ぐいとお肉を噛みきると、わたしとWJを見て、くいと片眉を上げた。

「……決めた」

 ん? なにを決めたのだろう?

「え?」

「どうせいつかは、父の糞みたいにくっついて歩くはめになるんだ。いまのうちに好きなことをしておかないと、絶対に後悔するだろ。大人ぶっていいヤツぶって、ニコルに友達宣言したけど、あやうく損するところだったよ。だから、思う存分」

 ごっくんと飲み込み、串をわたしとWJへ交互に向けて、デイビッドはにやりと笑う。

「仲良しカップルの邪魔をしてやる」

「えええ!?」

 はあああ? おかしい、どうしてそうなるの!?

「だって、やっぱりおれもニコルを好きだもん」

 だもん、なんてかわいいみたいないい方されても、ものすごく困る!

「……デイビッド。ずっと無言だったけど、もしかしてそういうこと考えてたの?」

 WJの言葉を無視して、デイビッドは背中を向け、別荘へと歩きはじめた。

「かもね」

 歩きながら肩越しに振り返り、

「新学期をお楽しみに」

 にんまりする。うわああああ、とっても……不気味だ。

「な、なにがどうなって、そうなっちゃったんだろ! わたし、なんにもしてないのに?」

「うーん……」

 WJはがっくりと肩を落とした。

「食べ物は守るのに、自分は転んじゃう間抜けなきみに、きゅんとしちゃったのかもね。ぼくみたいに」

「え! きゅんと?」

「そう。きゅんとね」

 にっこりされた! えへへ……照れるなあ、なんて、かわい子ぶってにやついている場合ではない。なるほど。これからは間抜けなことを、ひとつもしでかさないように過ごさなくてはいけないらしい。とくにデイビッドの前では!

 鼻息荒く、誓った時だ。黒塗りのご立派な車が、別荘の横に停まった。運転席から降りたのは、カルロスさんだ。

「あれ? 早いね」

「うん。でももう、ほら」

 WJが空を見上げる。夕暮れにはまだ早いけれど、日射しはたしかに、ずいぶん傾いていた。

「きみは、泊まるの?」

 WJに訊かれて、談笑しているキャシーとアーサーの姿を視界に入れる。そもそもアーサーは、キャシーと二人きりで過ごしたかったのだし、それにきっと、いまはキャシーもそうだろう。そんな気がする。

「やっぱりわたしも帰ろうかな」

「本当? じゃあ、一緒に帰ろう」

 WJが右手を差し伸べたので、その手を軽く握る。すると、ぎゅっと強く握り返された。

「ぼくらが仲良しでいられたら、デイビッドがなにをしても大丈夫だよ。ね?」

 WJは、わたしを見下ろして微笑んだ。

「うん。そうだね」

 WJの手って、大きくてすらりと指が長くて、大好きだ。この手がずうっと、わたしだけのものだったらいいなって思う。そのためには、もっと素敵な女の子にならなくちゃ。そうそう、間抜けなことはしない、クールな女の子に!

 

​★ ​★ ​★

 デイビッドとWJの今夜のお仕事は、例のごとくパーティの参加だそうだ。おいしい料理がいっぱいのパーティが仕事だなんて、わたしだったらはしゃいじゃうのに、助手席のデイビッドはぐったりしていて、見るからにやる気ゼロ。

 ふいに、ハンドルを握るカルロスさんと、バックミラー越しに目が合った。にっこりしたカルロスさんは、これでよかったのかいとわたしに訊ねる。

「彼らと一緒に、きみは泊まらなくてよかったの?」

「はじめはそのつもりだったんですけど、そのお……」

「キャシーとアーサーは付き合ってるから、ニコルは遠慮したんだよ、カルロス」

 隣にいるWJの詳細な説明に、カルロスさんは軽い口笛で答えた。

「ああ、うらやましいなあ、まさに青春! そういうの、ぼくにも覚えがあるよ。あの頃のピュアな気持ちは、大人になると二度と味わえないからね。そうか、なるほどね。ということは、今夜彼らは二人きりか……」

 にやけるカルロスさんの、含みのある言葉にデイビッドが反応する。

「……ダーメだ。今夜の一世一代のチャンスを、フランクルは棒にふるに十ドル賭けてもいいね」

「え。え? 棒にふる?」

 振り返ったデイビッドが、シートから顔をのぞかせた。

「きみがよくいってる大人モードなことを、フランクルはできないに十ドル賭けるってことだよ」

 うっすらと、なんとなーくだけれど、わたしもそういうことは頭のすみっこにあったわけで、だけどデイビッドの口からはっきりそういわれると、あらためてドキドキしてきちゃった! だって、キャシーが! わたしの仲良しの、キャシーが、アーサーと大人モード!?

「……い、いまさらだけれど、パニくってきたかも」

 デイビッドはにやっとする。

「きみがパニくっても、どうせフランクルはなーんにもできないさ。せいぜい二人でゲームかなんかして、フランクルがチャンスを待ってるうちに夜が明けてジ・エンドだね」

 それはまるで……わたしとWJみたいだ、なんて口が裂けてもいえない。

「で、でも。でも、アーサーって、なんというか、それなりにいろいろと、あなたみたいに経験してるみたいなことを、いっていたことがあったし」

 デイビッドに嫌われるために、わたしがビッチになろうとした時、アーサーにアドバイスされたあれやこれやが、ぐるぐると脳内を駆け巡っていく。

「まあ、そうだろうけど、相手が長年思い続けたキャサリン・ワイズじゃ、あいつのことだから手を出そうにも、紳士ぶって躊躇して終わるさ」

 デイビッドは、くいっとWJを上目遣いにする。

「きみもそうだろ。まあ、きみの場合は経験不足」

 WJを見たら、ほんのり耳が赤くなっていた。

「み、みんながみんな、あなたみたいじゃないってば!」

「そのとおり」

 サングラスを前髪ごと上げて頭にのせ、デイビッドは不敵な笑みを浮かべる。

「おれはすきさえあれば、おいしそうなモノはいただく主義だからね」

 おいしそう、といった時の本気っぽい眼差しが、わたしに直撃したため目をそらす。デイビッドのおそろしさは経験済みなので、否定できない。うう、ううううう! 新学期、素敵な女の子とか転入して来ないかな! わたし以上に間抜けなことをしでかして、デイビッドをきゅんとさせるみたいな!

 それにしても、自分でもしつこいってわかってるけど、本当に謎だ。どうして……わたしなんかにこだわるの(WJにはこだわっていただかないと、困るけど)! 

 うなだれたら、カルロスさんがいった。

「そうだ。今朝ちょっとした打ち合わせがあって、ミス・ルルに会ったよ。ミス・ワイズに水着を選んだっていっていたけど、きみたちが面積がどうのこうのといっていて、選ぶのに苦労したって呆れていたんだ。で、その面積ってなんだい?」

 水着の面積について伝えたら、カルロスさんは声を上げて笑った。

「ははは! 便せんか、なるほど、そういうことだったんだね。でも、若い時には恥ずかしがらずに、思いきり見せびらかさなくちゃ」

 カルロスさんとしては、少ない面積の水着が好みなようだ。というか、たぶん、みんなそうなのだろう。唯一、ひとりをのぞいては。

「あなたは、面積の多いほうがいいよね?」

 窓の外を眺めていたWJに訊いたら、こちらを向いて小さくうなずく。

「……うん。でも、そうだな。きみが着る場合だけ、とくに多いほうがいいよ」

 あれ? ということは?

「ほかの女の子の水着は、面積が少ないほうがいいの?」

「そういうわけじゃないけど」

「おっと、どういうことだよ、WJ?」

 デイビッドのつっこみに、WJは困ったように顔をしかめた。

「どうせ見ないから、ほかの女の子の水着の面積がどうでも、少なくても多くてもいいってことだよ。でも、ニコルのは気になるし、見てしまうから、多いほうが安心するっていう意味」

 WJは照れくさそうにうつむいて、くしゃりと髪を手でつまんだ。そのようすを見ていたデイビッドは、ふっと笑うとシートから顔を離して前を向く。

「きみらが大人モードになるには、百年かかりそうだね」

 かかる……かもだけど、わたしはそれでもいいな!

 背もたれに頭を寄せて、窓の外を眺めていたら、そっとWJの右手が、わたしの左手の上に添えられた。それで、きゅっと握ってくれる。ちらりとWJを見たら、反対側の窓を眺めていて、その横顔に笑みが浮かんでいた。

 わたしの手が、WJの手の面積に包まれる。少なくなった自分の手の面積を見ていて、嬉しくなってこっそり笑った。

 

 キャシーがアーサーとどう過ごしたのかは、後日、電話で聞くことになった。それによれば、デイビッドの予想がビンゴで、わたしはあらためてデイビッドの経験値に恐怖心を抱くことになった。とはいえ、キャシーは楽しんだみたいだし、キスはしたらしく、その話題で長電話をしすぎてしまい、またもやママに長電話禁止令を発令されてしまった。

 まあ、ともかく。

 アーサーにとっては受難な夜だったんじゃないかな。そんな場面をいろいろ想像すると、ホリディが終わるまで、たっぷり楽しめそうな気がする。いつもアーサーにつっこまれているのだから、このくらいの意地悪な想像は許していただきたい。

 この時のアーサーの心境は、新学期になってから知ることになるんだけど、それはまた別の機会に、ということで。

 この夏の結論。

 女の子の水着の面積は、少ないほうがいいらしい。ただし、わたしの水着だけをのぞいては。

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